いびつに愛しい、あなたの絶望

 目の前に現れた、まだ年端も行かない三人の少年少女を見て、彼は仮面の奥の目を細める。どこかで見た事がある様な気もするし、知っている様な気もする三人は、しかし彼の記憶の中には存在していなかった筈の者達で、だから彼は不可解さに眉を顰めてしまった。何故自分は知っていると、懐かしいと思ってしまったのか分からなかった。一つだけはっきり分かるのは三人がこの崩壊したマナの聖域まで辿り着けたという事、つまり自分がこの聖域に向かう為にミラージュパレスに残った堕ちた聖者が――ヒースが敗れたという事だ。
 彼が聖都を追放された時、ヒースはまだ幼い子供で、そんな息子を置いて去らねばならなかったのは彼も身が引き裂かれそうな程につらかった。そのつらさや遣る瀬無さがやがて禁術に込められていた呪いによって歪み、憎しみや怨嗟となって、顔も醜く歪んでしまった。その事に気が付いた彼はかつてアニスとの戦いで足を踏み入れた事があるミラージュパレスへと向かい、そこで自分に対して転生の秘法を試したのだ。不死となれば、どれだけ長い時間が掛かっても自分がこんな姿になるまでに追い詰めた世界へ報復出来ると思ったからだった。
 ただ、その際に消耗した力が回復するには随分と時間が必要だった。十年以上掛かってしまうとは思わなかったが、やっとの思いで再度動ける様になった時、彼は自分の力を利用しようと近付いてきた妖魔に命じてヒースを連れ去らせてきた。途切れてしまった父子の時間を取り戻す為、元から得意であった闇の魔力でヒースを同化させた彼は、これで漸く子供との時間が作れると思ったのだ。死の静寂の中、静かに過ごすのも良いだろうと、聖都に居た頃の彼であれば考えもしなかった様な事を本気で思っていた。
 その、息子を。この三人は殺したのだ。自分を追放しただけではなく、ヒースまで奪った。彼は投げ捨てる様に仮面を剥ぎ取り、内部で渦巻いていた憎悪を全て開放するかの様にその身を変え、三人に襲い掛かった。そしてその時、漸く三人に感じていた既視感の正体に――三人の血筋に気が付いた。過去、自分と縁があった者達に、ひどく近しい血筋だと。
 勿論、見ただけで分かった訳ではない。仮面を取った事によって開けてクリアになった視界ではっきり見える様になった三人の魂の色が、そして彼らが所持している何か――恐らくオーブであろう――から感じ取れる波動が、彼にそれを知らしめた。若い頃親しい間柄であった、エルフの里に駆け落ちした青年と、魔女アニスを倒す為に共に戦った仲間のそれが、殆ど一致している。その事に気が付ける程度には、彼のほんの僅かな正気の部分を呼び起こさせた。


 なるほど、君達が。君達の血に連なる者が、私を止めに来たと言うのか。
 私を止めに来ようとする程の力を、勇気を、決意を抱いて、
 強大な力を手に入れた私に挑もうとする程の子の親になったのか。
 君達三人は、随分と良い親となったのだな。
 それに引き換え私は息子を堕としてしまった挙げ句に死なせてしまったし、こんな姿にもなってしまった。
 だが、それで良い。それで良いとも!
 最早この世に未練は無い、「敵を同じくする者達」よ、私が世界の闇を抱えて葬られてやろう!
 それが優しかったあの子への、せめてもの償いだ!


 その声が、思いが、果たして届いたかは彼には分からない。ただ、彼と戦っている最中、三人は自分の持つそれぞれのオーブが悲しみや憤り、そして慈しみを内包している様な、そんな気がしていて、どうかこのひともマナの女神の膝下で静かに眠る事が出来ます様にと願っていた。