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とある男の健康回復に寄せて

 魔力供給の方法はいくつかあり、その内の一つが性交であるというのは聖杯の知識として頭にあるが、施設内に於いては特にそれで供給される必要は無い。それなのに何故目の前に妙な物が並べられているのかサリエリには理解出来なかったし、更に言えばその妙なものを興味津々で手に取り弄んでいる男が何故自分の部屋に居るのかも皆目分からなかった。
「へぇー、避妊具って今はこんな風になってるんだね。僕らの頃は庶民が使うものじゃなかったよね」
「……そもそも子を授かる為の行為なのだから避妊具は必要無かっただろう。と言うか、何故貴様がここに居る」
「え? だって君、魔力供給必要だろ?」
 サリエリにとって得体の知れないもの――だが形状からしてそれがどういう目的の物なのかは流石に分かる――を片手に能天気な洋梨面を向け、へらっと笑って見せたアマデウスに、彼は殺意を通り越して呆れるしか出来なかった。絶句したと言った方が正しいであろう。この男、自分が魔力供給をすると暗に言ってみせたのだ。よりにもよって、自分を殺そうとしている者に向かって。
 確かにサリエリは先程シミュレーションルームで戦闘時の立ち回りの訓練をした。元は単なる音楽家だ、生前は戦争に従軍した経験などただの一度も無かったので、英霊となれば多少の動きは出来ても経験は圧倒的に少ない。立ち回りもそうだが、魔力配分もマスターに任せきりでは単なる人間の少年にとっては負担がかかりすぎてしまう為、自主的に頼んで戦闘シミュレーションに何人かのサーヴァントに付き合ってもらい、模擬戦をした。
 その様な経緯から、確かに魔力充填度は通常時に比べてかなり低い。しかしサリエリは微量とは言え魔力回復能力があるので、しばらく安静にしていれば問題は無いのだ。
「貴様はよほど我に殺されたいらしいな。良いだろう、今日こそあの醜聞を現実のものに――」
「足手纏いにならない様にって君が自主訓練してるってマスターから聞いてね、相変わらず真面目だなあと思ったんだよ。で、マスターに魔力供給は僕がするねーって言ったら、ダ・ヴィンチがこれ一式くれたんだ。僕は単にピアノ弾いたら君の魔力回復が早くなるかと思っただけなんだけど」
「……ならそれを仕舞え。ピアノなら聴く」
「灰色の男って言う割には僕のピアノ好きすぎない?」
 枕元に置いていたミゼリコルデを抜こうとしたサリエリの言葉に被せる様に説明したアマデウスは嘘を吐いている風にも見えず、全身を巡った焦げてしまうと錯覚する程の憎悪はピアノの一言であっさりと鎮火した。このカルデアに召喚された当初はアマデウスの姿を見ただけで外装を纏いミゼリコルデを手に追い回していたとは思えない程の最近の律せようは、ダ・ヴィンチも感心しながら元のサリエリのメンタルの強さかもね、と評する程だ。ただ、アマデウスが言った様に、今でも天才と称される彼のピアノの音色は素晴らしいので、殺意よりも拝聴欲が優先されてしまうだけなのだが。
「それにしてもこれ、全部マスターの国のグッズらしいけど、性への探究心が素晴らしいよね。張り型なんてほらこんな」
「ええい妙な動きをさせる物を見せるな近寄らせるな!」
「あーっはっはっ、見ろよ、これめちゃくちゃ変な動きする!」
「よせと言っているんだ!」
 緑色の張り型をずいと突きつけられたかと思うとモーター音を立てながら動き始め、それがまた独特なくねり方をしていて、サリエリは寝台の隅へと後ずさる。横になって休もうとしていたところにアマデウスが無遠慮に入室してきて、持っていたカラーボックスの中身をサイドボードに並べた上に勝手に寝台の縁に座ったので、壁沿いに寝台を配置しているサリエリは降りるに降りられなかったのだ。彼の嫌そうな表情も特に気にしないアマデウスは、一頻り笑ってから張り型のスイッチを切った。
「この避妊具、世界一薄いらしいよ。マスターの国って変態的な技術があるねぇ」
「だからピアノは聴くからそれを仕舞え!」
「まあまあ。君も僕と同じ、健全な成人男子だ。興味が全く無いとは言わせないぞ?」
「馬鹿馬鹿しい、そんな物に興味があってたまるか」
「でもこんなに薄いよ、ほら」
「………破れないのか?」
「な、気になるよな」
 彼らの生前は貴族などの高い身分の者しか使用していなかったコンドームは動物などの腸から作られており、アマデウスが正方形の袋から取り出し指に通したゴムで作られたコンドームは二人にとって初めて見る物だ。そもそもセックスは先程サリエリが言った様に子を授かる為の行為であって、避妊するという考えがあまりなく、アマデウスもサリエリも生前はそれなりに子宝に恵まれた。ただ、それも成人するまでに命を落とす子供が多かったからというのもある。
 コンドームの薄さに結局興味を惹かれたサリエリに気を良くしたのか、アマデウスは口元だけで笑うと空いた片手でサリエリを引き寄せた。シーツが波打ち、体勢を大きく崩したサリエリが文句を言うより先にアマデウスが口を開く。
「ちょっと試してみない? 破れないのかどうか」
「……は?」
「元々僕は魔力供給の為に来たんだし、ちょうど良いから試してみようぜ」
「何が良いんだ、はな――……、」
「おっと」
 試すとは何だ、何をどうするつもりなんだ、と危機感を抱いたサリエリがアマデウスを突き放そうとしたのだが、ただでさえ魔力の消耗が激しいところに余計な怒りですり減らしてしまったせいで貧血になったかの様に目眩がし、体がぐらりと崩れ落ちかけた。膝立ちとなってしまった彼を支えたアマデウスが、やはりニッ、と悪戯をする子供の様に笑った。
「無茶な事なんてしないし、どうせなら君も楽しみたまえ。折角のダ・ヴィンチの厚意なんだから」
「この我が貴様相手に楽しめるとでも思うのか、ゴッドリープ!」
「へぇ、じゃあ誰相手なら楽しめるんだい?」
「っ、そもそも、そういう行為は、………」
「好きな相手とするもの? じゃあ尚更だ、君、僕の事物凄く好きだろ?」
「貴様のその根拠の無い自信はどこからくるん……おい待て、同意も無いのに脱がせようとするな!」
 側から見れば他愛ない睦言を交わしている様なのだが、生憎とサリエリは真剣に拒絶しようとしている。にも関わらず自信満々に本気の拒絶とは思っていないアマデウスがベルトを外そうとしたので慌てたのだが、下手に力任せにその手を掴もうものなら指を傷付けかねない。その一瞬の躊躇いを逃さなかったアマデウスは、サリエリとは正反対に何の躊躇いも無く緩めたベルトと共にズボンを下ろした。だがその下ろす手に違和感を覚え、途中で止めた。
「……君、ひょっとしてパンツ穿いてない?」
「うるさい、貴様が死んだ後は穿かない方が主流になったんだ!」
「あー、そうか、ファッションの変遷まで君は見たんだなあ。でも戦闘中は邪魔じゃないかい?」
「フルオーダーで仕立てたスーツでの現界だったせいか、特に支障は……って、貴様何を言わせるのだ」
「それ、僕のせい?」
 ガーターできっちりと留められたサリエリのシャツの裾の下には、アマデウスが想定していた下着が存在していなかった。アマデウスの生前は半ズボンにロングソックスが主流で下着はドロワーズだったので、彼にとって下着は「穿く事が当たり前」だった為、てっきりサリエリも穿いているものだと思っていた。召喚された時代も下着着用が当たり前であったし、自分以外の英霊も同様であると疑っておらず、だから他人の下着事情など気にした事が無かったのだ。
 だが蓋を開けてみれば、もといズボンを脱がせてみれば穿いていないと言う。張り型を片手に笑っていた時は冗談のつもりだったし、更に言うならダ・ヴィンチに申し出た時は本気でピアノを弾くだけのつもりだったというのに、一気にその冗談度合いが低下してしまい、アマデウスの口からは盛大な溜息が漏れた。
「イタリアの洒脱男め、何が何でも試してやろうじゃないか」
「はあ? どういう意味……」
「ズボンの下すっぽんぽんで戦ってんのがすけべだって意味。どうせだからさっきのこれは君に着けてあげよう」
 更に言われた言葉の意味を解する暇さえ与えずガーターのクリップからシャツの裾を強引に外したアマデウスの手が遠慮なくペニスに触れたものだから、サリエリは思わず声にならない叫び声を上げた。それもそうだろう、基本的にそんな所は自分しか触らないと言うのに、アマデウスは呑気に鼻歌を歌いながら指で広げていたコンドームをまだ何の反応も示していない――寧ろ触られて驚きのあまり少し萎縮してしまったペニスに装着しようとしている。
「うーん、やっぱり勃起してないと嵌めにくいものなんだねぇ。あ、ごめん、チン毛が巻き込まれた」
「地味に痛いぞ貴様ァ……」
「あいたたた! ごめんって、わざとじゃないから許してよ。これで射精しても汚さないんだし」
 思う様に嵌められなかった上にゴムの縁に陰毛が巻き込まれ、鍛えにくい箇所の皮膚が引っ張られて痛みを感じたサリエリが仕返しにアマデウスの前髪を数本抜ける程の強さで引っ張る。その痛みに僅かに涙で潤んだ目で見上げられ腹立たしくも怒りが引っ込んでしまい、そんな自分に対して眉間の皺を更に深くしたサリエリは、視線を逸らす為に仕方なく自分の下半身に目を向けた。
「……本当に破れなかったな、誠に遺憾ながら感心してしまった」
「んふふ、君のそういう真面目な所、僕大好きだよ。そんな君にこっちも試したいんだよね」
「調子に乗……何だそれは」
「気になるだろ? 指用のコンドームなんだってさ」
 サイドボードに置かれていた長方形の袋を取ったアマデウスが中身を取り出して見せ、中指に嵌める。ペニスに嵌めるものしか知らなかったサリエリはつい繁々と眺めてしまったが、その指に何か透明な液体が垂らされたのでそちらにも意識が向いた。粘度が高いのか、ボトルの先から垂れ落ちる速度が遅い。
「あ、これはね、ローション。挿れやすくするやつ」
「挿れ……ちょっと待て、もしかして」
「だから試してみようって言ってるじゃないか、人の話を聞かない奴だなぁ」
「貴様に言われたくないぞ! 待て、おい、」
「あんまり暴れると僕の指が折れちゃうよ?」
「っ、」
 ボトルを置きサリエリの腰を引き寄せた手でシャツの裾を捲りあげ、露わになった尻の割れ目に指を滑らせたアマデウスは、赤くなるやら青くなるやらで忙しいサリエリに少々ずるい物言いで彼の動きを封じた。無辜の怪物だか灰色の男だか知らないが、何だかんだ言ってサリエリはアマデウスの音楽に滅法弱い。心酔していると言っても良い。その音を生み出す指を傷める事があってはならないと自制が働く様を見ると、惜しみない称賛の言葉を連ねてくれた生前の柔和な表情を思い出してしまうのだ。あの顔をもう見られないのは残念だが、隙あらば殺してやろうと激しい殺意で歪むこの表情も悪くないと思ってしまう辺り僕も焼きが回ってるとアマデウスは喉の奥で苦笑した。
「ぁ、う」
 双丘の奥に侵入した、滑る指が襞を探る。当たり前だが外気に晒される事が殆ど無いそこに冷たいローションで濡れた指が触れれば嫌でも強張るというものだ。体を支える為にアマデウスの両肩に不本意ながら置いた両手も自然と力が入ってしまい、サリエリは無意識に爪を立てない様にしていた事に一瞬苛立ちを覚えたのだが、丹念に襞にローションを塗り付けられた孔にゆっくりと指が埋められていく感覚にさっと血の気が引いた。
「ま、待て、待ってくれ」
「うーん、狭い。指食い千切られそう」
「い、挿れる為の所ではないのだから当然、だろうっ」
「でも滑りは良いね、ローションのお陰で」
「ひィ、よ、よせ、やめろ、お、お前の指を、そんな」
 内壁の肉を傷付けない様に慎重に指を進めていくアマデウスに、サリエリははっきりと首を数回横に振った。その度にクラバットが揺れ、上半身はこんなに上品な格好してるのにな、などと思うと、何となく自分の下半身に熱が集中していくのが分かって、アマデウスはわざと指の腹で内壁を擦る。しかし、いかんせん内部が狭い。圧が強すぎて指が押し出されてしまいそうだ。まあ、緩くても問題だが。
 この状況を打開すべく、顔を真っ青にして歯を食いしばり細かい呼吸を繰り返しているサリエリに、アマデウスは上目遣いで言った。
「僕に続けて、ラー」
「……? ら、ラー……っあぁぁ」
 突然、チューニングをするかの様に声を上げられ、後に続ける様に目で言われた気がして同じラの音で喉を震わせると声に合わせて指が一気に深く侵入してきたので、とうとうサリエリはアマデウスに抱き着く様な体勢になってしまった。生前、何人かの音楽家と集まってアマデウスの伴奏で歌っては皆で音の解釈を話し込んだ記憶がサリエリにも刻まれている為、つい音階を提示されるとつられてしまうのだ。深呼吸して、と言うより素直に従ってくれそうだというアマデウスの目論見は見事に当たっていたし、発声により幾分力が抜けたので人差し指の根元までの侵入を許してしまった。
「うんうん、相変わらず良い声だ。今度歌ってよ」
「ふざ、けるな、誰が……っあぁ、あっ! や、やめろ、よせ、そ、そこ、」
「あー、ここか、男がすごく気持ち良くなるとこがこの辺にあるってダ・ヴィンチが言ってたけど本当だったんだね」
「あの、女史、はっ、な、何という事を……っ 本当に、よせ、こ、腰が砕ける……っ」
 アマデウスの指の腹がある一点を押した瞬間、腰から一気に脳髄に駆け上った快感に、体重を支える膝の力が抜ける。ほぼ同じ体格、体重であっても戦闘向きではなく、故に体を鍛えていないアマデウスにとってはサリエリの体重がのしかかる両肩がかなり重たかったが、その原因を作っている本人であるから文句は言えなかった。それよりも普段から自分の姿さえ見なければ澄ました顔をしているこの男が、尻に指を挿れられて快感に困惑している姿を見ている方が楽しかったので、文句を言うのも忘れていた。
「ほらほら、落ち着いて呼吸して。君があんまり締め付けると指からコンドームが外れちゃうかもしれないぜ?」
「だっ、たら、そこを刺激するなと……は、あぁっ」
「シャツからちんこ見え隠れするのもすけべだし、こうして見てるとこの……これ何? シャツクリップ? もすけべだね」
「やめ、ろ、擦るな、ああぁ、」
 シャツの前裾から見え隠れする、コンドームが被せられたペニスが緩やかに勃ち上がっており、空いた手で亀頭を可愛がると、サリエリが身を捩って嫌がる。それと同時に内部が余計に締まり、前立腺を圧迫して、快感が全身に巡って膝に力が入らなくてアマデウスの肩の荷重が増してしまったので、流石に痛みの声を上げてしまった。その声にサリエリが慌てて体を離したのだが、体勢を自分で変えてしまったせいで思い切り前立腺が刺激されてしまい、一瞬目の前が真っ白になった。チカチカと弾ける視界が脳髄の痺れとシンクロして、生前にも味わった事が無い感覚に意識が飛びそうになる。
「……今のは不可抗力だよね?」
「うる、さい、貴様、よ、よくもこんな」
「いや絶対僕のせいじゃないって。君に素質があるんだよ多分」
「やかましい、抜け、さっさと消え失せろっ!」
 全身が痙攣し、数秒間程過呼吸の様な吐息を吐いていたサリエリの体を辛うじて支えて目を丸くしていたアマデウスは、呼吸を何とか整えようとしている男が射精こそしていないが達したのだと気付いて間抜けな声で問うてしまった。それが気に障った――否、何を言われても羞恥から湧き出る怒りが滲む言葉しか出ないであろうサリエリの怒鳴り声は中々迫力がある。だが生憎とそんなものに怯むアマデウスではないので、言われた通りに指を抜いたがそれと同時にほぼ同じ体格のサリエリを容易く寝台に沈めた。絶頂の余韻のせいか力が入っていないので、本当に容易かった。
「僕の手で気持ち良くなれたら良いじゃないか。ピアノの運指は自信あったけど、君の運指も自信持って良いって事かな」
「何を訳の分からぬ事を、良いから退けっ!」
「パーパ、折角の良い声でがならないでおくれよ。伴奏するから後で一緒に歌おう?」
 唇が触れるギリギリまで顔を近付けられ流れる金糸の髪で囲われて逆に怯まされてしまったサリエリは、例え万全の状態であろうとも無理に推し退ける事が出来ないと自覚出来るだけに尚一層の腹立たしさが募る。彼がこのカルデアに召喚されてからというもの、アマデウスは何の危機感も持たずに目の前に現れるし、自分が本当に殺される事は無いと本気で思っている節がある。随分となめられたものだと忌々しく内心で舌打ちしたサリエリは、しかし少し体を離したアマデウスが視線を逸らさずに何やらごそごそと手を動かしている事に気が付いてまた顔を青くした。
「ちょっと待て、何をしているんだ貴様」
「え? 指のコンドームは破れなかったけどちんこのコンドームは破れないかどうか確かめようと思って」
 そう、先程サリエリのペニスに嵌めた様に自分のペニスにもコンドームを嵌めたアマデウスは、好奇心が入り混じった呑気な笑みを浮かべてローションを手に垂らし、両手を擦って温めていた。サリエリに指を挿れようとした際、触れた瞬間に孔が窄んでしまった程度には冷たかった事を慮っての事なのだが、妙なところで気遣いを見せる男である。
「ゆっ、指だけでもキツかったのにそんなものが入るか馬鹿者!」
「サーヴァントは粘膜接触で魔力供給がスムーズになるらしいし、そういう前提の僕らだから大丈夫だよ多分」
「よ、よせ、無理だ、無理だから」
「僕もちんこ痛いんだ、治めるの手伝ってよパーパ」
「自分で処理しろ! 待っ……――!」
 最弱キャスターと言う割にはかなりの力で押さえつけられ、ひた、とあてがわれた冷たい感触に抗議の声を上げようとしたサリエリの口はうっすらと浮かべられた笑みで象られたアマデウスの口で塞がれ、悲鳴は二人の口内に響いて消えた。



「いやー、本当に破れなかったね。結構激しく動いちゃったけど」
「………」
「気持ち良くなかった? 気分はどう?」
「最悪に決まっているだろうが」
「はは、まあそうだろうね」
 事の最中に暑苦しさを感じ、全裸にはならなかったが肌蹴たシャツをはためかせ風を送ると汗が冷え、僅かに体を震わせたアマデウスは隣で仰向けのまま伸びているサリエリの億劫そうな返答に悪びれもせず笑った。素肌が露わになった下半身よりも外したクラバットが枕元に乱れている様の方が何となく淫猥さを増している。のそりと起き上がり、忌々しそうに自分の下半身を見たサリエリは吐精したものを零さない様にコンドームを外している。その姿が可笑しくて、だが吹き出すと枕が顔面に飛んできそうなので堪えたアマデウスは、自分が使用したコンドームの結び目を摘み上げて眺めながら言った。
「粘膜接触による魔力供給なんだからこれ着けてちゃあんまり意味無い、って君も途中で気付いてたんじゃない?」
「それがどうした」
「僕を殴ってでも止めようとはしなかったなあと思って」
 そう、手を繋いだり抱き合ったり、口付けを交わすだけでも一応は魔力供給は出来るのだが、挿入を伴うセックスであるならコンドームは邪魔なものでしかない。アマデウスはその事に最初から気付いていたし、承知の上で行為に及んだ訳だが、もしサリエリが全く気付いていなかったとすればフェアではない。ただ、最中の魔力の回復量が大幅に上がったという体感は無かったであろうから、途中で気付いた筈だとアマデウスは思っている。実際、サリエリの返答は否定してはいなかった。彼は甘んじて組み敷かれた事になる。
 その事が疑問であったから、汗を拭きながら尋ねたアマデウスに、サリエリは僅かに沈黙した後に口を開いた。
「……ピアノの演奏代だ。さっさと弾け」
 アマデウスがやった様に精液を漏らさない為に伸びきったコンドームを結んだサリエリが目も合わせずにぼそっと呟いた理由は、アマデウスの目を丸くさせるには十分な力を持っていた。中々実力を世間に認めて貰えず、アマデウスは八つ当たりの様に中傷していたというのに、そのやっかみが恥ずかしくなるくらいの惜しみない称賛を面と向かって浴びせてくれた生前の彼を彷彿とさせる程の音楽への憧憬が今の言葉に詰まっている。死後、魂を怨嗟の炎に焦がされる事を承知の上でこんな所まで追いかけてきてくれた男は、ピアノを演奏してくれるなら体を弄ばれても構わないと言いたいらしい。それはアマデウスにしてみればあまり嬉しい事ではなかったが、さりとてそう言えばまた怒らせてしまう。何とも難儀で、陥落させ甲斐がある男なのか。
 男相手に勃起したって時点で気が付いてほしいものだけど、と心の中で呟いたアマデウスは、シャツのボタンを留めようとしたサリエリの首元に指を這わせた。
「伴奏するから歌ってよパーパ、何が良い?」
「……私をパーパと呼ぶのをやめろ、お前は何が良いんだアマデウス」
 最中にはくっきりと浮かんでいたサリエリの首元の花の紋様は、随分と薄れてきている。どうやら体温が上がった時に浮かぶものであるらしい。それはつまりアマデウスを手にかけようと向かう時に浮かぶものであり、彼の為の弔いの花とも言える。
 その花の紋様が少し、本当に少しだけ、アマデウスの名を呼んだ瞬間に濃くなった。「貴様」ではなく「お前」と言った。アマデウスがこの部屋を訪れてから初めて「私」と言ったのだ。で、あれば。
「じゃあ「恋はどんなものかしら」とかどう? 君の声で聴いてみたいな、サリエリ」
「ズボン役の歌を歌わせる気か? せめて「もう飛ぶまいぞこの蝶々」とかにしないか」
「「愛の神よ救いませ」より良いだろう?」
「はあ、分かった分かった、ケルビーノで良い。私の声域に合わせてくれればそれで」
 アマデウスの予想通り名を呼んでも反論しなかったサリエリは、首を撫ぜていた手をさり気なく振り払い、疲労した身で言い合うのも面倒臭いのかそれ以上抗議しなかった。メゾソプラノの歌をリクエストされた事には不服そうではあったが歌えないと言われなかった辺り、そらで歌えるらしい。何となく嬉しくなってしまったアマデウスは寝台の下に脱ぎ捨てられていた自分の下着とズボンを掴むと、この上なく渋い顔をしながら役目を終えたコンドームをゴミ箱に放り投げたサリエリにとうとう吹き出しつつ両脚を通して一気に引き上げて穿いた。