「えーとあと何だ…、あー、なあ、あれ持ったかあ?」
「あれって何だよ、分かんねえよおっさん」
「おっさん言うな、あれだよあれ…えー… …たばこ」
「あー、持った持った、ばっちり」

簡素ではあるが昼下がりの天幕で何かの荷造りをしている男が二人。寝起きの様なぼさぼさの頭を掻きながら小さな麻袋に必要最低限の荷物を詰め、あれは要るこれは要らないなどと言葉少なに話しながら赤茶色の短髪の壮年の男がバンダナを頭に巻いた青年に問い掛けると、青年は口を尖らせながらも右手の親指と人差し指で輪を作って準備は万端と言うジェスチャーを見せた。
彼らは今から所属している軍の野営から離れる。離れると言っても長期間ではなくて、単に「頼まれた事」を今夜実行しに行くだけだ。特殊な仕事を請け負う事が多い彼らの活動時間はどちらかと言うと夜に偏る事が多く、昼前まで雑魚寝用の天幕で眠っていた二人は突然入ってきた軍師に叩き起こされ、仕事の依頼を言い渡された。人使いが荒いと寝ぼけ眼でぶつぶつ言う二人に、しかし軍師は平然と言ってのけた。お前達はそういう世界で生きてきたんだし、そうやって稼いできたんだろう、と。
それに対しぐうの音も出なかった二人は今こうやって仕事の準備をしていた、という訳だ。身軽に動けるに越した事は無いので本当に最小限の荷物しか用意しない割に、壮年の男が嗜好品であるたばこの有無を確認したのはちゃんと理由がある。その理由を知っているから、青年も文句は言わなかったしきちんと道具入れに入れている。

「あれだのそれだの多用する様になったら立派な年寄りだぞおっさん」
「だーからおっさん言うな。お前だってその内そうなるんだよ」
「その内だろ?今は違うからな」
「くっそぉ…ちょーっと若いからって…」

青年がからかう様に笑って指差して言った事に、今度は壮年の男が口を尖らせる。二人はそれなりに歳の差があるが、仲は良かったし言葉遣いもぞんざいだ。裏稼業の者同士という事もあるのかも知れない。
盗賊と傭兵という、堅気とは言えない職業に就いている二人がこの軍に雇われてから数年が経つ。盗賊である青年、ガイアはペレジアに雇われてはいたがイーリス城でクロムから直接引き抜かれた形で加入したし、傭兵である壮年の男、グレゴはフェリアとの国境に近いペレジアの砂漠でギムレー教団から助け出したマムクートのノノと共に雇われた。知り合いなどでは勿論なかったが、矢張り蛇の道は蛇とでも言うべきか、裏稼業の者同士は話が合ったので様々な情報交換をしている内に軍師のルフレからクロムには内密に仕事を任される様にもなった。今回もそうだ。本隊ではない、先鋒の敵軍部隊の部隊長の首を夜間に取りに行くという、ある意味卑怯かも知れない仕事だった。
だが、長い事裏世界で生きてきたガイアとグレゴにとってそんなものは卑怯とも思わないし効率が良いと思わせる。ルフレがクロムに言わないのは、絶対にそんな事を許可しないからだ。しかし強大なヴァルム軍を相手にするには、小さな綻びを作っていかねばならない。これは騎士達には決して頼む事が出来ない仕事であるから、敢えてルフレはこの二人に依頼する。言い方は悪いが万一捕らえられ死んでも然程影響が出にくいと判断しているし、また二人もそうだと思っている。ただ、ルフレはルフレなりに二人の腕前を信頼した上で依頼しているから不満は無かった。

「でも、また菓子がたばこ臭くなるな…匂いを味わうのも重要なのに」
「文句言うな、成功すりゃ達成報酬貰えんだからそれでまた菓子買えよ」
「そうだな、買いたいのもあるし」

顰め面をしたガイアが腰のポーチに入れたたばこに触れながら言い、グレゴは苦笑しながらそれを宥める。草むらや森林に身を潜める事も多い彼らは専らたばこを飲んだし吸い殻を漬けた水を服や靴に染み込ませた。こうすれば蛇や蜘蛛など、害虫の忌避剤になると知っているからだ。ただし本当にたばこ臭くなるので二人共余りこの手法は好まない。だがそうも言っていられないから二人は毎回全身たばこ臭くなる。野営に戻る前に念入りに水浴びしてもどうしても臭いは残ってしまうから、たばこが苦手な者達からは控えろと言われてしまう。理由を話す訳にもいかない二人ははいはいと聞き流すに留まるけれども。

「んじゃー、まあ、そろそろ行くかあ」
「だな。今日もよろしく頼むぜ」
「おうよ」

暗殺者の割には間延びした外見の二人は自分の得物を手に、まだ明るい空の下へと出る。何度目の暗殺になるのか面倒だから数えていないが、ガイアもグレゴもこの軍に加入する前にも請け負った事があるので特に感傷など無い。だが、感情が麻痺している訳でもない。そうでなければこの軍には居ない。そんな事を考え陽の光に目を細めたグレゴが肩に剣を担ぎ、ガイアは麻袋を肩に担いだ。彼らの仕事の時間が迫ってきていた。