light up

 大事なものを守りたい、その為に強くなりたい、という一心でクラスチェンジ先を闇に選んだが、想像以上の力を手に入れてしまった様な気がして、彼は少し恐ろしかった。過ぎた力は災いにしかならないという事は旅を始める前に分かっていた事であったし、自分の今の実力が最強であるとは全く以て思わないけれども、この力に己の気持ちが伴っていない気がしていた。
 後悔は、していない。使いこなしてみせるという思いは常にある。だが、拳を振るっている最中に湧き上がる闘争心が以前に比べて大きく、熱く、そして僅かにどす黒いものが混ざってきている様な気がして、まるでそのうち自分の意識がそれに飲み込まれてしまうのではないかという恐怖がじわじわと侵食してきていた。
 そして何より、この力で万が一にでも仲間を傷つけてしまったらと思うと居ても立ってもいられなかった。勿論仲間に対して拳を振るう事など無いのだが、例えば混戦の中で誤って傷つけてしまわないかといらぬ恐れが膨れ上がる。あるいは、力の加減を間違えて傷めさせはしないかとも思ったりする。
 デュランであればそんな不安や心配など必要無い。彼も自分と同じで強さを求め、それを上手くコントロール出来ているし、何より強靭だ。どちらかと言うと安心して過ごす事が出来る。そんなデュランとは対照的に、どうしても不安が拭えないのがシャルロットだった。自分と同い年ではあるがエルフの血を半分引いている為に成長は遅く、どうしても自分よりか弱く見えてしまうから、最近は触れる事さえ怖い。
 滝の洞窟で出会い、旅を共にする様になった当時は、体力が少ない彼女を背負ったり肩に乗せたりする事はごく当然の様にやっていたし、またそれが自然に出来ていた。当時の自分の力も勿論普通の人間に比べると強いものではあっただろうけれども、突出したものではなかったから、安心して触る事が出来た。
 しかし今は、自分でさえ持て余してしまう力が何かの間違いでシャルロットを傷つけてしまったらといらぬ心配をしてしまい、以前の様に接する事が出来なくなってしまった。言葉は交わすが不自然に彼女を避け、戦いに際してもなるべく後方支援を要請してしまう。その事に対して不服を言われたが、最終的にはその方が良いのだと渋々納得してくれた様で、何とか自分も落ち着きを保っていられる。シャルロットの体力もつき、彼女を背負ったり肩に乗せたりしなくても良くなったというのも都合が良かった。
 この強大な力に振り回されず、上手く自分の支配下に置き、どす黒いものを制圧するまでは出来なくとも沈静化させられる様になったなら、以前の距離感を取り戻しても良いと自分に許可を下せるかもしれない。ああ、でも、それなのに。
「ケヴィンしゃん、さいきんシャルロットをさけていましぇんか?」
「そ……そうかな……」
 獣人の自分よりも遥かに勘が鋭いんじゃないかと思わせるシャルロットの言及に、顔が引き攣っていくのが分かる。笑っているつもりだが果たして上手く笑えているだろうか。自分の心配をよそに、シャルロットはそうでち、と由々しき問題であるかの様に神妙な顔つきで頷いた、
「ケヴィンしゃんはたしかにつよくなりまちた。でもね、シャルロットもまえにくらべるとすごくなったでち」
「シャルロット、元からすごい。ヒースさん、助けるために、たった一人でウェンデルから出た」
「そうでち、もとからすごいシャルロットはますますすごくなったでち! だから、こわがらなくてもいいんでちよ」
「………」
 どうやらシャルロットはこちらが抱いている不安や恐怖を察知し、安心させようとしてくれているらしい。やはり自分よりも勘が働くのではないかと思ってしまう彼女に何と言って良いのか分からず沈黙すると、柔らかで小さな手が自分の手に触れた。思わず体が強張り、一気に血の気が引く錯覚をしたが、そんな事も気にしていないシャルロットは彼女の頬を包む様に手を顔に持っていった。
 柔らかい。温かい。首筋に近い指には脈の振動が僅かに伝わってくる。薄い皮膚の下には血が通っている証拠だ。そう思うと途端に恐ろしくなったけれども、自分の手が冷たい事に全てを察したのか、手を逃さない様に力を込めて言った。
「だいじょうぶ、シャルロットはちょっとやそっとのことじゃきずつかないでち。さわっただけでケガなんてしないんでち」
「……で、でも」
「それに、シャルロットはじぶんでケガをなおせまち! ケヴィンしゃんよりもよっぽど、たい……えーと……たいきゅうりょく? があるんでち! だから、だいじょうぶでちよ」
 光に祝福されたシャルロットの手は温かくて柔らかくて、けれども所々に肉刺が潰れて硬くなった箇所があった。こんな小さな体でフレイルを振るい、ここまで戦い抜いてきた立派な戦士だ。そう、必要以上に守らなくても良いし、必要以上に心配しなくても良いのだ。それを言いたくて、彼女はこうやって笑ってくれるのだろう。
「……うん、ありがとうシャルロット」
 その温かさが胸に浸透し、眩い光に目を細めて礼を言うと、シャルロットは満足そうに笑ってくれた。この笑顔が曇る事がありません様にと願い、そして肉刺などもう作らせないでも良くなる日を必ず実現させようと誓うばかりだった。