己が立つその場所が戦場と知れ

 ペダン軍の最新鋭だというその艇を初めて見た時、リチャードは純粋に感心した。ペダンという国は古くからある国であり、それ故に古めかしいというイメージがどうしても先行してしまうのだが、そのイメージを根底から払拭する様な機内設備、性能を搭載しており、だからリチャードはモールベアの高原での戦いの中でその艇の舵を自在に操っている人物が気になっていた。
 そもそも、飛空艇の舵をとるというのは思った以上に難しく、リチャードも不得意の部類に入る。狙い通りの場所まで移動するのも難しければ、フックに繋げる為に滞空する事も困難だ。なのに戦闘中に垣間見たペダン軍の飛空艇は余程腕利きの技師が乗っているのか、全く不安を感じさせない飛行を見せた。その事に、リチャードは本当に感心したのだ。
 だからどんな熟練の技師が乗り込んでいるのかとリチャードは思っていたのだが、意外な事に舵を握っていたのはまだ年端もいかない少女で、その事に彼はかなり驚いてしまった。ガイアの石を運び込んだ時にちらと見たのだが、少女は気の強そうな瞳でじっと前を見据え、乗り込んできたリチャード達には全く興味が無いのか目もくれずに、眼前に広がる戦場を睨み付ける様に舵を握っていた。まるでその場が彼女の戦場であるかの様に、少女の目付きは真剣そのものだった。成る程情熱があれば年や未熟さはある程度カバーが出来るし向上も早いのか、と、リチャードは知っていた筈なのに改めて少女から学んだ気がした。
 空母に乗り込む際には、当然だが空母技師が最低一人乗っていなくてはならず、どうも少女がその技師にあたるらしい。時折他人に舵を任せる事はあっても、殆ど少女が整備を担当するそうだ。戦況が慌しかった為に詳しくは聞けなかったのだが、概ねはそうなのだと聞いたリチャードは俄かに少女に興味を持った。元々好奇心の強い男であるので、他人と接触するのは不得手ではない。だからリチャードはフォルセナへと引き揚げる際に、舵を握る少女の元へと行ってみる事にしてみた。



 航路盤とコンパスを時折見ながら、航路の先をじっと見詰める少女の側に行くのは気が引けたのだが、リチャードはゆっくりと少女に歩み寄った。目を離すのが嫌なのか、少女はリチャードに目もくれずに前を見据えている。まるで一対一の真剣勝負をする時の騎士の様なその背中は、しかしまだ小さく細く、とてもこの大きな艇を担わせるには頼りない様な気がしてしまった。
「中は窮屈か? 外に出てもつまらんぞ」
「………、」
 そんな事を考えていたリチャードは、不意に少女から声を掛けられて内心動揺した。まさか先に声を掛けられるとは思っていなかったのだ。そしてそれ以上に、少女の言葉遣いが女のものとは思えない程ぞんざいだったものだから、尚驚いてしまった。
「……少し、話がしたくてな」
 だがそんな素振りを見せる訳にもいかず、リチャードはなるべく平静さを装ってそう言い返し、少女の隣まで行くと、少女はそこで初めて漸くリチャードを横目で見た。その二重の釣り目に、リチャードは良い目をしていると思った。
「フォルセナの王子様、だったか?」
「リチャードで良い。君は?」
「ジェレミア」
 すぐに視線を航路の先へと戻した少女は、短く名乗った。男とも女ともとれるその名に、しかしリチャードは納得もしていた。ジェレミアと名乗った少女がどう思っているのか知らないが、恐らく彼女はあまり自分を女だと意識していないのだろう。この年頃だとしょうがないかも知れないな、とリチャードは勝手に自己完結した。
「随分操縦に慣れているみたいだが、君は以前から空母技師をしているのか?」
 そしてリチャードが疑問に思っていた事を聞くと、ジェレミアはちょっと考える様な表情をした。即答されるかと思っていただけに、リチャードは少しばかり驚いてしまったのだが、顔には出さなかった。
「……まあ、昔からと言えば昔からだし、最近からと言えば最近からだな」
「……つまりどっちなんだ?」
 その曖昧な答えにリチャードが首を傾げると、ジェレミアは前を見ながら少しだけ眉を顰めた。説明するのが面倒臭いと思ったのだろう。航路図をちらと見てから指差し確認をし、太陽の位置を見てからジェレミアはそのリチャードの質問に答えた。
「父親が空母技師だったんでな。小さい頃に時々連れて行って貰って、手伝ってた」
「あぁ……」
「軍に入ってたまたま顔を知った技師があたしを見付けてくれて……本格的に技師見習いをやり始めたのさ」
 軍に従事する者は何も兵士だけではなく、技術者や医療に携わる者、様々だ。ジェレミアは技師の娘だったから、空母に接する機会が多かったのだろう。そうでなければ、まず空母などに触れる機会など滅多に無い。
「なるほどな。君みたいな技師がうちの国にも増えてくれれば良いのだが」
「あんたの国には空母技師が少ないのか?」
「そうだな、居るには居るが、多くはない」
 リチャードが呟いた願望が耳に入ったのだろう、ジェレミアが短く尋ねてきたのでそれに答えると、彼女はそうか、と言って手元の舵の側にある機器を操作すると、漸くきちんとリチャードに顔を向けた。舵をとっている時によそ見をするという事は原則的に有り得ないのでリチャードは少しだけ驚いてしまったのだが、それ以上にジェレミアの表情に驚いてしまった。……静かに、リチャードを睨んでいる様に見える。
「空母技師が不在の場合、その空母の全責任は軍を指揮する者にある。
 ペダンではそうなっているが、フォルセナはどうなんだ?」
「……まあ、概ねそんな感じだが」
「じゃあ、あの高原でのフォルセナの空母の始末の責任はあんたにあったんだな?」
「……そう、なるな」
 ジェレミアは、リチャードがフォルセナの王子であるという事をきちんと理解している。だが、今のジェレミアの態度はそんな事を全く考慮していなかった。その威圧的な態度に、しかしリチャードは不愉快を感じず、寧ろたじろいでいた。単なるペダンの一兵卒、しかも年端の行かぬ少女に、リチャードは今確かに気迫負けしていた。
「良いか、空母や母艦っていうのは、その国の技術を集結して作られたものだ。
 それが落とされた時、回収出来なかったらどうなると思う」
「………」
「今自分の国がどれだけの技術を持っているかを、よその国に隅から隅まで見られる事になる。
 ……あんたにとって単なる機械の塊でも、空母は立派な国家機密だ」
 恐らく、ジェレミアが先程操作したのは自動操縦のコマンドなのだろう。リチャードはオートパイロット機能がついた空母を見るのは初めてだったので、それにすぐに気付けなかった。否、多分知っていても気付く事が出来なかっただろう。ジェレミアのがリチャードに与えている威圧が凄まじかったからだ。
「空母は単なる輸送手段じゃない。施設建築装置でもない。惜しいと思っても、回収出来る見込みが無いと思ったら破壊しろ。
 それくらい空母ってのは技術をつぎ込むものだ」
「……覚えておこう」
 まるで上官から叱られた気分になったリチャードはそう言うだけが精一杯で、ジェレミアの気迫に負けた自分が情けなくなった。だが、正論を言っているのはジェレミアの方なのだ。彼女の気の強いその目はもうリチャードに興味を無くしたのか、また前方を見遣ると僅かに細められた。
「この艇に乗っている時、あたしの戦場はここだ。勿論出撃したら、そこが戦場だ。
 戦場では命を懸けるし、命懸けでこの艇を護ってる。あんただって、命懸けだろう?」
 つられて前方を見たリチャードの視界に、見覚えのある風景が飛び込んできた。そこは彼が最も護らねばならない風景だ。リチャードは固く拳を握り締め、その光景を目に焼き付ける。
「……精々、あの城が空母の様にならん為に命を懸けるさ」
 空母につぎ込む技術や金よりも惜しいものが、その城の中には沢山ある。空母と城では規模が違うが、恐らくジェレミアにとってみれば同じ様なものなのだろう。だから彼女は厳しい視線を向け、無礼を承知であんな事を言ったのだ。大した娘だ、とリチャードは思った。
「そろそろタッチダウンだ、降りる準備をしときな。多分すぐに戦闘になる」
「そうしよう。……色々勉強になった、礼を言う」
「それは良かったな」
 踵を返そうとしたリチャードの短い礼に、ジェレミアは目もくれずに短く返事をした。だが、その口角が僅かに上がっていた事に、リチャードは気付いていた。機嫌は治ってくれたらしい。

 ――己が立つその場所が戦場と知れ、か。

 甲板を後にする前、一度だけ振り向いて見たジェレミアの後姿にリチャードはそんな事を思い、今度こそ背を向けて歩き出した。艇内では出撃前のざわめきが木霊していた。