一緒に探して

 今まで生きてきた中でも見た事が無い程に酷い有様の遺体から放たれる悪臭に、胃から上ってきた酸が喉を焼いた。丁寧、且つ執拗に開かれた体の内部は臓器という臓器も全て開かれ、顔など判別がつかない。遺体の臭いだけならまだしも、現場に駆けつけた者が盛大に吐いた吐瀉物の臭いもあり、余計に汚臭が充満していた。
 そんな中にあっても捕らえられた者は動じる事無く、血がこびりついた手を後ろ手に縛られたまま座っている。年の頃は十代にも見えるし、二十代にも見えた。
「なあ、お前、何だってこんな事やったんだ」
 凶器であろうナイフが血溜まりの中から押収され、慎重に運ばれていくのを見ながら尋ねる。血だけでも柄が滑って扱い難かっただろうに、脂で余計に滑ったのか、縛られた手に怪我が見受けられた。血まみれでも案外分かるものだ。
「だって、皆がその人は優しい心を持ってるって言うから」
「は?」
「だから、心を探してたの」
「……… ……はあ……?」
 取り乱しもせず、どこか無邪気に見える表情を崩さぬままで返された答えに、理解が追いつかずに間抜けな声が出る。鼻の奥まで鉄の様な臭いが突き刺しているせいでそろそろ鼻が麻痺してきており、頭まで麻痺したかと思ったけれどもまだ正常であると信じたい。ただ、自分を見上げてくるヘーゼルナッツの色をした純粋な目が気味の悪いものの様に思えた。
「最初は、胸にあるのかなあって思って突き刺してから開いてみたんだ。肋骨って邪魔だね。
 肺とか、胃とか、腸とかも開いてみたのに無くて。
 じゃあ頭かなって顔も開いてみたんだけど、脳がぐしゃぐしゃになっちゃった。
 よく絵とかで見るハートに一番近いのって心臓だけどー……」
「………」
 こいつは何を言っているんだ、と、駆けつけた誰もが思っただろう。心など概念であって、臓器の様に目に見えるものではない。……目に見えないものの筈だ。だが、子供の様な笑顔で何故こんな凶行を犯したのかを説明する姿を見ていると、ひょっとしたらあるのではないかと錯覚してしまいそうになる。


「どこかにあるはずなんだ。一緒に探してよ」


 何の罪悪感も無い、ただ湧き上がった疑問が、一人の人間を単なる肉塊にしてしまった。もう動かない被害者にあったはずのその「心」とやらがこの者には恐らく生来備わってないのだろうし、これからも備わる事は無いだろう。頼みを無視するかの様に――否、己も同じ疑問に取り憑かれてしまわぬ様に顔を背け、被害者の身元を割り出す為に所持品を確認し始めた。鼻はとうに麻痺していた。