グレノノへの3つの恋のお題:あれはなかったことにして欲しい/もっと俺に構えよ/君に恋して、君への愛を知る shindanmaker.com/125562


1.あれはなかったことにして欲しい

「そーんなに怒るなよ」
「やー!寄らないで!グレゴなんてきらーい!!」
癇癪を起こした子供の様に―実際子供と言っても差し支え無いのだが―拒絶するノノに、グレゴは困った様にううん、と唸った。ここまで癇癪を起こされると、宥めるのにも苦労するという事を彼は今までの経験で嫌という程分かっている。
ノノがこれ程までにへそを曲げているのには、勿論理由がある。グレゴが情報収集の為に立ち寄った酒場で酔った女に絡まれ、適当にあしらっていたのだがうっかり襟元にキスされ、シャツに口紅がべったりとついた。以前のグレゴなら女の誘いを断る事などしなかったが今は別だし、襟元の口紅を煩わしくも思う。だからさっさと着替えるなり洗うなりしたかったのだが、洗う間もなくノノに見つかり、現在に至る。
「だーから、誤解だって…」
「なにがー!どうせノノは体がこどもだもん、グレゴなんておとなのおねーさんに相手してもらったら良いんだもん!」
襟元についた口紅で浮気と誤解され、ただでさえグレゴが酒場に行く事を快く思っていないノノは完全にへそを曲げてしまっている。そっぽを向いた彼女に、グレゴは余り、というか心底言いたくはない事をぼそっと呟いた。
「…じゃーその指輪、無かった事にするかあ?」
「…… …やだ…」
「俺も嫌だなー」
言った言葉に過敏に反応し、自分の左手薬指をぎゅっと握ったノノに、グレゴも困った様に首を傾げたと同時に内心ほっとする。そうすると言われてしまったなら立ち直れる自信が無い。まさかこういう修羅場を体験する事になるなんてなあ、などと少し痛んできた頭をがしがしと掻き、自分の目の前で両手を合わせる。
「疚しい事ぁほんとにやってねえんだ。な、この通り」
でかい図体の男が自分より一回りも小さな少女に謝る光景はちょっと異様なのかもしれないが、こうでもしない限りは怒りは鎮まるまい。グレゴはちらっとノノを見ると、まだ膨れながら口を尖らせた彼女にもう一度首を傾げて見せた。
「…じゃあ、次行く時はノノも一緒に行くからね?」
「…う、うーん…危ねえから行かせたく」
「行く」
「…はい…」
自分の言葉を遮って言い切ったノノに、グレゴはばれないように小さく溜息を吐いた。


2.もっと俺に構えよ

若いレモン色の頭がさっきから低い位置をあっちに行ったりこっちに行ったり。何がそんなに楽しいんだか、とグレゴは胡座をかいて膝の上に肘をつき、頬杖をつきながらその光景を見ている。
「あっ、これもきれいだなー。ねえねえグレゴ、見て見てー」
「んー?…あー、うん、綺麗だなー」
嬉しそうな声を上げて手にした石を掲げ、にこにこしながら尋ねたノノに、グレゴはどことなくおざなりな返事をする。単なる石だけどなあと思うがそんな事を言おうものなら彼女の機嫌は損ねられてしまうから、適当に答えてしまった事は責めないで欲しい。ノノはその答えでもう満足したのか、また視線を地面に落として何かの鼻歌を歌いながら探し始めた。彼女は野営地で見付けた綺麗な石を集めては無くすものだから、こうやって探す事は恒例行事と化している。それはグレゴも良く知っているし、ノノが遠くに行き過ぎない様に見張る役も軍師に仰せつかっているから彼は今ここに座っている。
「グレゴ?どうしたの?」
その表情が余りにも不機嫌に見えたのか、ノノが小首を傾げながらとことこと寄ってきた。目の前で屈まれて視線の高さを同じにされ、大きな紫水晶の瞳が自分を捉える。
「グレゴも一緒にさがそ?ぴかぴかの石探すの楽しいよ?」
「んー?…いやー、良いよ、俺は別に」
石、ではないが、綺麗なもの、なら彼の目に今映っている訳なので、特に探す必要は無い。しかしノノはその答えが不満なのか、ちょっとだけむくれて見せた。
「グレゴ、たいくつ?」
「…ちょっとなー」
「じゃあ、別にノノと一緒に居なくても大丈夫だよ?見張ってなくてもいいんだから」
「見張ってなきゃお前どんどん別のとこ行くだろー?」
「…もうっ、ノノのせいにするんだから!」
ついに機嫌を損ねてぷいとそっぽを向いて歩き出そうとしたノノの手を反射的に取り、彼女が持っていた巾着が落ちる。それに構わず引き寄せてすとんと自分の膝の上に乗せると、ノノが抗議の声を上げた。
「もー!いきなり引っ張らないで!」
「悪ぃ悪ぃ。けどよお、ノノ、俺5日ぶりにお前に会えたんだけどなー?」
「ルフレに言われたお仕事してたからじゃなーい」
「そうだけどよぉ。もうちょーっと俺に構ってくれると嬉しいなー」
言い損ねていた本音をぽろっと言うと、ノノがきょとんとした顔で見上げてきた。それに対して何か変な事言ったかと小首を傾げると、ノノはえへへ、と照れた様に僅かに頬を紅潮させて背中を完全にグレゴの胸に預けた。
「さみしかった?」
「んー?…まあ、な」
「そっかー。じゃあ、しばらくだっこされててあげるね」
「そりゃどーも」
珍しいグレゴの不満を聞いて満足したのか、ノノは一気に機嫌を良くして大人しくなった。グレゴも嘘は吐いていないから、機嫌が戻った事は内心ほっとしている。落とされた巾着を拾ってノノの小さな手に乗せてやった後、彼は暫く黙ったまま彼女を後ろから抱いてその温もりを堪能していた。


3.君に恋して、君への愛を知る

「あー…愛してるぜ、ノノ」
「えへへ…ノノも愛してるよ、グレゴ」

あの時、促されてそう言ったものの、とグレゴは気持ち良さそうに眠っているノノを見ながら思う。
愛という言葉を知らぬ訳ではないが、だからと言ってそれがどんなものであるか、どんな感情を指して言うのか、生憎とグレゴは知らなかった。この軍の中で年長の部類に入る彼でも愛というものがどういったものであるか分からないし答えられない。だから、求婚した時に愛してるなどと言ったは良いが良く分かってない感情を口にしたので罪悪感らしきものはある。
勿論、ノノの事は好きだ。最初は全くそんな事は思わなかったが今では一人の女として好意を持っているし、側に居て欲しいし、良い女だとは思う。しかしそれが果たして「愛してる」事になるのかどうか、グレゴには分からない。そもそも女好きである割には恋というものをした事が殆ど無かった彼はまともに恋をした初めての対象はノノになる訳で、健全な感情であるのか否かと悩んだのも事実だった。何せノノはグレゴよりうんと年上とは言え外見も心もまるで子供であるので、外見年齢が親子程も離れて見えるグレゴにしてみれば恋愛対象には成り得ない筈、だった。それが今や、自分の腕の中で眠らせているのだから人生というものは分からない。
出会った時からそうだが、ノノは良く表情が変わる。さっきまで笑っていたかと思えば少し拗ねた顔になったり、泣いていたと思ったら笑い声を上げていたり。本当に子供の様に表情も感情も豊かで、見ていて飽きなかった。ペレジアの砂漠で助けた事もあってかノノの面倒を見ていたグレゴは彼女に振り回される事も多かったが、性格を知っていく内にどんな時にどういう対処をすれば良いのかを心得ていった。その結果、最も親しい者となってしまった。
それが悪いとは誰も言わないかも知れない。それでもグレゴは過去大切な者を守れなかったトラウマを持っていて、それ故に大切な者を作る事を避け続けてきていたから、一時期ノノの存在が酷く恐ろしかった。今でもぞっとする事がある。もし戦場で彼女を喪ってしまったらと思うと、嫌な汗が出てきてしまう。
「…んー…」
寒いのか、腕の中のノノがぐずる様にぴたりと体を寄せてくる。無意識に彼女の肩を抱いて引き寄せたグレゴは、随分昔に死んでしまった弟にもこうやっていたと思い出した。何をするにしても弟が中心であった彼の生活は、弟の死後長い時を経てノノが中心となった。それは彼女に指輪を渡す前からそうであったのか、それとも渡した後にそうなったのか、グレゴには判断がつかない。そもそも指輪だって「見ていて危なっかしいから自分の側に置いておいた方が良い」という考えの元に渡したのだから、それが恋だの愛だのというものに結びつけて良いものなのかは分からなかった。
それでも、一人の女ととらえて正面から向き合う様になってからは、見えなかったノノの側面が随分見えてきた様に思う。普段は忘れがちな長い時を生きてきたという事実を何気ない時に思い知らされて、ノノの孤独を僅かな時でも、それこそ彼女にとっては一瞬と感じる期間でも良いから和らげたいと思っている自分に気が付いて、漸くグレゴは自分が恋をしていると自覚出来た。なるほどねえ、とどこか他人事の様に思ったけれども、それで良いのではないかと彼は考えている。
「………」
難しい事は分からないと、グレゴも言うしノノも言う。飯事の様な夫婦生活も良いだろう。自分達はそれしか分からないし、知らないのだから、他人からどういう言われる筋合いは無いとグレゴは本気で思っている。しかしそう思っている事が「愛のかたち」の一つであるとこの時のグレゴには残念ながら分かっていなかった。ただ、腕の中の柔らかな体温が酷く心地よいという事だけは分かっていたし、目を閉じていてもノノの表情が穏やかなものであるという事だけは知っていた。