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あの人へ、薔薇を

「薔薇の作り方を教えて欲しいんだ」
 青いバンダナを頭に巻いた青年がどこか決まりが悪そうにそう頼んできたので、カイエンは解れた自分の服の袖口を縫っていた手を止めた。自分で出来る事は自分でやる、がメンバー内の暗黙の決まり事なので、裁縫程度なら彼は自分でやってしまう。
「薔薇……で御座るか」
 わざわざ自分に聞いてきたという事はつまり、造花の薔薇の作り方を聞いているのだろう。生花なら別に買えば良い。もっとも、世界が一度崩壊してしまった今では絢爛豪華な薔薇など高価なものだろうけれども。
「薔薇と言っても……どの品種の薔薇で御座るかね。拙者もそう詳しくは御座らんが……」
 中途半端に放っておくのも危険なので、終わった時点までで糸を結んで針を仕舞う。言い澱んでいるロックを別段急かす訳でも無く、カイエンは次の言葉を待った。大体、花を育てる、というならまだしも、作るという概念は普通の人間は無い。
「品種って言うか……その、……『セリス』って薔薇を、作りたいんだ」
「……斯様な品種があるとは知らなんだ」
「俺もシド博士がセリスに品種改良してやったって聞いただけだけど……」
「………」
 それは作る以前に、どんな花弁の形をしてどんな色をしていてどれくらいの大きさなのかなど、さっぱり分からないという事なのではないだろうか。カイエンは思わず無言で額に手を当てて考え込んでしまった。
「む、無理、かな。やっぱ」
「無理以前の問題で御座ろう……」
 目的の物を緻密に調べ、それからアタックをかけるトレジャーハンターらしからぬ言動の様な気がしてしまう。

 ―――薔薇、ね。

「そうさな……では、ロック殿も品種改良とやらをしてみるかね」
「……俺が?」
「分からぬのであれば、ロック殿なりのその薔薇を作れば良いで御座ろう」
 カイエンとしても半ば無理矢理思い込んでそう言ったのだが、ロックはそうか、と直ぐに納得した様だった。しかしその後に用意された針金や切れ端の布、リボンその他諸々は、ロックにとってみたらこれがどんな手順を踏んだら花になるのか分からなかった。しかも、
「三角を上から折り込む様にしたら芯が出来て、後は残りを交互にこう……折って、
 端の片方を持ってもう片方をゆっくり引いていくと、巻いていくで御座るから、
 ……ここまで巻けば良いで御座るかな」
 手に持ったリボンで小さな薔薇をあっと言う間に造られてしまったので唖然とする他無い。案外手先が器用らしい。
「まあ、これは単なる例で御座るから作らなくても良いとして」
「い、良いのか?」
「こんな小さいものを渡すのもどうかと思うで御座る」
「……確かに」
「基本さえ覚えればあとは自分でどうにでも出来るで御座るし、取り合えず普通の薔薇を教えておくで御座る」
 細い針金を手に持ってそう言われた為、大事なのはこれからなのかとロックは自分も手に針金を持つ。黙々と細かい作業を大の男二人でやっている図は傍から見れば中々奇妙なものではあるのだが、二人共真剣そのもので、しかも手に持っているのは花なので尚更だった。恐らくセッツァー辺りが見たら何やってんだお前らと言うに違いない。作業を始めて暫くするとロックもコツが掴めてきたのか、花弁に変化をつけたり形を変えたりし始めた。考えるのが楽しくなってきたらしい。
「なあ、何で造花作ろうって思ったんだ?」
 間に流れる沈黙にそろそろ飽きたのか、ロックがそんな事を尋ねてきたので、別の花を作っていたカイエンの手が少し止まった。ロックの手付きが慣れてきたのを見計らって違う花を作っていた様だ。
「……花は、誰も傷付けぬから」
 止めた手をまた動かし始めて彼はそんな事をぽつりと呟いた。答えになっていない様なその呟きは、しかしロックにまずい事を聞いたかな、と思わせる程の力を持っていた。
「あの日亡くなった国の者達に花を手向けようと思うたが、思いついた時はもう世界が引き裂かれた後で御座ってな。
 花など容易に見付からなんだから、自分で作ってみたで御座る」
「……ドマに、帰ったのか?」
「いや、恥ずかしい事で御座るが、戻るのが怖くてな。遠く離れた地で祈っておった」
 自棄に自嘲気味なその声音に、ロックが思わず顔色を伺うと、彼は随分と無表情だった。いつか見た事があるな、と思っていたら、以前飛空艇の甲板で遠くを眺めていた時の顔だと思い出した。
 ロックは確かにレイチェルを喪った。だが、全てを失った訳ではない。愛し、大切にしてきた手の中のものを全て亡くしてしまったら、あんな表情になってしまうのだろうか。ロックはそんな事を思った。
「随分長い事生きて、その時々で常に後悔が最小になる様に生きてきたつもりで御座ったが、今となっては後悔ばかりが目立ってな。
 その後悔の数だけ、花を作ってしもうた」
「……後悔、してるのか?」
「そりゃ、拙者だって人間で御座るから、後悔くらいはするで御座るよ」
 ロックの質問に苦笑したカイエンは出来上がった花を側に置いて、また新しく針金を持つ。無意識の内に作った花はそれでも見栄えがとても良かった。
「拙者の妻は、本当は拙者の部下の男の妻になる筈で御座ってな。
 その男が祝言を挙げる前に亡くなってしもうて、まあ……色々あって、拙者が娶ったで御座る」
「へぇ……そんな事があったのか」
「妻は恋人が突然亡くなって、言いたかった事全てを言えなかった事を悔んでおった。
 だから拙者や息子に対して、言いたい事伝えたい事は全てその時々に口に出してくれてな。
 だが拙者はこういう性格で御座るから、殆ど言ってやった事がなくて……
 それはやはり、後悔しておるで御座るよ」
「………」
 それはロックにも痛い程分かる。突然記憶を失い、離れ、伝えたい事も十分に伝える事も出来ぬまま死んでしまった恋人。彼女にもっと愛していると言ってやれば良かった、とロックも思う。
「言わねば伝わらぬ事の方が多いのに、言ってやらなんだ。
 陛下にもお仕え出来た事の幸福を言う間も御座らんかったしな。
 喪って初めてそれに気付いて、随分後悔して、その分花を作っていたら、少しは心が安らいだで御座る」
 今、彼が亡き人達の為に作る花は決して物悲しいものではなく、寧ろ柔らかな幸せを孕んでいる様にも見えた。幸せ、というには語弊があるかも知れない。ロックはその感情が何であるのかには気付けなかった。
 ロックは手の中にある、自分が作った花を見る。その花の中に、何か自分の想いが篭っているだろうか。決して精巧に作られたものではないが、それでも唯一人の為を想い、形取られた薔薇は、確かにロックの心を安らげた。
「思っている事など、言わねば伝わらぬ。伝える事の大切さは、ロック殿も骨身に沁みていよう?」
「………」
「拙者はもう伝える事が出来ぬ。だが、ロック殿はまだ間に合うで御座ろう」
「……あんた、結構、人が悪いな」
「言った筈で御座る、拙者結構長い事生きておるとな」
「ははっ、違いねぇ」
 カイエンは苦笑したロックにリボンの束を投げ、噛み殺した様な笑みを浮かべた。柄で無い事は重々承知しているらしく、少しだけ居心地が悪そうにも見えた。
 受け取ったリボンで作った薔薇を束ねると、ちょっとした花束が出来た。ロックはその花束を持つと、腰を上げて伸びをする。久しぶりにこんな細かい作業をした。
「んじゃまぁ……教訓を生かして言ってくる事にするよ」
ロックがまだ座って他の花を作っているカイエンにそう言うと、彼は小さく手を挙げてその言葉に応えた。そして、ロックは漸く気が付いた。彼が作っている花に潜んでいるのは幸福だけではない。溢れて零れそうな程の、感謝が詰まっている。国に対して、また仕えた者に対して、そして何より家族に対しての、感謝の念。いつか自分も、そんな想いを託す事が出来る様になるのだろうか。ロックはそんな事を思いながら一度だけ礼を言うと、彼に背を向け歩き始めた。

ロックが作った「セリス」は、今でもセリスの部屋に大切に飾られている。