+ガイア

 荒涼とした大地の向こうに見える人影は、小さな少女を庇う様に剣を振るっている様に見える。その姿を遠目から確認したガイアは、盗賊ならではの素早さと身軽さで駆け出した。自分の記憶に間違いが無ければ、あの男は多分知った者だ。昔の借りをやっと返せるし、約束も果たせる。そう思ってガイアはティアモの側まで駆け寄ると、そのペガサスの背に乗せて貰った。
「悪いな、あの近くまで飛んでくれ。加勢する」
「分かりました。私も出来るだけ援護しますね」
「頼む」
 砂漠地帯の熱を帯びた空気を切り裂きながら飛ぶペガサスの背で、ガイアはそんな会話を交わしながら昔の事を思い出していた。



「おら、このクソガキ! わざわざこの屋敷に忍び込むとか良い度胸してんなぁ!」
「いっ……て、離せっ!」
 野太い怒号の中に聞こえる抵抗の声は幼く、まだ少年と言っても差し支えない。年の頃は15と言ったところか、容姿からもその少年が幼いという事が分かるが、彼を後ろ手に縛り上げている男達は年などお構い無しに力を籠めて床に抑え付けていた。
 暗めの橙色の頭髪の少年の名は、ガイアと言う。生まれた時から親を知らず、孤児院での暮らしにも馴染めず、10歳を過ぎた頃から盗みを覚えて生計を立てていた。それなりに裕福な家は狙いにくいけれども家計に与えるダメージは少ない、と、子供なりに分かっていたから、貧しい者の家で盗みを働く事は滅多に無かった。ただ、今回の様に大きな屋敷に入った事は無かったものだから、雇われの用心棒達が居るという事に気が回らなかったのだ。
「俺達がお屋敷の旦那様に付き出したりでもしようもんなら、
 お前お役所に連れてかれてその若さで犯罪者の烙印押されちまうぞ?
 そんな事も分からないお坊ちゃんかなー?」
「……うるせーよ」
「お、いっちょまえに口答え出来るのかー、偉いぞボーズ」
「うるせえ!」
「おーおー、元気が良いなー」
「いっ……!」
 ガツッ、と派手な音が室内に響き、頭部に痛みが走ってガイアは思わず顔を歪めた。殴られたらしい。しかし殴られる事など盗みを働いていれば良くある事であるし、何と言う事はない。問題は生きてここから出られるか、なのだが。
「どうする? こいつ」
「どうしようかねー。まー、良く良く見たらかーわいいツラしてるぜ」
「あ、やっぱそっちいっちゃう?」
「女も最近買えてねえから、ここの旦那に付き出す前に俺らが食っても罰は当たらねえだろ」
 屈強な男2人は何やらぞっとしない話をガイアの頭の上で交わしていて、いくら年端の行かないガイアでもその会話の意味する所は分かる。3日近く何も食べておらず、空腹で判断力が鈍っていたとは言え、そんな状態でそれなりに大きな屋敷に忍び込んだのがそもそもの間違いだった、と後悔しても後の祭りだ。抵抗しても痛い目に遭うし、抵抗しなくても痛い目に遭う。どうしろって言うんだよ、とガイアは忌々しそうに舌打ちを小さくしたのだが、彼にとって最悪な事に、部屋にまた誰かが入ってきた。
「……何だぁ?どーした、そのガキ」
 間延びした声でそう言った男は、外の見回りでもしていたのか少し濡れた頭髪をタオルで拭きながら、手に持っていたランタンを机の上に置いた。外は小雨が降っていて、少し肌寒い。その寒さがガイアがこの屋敷に忍び込んだ一因でもあった。1人増えた……、と彼はげんなりした顔で今しがた入ってきた男を見る。人相が悪くて如何にも悪人という風貌だなと素直な感想を抱いた。
「おー、グレゴ、丁度良いとこ帰ってきたな。
 いや、このガキが屋敷に忍び込んで盗みを働こうとしてたからさ、
 とっ捕まえて今からヤっちまおうかなーって思ってたんだよ。
 お前もやる?」
「……あー……」
 ぐい、と頭を掴まれて上げさせられ、顔が良く見える様にそんな事を言われたのだが、グレゴと呼ばれた男は反応も薄く、タオルを肩に掛けるとおもむろに腰のポーチから何かを取り出すと、ガイアの頭を掴んでいる男にその何かを差し出した。
「なあ、これでそいつ譲ってくれねえかぁ?」
「お、はりこんだなー」
「いやー、お前らのザーメンだらけのケツ穴使う気にもなれねぇし、かと言って雨だからもう外出たくねぇし」
 どうやら渡したのは金であったらしい。紙幣だった様だから、ガイアからは逆光で良く見えなかったけれども、確かにそれなりの金額であった事はガイアにも分かった。しかし本当にぞっとしない話を平気でする奴等だとガイアは思ったが、もう抵抗する気力が無くてぐったりしたまま黙っていた。
「相変わらず面倒臭がりだな。良いぜ、どうせお前帰ってきたって事は交代だしな」
「んー、適当に酒飲んで来いよ」
「そうするわ。良かったなあボーズ、このおにーさんが優し〜く相手してくれるってよ」
「………」
 優しかろうがそうでなかろうが、3人が1人に減ったところでやられる事には変わりない。そのまま顔を伏せたガイアの耳に、頭を掴んでいた男の下卑た低い笑い声が滑り込んできたけれども、色々な事がどうでも良くなってきていたガイアにはもうどうにでもしろよ……という思いしか無かった。
そしてガイアを捕まえた男2人が明け方には戻るという言葉を残して部屋から出て行くと、何故かグレゴはでかい溜め息を吐いてガイアの側にしゃがみこんだ。
「よーぉ、ちょーっと盗みに入るとこ間違えたなー」
「……うっせー」
「ま、雨だしさみーし、どっかに忍び込みたくもなるわなぁ」
「……っ」
 突然の浮遊感を覚え、両肩を持たれて座らせられる。グレゴは繁々と座ったガイアの顔を見てからもう一度でかい溜め息を吐いた。
「悪ぃなー、あいつら男でも女でも見境ねえからな。
 ああくっそ、随分キツく縛ってやがんな……」
「いて、いてぇよ」
「ん、ちょーっと動くなよ」
「え、何……」
 縛っている縄を解こうとしてくれているのか、後ろに回ったグレゴが忌々しそうな声を漏らしたと同時に手首に痛みが走ったので、ガイアが思わず抗議の声を上げる。しかしその後に聞こえた金属音に振り向くと、グレゴが手に携えていた剣を抜いてガイアの手首の縄を切ろうとしてくれていた。確かにこれは動かない方が良さそうだとガイアは判断し、おとなしく縄が切られるのを待つ。
「ほれ、取れたぞ」
「………」
「おーいおい、そこはちゃーんと礼を言え」
「……これから俺を犯す奴に礼とか言えるか」
「あー、なるほど、そういう事ね。しねえしねえ、勃たねえし」
「……?」
 よっ、と小さな掛け声と共に腰を上げたグレゴは、その言葉通りにガイアをどうこうするつもりは無いのか、部屋に設えられた椅子にどっかり座ると机の上に剣を置いた。肩に置いたタオルでもう一度頭髪をがしがしと拭き、首を鳴らして一息つく。その様子をぽかんと見ていたガイアの視線に気付いたのか、グレゴは首を傾げた。
「何だぁ? もうそろそろあいつらも出ただろうし、行って良いぞ」
「……ほ、ほんとにしないのか?」
「だーから、勃たねえって言ってんだろー?
 いくらお前が女みてえなツラで華奢だからって、股間にイチモツついてるって時点で勃たねえよ」
「……じゃあ、何で……」
「さーて、ねえ」
 自分を掴んでいた男に差し出した紙幣は、本当にそれなりの金額だった。そんな金額をぽんと見ず知らずの子供を助ける為に出す様な男にはどうしても見えなくて、ガイアは自然と警戒する様な口調になってしまう。しかしグレゴは顰めっ面でガイアに何かをするつもりは一切無いとでも言うかの様に手をひらひらと振った。
 そんなうまい話があってたまるか、とガイアは噛み付こうとしたのだが、抗議の声は間抜けな音で遮られた。……ぐぅ、という。
「何だぁ、お前、腹減ってんのか?」
「……うるさいな、3日近く食ってないんだ」
「そーかぁ。えーと……」
 音の正体は、ガイアの腹の虫だった。この屋敷に忍び込んだのも飢えを満たす為であったのだから鳴ってもおかしくないのだが、よりによってこのタイミングだ。締まらない、とガイアは内心落ち込んだが、そんな彼を尻目にグレゴは再度ポーチから小さな壜を取り出した。
「あー、悪ぃ、これしかねえや。ほれ」
「……何だこれ」
「見りゃ分かるだろ、飴だ。これしか無かったから我慢しろ」
「ガキか俺は……」
「ガキだろー、どう見ても」
 もう一度座り込んでいるガイアの側まで来てしゃがんだグレゴが渡してくれた小壜の中には、色とりどりの飴が半分くらい入っていた。ランタンの光に反射するカラフルな飴は綺麗で、だけど何だか思い切り子供扱いされた気がしてガイアはじろりとグレゴを睨んだのだが、彼はおかしそうに笑うだけで一向にガイアを大人として見なかった。かなり気に食わなかったけれども背に腹は変えられないので、渡された小壜の蓋を開けて1つ取り出し口に含むと、安っぽい甘さが口いっぱいに広がり唾液が一気に分泌されて、早くその糖分を寄越せと言わんばかりに胃が飲み下す事を要求した。たかが安物の飴を、体が酷く喜んで欲している。
 ガイアは今まで、ずっと1人で生きてきた。今日の様にひもじい思いをする事なんてざらで、甘いものなんて殆ど食べた事が無かった。貧しく、その日の食い物にも困るような孤児の生活は、少年の心をどんどんと荒んだものにしてはざらついた感情を大人に対して抱かせていた。ガイアにとって大人は敵であり、騙し取るカモであったのだ。
 だけど、こんな風に何気なくぽんと差し出されたものは、彼の荒んだ心を清めはしなかったけれども平らにした。疲れた時に甘いものを食べると幸せな気分になるよね、と孤児院に居た頃シスターに言われて、ならないとガイアは内心シスターを馬鹿にしたものだが、その考えを今なら訂正出来るし自分の方が馬鹿だったと思える。たかがこんな安物の飴に、ガイアは言い様もない充足感を齎されたのだ。こんな子供騙しのものに―――
「うおっ……ど、どーしたお前、そーんなに腹減ってたのかぁ?」
 ぎょっとした様なグレゴの声に、ガイアは慌てて目元を乱暴に腕で擦る。しかし次々と溢れ出てくる涙は止まらなかった。まさか飴を食っただけで泣くとは思っていなかったのだろう、図体のでかい男は本気で驚いていた。
「だ、 誰かに飴とか、も、貰ったこと、なかった、から」
「あー、親居ねえのか。まあ居たら盗みとかやらんわなぁ」
「い、居ない、生まれてから、 殆どずっと、ひ、ひとりで、うぅ、」
「そーかそーかぁ、1人で何とか生きてきたかぁ。
 なら、神様もたまにゃご褒美くれるってもんさ。ゆっくり食えよ」
 声を所々詰まらせ、しゃくりあげるガイアに対し、グレゴは偉かったな、とか、頑張ったな、とか、そういった言葉は一言も言わなかった。それは大人の上から目線になるからで、仮令子供相手であってもガイアのプライドを傷付けると思ったのかも知れないし、何か思うところがあったのかも知れなかった。ただ苦笑してぽんぽんとガイアの暗めの橙色の頭を撫でただけで、それ以上は何も言わずに黙って胡座をかいたまま、ガイアが泣き止むのを待っていた。
 ぐす、と洟を啜って再度腕で乱暴に涙を拭ったガイアは、口の中でほんの小さな欠片になった飴を噛み砕いて飲み下してから罰が悪そうな顔でじろっとグレゴを睨んだ。
「……ありがと」
「おー、やーっと礼言ったなー。
 礼が言える良い子にはこれをやろう、手ぇ出せ」
「?」
 言われるままにガイアが手を出すと、まだ成熟途中のその手の上にどちゃっ、という音と共に何か重みのあるものが落とされた。少し汚れたそれは、しかし一目で金貨が入った巾着だと分かる。今度慌てるのはガイアの番だった。
「お、おい、これあんたの有り金全部じゃないのか」
「ガキが気にするこっちゃねえよ」
「するに決まってんだろ! 明日からどうすんだあんた」
「どうにかなるだろー、実際今までどうにかなってきたし」
「………」
 ガイアは今まで、ここまで楽観的な大人を見た事が無い。見ず知らずの小汚い子供に食べ物を与えて自分の行いに酔いしれている大人ならば数多く見てきたが、こんな風に知らない子供に対してもまるで近所の見知った子供に対する様に接し金まで与えてくれる様な、悪く言えば馬鹿みたいな大人は見た事がなかったのだ。普段のガイアならば一言ばっさりと馬鹿な奴だと言い捨ててその金を奪って逃げるのであろうけれども、この男相手にそんな事をするつもりには全くなれなかった。
「お前がこれから真人間になろうと盗人のままだろうと、
 そりゃー俺の知った事じゃねえし口出しする事でもねえけどよ、
 人の道に外れた真似だけはすんなよ。
 それと、いくら惨めでも無様でも、這い蹲ってでも生きろ。
 良いな、おにーさんとの約束だ」
「……おにーさんって言うよりおっさんじゃん」
「可愛くねーな! 俺ゃまだ27だ!!」
「いでででで! いてーよ!!」
 顔に似合わず至極全うな事を言ったグレゴに、ガイアが怪訝な顔で率直な意見を言うと、グレゴは両の拳でぐりぐりとガイアのこめかみを押してくる。ガイアを捕まえた男が殴ってきた時より痛くて、だけど不快感はなかった。まるで身内がふざけて絡んでくるかの様な雰囲気が心地良かった。
「雨降ってるから足元気を付けて行けよー」
 気がつけば夜も更け、誰の目にも留まらないだろうという時分になった為、窓から出ようとした自分に声を掛けてくれたグレゴに、本当にいちいちこの男は無駄に親切だなと思ってガイアは振り返る。ガイアを捕まえた男達は明け方には戻るとは言ったけれども予定を変更して戻ってくるかも知れなくて、どうせだったら夜明け前まで居させても良いけど見つかると面倒臭ぇから悪ぃな、とまで言ったグレゴは机に置いた剣を鞘から抜いて、手入れをし始めていた。
「なあ、何で見ず知らずの俺にここまでしてくれたんだ」
「さーて、なあ」
「さっきもそう言ったぞ」
 最初から疑問に思っていた事をもう一度尋ねても、グレゴは肩を竦めるだけてはぐらかし、答えてはくれなかった。しかしその曖昧な態度に、ガイアは今度こそ追撃をかけた。答えを聞くまでここから出ないと言うかの様にじっと睨んでくるガイアに、グレゴはやれやれ…と小さく溜息を吐く。
「……弟が、な。お前くらいの年で死んだ」
「………」
 どこか遠くを見る様に、ガイアのその後ろを見るかの様に、グレゴは懐かしむ声音で短く教えてくれた。家族が居た事が無いガイアにとって、弟というものがどんなものであるのかは分からない。しかし、グレゴにとってはひどく大切な存在であったのだろう。今日初めて会った子供に、その姿を重ねてしまう程度には。だがそれ以上の事を言うつもりは無いのか、グレゴはしっしっ、と手を振ってさっさとガイアに行く様に促した。
「今ならどこもかしこも警備が手薄だ、とっとと行け。
 今度からは身の程にあった盗みだけやれよ」
「……借りが出来た」
「んー? じゃー、お前が大人になってどっかで会えたら酒でも奢ってくれ」
「良いぜ。おっさんも死ぬなよ」
「だーからおっさんじゃねえっての!ったく、可愛くねーなー」
 顰めっ面で言うグレゴの外見はお世辞にも若いとは言えないが、ガイアは最初に抱いた如何にも悪人という風貌という感想は打ち消した。良く見たら人懐こそうで、優しい目をしている。今までガイアとは比べ物にならない程の苦労をしてきたのかも知れないし、だけどそれを感じさせない人柄はどこかでまた会えたら、とガイアに思わせた。右手を軽く挙げて別れの挨拶をすると、グレゴも薄く笑って同じ様に右手を挙げ、人差し指と中指を立てると軽く交差させた。その印が何を意味するか、ガイアは知っている。

―――Good luck.

 名乗りもしなかった不躾な子供に、それでも幸運を祈ると無言で示してくれた男は、今度こそ目線をガイアから離して手元の剣に落とし、手入れを再開した。ガイアもそれ以上何も言わず、窓から立ち去り、夜の闇の中へと消えて行った。



 あの時貰った、小壜に入った飴は殆ど食べてしまったがひとつだけ残してある。それはある種のお守りの様なもので、どん底の状況下でも「生きろよ」と言われた事を思い出す為のものであったと言っても過言ではなかった。あれから数年経ち、一端の盗賊となってから引き受けた依頼で、裁判でとある貴族の名を出さねばその貴族の幼い娘の命を奪う事が案件に含まれたものもあったが、人の道に外れる事はするなと言われた事が強烈に頭に蘇り、許されるとは思わなかったが名を出した貴族の無実を訴える書状を匿名で出した事もある。あの晩、小壜に入れられた飴と引き換えに交わされた約束は守っているつもりだ。


 ばっかだなぁ、あれだけの人数、敵に回してよ。
 高々ガキ1人じゃんか。放っといて逃げりゃ良いのに。


 盗人のガキ1人に有り金全て渡してくれたあの馬鹿みたいな男は、今も自分の義を貫いて子供を助けているらしい。変わってねえの、とガイアは苦笑し、腰の後ろに挿している剣を抜くとペガサスを操るティアモに下降する様に頼んだ。
「じゃ、上から援護、頼んだぜ!」
「無茶しないでくださいね!」
「ああ、心配するなって」
 加入して日が浅い、しかも盗賊であるガイアに対しても、この軍の者達は分け隔て無く接してくれる。それはこのティアモも例外ではなく、あんな風に心配をしてくれるのだ。
 別に全うに生きてきたつもりはない。結局は盗賊風情になってしまったが、それを後悔などしていない。しかし、外道と呼ばれる様な真似をせずに生きてきたつもりだ。だから少しは報われているのかも知れない。たかが盗賊をこんな風に仲間として迎え入れてくれる、全うな軍があるのだから。
「おい、約束通り酒奢りに来たぜおっさん!」
「はあ?! 誰がおっさんだこの……ん?」
「ついでに、きっちり約束守ってるって言いに来たぜ!」
「……あー、あん時のガキかぁ、いっちょまえに剣とか振れる様になったかぁ!」
「ガキって言うな!」
「う、うわぁ〜ん、また知らないひとが増えたよー!」
 ティアモのペガサスから着地しても怪我をしない程度の高さから降り、グレゴに駆け寄って開口一番おっさん呼ばわりすると、予想した通り彼は敵を尻目に勢い良く振り向いた。あれから10年までは経っていないが、色々と苦労したのだろう男はそれでもそんなには老けていなかった。元から老け顔であるせいもあるかも知れないが。
 そして傍らの少女が半べそになったのを受けて、グレゴは少しだけ慌てて少女を側に寄せた。
「だーいじょうぶだ嬢ちゃん、こいつは敵じゃねえから。
 あんたを助けに来てくれたんだから泣くな」
「ううっ……ぐすっ……」
「相変わらず子供に縁があるんだな」
「好きで縁がある訳じゃねえっつーの」
 不服そうな声を上げたグレゴは、しかし迷惑だとは微塵も思っていないのか、少女をなるべく危険な目に遭わせまいと自分の側から離さずに改めて剣を構える。その彼の背を守る様に、ガイアは背中合わせになって敵を見据えた。
「よーっし、じゃあ良い酒奢って貰う為にいっちょやるかぁ!」
 背中から聞こえてきた威勢の良い声は、暑い砂漠の空に小気味良く響く。その声を聞いて、良い酒だなんて一言も言ってねえよ、とガイアは苦笑し、迫り来る敵へ応戦をする為、抜いた剣を低く構える。腰に下げているポーチの中に入っている小壜の中の飴玉が、武運を祈る様にカランと鳴った様な気がしていた。