それぞれの光を

 聖都へと足を踏み入れた時、彼は自分の置かれている状況とは裏腹に、懐かしいと思ってしまった。昔訪れた事がある聖都は細々とした所は変わっていたものの、大きく変わった様な所は無かった。それが彼の目を細めさせる。
 今彼は、断罪される為に聖都を訪れている。中立を保ち、且つこの世界で唯一と言って良い程の女神を崇め奉るこの聖なる都に侵攻を仕掛けた戦犯である彼が裁きを受ける為に訪れたとしても、誰も疑問は抱かないだろう。たとえ月夜の森以外で殆ど姿を見掛ける事が無い獣人であったとしても、だ。
 しかし裁かれる者である筈の彼はその様な素振りを全く見せず、堂々としていた。背筋を伸ばし、前を真っ直ぐ見据えて、光の神殿への道を堂々と歩いた。その風貌からは、彼が戦犯を犯したなどと窺う事が出来ない程だ。だから、その様を見ていた聖都の住民達も彼に罵声を浴びせる事は出来なかったのだろう。ただ不安そうな顔で、あるいは厳しい顔で、彼が歩いて行く様を傍観していた。
 彼が聖都を訪れたのは、何も聖都から呼び出しを受けたからではない。彼が自主的に赴いたのだ。聖都を攻め込もうとした責も、ジャドを一時占拠した責も、アストリアの村を滅ぼした責も、全て自分にあるのだから、裁かれるのが道理だ、とわざわざ文書まで送ってからの出頭だった。聖都としても、一国の王を断罪する事は渋るだろうが、これは彼の意地でもあった。一国の王であるならば、民の事を考えるのが当たり前だ。その民は、何も自国の民だけではない。そう、他国の民の事も同時に考える必要があるのだ。少なくとも彼はそう思っている。占拠されたジャドで負傷した民、攻め込まれるという不安に駆らせた聖都の民、そして滅ぼされたアストリアの民、それら全ての民に彼は命を以て償わねばならない。否、本来ならば彼の命だけでは済まされない事なのだが、討伐隊の隊長に就いた者は既に命を落とした。生まれ変わったとは聞いたが、生まれ変わったその赤子には何の罪も無い。その下で動いていた兵士達も、その者の命によって動いていた訳ではないし、何より侵攻の命を下したのは彼なのだから、やはり全ての責を負うのは彼なのだ。
 一歩、また一歩と、しっかりとした足取りで歩んで行く彼に、恐怖の色は無い。寧ろ晴れ晴れとした様な表情をしている。そんな彼が漸くたどり着いた神殿は、彼を受け入れる為の準備は整っているのか、入り口で彼を見た神官は少し緊張した面持ちで彼を迎え入れた。そしてその向こうに、一人の銀髪の青年が立っていた。
「……お待ち申し上げておりました。こちらへどうぞ」
 神殿の奥へと手を延べて彼を促した青年に、彼は覚えがある。だが彼は青年の言葉に頷いただけで、何も尋ねはしなかった。興味が無かったからだ。青年も少しは気にしている様だったが、彼が何も尋ねてこなかったので、それ以上は何も言わなかった。
 やがて神殿の一番奥の部屋の前にたどり着くと、青年はその部屋の扉を叩き、失礼しますと声をかけて扉を開いてから彼の入室を促した。彼もそれに従い、部屋へと入ると、部屋の奥に安置された女神像の前に光の司祭が立っていた。
彼は遠目で司祭を見て、老いたな、と思った。と同時に、自分も老いたのだから当たり前か、とも思い、内心苦笑してしまった。司祭を見たのはもう二十年近くも前の事なのだから、老いるのは当たり前なのだ。
「お久しゅう、獣人の王。御足労頂き申し訳ない」
「非はこちらにある。ならばこちらが出向くのは当然の事だ」
 光の司祭の言葉に間を置かずに返答した彼は、無表情を装おってから部屋の中央へと進み、足を止める。獣人はマナの女神を信仰しているが、彼本人は大した感情を持ち合わせておらず、だから懺悔も女神に対してではない。飽くまで彼が懺悔するのは犠牲となった者達だ。だが光の司祭はそんな彼の態度にも柔和な顔を見せ、そう思われるならそれで良い、と言った。彼には彼の考えがある事を尊重しているのだろう。そして彼が話を切り出そうとした時、銀髪の青年に向かって声を掛けた。
「それはそうと、ヒース、こちらに」
「……は、」
 青年はヒースと言うらしいが、司祭の言葉に従い側に歩み寄ると、司祭はヒースを彼と向かい合わせ、また彼に尋ねた。
「獣人王殿、この者はヒースと言うんじゃが、心当たりはあるかね?」
 そしてその質問に彼は目を丸くしたのだが、瞬きを二、三度しただけで、また元の表情に戻した。ヒースは訳が分からず彼の答えを待っている。
「……無い訳ではないが」
「と言うと?」
「……あの神官の息子だろう」
 無表情と言うよりもぶっきら棒な顔で答えた彼に、それでも光の司祭は満足そうに頷いた。一方のヒースは彼が自分の父親を知っているとは思っていなかったのか、驚いた様に目を見開いた。無理も無いだろうと彼は思った。何せあの戦いは二十年近くも前なのだ、幼かったヒースの記憶に残ってなくとも不思議ではない。
「……それが何だと言うのだ? わしの用事と関係が無かろう」
 だがそんな事は今話題に上る必要も無いと感じた彼が眉間に皺を寄せて光の司祭にそう言うと、司祭は首を横に振った。
「実はな、獣人王殿。あの当時の者達が、貴殿の助命を請いにこの神殿へ来ておるのじゃ」
「……何だと?」
「それに、もしこのヒースの父も――あれも生きておったならば、同じ様にしたじゃろう」
「………」
 ヒースの父は十二年程前に追放されたと言う事は、彼も知っている。そして司祭の孫と自分の息子が倒した事もまた、彼は知っている。もしなどと言う言葉を彼は嫌っているが、敢えて使うとすれば、司祭が言う様にもし生きていれば彼の助命を「闇の神官」としてではなく「個人的に」請うただろう。
「真っ先に来たのはフォルセナの英雄王殿。それからローラントのアルマ殿とアルテナの理の女王殿が同時にいらしたのかな。
 三人共、国など関係無く個人的に、自主的に来たと申されたが」
「………」
 自分の助命嘆願に他国の王や女王、重鎮が自主的に働き掛けに聖都に赴いて来たというのにも驚きだが、彼は英雄王が真っ先に来たというのにまず驚いた。昔、モールベアの高原で説教をした時に借りが出来たと言っていたから、その借りを返そうと思ったのではないだろうか。そんな昔の事など彼自身が忘れていたと言うのに、何とも義理固い事である。
「……獣人王様、私も、個人的に貴方の助命を請いたいのです」
 そしてそれまで驚きながらも静かに聞いていたヒースがそう言ったので、彼は訝しげな顔でヒースを見る。ヒースは一度だけ足元に目線を落としたが、直ぐに彼に目を向け、口を開いた。
「覚えておられるでしょうが、私は玉座の貴方の前で、貴方のご子息と司祭様の孫娘のシャルロットを待たせて頂きました。
 あの時、貴方はやろうと思えば私とあの妖魔を始末出来た筈です。なのに、貴方はそうなさらなかった。
 もしあの時、貴方に始末されていたら、私は今ここに居ないでしょう。だから、感謝しているのです」
「……面倒臭かっただけだ」
「そう仰ると思いました。……いえ、それが本意だとも分かっています。それでも私は貴方に感謝しているのです」
 微笑んだヒースの顔が、当時の戦いの時にしょっ中説教を食らわせてくれた神官のそれによく似ていて、彼は思わず顔を顰めた。ヒース本人にはその気が無いだろうが、含みがある様な笑い方だと思った。否、恐らくヒースは彼が何か言ったら父の分まで嘆願しますだの何だのと言うのだろう。
「獣人王殿、詳しい処罰はまた追って通知致そう。じゃが、断罪だけは決してせぬ。
 それだけは心に留めておいて下さらぬか」
「……良いだろう」
 ここまで食い下がられたら彼としても折れない訳にもいかず、だから彼は不承不承頷かざるを得なかった。国王クラスの者や光の司祭にまで断罪を回避したいと言われれば、彼だって我を通す事も出来ない。アストリアの村人の縁者やジャドでの負傷者には不満が残るだろうが、聖都の決定であれば覆せないのだ。彼はその事に反吐が出そうだと思ったのだが、何も言わなかった。



 それから暫くの間、彼は聖都に留まる事になったのだが、太陽の光が珍しかったので神殿の裏のバルコニーで柵に凭れ掛かって光を反射する緑を見ていると、後方の階段から誰かが上がってくる足音が聞こえた。相手をするのも億劫だったのだが渋々後ろを振り向くと、見た事のある長い髪の女性が最後の一段を上がってきた所だった。女性は彼と目が合うと、にこりと笑ってお辞儀をし、更に歩み寄って彼の隣で並んでそこからの風景を眺めた。
「美しい場所ですね。御存知でしたの?」
「……いや」
 初めてこの神殿を訪れた時は散策などする暇も無く、だから彼がこの場所を知ったのは今日が初めてだ。なるべく人気の無い明るい所を教えて欲しいとヒースに聞いたらこの場所を教えてくれたので、ここでずっと眺めていた。久しく見ていなかった太陽の光は、月の光とは違って暖かく、しかし彼にとっては残酷な程に眩かった。城が落とされ森から出た十九年前はその眩さに素直に感動したものだが、今にして思えば若かったのだと彼は思っている。これは闇の中で住まう者にしか分かるまい。
 太陽の光は確かに暖かくて美しく、そして明るい。否、明るすぎるのだ。彼ら獣人にとっては自分達の姿など問題無いが、太陽の下では獣人以外を怯えさせてしまう様な容姿の者も居る。実際に彼も随分と怯えられた。今の彼もそうだが、十九年前に人間の世界に身を置いた時にも、だ。人間にしてみれば、一歩間違えれば獣人もモンスターの部類に入ってしまうのだろう。
 彼は、自分が獣人である事を恥じた事は無い。生まれてこの方、一度も無い。夜の闇の中で変化するその外見も、疎んだ事など無い。人間と違う四本の指も、鋭い爪も、発達した犬歯も、何もかもを誇りだと思っている。だが人間にとってそれが異質である事は確かで、怯えてしまうのだろうと思う。根拠も無く怯えて迫害された昔の獣人族は人間に追われて月夜の森に移ったというが、その時果たして人間へ抵抗をしたのだろうか。今となってはそれはもう分からない。ただ一つ分かるとしたら、この光を失った事を嘆いただろうという事だけだ。
「朝がくれば太陽が昇り、世界を照らして輝かせる。私達には当たり前の風景を貴方がたは見る事が出来なかったのですよね。
 私、それを昔知った筈なのに、どうして今また初めて知った様な気がするのかしら」
 女性は彼を知っていた。彼も女性を知っている。昔は少女の様だったが、今は統制する者の威厳を漂わせて彼に緩やかに微笑んだ。
「お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」
「……あんたもな」
 女性は、アルテナ女王であるヴァルダだった。先程光の司祭を見た時は老いたなと思ったが、ヴァルダは当時との年の隔たりをあまり感じさせない。女というのはこういう所に感心させられる、と彼は思ったのだが、口にはしなかった。
「……あんたらが余計な事をしてくれたお陰で死に損ねた。礼を言う」
 そして彼が横目でヴァルダを見ながらそう言うと、ヴァルダはきょとんとした顔をしていたが、彼の真意が分かったのかああ、と呟き、また微笑んだ。彼の人柄というものを知っているから、彼の言葉も不快と思わないのだろう。彼はこういうひとなのだと、ヴァルダは分かっているのだ。
「余計なお世話だとは分かっておりましたけど、私にとって貴方は母の想いを理解させて下さった恩人ですの。
 恩には報いねばなりませんわ」
「………」
 リチャードと言いヴァルダと言い、何故自分の周りはこうも恩を感じやすいのかと彼は思う。彼は自分が思った様にやりたい様にしているだけで、別に礼を言われたり恩を感じられる様な事は一切していないと思っているのだが、周りはそう思っていないらしい。難儀な事だと、彼は溜息を吐いた。
「特に、ビーストキングダムは今揺れていると思うのです。その混乱の最中に貴方を失えば、国は更に乱れるでしょう。
 ケヴィン王子もまだ若いですし、混乱を鎮圧する事は難しい筈です。
 いくら貴方が断罪に対して復讐を禁じたとしても、どうなるか分かりません。
 ……お気持ちは、痛い程分かるのですよ。私もフォルセナに侵攻したのですから」
 ヴァルダは憂いを帯びた顔で目線を足元に落とし、目を伏せる。フォルセナは城下町が城に隣接しており、つまり城を陥落させるには城下町を通らねばならないのだ。ヴァルダは操られてはいたが、指揮を執っていた青年が住民には構うなと指示を出していた様なので城下には大した被害は無かったらしい。だが城は二度も攻め込まれ、大勢の兵士が命を落としたそうだ。ヴァルダはそれが心苦しく、また償いたいとも思っている。
「……あんたは、操られていたんだろう。俺は自分の意思でやった」
「操られていたなど、何の免罪符にもなりません。
 それどころか、一国の主たる者が易々と操られ他国に侵攻したという事は恥であると私は思っておりますの。
 貴方も操られていたからと言って、人の命を奪った罪が軽くなるとは思いませんでしょう?」
「……まあな」
 ヴァルダの言う通り、王というのは本当にその国の全ての責任を負う者であり、一切の言い訳などはしてはならない生き物だ。部下が勝手にやった事だと言い逃れしても、その部下を管轄している者の罪が無い訳では無い。それに、彼は自国の軍を作った時に一番最初に掲げたのだ。「命を下した後に起きた問題の責は全て命じた者にある」のだと。だから、アストリアの村の一件はやはり彼に責がある。
「ですが、今私が居なくなってしまえば、残るのは娘です。いくら有能な者達が居たと言っても、もうマナの力は無い。
 私の魔力も既に失われました。それでも統制する力は娘よりある筈です。
 責任をとる事は勿論大事ですが、己が統治する国を混乱させない事もまた大事である筈。
 それを知らない貴方ではないでしょう?」
「………」
 彼は、目の前の凛とした表情のヴァルダを見ながら、良い女になったな、と思った。純粋な意味で、そう思った。孕んだ当時のヴァルダは不安と孤独で脆さを前面に出していたのに、今の彼女からは微塵もそんなものは感じられない。女王としての自信と威厳を見せ、付け入る隙を全く見せない。あの頃はこんな娘が果たしてアルテナを背負っていけるのかと思ったものだが、子供一人でこうも変わるものか、と素直に感心した。
「なんて、偉そうな事を言いましたけれど、単に私達は貴方に死んで貰いたくないだけなのですよ。
 この年になってしまえば建前ばかり言ってしまいますけれど、本音は皆その筈です」
「……ふん」
 恐らく、ウェンデルに来たという面子は彼がこういう責任の取り方をすると予想がついていたのだろう。ヴァルダは彼が蜂起した時は既に操られていたが、正気に戻った後に自分の意識が無い間の世界情勢を聞いてすぐに見当がついた。訪れたウェンデルで再会したアルマは王女リースの命を受けたとは言っていたが、自分の意思ではないのかとヴァルダが尋ねると笑って頷いていた。
「それに、ご子息は人間とのハーフでいらっしゃるとか。私達、貴方の奥方様の事を全く存じ上げませんわ?」
「……別に、俺が誰と子供作ろうがあんたらに関係ねえだろうが」
「あら、短期間といえども共に戦った仲間に子供が生まれたのならば、お祝いの一言くらい奏上したいものですわ!
 そのついでに奥様との馴れ初めもお聞き致したいというのが乙女心というものです」
「何だそりゃ……」
 子供や妻の事が話に上がった途端に彼があからさまに嫌そうな顔になったせいか、ヴァルダは楽しそうにうきうきしながら彼の逃げ場を無くそうにかかった。彼はどうかわしたものかと色々考え始めたのだが、ヴァルダが放った一言で全ての退路を断たれてしまった。
「そうそう、皆で下でお茶をしようと思いまして、ご用意しておりますの。
 お呼びにきましたのについお喋りが過ぎてしまいましたわ。どうぞいらっしゃって下さいませ」
 にこにこと笑うヴァルダからは「勿論断りませんよね」という強制が籠められている様な気がして、彼は更にげんなりした様な顔になる。これは絶対にその茶の席で色々聞かれるに違いない。どうはぐらかすかを頭の中で考えながら、彼は渋々頷いた。それを見てヴァルダは、どこか勝ち誇った様な表情を見せた。
「あ、それはそうと、お願いがあるのですけど」
「……何だ」
 そしてヴァルダが何かを思い付いた様に切り出した言葉に、彼は嫌な予感を覚えて眉を顰めた。彼の予感というか、勘は良く当たる。彼も自分の野生の勘というのは他の何より信頼していて、だからきっと自分にとって面白くない事を頼まれるだろうと予想した。そしてそれは、幸か不幸か当たってしまった。
「エスコートして下さいません?」
「………」
 差し出されたヴァルダの手は、昔と変わらず小さくて白かった。にこやかな彼女の表情は、しかし悪戯を仕掛けている子供のそれとよく似ている。彼は喉まで断る、と出かけたのだが、一国の女王のエスコートを断るとなると後で何を言われるか分からない。アルテナもビーストキングダムも他国に侵略した国なのでお互いはお互いに文句を言える立場ではないのだが、それでも断ったらアルテナのヴァルダに心酔している者達からやかましく抗議を受けるに違いない。それこそ身分など関係無く、「個人的に」だ。
「あてつけか?」
「まさか。そんな陰湿な女に見えまして?」
 どこぞの国王へのあてつけかと思ったが、違うらしい。純粋にエスコートを申し込んだのだろうかと彼は不審に思ってしまったのだが、それもどうも違う様な気がする。渋々と彼が手を差し出すと、ヴァルダは満面の笑みを浮かべてその手の上に自分のそれをそっと置いた。
 正直言うと、彼は女性をエスコートした事など殆どと言って良い程無い。そんな社交的な場に出た事も無ければ畏まった場面に遭遇した事も無く、そもそも何故自分がヴァルダのエスコートをしなければならないのか、彼にはさっぱり分からない。多分気の利く者ならば言われずともエスコートして茶会の場所まで付き添うのだろうが、生憎と彼はそんな気の利く男ではなかった。ヴァルダもそれを知っているからわざわざ言ったのだろう。
「あの熱血漢と戦乙女だけか?」
「それと神官様のご子息がおいでになっておりますの。近々叙階されるのだそうですよ」
 階段を下りながら彼が茶会のメンバーを尋ねると、ヴァルダが補足した。彼は他人を名前で呼ばないが、誰を指しているのかはヴァルダにも分かる。しかし一国の王を「熱血漢」で済ませる辺りが彼らしい。
 ぽつりぽつりと話しながら中庭が見えるテラスまで来ると、確かにそこには白いテーブルと椅子が設えられ、遠目からも三人が何か談笑しているのが見えた。そして恐らくリチャードであろう男がこちらに気が付いた途端に表情が凍ったのを見て、彼はもしやと思ってヴァルダを見ると、彼女はどこか嬉しそうな笑みを口元で作った。
「……あんた、これがやりたかっただけか?」
「ええ、実を言いますとね。申し訳ありません、ご不快にさせてしまったかしら」
「別に」
「ふふ、有難う御座います」
 つまり、ヴァルダは自分が誰かにエスコートされている姿をリチャードに見せて妬いて貰いたかったのだろう。子供の事を全く伝えなかったのはヴァルダだが、リチャード以外の一部の者はヴァルダの妊娠に気付いていた。肝心の父親は全く気付かなかったというのに、だ。これくらいはささやかな仕返しで許されるだろう。使われた相手は溜まったものではないのだろうが、彼は別にどうとも思わない。ヴァルダは彼だからこそ頼んだのだ。
「お待ちしておりました。お茶が冷めない内に始めましょうか」
 そして分かっているのかいないのか、それは定かではないが、ヒースがポットに被せてあったカバーを取りながらそう言ったので、ヴァルダも微笑んでからアルマの隣に座った。リチャードの隣にどっかりと座った彼は複雑そうなリチャードの視線を特に気にする事も無く、注いで貰った茶を受け取る。そのカップの中の紅茶に反射した太陽の光がやはり眩いと感じ、彼は思わず目を細めた。
 午後の日差しはゆっくりと彼らを照らし、一時の安らぎを与え、彼らは随分長い事多くの事を話していた。勿論彼はあまり発言はしなかったけれども、それでも普段よりは喋った方だっただろう。話しながら、普段見ない太陽の光というのはどうにも調子を狂わせてくれる様だと彼は思ったのだが、年をとったせいかと苦笑した。



 彼の罪は、生涯決して消える事は無いだろう。責は常に彼と共にあるが、彼に生きていて欲しいと願う者が居る限り、彼は生きる事が出来る。それが彼の、女神から与えられた祝福であり光なのだろう。その光を胸に抱き、彼は前へと進むのだ。彼が生きる事を望む者達の為に。