猛獣の飼い方10の基本・その7:なつくとたのもしいそんざいです

 ロキが最初に彼を見た時、戦士の勘としてあぁこいつは強いなと思った。格闘が専門の割には細身だが、しなやかな筋肉が無駄なくついて彼の体を護っている。余計な動きも無く、流石その若さで身体能力が人間より優れている獣人を纏め上げる存在になっただけはあると、ロキはそういう部分で感心した。
 興味があったので話をしてみたかったのだが、生憎とその時はとてもじゃないが会話が出来る様な状況ではなかった。結局まともに言葉を交わしたのは逃げ延びたアルテナでだったのだが、その時も進軍してくるペダン軍からアルテナ城を護る戦闘の最中だったのでまともと言えるのかどうかは謎だ。しかも彼は城壁に登っていたヴァルダからペダンの兵士が雪だるま状態になっていると聞くとすぐに数体のMOBを連れてさっさと撃退に出て行ってしまったので、ロキも慌てて彼を追いかけた。後先を考えずに飛び出すのはリチャードとそっくりである。そして雪だるまを全滅させたは良いが、案の定現れた増援に苦戦を強いられたものの一向に退こうとしない彼の首根っこを掴み、引き摺るのをドゥカテに手伝って貰ってナイトソウルズまで退かせたのは良い思い出である。
強い、のは認める。力の強さも意志の強さも、彼は備えている。それは良い。しかし、
「余計なお世話だ、別に手当てなんぞ要らん!」
 毎回毎回大怪我と言っても過言ではない負傷をする(らしい)癖に、退く事を潔しとしないのは如何なものかとロキは思う。ロキは彼と知り合ってまだ日が浅いのでよく知らないのだが、ユリエルが本当に困った様に笑いながらそう言っていたので、今までも退く事は少なかったのだろう。流石のリチャードでも浅からぬ怪我をすれば退くのだが、彼は退こうとしない。今日だって赤竜につけられた大きな爪痕を放ったまま戦っていた。
「馬鹿を言え、放っておいたら化膿して腐るだろうが!」
「俺の体はそんなやわじゃねぇんだよ!」
 戦闘が終了すればナイトソウルズに構築したヒーリングホームは取り崩してしまう為、ロキはどういう成り行きだったのか、その取り崩しを待って貰う様に頼み、彼をナイトソウルズ内に連れて行く役を担う事になってしまった。手当てを拒否している理由は何なのかさっぱり分からないが、彼と対等に渡り合ってヒーリングホームのある場所まで連れて行けるのはロキだけである為に自然と言い争う回数も増えた。言い争うと言っても正論を言っているのはロキの方なので彼の抵抗は無駄に終わるのだが。
 ヒーリングホームの前で祈りを捧げていたベルガーに彼の事を頼んでから踵を返すと、ロキはそのまま外の後始末へと向かう。いくら敵といえども死人をそのまま地上に打ち捨てておくのは忍びないので、出来うる限りは葬ってやろうという考えは全員の中にある。そもそも、死んだ敵を埋めるという事を最初にしたのは彼なのだそうだ。ミントスが落ちた時に死んだ住民をそのままにしておくのは、と彼が言ったのでロジェ達も手伝って葬ったのだが、彼はその時死んだペダン兵もロジェ達に耳打ちして別の場所に埋めさせたのだと聞いた。自国民の手前、ペダン兵を一緒に埋葬するのは憚られたのだろう。重労働ではあるのだが確かに地上に屍を曝しておくのは人としてどうかと思うので、時間が許す限りロキ達は敵であろうと味方であろうと死者を葬る事にしている。
 そうして埋めていると、傷が完全に癒えたのか彼がいつの間にか出てきて手伝っているのが見えてロキは安堵する。本当に心労をかけてくれる戦友である。否、戦友と思っているのはロキだけであるかもしれないが、ロキは少なからず彼を気に入っている。気難しそうな印象は受けるが案外さっぱりしていて、話をしていても感心する事が多い。獣人は人間を忌み嫌っているとばかり思っていたので、まさかその獣人の王がこんな風に人間と行動を共にし、あまつさえ仲間意識を持っているとは思わなかった。
「……あぁ、神官殿、どうも有難う」
 ヒーリングホームの取り壊しが済んだのか、漸く降りてきたベルガーにロキは軽く会釈する。ベルガーは葬った者達への祈りを捧げる事を自ら願い出たそうで、ロキ達が埋めた死者の盛り土の前でも祈る。それが闇の神官の務めなのだそうだ。
「よくまあ毎回あれ程の怪我をするものだ。ロキ殿も他の者も内心肝を冷やしているだろうに」
「……今日のは、俺のせいでもあるから……今日は俺に免じて許してやって貰えないだろうか」
「ほう、不覚を取ったのかね? 珍しいな」
 ロキが少し口篭って彼の弁明をすると、ベルガーは本当に珍しそうな顔をした。それくらいロキは堅実な戦い方をする騎士なのである。それもリチャードに仕える間に身に付いた戦い方であった。
「ペダン兵に気を取られてしまってな。赤竜が接近している事に気付いた時には遅かったんだが……
 どこに居たんだろうな、いきなり俺を突き飛ばしたんだ」
 そう、彼はロキが赤竜の存在に気付いていない事を察知して、MOBに指示を飛ばす前に自分が飛び出してしまったのだ。その時に振り下ろされた赤竜の爪で深い傷を負ったのだが、彼は退くどころかその赤竜と一対一で闘ってしまったので、結果的に大怪我を負ってしまった。勿論ロキも他の仲間も退けと言ったのだが、彼は聞く耳を持たなかった。それには突如として現れたペダンの王も呆れたように、しかし面白そうに笑いながら見ていたのをロキは覚えている。敵にまで呆れられてどうするのだ。
 それを思い出して少し頭が痛くなったロキは小さな溜息を吐いたのだが、それと同時にベルガーが苦笑したのが見えたので首を傾げた。何故そこで笑われたのかが分からなかったからだ。
「いや、随分懐かれているのだなと思ってな。良い事ではあるが」
「……は?」
 ベルガーの言葉にロキは一瞬何の事かと思ってぽかんとしたのだが、意味を飲み込むと大いに不可解な顔をした。懐かれているとは何だ。言い争っているだけだと思うのだが。
「確かに彼は後先考えずに行動する事の方が多い様だが……それでも君の近くに居る事の方が多いだろう。
 闘い易いのだろうな」
 そう言われてみれば、とロキは思う。ロキが彼らと行動を共にして戦う様になってから日は浅いが、その間にペダン軍と交戦した時は大体彼が近くに居た、様な気がする。
「君はリチャード王子のフォローをずっとしてきたから、無意識に彼のフォローもしてしまうんだろう。
 それが彼にとっては好都合なのではないか?」
「……それは懐いていると言うより利用していると言わないか?」
「だが彼がまともに話しかけるのは君だけだろう?」
「………」
 言われてみれば、そうなのだ。彼は他人とは滅多に話さないし、そもそも話し掛けるという事をしない。大抵は話し掛けられる方であって、彼から何かを話すという事は無い様なのである。が、ロキは普通に彼から話し掛けられるのでその事は分からない。
 懐かれるのは良いのだが、心労をかけるのは止めて貰いたい。これ以上手間の掛かる友が増えたら身がもたないではないか。ロキがそう思っていたら、その思いが顔に出ていたのかベルガーがまた苦笑した。
「一応、退く時は退けと忠告はしておいたがね。聞いてくれると良いのだが」
「聞く……かなあ」
「さて。女神のみぞ知ると言った所か」
 顔を見合わせた二人はお互いを慰める様に笑ったのだが、その後は沈痛な溜息しか出なかった。
「おい神官、終わったぞ。さっさと弔ってやれ」
 そうして死者の埋葬を終えたのか、離れた所に居た彼が寄ってきたのでベルガーが軽く手を挙げて彼の要請に応えた。自然と仲間が集まって盛り土の群れの前に立ったベルガーの背後に静かに立ち尽くすと、ロキもそれに従って黙って目を伏せた。



 戦況が悪化している。ペダン軍は相変わらず戦争を止めようとしないし、戦いは激しくなっていく一方だ。戦いが激しくなっていけば、自然と仲間が負う怪我も酷くなっていく。今回は出撃しなかったロキが懸念していた通り、彼は今回も酷い怪我を負っても退く事をしなかったらしく、最後にはキュカが彼の首根っこを掴んだらしい。オウルビークスとの因縁の対決を邪魔されたくなかったのだろう。一応彼もその空気くらいは読めたらしいのでその時ばかりは渋々従ったそうではあるのだが。
「だから別に手当ては要らねえって言ってるだろうが!」
「どうして毎回そうなる! 神官殿も退く時は退けと仰っただろう!」
「俺の退き際はお前らの退き際とは違うんだよ!」
 従ったは良いものの彼はナイトソウルズまで退く事はしなかったらしく、だからロキはまたあちこち血まみれの彼の肩を担いでヒーリングホームがある場所まで引き摺っている。返り血の方が多い様ではあるが、彼自身の出血も多い筈だ。
 沈痛な面持ちで少しばかり腹を押さえている様なベルガーに彼の事を頼むと、流石のロキも少しだけ胃が痛くなったのを感じて彼に分かる様に溜息を吐いたのだが、彼は不本意そうな顔をしてヒーリングホームの前まで無言で歩いて行った。珍しい事もあるものである。普段ならばここまで連れてきても彼は戻ろうとする為、ロキは駄目だと釘を刺してから戻るのが当たり前になっているので、思わずロキは目をしばたかせて胃の痛みを忘れてしまった。それはベルガーも同じだった様で、不思議そうな顔をして彼の後ろ姿を見たのだが、やがて苦笑するとロキに視線を移してから肩を竦めてみせた。だがロキには生憎とベルガーが何と言いたかったのかは分からなかった。それに勘付いたのか、ベルガーはどっかりとヒーリングホームの前に胡坐をかいて座った彼の背に言葉を投げる。
「素直に礼を言ったらどうかね。ロキ殿には分からない様だぞ」
「うるせえ黙れ余計なお世話だ」
「……は?」
 ロキは一瞬ベルガーが何を言ったのか分からなかったのだが、意味を飲み込むと間抜けな声が出てしまった。ロキが呆然と彼に目線を遣ると、後ろ姿の為に彼の表情は見えなかったのだが、彼は胡坐の上に頬肘をついて黙ったままじっと座っていて、その背からは確かにばつが悪いと言うか悪い事をしたと言うか、そういう彼の想いが滲んでいる様な気がする。彼にとってみれば口答えをせずヒーリングホームの前に座った事はロキに対しての礼であったらしい。言葉に出さぬ彼の想いをロキが汲み取れなかっただけの話なのであろう。ベルガーもよく気付いたものだ。
「本当に懐かれたな。良い事だが」
「うるせえって言ってんだ黙れよこのお節介神官が」
 背を向けたままの彼の言葉には若干の苛つきが伺えるのだが、ロキはそんな事よりも彼がベルガーの言葉を一度も否定していない事の方に驚いた。彼も自覚しているらしい。ロキはその事に意味も無く狼狽してしまう。普段なら彼をここまで送り届けた後は外の後片付けを手伝いに行くのだが、今日ばかりは動く事が出来なかった。
「……おい、」
「……あ、な、何だ?」
 そうして随分と傷が塞がってきた彼が顔だけ振り向けてロキに呼びかけてきたので、ロキも我に返ったかの様に返事をすると、彼は眉間に皺を寄せて物凄く不本意そうな顔をしながら、言った。

「お前がお節介してくれるお陰で大事に至る事が無い。礼を言う」

 言われてぽかんとしたロキを尻目に、彼は言った後直ぐにぷいと顔を背けてまた頬肘をついた。不機嫌になった訳ではなく照れ隠しなのであるが、ロキはその事には気付いていない。しかしベルガーは堪えきれなくなったのか口元を押さえて忍び笑いを漏らした。普段は物静かなベルガーがこういう風に笑うのも珍しいのでロキの驚きも二倍である。
「い、いや……俺もお前のその無茶に助けられる時があるし……
 そ、そんな改まって礼を言われてもどうして良いか分からないじゃないか」
「珍しく俺が礼を言ってるんだ、どういたしましてとでも言っておけ」
「そ、そうか……ど、どういたしまして……」
ロキが首を傾げながら礼を言われた事への返答をすると、とうとうベルガーが吹き出した。彼はそれに物凄く嫌そうな顔をしたがやはり顔を背けたままだったのでロキ達からはその表情は見えなかった。確かにロキもどうもこの状況はおかしいと思っているというか、何だか少し恥ずかしかったのだが、それ以上何か言うと墓穴を掘ってしまいそうなので何も言う事は出来ず、彼も物凄く不本意そうな顔をしたままじっと二人に背を向けたまま暫く何も言わなかった。

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懐くと頼もしい存在です。
ですがその猛獣は素直ではありませんので、懐き方も少し特殊です。
飼い主たる者、そういう部分もきちんと理解して大目に見てあげましょう。