「あらグレゴ、今から寝るの?」
「んー? 俺は他の奴らよりちょーっとばかしお兄さんだからな、仮眠無しで徹夜は堪えるんだわ」
「お兄さんじゃなくておじさんでしょ?」
「俺がおじさんならあんたはおばああぁぁさんだろー?」
「ノノはお姉さんだもーん」

深夜の見回りの為に仮眠をとろうと雑魚寝用の天幕に足を運んでいたグレゴは、向かう途中でミネルヴァを連れたセルジュとノノと擦れ違った。マムクートであるノノと飛竜のミネルヴァはセルジュがイーリス軍に加入してすぐに仲良くなり、セルジュに許可を得てから遊ぶ仲である為、自然とセルジュとも仲良くなるのは早かったらしい。今日も日が暮れるまで遊んでいたのだろう。
セルジュの後ろからついてきていたミネルヴァは、グレゴの姿を認めると嬉しそうな声を上げた。彼は飛竜の言葉を解す事が多少出来る為、それが挨拶であると判断して軽く手を挙げる。

「そう言えば、ミネルヴァちゃんと同じ様にノノちゃんも貴方が助けたんですってね」
「助けたっつーか……まあ、助けたわな」
「あら、違うの? 私はそう聞いたのだけど」

挨拶だけしてそのまま天幕に向かおうと思っていたグレゴは、セルジュが思い出した様に問うてきた言葉に足を止めたまま首を傾げてから頷いた。彼がペレジアと西フェリアとの国境の砂漠でノノを助けてから二年余り後にイーリス軍に入ったセルジュは彼らがどうやってクロム達と出会って雇われたのかを知らず、誰かから聞いたらしい。恐らく今でも主君として仕えているヴィオールにでも聞いたのだろう。助けたと言えば助けた形になるが、どう説明したものかと困っていると、ノノがあのね、と口を開いた。

「閉じ込められてたところから出してくれたんだけど、グレゴが怖くて逃げちゃったの」
「あらまあ……」
「ありゃちょーっとショックだったなー」
「だって怖かったんだもん!」

どこで捕まったのかは未だにグレゴも知らないが、ギムレー教の者達に贄とする為に幽閉され泣いていたノノを不憫に思い見張り役を気絶させてから出してやったは良いものの、ノノはそんなグレゴでさえも怯えて砂漠へと飛び出していってしまったのだ。ノノを単なる子供だと思っていたグレゴは囚われの身だって分かってんのかと慌てて追い掛けたのだが、彼女は泣きながら尚も逃げた。その時、偶然クロム達が通り掛かったという訳だ。余談ではあるがグレゴはクロム達からも悪人呼ばわりされた事はまだ根に持っている。雇い主なので黙っているけれども。

「確かにグレゴは強面だものね。
 ノノちゃんからすれば犯罪者みたいに見えるのかも知れないわ」
「犯罪者ぁ?!」

グレゴとノノの掛け合いを聞き、セルジュはグレゴにとってとても失礼な事を平然な顔をして言った。冗談で言った訳ではなく、これは素だ。今まで幾度と無く悪人と勘違いされたか分からない彼は外見からは想像がつかない程の繊細な心の持ち主なので、今回もご多分に漏れず傷付いたし、助けた側なのにそりゃねえよと抗議の声を上げた。

「それ言ったらノノだって可愛い見てくれの癖にあーんな竜に変身するとか立派な詐欺師じゃねーか!」
「…… ……えっ?」
「ん?」

あの時、ノノを追ったのは何もグレゴだけではなく、ギムレー教の者達も同様だった。子供相手に血も涙もねえ奴らだな、と彼女を守る為に剣を抜いたグレゴはしかし、ノノが泣きながら持っていた石を掲げたと思った瞬間に金色の竜に姿を変えた事には腰を抜かすのではないかと思う程驚いた。遠い昔、まだ彼が子供の頃に寝物語として聞かされたマムクートが存在するなど考えた事も無かったのだ。しかも、見た目は何の変哲もない単なる少女であるノノが、だ。それから以降、何度も彼女が変身して戦う姿を見てきたが、見る度にグレゴは毎回思う。詐欺だ、と。
しかし、彼のその言葉にセルジュはきょとんとし、ノノは一瞬何を言われたのか分からない様な顔をした。予想もしなかったその反応に、何か変な事を言っただろうかとグレゴが何度か瞬きをすると、ノノは頬を紅潮させて慌てた様にセルジュを見上げた。

「え、えっと、あのねセルジュ、ノノ、サーリャと遊ぶ約束してたの思い出したから、
 ミネルヴァにごはんあげるのはまた明日にするね! じゃあね!」

そして早口でまくし立て、ミネルヴァやセルジュが返事をするのも待たずに走り出し、あっという間にその小さな背はグレゴ達の視界から消えてしまった。ぽかんとしたのはグレゴだ。

「な、なんだあ……? どーしたんだあいつ」
「可愛い、ねえ。グレゴ、貴方、ノノちゃんを可愛いって思ってるのね」
「はあ? ……あっ、」

もう日も暮れたというのにサーリャと遊ぶという事は考えにくく、ノノが何故そんな嘘を吐いて走り去ってしまったのかの理由が分からなかったグレゴは、セルジュがうふふ、と笑いながら言った言葉に間抜けな声を出したものの意味を理解すると、先程のノノの様に頬を紅潮させてしまった。女相手に賛辞を述べる事も多い彼が素で言った「可愛い」という言葉は、どうやらノノを盛大に照れさせたらしい。

「い、いやー、その、何だ、特に深い意味は……」
「流石に手練の傭兵ともなるとあんなに強いマムクートでも可愛く思える様になるのかしらね。
 ノノちゃんはもう千歳を超えてるとは言え、やっぱり貴方の方が犯罪者に見えるわね、グレゴ」
「あ、あーのなあ……」

しどろもどろになりながら何とか言い訳をしようと試みるグレゴに、セルジュは尚も畳み掛けて微笑む。そこに更に追い打ちをかける様にミネルヴァが目を細めて鳴いてからかってきたものだから、恥ずかしいやら気まずいやらで眠気など吹き飛んでしまって折角の仮眠時間がちっとも眠れそうになく、彼は何とも言えない表情で口を真一文字に結んだ。