「これ、暑くないよ。ノノの鱗を編み込んであるから薄くて強いの!」
「マムクートの鱗入りか。そいつぁちょっとすげぇな」
「えへへ、でしょ? ノノを助けてくれたお礼だよ」
「あーなるほど、そういうことね。 なら、有難く貰っとくよ」
「うん!」


深夜番を担当する事が多いグレゴは朝方に交代した後に仮眠をとってから支度をする。若い頃は睡眠などあまりとらなくても平気であったのに、年をとるにつれて一晩寝ないと疲れが取れ難くなってきたので、体が資本の傭兵にとっちゃ死活問題だよなと首の関節を鳴らして側に放り投げていた上着を掴む。その上着と一緒に掴んだものを見て、これにも随分助けられたもんだよなと複雑な気分になった。彼の手には、淡い金色が見え隠れしている腹巻きが掴まれていた。

ペレジアの砂漠でギムレー教団に囚われていたノノを助けたのは彼女が年端もいかない少女だと思っていたからであったグレゴは、まさか遠い昔に伝承で聞いた事があるマムクートだとは全く思ってもおらず、だから見渡す限り砂塵に覆われたあの地で金色に輝く竜に変身された時は心底驚いた。あれが追い掛けられているのではなく平時であったなら、多分グレゴは腰を抜かしていた。それくらい驚いた。
偶然通り掛かったイーリス自警団の面子に手伝って貰って何とか追手を倒したものの、各地を転々としながら依頼を請け負うグレゴでも初めて見た程のマムクートなのでそのままはいさようなら、という流れにするにもいかず、雇われ先も無くした事なのでそのままイーリス自警団に2人揃って雇って貰った。そのほんの2、3日後に貰ったのが、彼女が竜化した時の鱗を編み込んだという腹巻きなのである。
その場は何気なく貰ったものの、後できちんと眺めてみると編み込まれた鱗の数が明らかに多く、思わずグレゴは顰めっ面になってしまった。鱗と言えば人間で言えば皮膚と同じである筈で、ノノが痛い思いをしたという事は想像に難くなく、だからグレゴがそれをやんわり叱ってから戦闘中は自分の近くに居る様に言うと、ノノは素直に頷き、それから以降は連携する事も多くなった。
その上、その腹巻きは実に役に立ってくれた。薄くて軽い、簡易的な鎧を纏っている様な感じであったし、戦闘中に不意を取られて刃先が胴をかすっても何ともない。竜となったノノを護る硬くて頑丈な鱗であるからそれも当然の事かも知れないのだが、こんなに頑丈なもんかとも思った。ただ、その鱗を彼女は何枚も毟り取ってしまった訳で、それを思うとグレゴは苦い顔をしてしまう。

とは言え、2人はそれだけの関係であったし、少なくともグレゴにとってはそうだった。長らく1人で過ごしてきたグレゴは誰かと懇ろになる事もなかったから特に意識もしていなかったし、ノノも相変わらず子供の様に戯れてくるだけであったので気にもしていなかった。だが戦闘記録をつける作業を手伝っていたリヒトが持っていた本を何気なく手にした時に話した事が、何となく引っ掛かった。


「この本の表紙、こりゃー、何かの毛皮張りになんのかあ?」
「そうだよ。イーリスだとあんまり見掛けないから、つい買っちゃった」
「ふーん。本はそんなに読まねえから、そーんな観点で見た事なかったなあ」
「ペレジアは死んだ人の皮を使う事もあるらしいよ。故人を偲ぶ、っていう意味で」
「へ、へえー…ちょーっとそりゃー…お目にかかりたくねえ本だな…」
「え、でもグレゴさん、ノノの鱗編み込んだ腹巻き使ってるでしょ?
 あれも似た様なものだと思うけど」
「そ、そーかあ…?」
「うん」


…確かにマムクートにとってみれば鱗は皮膚と同じものであるのだから、つまりは衣類に皮膚を編み込んでいる事になる。ただ、それに気が付いても、人間の皮を使用した本の様に気持ち悪いとは思わなかった。皮膚と鱗は見た目も違うからだろう。人間というのは単純なものだ。

何度も世話になったその腹巻きは、損傷する度にグレゴが自分で補修している。ノノに見られてしまえばまた鱗を剥ぎかねないという懸念があったから大体は夜中にしていたのだが、ヴァルム帝国軍相手に苦戦を強いられた時は夜を十分な休息の時間に宛てたいので隠れて補修をしていた時、加入して間もない神竜の巫女であるチキが話し掛けてきた。


「ねえ、それ、竜の鱗が編み込まれているの?」
「んー?ああ、あんたのお仲間のノノがくれたんだよ」
「ノノが…?それを作って貴方にくれたの?」
「…そうだけど、それがどうかしたのかあ?」
「あの子が知ってるかどうかは私は分からないけど、
 マムクートにとって自分の鱗を使用した装身具を贈る行為は求愛のしるしなの。
 自分の一部を捧げるという意味で」
「………は、はあ…?」
「まだ幼いし、周りに他のマムクートも居なかったみたいだからノノは知らないかも知れないけど…
 そういう意味があるって貴方は知っておいて。
 貴方にはとても懐いているみたいだから」
「…い、いやー、俺みてぇなおっさんよりまだ若い奴の方があいつも良いんじゃねえかな…?」
「私達にしてみれば10年も100年も誤差の範囲内だもの。
 人間なんてあっという間に居なくなってしまう存在だわ。
 でも、そんな人間を、私はずっとずっと覚えて生きてきた。
 あの子も多分、これから先そうなると思うから」


チキの言葉を聞いて呆然としたグレゴは、ノノが求愛の意味を知らずに渡してきたに違いないとは思ったけれども、同時に他人の皮膚の一部を身に付けているという事実を改めて突き付けられた様な気がした。ノノが腹巻きをグレゴに渡したという事を知らない者は少ないが、鱗を使用した装身具を渡す行為が求愛のしるしと知っている者はまずチキくらいなものだろう。だから勘繰ってくる者は居ない筈だ。

しかし、グレゴが一番呆然としてしまったのは、求愛のしるしという事ではなく、それをノノが知らないだろうと考えた時に大きな安堵と共に僅かな残念さを覚えた事だった。グレゴにとってノノはギムレー教団から助け出したマムクートの少女であり、イーリス軍で共に戦う仲間だ。それ以上でも以下でもない。なのに、咄嗟に出たのは自分の年齢がこの軍の中の者達よりそれなりに上である事への懸念だった。
しかし、チキは寂しげに微笑みながら、そんな年など自分達にとってみればあって無い様なものだと言った。確かに3千年も生きていれば10年も100年も大差は無いだろう。ならば、千年生きてきたノノだってそういう感覚であるに違いなかった。

掴んだ腹巻きをぼんやり眺めながら、グレゴは思う。傭兵という稼業を辞めるつもりもない自分は確実にろくな死に方もしないだろうし、長生きなど出来ないだろう。それでも、10年20年は誤差の範囲内という豪快な感覚の持ち主であるノノは自分が死ぬのが何年後であろうと寿命の範囲内だと思ってくれるのではないか。ならば、と腹を据えても良い気はする。何せノノは自分よりうんと長生きしてきた癖に世間知らずであるし、助けてくれたからと言ってわざわざ痛い思いをして鱗を剥ぎ取り腹巻きを作ってくる様な女なのだ。自分が死ぬまでに、少しくらいは世間というものを教えてやれるかも知れない。そんな事を思ったグレゴはいつも通り腹巻きを着用してから上着を着ると、側に置いてあった剣と先日立ち寄った街で買った小さな箱を掴んで天幕を出た。ノノとの連携の特訓は、今日で終わりを迎える。


お題をお借りしました:FE覚醒で男女ふたりのお題
【傭兵と竜で七題】愛の腹巻き