ロンクーとグレゴが殴り合いの喧嘩をしたという事は朝になるとそれなりに軍内に知れ渡ったが、前線で戦える2人が険悪な仲になれば戦闘に差し支えるという事もあり、揶揄する者も居たがグレゴが予想していた程何か言われた訳では無かった。下手に蒸し返して本人達の機嫌を損ねる事はよした方が良さそうだという大人の対応が見られ、その辺りも居心地の良いとこだと彼に妙な感想を抱かせた。
しかし精神的に大人ではない者は別だ。この軍には自分達より遥かに長く生きているにも関わらず、心身共に子供な者が居る。その子供は遅い昼休憩の為に一時的に行軍を止めた昼下がりに、木陰でもそもそと配給のパンを齧りながら塩のスープを飲んでいたグレゴの元に駆け足で寄ってきた。彼がこの軍に加入してきた時はそうでもなかったが、大所帯になった今、1日会わないという事も良くある。
「グレゴー!聞いたよー、ロンクーとケンカしちゃったの?」
「…おー」
大声で言わなくても聞こえてるっつーの、と言う気力も無く、グレゴは短い返事をする。元から甲高い彼女の声は、遠くからでも良く響いた。自分の前でちょこんと座った彼女―ノノに、グレゴは椀の中に残ったスープを全部飲み干してから忠告する。
「あのなーノノ、そういう事を大声で言うんじゃねえぞー?
 誰だって蒸し返されたくねえ事くらいあるもんだ」
「えー、でもケンカはケンカでしょ?」
「…そうだけどよー」
グレゴの不満そうな声に、それでもノノはきょとんした様な顔で小首を傾げた。それは口にされたくない話題なのだと暗にグレゴが言っている事が理解出来ない様で、彼は更に顰めっ面になる。ノノは余り察するという事が出来ないから1から説明した方が良いのだが、そこまでしてやる程グレゴの今の気分は良いものではなかった。
「おうノノ、おっさんはあんまりその話題はして欲しくないってよ!
 だからもう少し離れろ」
「おっさん言うな。ついでに嫁を膝に抱えとけ」
ノノの後からついてきていたヴェイクが、必要以上にグレゴの側に座った彼女の脇を抱えてひょいと抱き上げる。ノノを娶ったは良いものの、彼女が他の男と何の気も無しとは言え親密にしているのを見るのは嫌なのだろう。特にノノはグレゴに文字通り良く絡んでくる。恐らくギムレー教団から助けた事が多大に影響しているのだろうとはグレゴもヴェイクも分かっているが、グレゴが何度注意してもノノはすぐ忘れてしまうのか態度が改まらない。最近はヴェイクも諦めて、せめてもう少し離れろと言う様になった。
「あのね、さっきロンクーがヴェイクに相談しに来たの」
「ついかっとなって殴ってしまった、
 目も合わせてくれないし口もきいてくれないし、
 どう謝ったものか分からない、だってよ」
「…ふーん」
どうやらロンクーは既に反省してグレゴに謝罪したいらしい。グレゴがユーリ達には自分から殴ったと言ったけれども、ロンクーは一応ヴェイク達に訂正した様だ。しかしよりによって相談する相手がヴェイクとは、あいつ他に友達居ねえのかと妙な顔をしてしまったグレゴはそれでも気のない返事をした。
「聞いたぜ、ガイアがお前にキスしたって?
 それでお前が悪びれもしなかったからつい、ってよ」
「キスの1つや2つで目くじら立てられちゃ、こっちも堪ったもんじゃねえよ…」
「えー、でもノノ、ヴェイクがノノと違う人とキスしてたらいやー」
「俺様はしねえぞ!お前だけだ!」
「ほんとー?嬉しいー!」
「……… …他所でやれ」
ロンクーが殴った経緯を聞いたらしいヴェイクが理由を言われ、グレゴは溜息しか出ない。ロンクーと寝る様になってもグレゴは女を買いに行く事は止めなかったし、ロンクーも余り良い顔はしなかったが黙認はしていた。なのに今更、ガイアがキスしてきただけで殴ってきたのだ。グレゴにしてみればその基準は何なんだよ、と言いたい所ではある。彼は目の前で体を寄せ合って2人の世界を作り始めたヴェイクとノノを見ながらどいつもこいつも、とげんなりした。ただ、男同士でキスをしたという事についてヴェイクとノノが何の疑問も抱いていないという事については気が付いていなかった。
ノノが言いたい事は分かる。好きな相手が他人とキスをしているのを見るのは気分が良くないものだろう。しかし、グレゴはロンクーから差し出された指輪を未だに貰ってもいなければ彼を好いている訳でもない。束縛される事が嫌いなグレゴは今までも特定の女を作った事が無く、何時も娼婦を相手にしていた。彼女達が一番後腐れ無くて良いと思っているし、入れ込まれる事も無い。だがロンクーはセルジュが言った様に彼女達に入れ込んでしまった馬鹿な客の様に、グレゴに入れ込んでしまった。どこが良いんだこんなおっさん、とグレゴ本人は思うのだが、ロンクーは大真面目にあの指輪を買った訳で。
「グレゴは、ロンクーのこと好きじゃないの?」
「…ねえなあ」
「じゃあ、嫌い?」
「嫌いじゃねえけど、好きでもねえんだよなー…
 …って、おい、そういやあんたも俺とあいつが付き合ってるって勘違いしてたのかぁ?」
ヴェイクの膝の上に座ったノノが首を傾げながら尋ねてきた質問に顎に手をあて答えたグレゴは、はたと思い立って聞いた。セルジュは皆そう思っていると言ったが、ひょっとしてノノにまで思われているのだろうか。だとしたら何となくダメージが更に大きくなる様な気がする。今更なのだが。
「付き合ってるかどうかはノノ知らないけど、
 ロンクーがグレゴのことすーっごく好きなのは知ってるよ?
 だっていっつも見てるもん」
「…うわあ…」
どういう経緯でロンクーがグレゴを殴ったのかを考えたら、いくら察しの悪いノノであってもロンクーがどう思っているのかくらいは分かるらしい。そして案外観察力があるノノは、ロンクーが誰を何時も見ているのか程度は分かっていた様だ。グレゴだって一応は視線を感じなかった訳でもないが、面倒臭くて放っておいている。もうこの軍の中では自分達の仲はそういうものだと思われていると断言しても差し支えないのだろうが、それはグレゴにとっては心の底から不本意だ。
先にも述べたが、グレゴにとってロンクーは恋愛対象になり得ない。間に金銭が発生している時点で対象外だ。そもそもはロンクーがグレゴに対して金を渡して男にしてくれと頼んできたのだから、責められてもグレゴは困る。金を渡され男にしてくれ、と依頼した時点でグレゴは「こいつは客」という認識しか持てなくなっているし、未だにその認識なものだから寝る前には必ず金を貰う。ただ、貰わずに寝るのかと問われればグレゴは否と答えるけれども。何が悲しくて無償で男に抱かれなくてはならないのだ。
「…で、お前はあいつに何て言ったんだぁ?」
「ん?ケンカしたばっかの時は速やかに謝るのも良いけど、
 ちょっと時間置いた方が相手の怒りも少しは治まるって言っといたぜ?」
「…ま、お前にしちゃ上出来な回答だなー」
「おうおう、グレゴ、俺様を誰だと思ってるんだ?
 貧民街の頼れる兄貴だぜ?」
「喧嘩の仲裁もお手の物ってか。なーるほどね」
多分、ヴェイクはロンクーが相談してきたからノノを連れてグレゴの元に来たのだろう。そうでなければヴェイクがグレゴの元へ来る理由が無い。自分1人ではグレゴが話をはぐらかすかも知れないと判断してノノを連れてきたに違いない。ノノは誰とでも遊ぶが、取り分けグレゴには良く遊ぼうと言ってくるからだ。その理由をグレゴは認めたくはないが、恐らく。
「いやー、やっぱライバルでもあり良き友人って奴がお義父さんと喧嘩したってなるとなー!
 世話焼きたくなるじゃん?」
「だーれがお義父さんだぁ?!」
「お前!」
「グレゴ!」
「くっそぉ…」
…そう、ノノはグレゴに記憶の中に存在しない父親を重ねているらしい。危ない所を助けてくれて、多少の我儘も聞いてくれて、遊ぼうと言えば不承不承遊んでくれる彼を父親の様に思っていた様だ。それをヴェイクにも言ったのか、はたまた彼もそんな風に思っていたのか、ノノと結婚すると決めた時、一番最初にグレゴに言いに来た。俺はあんたの親父じゃねえぞとグレゴは一応言ったが、でも最初に言いたかったんだもんとノノに言われてしまっては何も言う事が出来なくて、以来、ヴェイクとノノの間ではグレゴはノノの父親の様なものと認識されている。ヴェイクも元は孤児で、両親が居なかったものだから、そういう存在が出来たというのは嬉しいものなのだろう。グレゴにとっては物凄く腑に落ちないが。こんなでかい息子が居て堪るか、という心情だ。ギリギリ居てもおかしくはない年齢ではあるのだけれども。
「でもねえグレゴ、ロンクーがグレゴのこと好きなのはちゃんとわかってあげててね?
 グレゴがロンクーのこと好きになるかどうかはノノには分からないけど、
 本気かどうかを疑ったりしないでわかってあげてね」
「………」
そして不意にノノが零した言葉に、グレゴだけではなくてヴェイクも目を丸くしてしまった。ノノは相変わらずにこにこと笑ってその反応に首を傾げ、男2人が酷く驚いているという事を理解していない様だった。
ノノはグレゴ達よりもうんと長い時間生きている。辛い事や悲しい事、苦しい事をグレゴ達より遥かに経験して今を生きている。その中で出逢った者達の心模様、愛憎というものを知らず知らずの内に見てきた。そして、その中でどうしても相手を信じられずに離れていってしまったという者も見てきたのだろう。否、最期まで一緒に居たのに、最期まで信じられなかったという者も見たのかも知れない。だから彼女はグレゴがロンクーを信じていないと思ったのかも知れなかった。
信じていない訳ではないが、かと言って信じているかと問われればグレゴは首を横に振る。勿論ロンクーの剣の腕前は信じているけれども、恋愛経験が皆無と言って良いだろう彼の情念を本気で信じる事は出来ない。男女でさえ熱は冷めるというのに、女を知らず男であるグレゴしか知らないロンクーがその熱を持ったまま居られるとは思わなかった。そんな事を言い出したら男女であってもそうだろうと言われてしまうと思うのだが、年若い男の前途を潰す様な真似は流石のグレゴでもしたくはない。セルジュに言った通り、断れば後が酷いし金も貰えるので依頼を断る事が無かったとは言え、そろそろそれも終わらせた方が良いだろう。
「…ま、分かった上でどうするかは、俺次第って事だよなー」
「お?決めたか?」
「迷いは剣に出るからなー。ばっさり諦めさせるわ」
「…えー、グレゴ、ふっちゃうの?」
「ノノ、男ってのはな、失恋を経験して良い男になってくんだよ。
 いつまでも若い男に男のケツ追っ掛けさせる訳にはいかねえからなー」
「そっかー。ロンクーが諦めるとは思わないけど、がんばってね!」
「そうだよな、あいつが諦めるとは思えないけど頑張れよ!」
「……… …おーう」
グレゴが下した決断を口にすると、ノノもヴェイクも不吉な事を言いながらにぱっと笑った。グレゴはその2人の反応に、また大きな溜息を吐いた。



行軍は順調に進み、天気も良く日が長いという事もあり、予定していた地点よりも先の水場地点で野営を張ったイーリス軍は、食事当番の者達が軍内の者達の腹を満たす為に夕食を作っていた。その他の者達は武具の点検をしたり、早めの休息を取って夜番に備えたり、趣味の時間に当てたりしていたが、グレゴは私闘のペナルティとして課せられた水汲みをしていた。小川で木桶に水を汲んで食事を作っている所まで往復するという単調な仕事だが、これが結構重労働だ。軍の人数はそれなりの規模であるが故に、水源が近ければ1度の食事に使われる水も膨大になる。水源が無ければ殆ど保存食で済まされてしまうので、今日は昼間の塩のスープと良い、結構な贅沢をしていると言えた。
「ようおっさん、手伝おうか?」
「だーからおっさん言うな。おう、1つ持て」
水汲み係は1人ではないとは言え、運ぶ量も速さもまちまちだ。だから1人で黙々と運んでいたグレゴに、1人の男が声を掛けた。ガイアだ。どうやら彼は今日の夕方は何の用事も無いらしい。
「聞いたぜ、水汲み当番1ヶ月だってな」
「ったく、だーれの所為だと思ってやがんだぁ?」
「はは、悪い悪い、だからこうやって手伝ってんじゃん」
苦笑しながらグレゴから水が波々と入った木桶を受け取ったガイアは、彼と肩を並べる。キスした後にロンクーが来る事は予測出来ても、まさか殴り合いの喧嘩になるとは思っていなかった様で、彼としても少しは悪いと思っている様だ。グレゴの頬の湿布は取れたがまだ少し赤みを帯びているから、余計にそう思うのだろう。
「しかし、本当にあいつはお前が好きなんだな。
 俺の所まで来たぞ」
「はあ?何か言ってたかぁ?」
「グレゴが誰とキスしてもそれはあいつの勝手だし、俺が口出しする事じゃないかも知れないが、
 俺に見せ付ける様な真似はするな、だってさ。
 お前が誰かと何するのも勝手だけど、せめて自分が見てない所でやって欲しいって思ってんだろうな。
 いや、中々どうして、一途だよな」
呆れた様にグレゴが尋ねると、ガイアは喉の奥で低く笑いながら答えてくれた。ロンクーはグレゴが女を買ったりする事に対して不服そうな顔をする事はあっても文句を言う事は殆ど無い。その辺りはグレゴが自分に気が無いという事を理解して譲歩しているのだろう。束縛される事を嫌うグレゴの機嫌を損ねてはいけないと思っているのかも知れない。だが矢張り目撃すれば気分の良いものではないから、せめて目に付かない所でやって欲しいのだろう。その言葉に、グレゴはこめかみを押さえながら苦い顔をする。
「俺のどこがどう良かったんだろうなー…」
「締まりが良かったんじゃないか?」
「それだけであそこまで執着するかぁ?」
「さあな。だけど、体の相性っていうのは大事だろ?
 いくら好き合ってても、体の相性悪かったら続かないぜ?」
「…まー…否定はしねえけどよー…」
理解出来ない、とでも言う様にグレゴが独りごち、それに答えながらガイアが木桶を持っている手を変えながら空いた腕を屈伸させる。グレゴよりは腕力が劣る彼には重たかった様だ。
ガイアの言う通り、体の相性も確かに大事だ。しかしロンクーはグレゴ以外を抱いた事が無いので比較する対象というものを知らない。男の硬い体を抱くよりは女の柔らかい体を抱く方が遥かに良いのではないかとグレゴは思うし、それを知った上でそれでもお前が良いと言うのなら考えなくも無いが、ロンクーは一向に女を抱こうとする意思を見せない。強要するつもりはないけれども、世界が狭過ぎやしないかとも思うのだ。だから諦めて貰った方が良い。
「どの道、お前が逃げてもあいつは追い掛けると思うけど?
 どうせお前、諦めさせようと思ってるだろ?」
「何が何でも諦めて貰うぜ、俺ぁバジーリオさんの右腕が男のケツ追っ掛けてるとか思われたくねえし」
「何だよ、ロンクーの為じゃなくてバジーリオの為か?」
「どっちの為にもなるだろー、前途ある若者がおっさん追っ掛けるより落ち着いて女作った方が余程良いぜー?」
グレゴの言に肩を竦めたガイアは、どこからともなく取り出した飴を口に放り込んでふうん、と息を漏らす。何か言いたげな彼のその表情に、グレゴは再度眉を顰めた。
今グレゴが口にした言葉に、偽りは無い。昔世話になった事があるバジーリオが目を掛け、将来は後継者にと公言している男が、よりにもよって同性愛者であれば何を言われるか分からない。否、フェリアは力が物を言う国であるので性に対しては大らかだし同性愛についても同様なのだが、国王クラスの者やその側近がそうであれば対外的にもまずいものがある。世界はフェリアの様に大らかではないし、男は女と番うもの、というのが一般的な考えだ。グレゴもそう思っているし、現に従軍している非戦闘員の女達は奇異の目で見ている。グレゴに対しては羨望も含まれているのだと思うのだが、大体は蔑視だ。
グレゴにとって蔑視や陰口、罵りはそこまで心を痛める事ではない。傷付きやすいという側面を持つ彼ではあるが、すぐに立ち直る。しかし自分が世話になった人間やその身内が同じ様な目を向けられたり言われたりする事は余り気分の良いものではなかった。だから、ロンクーの依頼を引き受けた事は軽率だったと今なら痛感してしまう。あの時手に乗せられた巾着を無理矢理にでも返していればこんなややこしい事にはならなかった、と自覚している分、他人を責める事など出来なくて、グレゴはただただ頭痛しか感じられなくなってしまう。
「ま、お前はロンクーの事好きじゃないみたいだけど、傍から見りゃドツボに嵌ってるよな。
 何かあったら相談しろよ、お前のそういう話は嫌いじゃない」
「…あのなー、お前、ただでさえ昨日の事でセルジュがおかんむりなんだぜー?
 俺ぁセルジュに殺されんのは嫌だぞ…」
「おっと、それじゃあセルジュにも言っておくか。
 2人で聞いてやるよ、そしたら大丈夫だろ」
「そういう問題かよ…」
くっくっく、と笑いながらからかう様にガイアが笑ったので、グレゴは呆れた様にセルジュの名前を出した。嫉妬深いとセルジュ本人が言っていたし、彼女だって意中の男が親しげに他の男とこそこそと話しているのを知れば余り良い気はしないだろう。仮令ガイアとグレゴがそういう仲ではないと知っていてもだ。セルジュの冷たい微笑みとうふふ、という笑い声を思い出し、グレゴは背筋が寒くなったのを感じてぶるっと体を震わせた。セルジュの様な女は怒らせると怖い。それはガイアも知っている筈なのだが、涼しい顔をしたまま呑気に飴を舐めていた。グレゴはその内痛い目遭うぜ、と言おうかとも思ったけれども、言うのも面倒臭くて止めた。
「じゃ、俺この辺でな」
「おいおい、たったこれだけの手伝いかあ?」
「あんまり手伝ってたらペナルティの意味が無いだろ?
 あ、あとそれはそれ、これはこれだから、甘い物よろしくな」
「………くっそぉ…」
そして野営まであと数メートルという所でガイアがグレゴに木桶を渡し、軽く右手を挙げて彼を置き去りにしたまま先に野営へと戻って行った。残されたグレゴはずしりと重い木桶を両手に抱えて顰めっ面のままその後姿を見送ったのだが、風が運ぶ炊き出しの匂いに空腹が刺激されて腹の虫が鳴いたので、彼も足早に賑やかな声がする方へと歩いて行った。グレゴが歩いた後ろには木桶から零れた水が点々と地面に跡を残していたけれども、彼の心の靄とは違い、すぐに消えていった。