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 それなりに分厚い布越しに触れたそこはすっかり熱を帯び、外気に晒される事を渇望するかの様に自己主張をしていて、触ったグレゴは思わず眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をしてしまう。嫌そうな顔というか実際嫌なので、腹いせに掌に力を籠めて握る真似をすると情けない喘ぎ声が耳に滑り込んできた。
「お前、したがる癖に刺激に弱ぇよなー」
「わ、悪いか」
「悪ぃっつーか、普通男相手におっ勃てねぇよな……」
 しかも俺みてぇな男に、という言葉を面倒臭くて飲み込んだ彼は、手の中で更に大きく膨らんでいく塊の感触に辟易しながら相手の腰帯を片手で解く。女相手に幾度となく施した事のある帯解きは、しかし男相手にやりたいものではないから自然と眉間の皺が深くなっていく。何が悲しゅうて男のちんこ揉なきゃならんのだと思うと溜め息も出るというものだ。
「……ぅ、」
 喉の奥から漏れ出る声は低く、男のものだとすぐに分かるし、聞いてこちらの性欲が刺激される訳でもない。しかし喘ぐなと言うのも無理な話なので黙って帯を放り投げてズボンをずらすと独特の下着が目に入り、別に見たくもないが改めて繁々と眺めてしまった。
「な、何だ」
「いやー、いつも思うけど、器用に巻くよなこれ」
「……ずっとこれだから、逆にお前が穿いてるものの方が落ち着かん」
「ふーん……」
 この男の故郷で着用される下帯という下着は一枚の長い布を順序付けて巻き付けるもので、グレゴには馴染みが無い。初めて見た時は何だその布と聞いてしまった程だ。しかし文化の違いはこんなところにも現れると知ったところで何の役にも立たない。
「……んぁ、」
 その下帯に指を這わせれば、お返しなのか仕返しなのか分からないが、項を指先で刺激されて思わずグレゴの口から声が漏れ出た。戦で行軍していれば中々髪など切り揃えられないけれども、幸いな事にこの軍には散髪が得意な者も居るので手が空いた時に頼むと快く切ってもらえるから、彼の項も綺麗に刈り上げられていた。さりさりと毛を擽る指の腹の動きが擽ったいんだか気持ち悪いんだか分からず、背筋がぞくりと戦慄く。
「俺にこーんな芸当出来るんなら女買いに行けよなー……」
「……女は苦手だ」
「いや、苦手だからって普通俺に来ねえよな……」
 相手の言い分の半分はまだ分かっても、そこから何故自分の様な中年の男に来るのかさっぱり分からない。顔は良いのに女が苦手というこのロンクーは、本当に何故か分からないが、性処理、俗に言う「抜く」時に頼んでくるのだ。金を貰えばある程度の事は請け負うグレゴも初めて頼まれた時は目が点になった。
 否、実際に女が近寄っただけで後退るロンクーを見て、そんなんじゃ女も抱けねえだろ、そもそもお前ちゃんと抜いてんのかと冗談混じりにからかった時、至極真面目に深刻そうな顔でそういう話を誰かとした事も無いから自分のやり方が正しいのかどうか分からんと言われ、なし崩し的に自慰を手伝う羽目になった。だから、自業自得と言えばそうなのだ。
「……ま、金貰えりゃ文句ねえけどよ」
「う、っく」
 そしてその自慰の手伝いがずるずると続き、今に至る。勿論金は貰っているしそんなに長時間の事でもないのだが、やはり同性の同僚の性器を扱くというのはあまり楽しくはない。さっさと終わらせようとその下帯を解くと、布の圧迫から開放されたペニスが既に元気良くもたげている姿を現し、刺激をしたのは自分とは言え何となく苦い顔をしてしまう。自分のものであっても勃起したところを見ればグロテクスだと思うのに、他人のものともなれば尚更だ。自分でこれくらい出来るだろうがよと二度目の時に言うと、お前の手の感触の方が好きだと言われ、本当にこいつはおかしいとグレゴは思ったし口に出して言ったけれどもロンクーは困った様な顔をして自覚はしているがそうなんだから仕方ないだろうと言われてしまった。
 太い指先で先端を支え、竿を緩やかに扱く。皮がその動きに合わせて上下して、見る間に亀頭が顔を出した。少し滲み出している先走りを塗りこむ様に尿道を指の腹で擦り、空いた手で陰嚢を揉むと、食い縛ったロンクーの口から漏れる吐息が段々と荒くなっていく。
「……で? ねぶって欲しいんだっけか?」
「そ、それもあるんだが……」
「なーんだよ、突っ込まれんのは絶対お断りだぜー?」
 娼婦の女達からの施しを何度も受けたグレゴは彼女達の真似をしてみようと口で奉仕した事があり、どうもそれが気に入られてしまったらしく、料金を上乗せされれば渋々であるが引き受けている。今日もそうなのかと思って尋ねるとロンクーが口をもごもごさせているので、眉を顰めて挿入だけは嫌だと意思表示すると、彼は遠慮がちにグレゴの股間を指差した。
「その……、俺も、して、良いか」
「……はあ?」
「だ、だから……、俺もお前のを、ねぶっても、良いか」
「……俺ぁお前のケツに突っ込む気はねえぞー?」
「別にそういうつもりではなくて……お前を良くしたいだけだ」
「……まー……奉仕の心は女相手にも必要だけどよー……」
 こいつの性癖は本当に分からん、とグレゴは思ったが、もうそれ以上考えるのも面倒臭かったし、さっさと終わらせて寝たかったので一切の思考を停止させて自分のズボンの帯を解いた。羞恥心など男相手に湧かないし、ペニスを弄って絶頂までさせた事のある相手なので、恥じらいも何も無く下着を脱いで放り投げ、上に乗っかるのも乗っかられるのも嫌だったから寝台にごろりと横向きに寝転がる。これで良いだろと苦い顔をしたまま股を広げてロンクーを見ると、彼は自分が要求した癖に顔を赤くし、同じ様に横向きに寝転がった。
「……っあぁ、く……っ」
「ん……、」
 先に舐められるのも何となく癪だったし、そもそも女すら抱いた事の無いロンクーが口の奉仕など上手く出来るとも思えず、うっかり歯を立てられるのも嫌なのでさっさと亀頭に舌を這わせて口に咥えると、ロンクーが喘いで漏れた息がペニスにかかった。それに少し反応してしまった事が悔しく、口内に唾液を溜めて厚い舌で竿を擦れば、足が小刻みに震えだしたのが分かる。その反応によって娼婦相手に鍛えられた舌技は一応男相手にも通用するらしいと知れたところで、グレゴは嬉しくも何ともない。
「……ぅく……っ」
 苦いんだかしょっぱいんだか分からない先走りを自分の唾液と混ぜ、わざと音を立てて先端を吸うと、下半身を熱い快感が不意に襲った。ロンクーが自分を真似て亀頭を咥えたらしい。思わずぎくりと尻の筋肉が強張り神経が股間に集中しそうになったが、快感を味わうよりも生意気なという妙な怒りがふつりと湧いてしまい、口からペニスを出すと亀頭やその段差を舌先で執拗に擦り、歯を立てない様に唇で食んだ。
「ん……ふ、……ふぅ……っ、うぅ、」
 性的な刺激に弱いロンクーはそれだけで体を震わせ快感に喘いだが、それでも歯を立てずに口をペニスから離さなかった事ので、グレゴは妙なところで感心した。すぐに口を離すかと思っていたのだ。溜まっているとは言え、この男より先に自分が絶頂する事は無いだろうとは思ったが。
「……っんん、ん、っく、ぷぁ、」
 しかし不意に舌がペニスの裏筋をねっとりと這い、根本まで行き着いたかと思うと、掌でペニスを扱かれながらじゅるりと音を立てて陰嚢を口に含まれてしまい、逆にグレゴがペニスから口を離してしまった。恐らく以前グレゴがした事をロンクーも真似しただけだとは思うのだが、グレゴだって自分が女にされたら弱い事を真似していただけだったので、大きく反応してしまうのは仕方ない事ではある。口内の何とも言えない柔らかで温かい感触も良いが、手による絶妙な圧迫は腰を無意識に動かる程の快感を齎してくれる。
「ん、はぁ、……っんぐ……」
「んんっ、ふぁ、……この……っ」
「ぅあ……っあ……!」
 陰嚢を口の中で揉みながらペニスの裏に浮き上がった筋を重点的に扱かれ、グレゴの大きな体がびくびくと跳ねる。位置的にも孔に近い所を吸われているから、不本意な事にペニスは勿論尻にもぞわぞわとした変な快感が襲ってきた。こちらを良くしようと夢中で口淫を施してくれるのは良いのだが、本当に経験が無いロンクーから喘がされているという事実が気に食わず、グレゴが指で輪を作って亀頭の段差をこね回し次々に溢れる先走りを思い切り吸うと、ロンクーも低い悲鳴を上げて漸く陰嚢が解放された。自分の陰嚢が大きく膨れ上がっている事が嫌でも分かり、何でこいつ相手にタマまでぱんぱんにならなきゃいけねえんだと思うと腹立たしい事この上無くなってきたので忌々しげに眉間に皺を寄せて目の前のいきりたったペニスを勢い良く自分の口内に埋めた。それこそ、女が上に乗ってペニスを膣内に思い切り埋める様に。
「は……あぁっ、あぁ、あ、……んん、」
「んん、んぶ、……んんぅっ! ん、ぐっ、ぅぐ、ぐぇ……っ!」
 わざとらしく、それこそロンクーの耳にも響く様に唾液でぐじゅぐじゅと音を立て口いっぱいにペニスを頬張り扱くと、いきなり喉の奥まで突かれ、グレゴは思わずえずきそうになった。自分からディープスロートをするならまだ心構えがあるが、突然されると苦しさで頭の中が真っ白になる。だが唾液まみれになったペニスを、こちらもわざとらしく音を立てて扱かれると苦しいやら気持ち良いやらで腰が動いてしまった。元より気持ち良い事は好きであるから、快感には弱い。外気に晒された剥き出しの亀頭はとにかく熱や圧迫を求めていて、ごつごつと遠慮無くペニスの先端を口の奥にぶつけられる苦しさで涙目になったが拭うのも忘れてグレゴも腰をくねらせて刺激をねだった。
「あぁ、あ、く、来る、出る、……っああぁ……っ!」
「う、ぶ……っ! げはっ! げ……っ!」
 だがグレゴがその快感を味わう間も無く、それこそ吐いてしまいそうになるくらい喉の奥まで突かれたかと思うと、最悪な事にそこで漸くロンクーが射精した。気持ちが悪い程粘度がある精液が口内を満たし、べったりと張り付いたそれが鼻まで逆流しそうになった痛みでついに涙が零れた。
「……っくぁ、あ、ああぁ、あっ、あっ、そ、そこっ……」
 喉の奥からずるりと引き出されたペニスと共に精液も吐き、咳き込みながら呼吸を整えようとしていたグレゴの口から嬌声が漏れる。先に達してしまったばつの悪さなのか、それとも強引に口内を突いた申し訳なさなのか、今度はロンクーが亀頭を口内で犯しながら肉刺の感触が伝わる硬く大きな掌で滅茶苦茶にペニスを扱き始めたので、多少萎えてしまったペニスが再度絶頂を求めて膨らんだ。あまりの刺激に腰が引け、ロンクーの大腿にしがみつき爪を立ててしまったが、グレゴは襲い来る快感の波に今の自分の体勢など気にする事も出来なかった。
「あひ、い、イく、イくっ、あぁ、あ……―――!!」
 そして漸く絶頂を迎えた瞬間、頭の奥が弾けてグレゴの体が痙攣しながらずるりと寝台に沈んだ。女相手にこんな痴態を晒した事など一度も無いというのに、よりによって童貞の男相手に晒すなど、と思うと屈辱以外の感情が湧いてこなかったのだが、怒鳴る気力が既に失われていた彼は心配そうに顔を覗き込んできたロンクーを虚ろな目で睨みながら掠れた声で言った。
「りょ……料金五割増し、だ、このバカタレ」
「す……すまなかった……」
 しかし全身汗臭いし精液臭いしで色々最悪だとグレゴは不機嫌この上ない表情になったのに、二度とやらねえと言われなかった事に僅かにほっとした顔を謝りながら見せたロンクーを見るとまた腹が立ったので、グレゴは今度こそ黒い頭を拳で殴った。小気味良い音と呻き声は天幕に響いた後、消えた。