中継する者

 仕舞われたままの古い剣は、しかし手入れを欠かさなかったので錆一つ無く、また顔が映り込む程に締麗に磨き上げられている。柄を覆う布は傷むので定期的に取り替えていて、義弟が使っていた頃の布は遺体が戻らなかった為に棺に遺品を入れる事となり、その布も入れた。
 騎士として死んだ――。それは演習中に負った怪我により、日常生活に支障は無いが盾を持ち剣を振るう事が難しくなってしまい退役を余儀なくされた彼女にとって、ある意味羨ましいと思える事だった。口にすれば誰からも非難されるであろうから黙っていたが、妹を見舞いに来た王子、否、もうその時には戴冠式を終え国王となっていた男が妹の目を忍んで自分に似たような事を言ったので自分もそうだと言い、二人してどうしようもない人間だと自嘲の苦笑を浮かべたものだ。
 甥が成長し、剣を扱いたいと言い出したので基本の型の稽古をつけ、軍役時代の伝手を頼って少年部隊に入隊させると、流石は義弟の血を引く子供であったからめきめきと頭角を現していってくれた。だがそんな甥でも世の中には強い者が多く居ると実感させられる様な出来事があり、当日夜勤で見張りを勤めていた者は甥以外全員命を落とした、きっと一両日中に旅立つだろうと城下町に自ら出向いた王から聞かされた彼女は、王が戻った後に最後となる手入れをする為にその古い剣を取り出した。
 この剣はどちらかと言うと初心者が持つもので、世界にはもっと優れた武器がごまんと存在するのだからわざわざこの剣を残しておく事も、大事に手入れする事も無かったのかもしれない。だがこれは、義弟が剣術大会で当時の王子を破って優勝した剣だ。きっと将来、甥の役に立ち、助けになるものだと思ったから、彼女は手入れをし続けた。妹が死に、手伝いはしていたがそこまで慣れていた訳ではない子育てをしながら、甥と姪が寝静まった深夜にこの剣の手入れをすると心が不思議と鎮まった。あたしもまだ武人って事かねえ、などと、苦い笑みが浮かんだ事も数え切れない。

 もうこの剣は、正当に受け継ぐ者が持つ。きっとデュランを災いから護ってくれるだろう。
 何たってマナの女神ではなくロキの――黄金の騎士の加護が宿る剣なのだから。

 彼女はそんな事を思い、静かに鞘に刃を収めた。玄関から遅い帰宅をしたらしい甥が扉を閉める音がして、黙って二階に上がる足音が、彼女に甥の旅立ちが来たのだと教えてくれていた。