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思い出話

 親は子の成長を喜ぶと言うし、親でなくとも幼い頃から知っている者が立派に成長した姿を見て感心するという事はあるだろう。道満も播磨に居た頃、背が伸びる度に身体に走る痛みに耐えていたが、周囲の者達はどんどん立派になるねえなどと喜んでいた様な気がする。誂えた法衣が小さくなるのも早く、六尺六寸二十九貫という巨体になるまでに何着誂えたか分からない。それすら故郷の村人達は喜んで寄進していてくれた事を、道満は何故か今思い出してしまった。
「そんなにまじまじと見られると、流石の私も気恥ずかしいのだけど」
「おや、おやおや、晴明殿であっても股座を凝視されると恥じらうのですなあ」
 薄ぼんやりと明るい、畳を敷いた寝所で座って向き合う晴明の声が頭上から聞こえてきて、道満は皮肉混じりに言い返す。恥ずかしいと言った割には声音に全く恥辱の色は滲み出ておらず、心にも無い事を、という言葉が漏れそうになったが、言えば後で仕返しを食らう様な気がしたので飲み下した。その代わり、本当に嫌々ながら目の前のそれを片手に収め、軽く握ったり緩めたりしてみた。
 何が悲しくてこの男のいちもつを握らねばならないのか、と道満は眉を顰めたが、握ったそれは以前弄んだ事がある時のものに比べて立派に成長していた。否、あの時も元服したての童子であった割には同年代の少年のものと比較すれば大きなものであっただろうけれども、ここまで成長しなくても良いと思う。自分の体もここまで成長しなくても良かったが、周囲の者達が喜んでくれたから結果的に道満自身もまあ良いかと思えたけれども、晴明のこれは、少なくとも道満はちっとも喜べない。
「あの時、拙僧が言った言葉をお忘れとは思えぬのですが。正気ですかなあ」
「正気だから閨に招き入れたんだけどなあ」
「……聞いた拙僧が愚かでしたな」
 最後まで抗議という名の抵抗をしようかと試みた道満は、晴明のあっけらかんとした表情と声に、一層眉間の皺を深くする。この男は昔からこうだった、と溜息を吐くと、仕方なしにその先端に唇を落とした。
 晴明がとある報告をしてきたのは、今朝の事だった。何かの連絡を寄越す時は大抵式神に文を持たせるというのに、今朝はわざわざ晴明本人が道満の屋敷を訪ねてきたのだ。宮廷にも行かぬとは、何ぞ大層な事でもあったのかと思っていると、開口一発天文博士に任ぜられる事になった、と言った。

『はあ、それはようございましたなあ。拙僧に対する自慢と嫌がらせの上に喧嘩を売っているのですかな』
『今夜、祝いを閨で貰おうかなあと思って』
『頭おかしいんと違うか、このダボ』

 晴明が天文博士に任ぜられたのは、まあ分かる。それだけの才は十二分にある男だ、道満もそれは認める。そもそもこの男が陰陽頭でない事の方がおかしいのだが、その陰陽頭よりも位階は上であるし、政治的なしがらみがあるのかもしれない。それも今は問題ではない。何故自分が祝いと称してこの男と共寝しなければならないのか、というのが道満の不服だ。
 しかしそんな道満の罵倒に、晴明はやはり何の衒いもなく言い放ったのだ。

『え? だって私の元服祝いと称して筆おろししてくれたのはおまえだったじゃないか』

 ……まことに遺憾ながら、そうなのである。道満はまだ童子丸と名乗っていた頃の晴明が元服した時、ひょんな事から筆おろしをする羽目になった。その際に見た、晴明の股座のものが同じ年頃の子供達より大きかったという事、そして今見た晴明のそれが平常時であると言うのに更に大きくなっているから妙な感心をしつつ渋い顔をしたのだ。
 鈴口を口に含み、竿を手で支えつつ空いた手で髪を耳に掛けると、装飾の鈴が軽やかに鳴った。長い髪はまぐわう時に邪魔であるが、かと言って結うと後で寝転がった際にまた邪魔になる。呪術の使用に優位かと思い伸ばしている髪は、こういう状況では鬱陶しいものだ。髪を手で掻き上げ、まだ大人しいそれを口内に埋めていくと、くぐもった声を微かに漏らした晴明が落ちた髪をすくい上げてくれた。
「……あの時、こうやって口で童の私を可愛がってくれながら、おまえは言ったんだったね。不用意に他人に咥えさせると――」
「――子を成せぬ体になるやもしれませぬぞ?」
「おお、怖や、怖や」
 道満が頭を緩やかに動かすと、粘膜と唾液が擦れる音が静かな部屋に響く。その拍子に合わせて道満の髪の鈴もちり、ちり、と鳴り、音だけは童が遊んでいるかの様だ。童子丸から安倍晴明へと改名した彼と共寝した時も晴明はこの音に聞き入ったし、この行為、否、奉仕を気に入ったらしかった。
 わざと見せ付けるかの様に唾液をたっぷり含ませた舌の上に亀頭を乗せ、巧みに舌を動かして雁首を刺激しつつ晴明の言葉の後を続けてみせると、晴明は大袈裟に肩を竦めて薄く笑った。道満の濡れた唇の笹色紅が、緑に近い玉虫色から紅く変色していて、淫猥さに拍車をかけている。
 他人の股間にぶら下がっているものを咥える趣味は、道満には無い。大体、男と寝るのも好きではない。ただ、間違いなく男の最大の急所であろうそれを自分の口で嬲り、噛み千切ってやればどんなに良い悲鳴を上げてくれるのかを想像すると、背筋に甘やかな震えが走る。相手が誰であってもそうであったが、晴明であれば別格だ。後で散々自分の中を暴いて蹂躙するのであろうこの肉棒に、今歯を立てたらどんな顔をして、どんな悲鳴を上げてくれるのだろうか。
「別に私はややがどうしても欲しいとは思わないけれど、おまえがそんなに物欲しそうな顔をしながら咥えているものを喪うのは、惜しいかな」
「誰が――んぶっ?!」
「ああ、うん、善いね、おまえのその顔は、とても善い」
 口の中のものが千切れてしまっても困らないので、本当に噛み千切ってしまおうかと思ったその瞬間、道満の頭を掴んだ晴明が思い切りよく引き寄せたものだから亀頭が喉の奥まで侵入して、道満は思わず嘔吐きかけた。しかし鈴の音と同調したかの様に齎された、ビリっとした快感が頭の奥に走り、一気にその痺れが背筋を下って腰に響く。苦しさのあまり目尻に涙が浮かんでいるというのに甘美な快感を得てしまった事に、道満は浅ましさを感じてしまった。
 頭を動かされる度、鈴の音が可愛らしく鳴る。だが音の原因となっている行為には可愛らしさなど微塵も無く、しゃがみこんでいる道満は堪えきれずに晴明の足を平手で叩いた。
「……っ、げほっ、ごほっ、……か、加減というものを、しなされ、」
「ごめんごめん、おまえが本当に善い顔をするものだから、つい」
「つい、で済ませるおつもりか?! あの時と違ってそのいちもつ、儂の喉奥まで犯してきたではないか!」
 道満の渾身の平手が効いたのだろう、晴明は漸く道満の口を解放し、唾液や先走りが垂れる口の端を拭きながら睨んできた彼の抗議に、またもや薄い笑みで返答する。全く心の籠もってない謝罪に道満がかっとして大声を上げると、晴明は笑みを浮かべたまま意味深長に目を細め、道満の喉元からゆっくりと指先を下ろしていった。
「うんうん、あの時の私のこれはまだ楚々としていたから、おまえの喉奥まで行けなかったし肚の奥まで行けなかったのだよね。でも、今日は――」

「――ここまでぶち抜いてあげるからね」

 その言葉と共に、未だ着たままの法衣の上から押された腹に一気に広がった熱を帯びた震えに、道満はさっと顔を青くした。こんなに嬉しくない成長は見た事も聞いた事も無い、と顔を歪めた道満の髪の鈴を、晴明はにっこりと笑って摘まむ。そして術を掛けるかの様にりん、と鳴らすと、道満は腰が砕けた錯覚に見舞われ、無様にも晴明の体に凭れ掛かる他無かった。