ライミが初めてフラヴィアと対面した時、フラヴィアはまだ二十歳そこそこの娘と言っても良い様な風貌だった。東フェリアの地方の貧しい寒村出身であるフラヴィアは一年の内の大半が雪に閉ざされる村で育ち、自分の実力を知りたいからと村を出たらしかった。見るもの全てが珍しいと目を輝かせて話す彼女とライミが出会ったのはその一帯を治める領主が定期的に催している剣技大会で、地方の豪族の娘であったライミはその大会の上位常連者だったものだから興味を持たれたらしく、生来の性格なのか随分と気さくに話し掛けてきたのだ。
ライミが知る限り、地方の寒村出身者でフラヴィアの様な明るい性格の者は居なかったから、失礼になるかも知れないのだが意外に思った。彫りが深くはっきりとした目鼻立ち、雪焼けなのだろう褐色に染まった肌、細く見えるが筋肉がしっかりとついているしなやかな体、明るい笑顔はどんな剣を振るのかとライミの目を引いた。どこで覚えたのか、恐らく独学であろうけれども、大会の中で見せた荒削りな剣技は危なっかしいところも多かったが彼女は勝ち進んでいっていて、この娘は中々見どころがあるとライミも思ったし他の大会常連の男連中も思った様だった。
とにかく、判断力がある。力は確かに男に劣るが、仕掛けられる攻撃に対して咄嗟に思いつきで動いているのだろうとライミは考えたが、同時にそれは凄い事であるとも分かっていた。頭で理解出来ていても体はすぐには動かないのに、フラヴィアは恐らくほぼ本能で動いていた。それは多分、寒村という環境下で培われたものであったのだろう。蛮族の国と称される事もあるフェリアは賊も多く、村を襲撃しては略奪し、壊滅させられる事も珍しくない。フラヴィアはそんな村で、大人達が武器を持って戦う姿を見てきたに違いなかった。そして、そういう輩を返り討ちに出来る程の実力をつけてきたのではないか。何となく、ライミはそんな事を思っていた。
そして結果的に試合でフラヴィアと対峙する事になった時、真正面から向き合った彼女の目付きはとても鋭く、しかし輝いていて、強い者と戦える事への喜びが全身から滲み出ている様だった。戦いが好き、という基質は、フェリアでは美徳だ。強者は好まれるし、またフラヴィアの様に明るければ尚更受け入れられる。純粋に試合を楽しんでいる姿に、ライミはこの上ない好感を抱いた。
フラヴィアの剣は、今まで戦った事のある男達よりも重たくはなかったが、どんな一手が飛び出してくるかの予測がつかなかった。重装兵にカテゴライズされるライミは速さは無いが守りの硬さに定評があり、彼女の剣を受け止める事は容易ではあったけれども、動きの予測がつかずに押される一方であった。自分の剣をそこまで受け止めた事がある者が居なかったのか、フラヴィアは終始楽しそうな顔で打ち込んできたし、ライミが繰り出す槍をかわし続けた。
結局勝負はフラヴィアがライミの槍を真っ二つに斬った事で勝敗がつき、試合の後に交わした握手でフラヴィアはライミの手をぐっと握ってにかっと笑って言ったのだ。


あんたの槍、重たいね。あたし、まだ手が痺れてるよ。
またやろうよ。もっと強くなって、またあんたと戦いたいね。


握力は随分残っている様な握り方であったにも関わらず、確かに握ったフラヴィアの手は本当に微かではあるが震えていて、彼女の言葉に偽りが無い事を教えてくれていた。それと同時に、ライミはフラヴィアよりも年上であるにも関わらず、この女についていきたいと思った。純粋に真っ直ぐライミを見据える目は輝きに溢れ、強い光を湛えていて、ひょっとしたらこの娘が将来この国を引っ張っていけるのではないかと思ったのだ。
ライミは単なる地方の豪族の娘であったし、フラヴィアはそれよりもっと地方の寒村出身の単なる娘で、それは単なる夢物語でしかない。それでもその時のライミは本気でそう思った。まだ細く、成熟しきっていない体のフラヴィアに、フェリアの未来を垣間見てしまった。広大な領土を持つフェリアの頂点に立てる者は、こういう者であるかも知れないとぼんやり思った。
だから、彼女は自分の勘に賭ける事にしたのだ。この娘の成長を見届けよう、そして王に上り詰めさせたい、と本気で思ったライミは自然と光栄です、と敬語を使っていた。そんなライミの言葉にフラヴィアはきょとんとした後、何いきなりそんな畏まってんだい、と慌てた。まさか自分より年上で、身分も上のライミから敬語を使われるとは思ってなかったのだろう。歳相応の顔を見せたフラヴィアに微かに笑ったライミは、折られた槍を拾ってから掲げて見せた。


今この時から私は貴女の配下です。
私は貴女に、この国の未来を賭けたい。


簡素にそれだけ伝えたライミは、自分が見付けた宝石の原石の様な娘が驚いた顔をしたものの、でかい話してくれたねえ、そこまで言われちゃ引くに引けないじゃないかと豪快に笑い飛ばした事に満足していた。



「じゃあ、ライミ、戻るのはいつになるか分からないけど、後は頼んだよ」
「は、留守はお任せください」
「ああ、あんたに任せたら取り敢えずは大丈夫だって分かってるからね」

イーリス軍と共に隣の大陸であるヴァルム大陸へと向かうと東西フェリアの統一王となったフラヴィアに言われ、動揺もせず淡々と答えたライミは昔の事を思い出していた。剣技大会の後、勘当される事を覚悟でフラヴィアが王となるまで見届けたいと言ったライミに、彼女の父親は一度は反対したが、フラヴィアが自分の不足を素直に認めて一層鍛錬を重ねる姿や周りを惹きつける力を持っていると分かったのか、その内に認めてお前の好きにしろと言ってくれた。フラヴィアが挫折しそうになった時、ライミは必ず彼女の側に居た。フラヴィアの弱さも強さも引っ括めて、王の基質があると思っていたからだ。果たしてそれは当たっていて、フラヴィアは立派に王の座まで上り詰めた。それがライミにとっては誇らしい。

「ご安心を。戻って来られるまで、私がこのフェリアをお守り致します」
「頼もしいねえ。あんたみたいな配下持てて、あたしは果報モンだね。
 ―――ねえライミ」
「は、何でしょう」
「もっと強くなって戻ってくるよ。またあんたと戦いたいからね」
「―――光栄です」

クロムに敗れたライミは、それから一層鍛錬に励む様になった。他国の王子であり、神剣を継ぐ者相手だったとは言え、この国の王の第一側近である自分が敗れた事はライミにとっても悔しいと思わせ、早朝から深夜まで、時間が許す限り鍛錬に励んだ。その事を、フラヴィアは知っていたのだ。
ライミが無言でフラヴィアの愛剣を差し出すと、彼女は矢張りにかっと笑って礼を言い、拳を作ってライミの胸元にとん、と押し当てた。それは王の留守を預けるという証であり、だからライミは口元でにやっと笑って受け止めた。

「どうぞご武運を、フラヴィア様」
「ああ、行ってくるよ、ライミ」

さっぱりとした表情の二人には、それ以上の言葉は必要なかった。離れたフラヴィアの拳の感触は、その後ライミの胸元から暫くの間消える事は無かった。