your affection

 光の司祭の孫娘ではあるが、闇を知る事も大事だと思い、彼女は初めてのクラスチェンジで闇に進む事に躊躇いは無かった。ハーフエルフであるので成長が遅いのは否めず、非力であるが故に回復の後方支援に徹した方が仲間の負担が少ないと旅を続ける中で思い知った彼女は、前に出過ぎない様にしてデュランやケヴィンが気が付いていない遠方の敵を見付ける役目に自然となっていた。
 闇に進んだ今もそれはあまり変わっていないが、それでも召喚魔法を習得し、マシンゴーレムやゴーストを使役出来る様になってからは、後方支援も回復に加えて攻撃が出来る様になっており、仲間に危険を声で知らせるよりも早く召喚魔法で対処する様になった。消費する精神力は多くなったけれども、デュランやケヴィンの怪我が目に見えて減ってきているのは彼女も気分が良い。勿論、それは彼らが強くなった事が一番の起因であるし、彼女だってそこまで自惚れていない。
 そして、旅を始めた当初に比べて、彼女の力も体力も格段についた。最初は軽めのフレイルしか持てなかったが、今ではそれなりに重たいものを振るえる様になっている。神殿の中で大切に育てられていた為に聖職者の武器であるフレイルも持った事など殆ど無く、だからすぐに肉刺が出来ていてよく泣いたが、何度も潰れていくうちに硬くなり肉刺も出来にくくなってきた。年齢よりもうんと子供に見られがちの彼女は、神殿の者達からその手も可愛いものとして見られていたけれど、今では恐らくそうは言ってくれまい。だが大切なヒースを助ける為なのだ、これは勲章と言って良いだろう。彼女はそう思っているし、実際行く先々の街や村で立ち寄った武器屋の店員からも格好良い戦士の手だねと褒めてもらった事もある。
 だから今日もフレイル片手に召喚魔法でゴースト達を使役し、戦っていたのだが、いくら彼女達が強くなったからと言って無傷で済む訳ではない。剣や爪での裂傷、魔法による火傷、立ち回る際に転んでしまって出来た打撲痕、様々な怪我を日々彼女達はこしらえる。それをヒールライトで癒やすのが光の精霊が仲間になった時からの彼女の仕事であり、義務だったから、癒やしの光の魔法で全員の傷を治して野営を張った。野宿ではなく宿の布団が恋しいが、こればかりは我慢せねばなるまい。そんな事を考えていた彼女がデュランが食事の煮炊きをしてくれているのを見ていると、隣に座っているケヴィンに呼ばれた。
「シャルロット、手、見せて?」
「ほえ? はい」
 何気なく要請されたので何気なく言われるがままにしたのだが、両手を差し出した瞬間にしまった、と思った。今日の戦闘で久しぶりに手に肉刺が出来てしまい、それが潰れたのだ。出血は皆にかけたヒールライトで何とかごまかせたけれども完全には塞がっておらず、痕になるには少し時間が掛かる。隠れて手当てしようとしていたのに、とばつの悪い顔でケヴィンを窺うと、彼は自分の手よりも小さな彼女の手を慈しむ様に包み、聞き覚えのある呪文を唱えた。彼女よりは辿々しいが、優しい声音だった。
「……うん、一応、塞がった。良かった」
「……ありがとしゃんでち」
「マメ、そのままにしておくと、フレイル握るのつらいぞ。デュランもマメ潰して剣握ると、痛いって言ってた」
「痛えのもあるけど、握力が落ちるんだよなあ。肉刺潰れた時は遠慮せずに言って良いし、魔力消耗気にせずヒールライト使えよ。その為の魔法のクルミなんだからな」
「う……はいでち……」
 どうやら潰れた肉刺の事はとっくに二人にバレていたらしい。旅を進めていくうちに強いモンスターとも戦う頻度が増え、そうなると武器や防具は良いものを買い揃えた方が良いので懐事情も厳しくなっていく訳で、魔法のクルミに割くルクも惜しくなってくる。遠慮なく山程食べて良いものではないので自然治癒力に任せようとしていたシャルロットを、二人は諌めてくれたのだ。
 親友をその手にかけてしまった――それは誤解だったと判明したのだが――事を後悔しているケヴィンは、守れる強さが欲しいと言ってクラスチェンジ先は光を選んだ。これには彼女もデュランも、彼は攻撃は最大の防御と理念にしていそうなのにと驚いたものだ。だが自分が大きな怪我をしない事によって二人が心配せずに立ち回れると気が付いてから、ケヴィンは無闇に敵に踏み込んでいかなくなった。それを受けてデュランも必要以上のフォローをしなくて良くなったので、結果的に彼女の回復の負担は減った。そして何より、ケヴィンもヒールライトを覚えたので、後方支援の彼女が気が付く前に自力で回復出来る様になっていたのだ。
 勿論、彼女のヒールライトに比べるとその恩恵は少ない。ケヴィンにヒールライトをかけてもらったのは今回が初めてで、今までは自分でかけた方が早いし治癒力も高いので、わざわざケヴィンに要請する必要は無かったのだ。それでも彼女の事を慮り、肉刺の痕を隠す様にしていた彼女を一言も責めず治してくれた慈しみの光はひどく温かいもので、出会った頃のこの少年の翳りなど微塵も感じさせなかった。
「シャルロットの手、早くマメなんて作らなくて良い日が来ると良いな。な、デュラン」
「そーだなー。その為に早いとこメシ食って明日に備えようぜ、ほらポレンタ出来たぞ」
「やった!」
 石を組み立て簡易的なかまどの上でコーンミールを練り上げていたデュランが出来上がりを告げると、ケヴィンは彼女の手を包んだまま嬉しそうに破顔した。その表情には先程までの慈しみは鳴りを潜め、普段通りの明るさが浮かんでいる。色気より食い気だと彼女は呆れを通り越して苦笑するしかなかったが、掌に齎された優しさがじわりと染みていく感触が、胸に明かりを灯してくれた様な気がしていた。