賑やかな喧騒の中、運ばれてきた食事をご機嫌な表情で次々に平らげる男が1人と、それを呆気に取られながらも半分のペースで平らげていく男が1人。育ち盛りは過ぎたとは言え、運動量は一般男性よりも遥かに多い2人は食べる量も多く、故に料理を提供する食堂の者達が驚いてしまう様な量を食べていた。特にテーブルの上で一際目立っている鯛の塩釜焼きなど、2匹目なのだ。余りに美味くて追加注文した時には流石に店員も驚いていた。

「っあー、大陸違うっつっても飯は美味いな!
 さっすが港町なだけあって魚が美味ぇ!」
「確かに美味いな。フェリア港とはまた違った魚が多いな…」
「なー。見た事ねえよな」

金髪の男が大声を出しても誰も眉を顰めないのは、周りが同じ様に騒がしいからだ。大衆食堂のざわめきは独特なものであるし、様々な料理の匂いがそこかしこに充満していて、賑やかな場所を好む金髪の男―ヴェイクは酷く機嫌が良さそうだった。対する青髪の男―クロムもこの喧騒はまんざらではなかった。2人の口に美味な魚が機嫌を良くさせているのだろう。
2人の出身国であるイーリスに魚介類が無い訳ではないが、王都は港から離れている為に新鮮な状態で食べられる機会は少ない。だから香草焼きやマリネ、ソースで臭みを消すという食べ方が普通なので、こんな風に塩で焼いただけ、というシンプルな食べ方を滅多に出来ない。クロムはエメリナのお陰で自由奔放に方々に行く事が出来たから川魚を捕まえては塩で焼くという事は出来たけれども、ここまで大きな魚を丸ごと塩焼きというものを殆ど見た事が無かった。フェリア港で見た時は驚いたものだし、ヴェイクも感嘆の声を上げて嬉しそうに食べていた。

「美味いもん腹いっぱい食えるのって良いよな!
 クロム、お前ちゃんと食ってるか?」
「食ってるだろう、お前が食うスピードが速いんだ」
「おっ?じゃあ食うスピードも量も俺様の方が上だな?」
「…そうだな」

何かにつけてクロムと競争、勝負したがるヴェイクは、クロムの素直な返事に満足そうににんまりと笑ってから少し冷めたオニオンスープを口に運んだ。魚料理に塩がきいているからか、スープは薄味だ。運動量が多いクロム達にとっては本当に薄く感じてしまうが、塩と胡椒、バターで味付けされたポテトを口に放り込めば何という事はない。
彼らが料理を挟んで座っているには、訳がある。と言っても大した事ではなく、腕相撲の3本勝負でクロムが1勝2敗で負けたので、ヴェイクに食事を奢る事になっただけだ。ヴェイクはその巨体に見合うだけの量は食べても必要以上に食べないし、また食に対しての我慢が強い。しかしこうやって「いくらでも食べて良い」と状況が許せばかなりの量を食べた。それは、彼が貧民街で育ったという過去に由来している。

ヴェイクは両親を知らない。物心ついた時には既に貧民街に居り、その日の食い物にも困る様な生活をしていたらしい。しかしそれでも自分より幼い者には自分の食べ物を分け与え、ひもじい思いをさせなかったそうだ。クロムはその事をヴェイクから聞いたのではなくて、イーリスにある孤児院の院長から伝え聞いた。貧民街に住む者達が寒い日は凍えぬ様に、暑い日は涼める様に、毎日飢える事が無い様にしたいと夢を語って貧民街から身一つで出て行き、そして自警団に入ったのだと言う。自分をライバル視する割にはそういう話を一切しなかったヴェイクにクロムは胸の蟠りを覚えたが、王族に対してそんな事を言えば嫌味になると彼なりに気を遣ったのだろうと思っている。

「ん…、これも中々美味いな。食うか?」
「おっ、良いのか?遠慮しねえぜ」

塩釜焼きに夢中になって食べ損ねていた海老のフリッターが盛られた皿をクロムが差し出すと、ヴェイクはそれがクロムの好物であると知っているからなのか少し意外そうな顔をしたものの遠慮せずに受け取った。クロムは好物を自分で注文すると余り他人と分けたりはしない癖を知っているから余計に意外に思ったのだろう。だが、今のクロムは自分1人でフリッターを独占する気にはなれなかった。中央航路でルキナから聞いた話が、彼をそうさせていた。

未来から来た娘のルキナは誰に対しても物腰が丁寧であるのだが、取り分けこのヴェイクに対しては居住まいを正す。その事に疑問を持ったクロムがルキナに何故なのか問うと、彼女はご本人には内緒にしてくださいねと口止めをした上で教えてくれた。何でも、ルキナ達が居た未来ではクロムが死んだ後、仲間達が次々と倒れていく中、残された子供達を守り育てていたのはヴェイクであったそうだ。なるべく安全な場所へと子供達を守りながら屍兵への応戦を繰り返して逃げ、その中で自分は食べずともルキナ達を極力飢えさせなかったのだという。ルキナが遠慮してヴェイクも食べる様に言えば、こういうのは子供が食うもんだし妙な気遣いはするな!と豪快に笑ってくれたと彼女は話していた。まだクロムはお目にかかれていないが、一緒にこの時代へと来た他の子供達の中には素直になれずに反発したり群れたがらない者も居るらしいのだが、そんな子供であってもヴェイクに対しては畏敬の念を抱いているらしい。
クロムはルキナに、ヴェイクは一緒に来なかったのかとも聞いた。すると、ルキナはこう言ったのだ。

『お前達が居なくなったこの世界の奴らを、誰が守れるって言うんだ。
 心配すんな、俺様がこっちで英雄になってみせるからよ。
 …そう、仰って、私達を見送って下さいました』

ギムレーや屍兵によって疲弊してしまった未来の世界では、戦える力のある戦士は殆ど居ない。未熟とは言え武器を持ち、戦える自分達が過去へ行く事を躊躇ったルキナや他の子供達の背を押したのは、ヴェイクであったそうだ。過去へ飛んで歴史を変えたとしてもルキナ達が居た未来が変わる訳でもないし、未来に残ったヴェイクの負担が軽くなる訳でもない。それでも強大な力に抗う意地がある事を証明したかったのか、はたまた顔も余り覚えていない両親に会わせてやりたいと思ったのか、それはクロムには分からないが、ルキナの知るヴェイクはルキナを含めた子供達をこの時代に送り出してくれたのだ。全員、五体満足の状態で。
勿論それは未来のヴェイクであって、今クロムの目の前に居るヴェイクが成した事ではない。だが、ルキナからその話を聞いた時、クロムはいかにもあの男らしいと思った。クロムの娘だから、ファルシオンを持つ者だからとルキナを特別扱いする事も無く、他の子供達と平等に育ててくれたとルキナは言った。多分それはそうなのだろうが、恐らくルキナ以外の子供達はルキナを守る事が使命であると考える様に育ったのではないかとクロムは思っている。自分達を守ったヴェイクの様に、自分達もルキナを守る戦士になるのだと、そう思わせる様な男だったのだろう、未来のヴェイクという男は。

「何だよクロム、どうした?もう腹いっぱいか?」
「あ…ああ、いや、…何でもない」

もごもごと海老を咀嚼するヴェイクの不思議そうな声に、クロムは自分がフォークを持ったままぼうっとしていた事に気が付く。何でもないと言ったものの、手にパンを持ったままであったのだから説得力が無い訳なのだが、ヴェイクは何でもないなら良いけどよ、と気にせずまた塩釜焼きの身をほぐして口に運び始めた。美味そうに食べるヴェイクを見ながら、クロムも素朴な味のパンを口に入れる。

この時代に来る直前、ヴェイクはルキナや他の子供達に、自分の事は決して自分を含めクロム達に言うなと言ったのだそうだ。負い目を感じさせたくなかったのかも知れないし、妙な気遣いをさせたくなかったのかも知れない。過去の自分は今の自分とは違うし、特に自分に言えば変に奢ってしまうかも知れないから言うなよと苦笑したらしい。流石に年を取れば落ち着いた思考を持つ様になったのだろう。
未来に残ったヴェイクの行く末など、もう誰にも分からない。未来に戻る術を持たぬルキナ達にも、知る事は出来ない。ならばせめて、今この時代に居る目の前の彼の一時の幸福を与えたいとクロムは思う。自分の父親が生み出した負の遺産の中の貧民街で育った彼に。

「なあヴェイク」
「ん?何だよ」
「…いや、…今度は負けんからな」
「おうおう、今から宣戦布告か!良いぜ、また奢らせてやっからな!」

喉まで出かかった礼の言葉をパンと一緒に飲み下したクロムは、にやりと笑って握り拳を作って見せた。それを見たヴェイクはそうでなくちゃな、と言うかの様にまた笑ってフリッターにフォークを刺した。テーブルの上の料理は、まだ暫くは無くなりそうになかった。