愛のかたち#01

 家族みたいなものかな、と、父の様な存在の人は言った。



 ルガーには、本当の家族というものが無い。それは元々であるので、一度死んだ事には由来しない。育ててくれたひとはルガーが十才になる頃には全てを話してくれたので、彼は自分がどういう出自であるかを知っている。しかしルガーはそれを遺恨に思う事もなくすんなり受け入れていて、育ててくれたひとの事をオヤジと呼んでいる。名前で呼ぶのも何だかおかしい気がしたせいだ。
 父親代わりのそのひとは、あまり乗り気では無い様であるが一応王という身分のひとで、だからルガーは実質的な王の子となる。だが父もルガーも大してそんな身分など重要視していないので、誰に対しても尊大な態度をとる事は無い。ただ外交などを含む執務はやらねばならないので、父に言われた時はルガーも分からないなりに父の後ろに控えてよその国の偉い人に対面したりはしていた。
 昔からの馴染みなのだろう人達は、ルガーに対してもとても友好的だった。中には複雑そうな表情をする人も居たのだが、それは恐らく生まれ変わる前の自分が父と戦った所を見た事がある人なのだろうとルガーは思っている。しかしそれも初めの内だけで、すぐに馴染む事が出来た。
 そして父と共に旅をしたというのと国が近いというのも相まって、聖都の光の司祭のシャルロットはよく父の元に訪れたし、父も頻繁に聖都へ赴いた。聖都にはルガーもついて行く事もあったから、話す機会は多かった。何でも光の司祭というのはとても重要な役職なので滅多に国外へ出る事が出来ないらしく、その為父が度々聖都へと赴いていたらしい。それは過去この国が聖都へ侵略しようとした時の遺恨を完全に晴らす為でもあったらしいので、父も聖都へ行く事を咎められなかった様だった。本来なら王という者も滅多に国外へ出られるものではないのだ。
 シャルロットと父は仲が良かったが、それと同時に闇の神官であるヒースという青年ともとても親密だった。ルガーは飽くまで第三者であったからはた目で見る事が出来たが、父とシャルロットがヒースに懐いているという印象しかない。懐くなど子供の様であるが、生憎とルガーにはそういう風にしか見えなかった。父の別の友人であるデュランという青年にそう言うと、お前は正しい、懐いてるんだよと言われた。
 だが懐くと言っても、例えば犬が飼い主に懐いてみたり、幼い子供が年上の者に懐いてみたり、そういう雰囲気ではなかった。三人が三人、お互いを共に尊重し、敬い、そして特別な感情を抱いている。子供と言ってもルガーも思春期を越えている程の年齢である為に、男女の恋愛事の感情というのは分かっているのだが、そういった感情ともまた別のものであると思った。父がシャルロットに抱くその感情は、同じ様にヒースにも抱いている。シャルロットもヒースも、また同様なのだ。三人が一緒に居る時は、恋人同士に良く見られる様な雰囲気ではなく、長い事連れ添った熟年夫婦に見られる様な、あの雰囲気に似ている。穏やかで静かで、ただ幸せだという思いが、父の後ろに控えているルガーにも伝わってくる程だ。
 だからルガーは父の配下達が何度も結婚を勧めるのとは反対に、結婚したらと言った事が一度も無い。獣人王というのは血筋は全く関係無いし、聞けば光の司祭も闇の神官も血筋は関係無いのだという。たまたま父とシャルロットとヒースがその父や祖父から地位を受け継いだだけで、そもそもは力が認められた者がなるものなのだから、結婚して子供を設けなくても良いのだ。勿論結婚が子供を生すだけの事ではないと分かっているが、この三人に限って言えば、結婚という形をとらなくても良いのだろう。

 家族みたいなものかな。勿論、お前も家族だけど。

 ある時、ルガーは父にシャルロットとヒースの事をどう思っているのかを尋ねたのだが、父の返事は想像していたものと殆ど同じだった。確かに父はルガーの事を本当の息子の様に扱い、育ててきてくれたのだが、ヒースやシャルロットと居る時の様な雰囲気には及ばない様な気がしている。だからと言ってそれを不満に思うルガーではないし、寧ろ聖都の二人と一緒に居る父を見ている方が好きなのだ。
 父はそれが生来の性格であるのか、ふとした折に暗い顔をする。様々な理由が重なった結果、原因となった者達が既に許しているというのに自分の罪を思い起こしては瞳を閉じるのだ。だがあの二人と居る時は、一秒としてそんな顔を見せたりはしない。そして二人も、その事を嬉しく思っている様だった。
 だから家族と言うよりももっと親密である様な気がする、とルガーは思う。入り込めない域であるという事をルガーはきちんと分かっているし、また入り込もうとも思わない。父達が望まない事を勧める様な事もまた、したくないと思う。確かに父がシャルロットと結婚したり、あるいはヒースがシャルロットと結婚しようと、彼らの間柄というのは全く変わらないのだろう。だが彼らの中の誰もが、それを必要としていないのだ。「どちらも好きだから選べない」のではなく、「どちらも好きだからどちらも選ぶ」のだろう。それはある意味卑怯なのかも知れないが、彼らにとっては一番自然な事なのだ。

 良いんじゃねーの。親が増えたみたいで得した気分だよ。

 父の答えにそう返すと、父は一瞬驚いた様な顔をしたのだが、すぐにひどく嬉しそうな幸せそうな、そんな顔をした。