タルシスの街の往来は、活気に満ち溢れていた。以前よりも賑やかなんじゃないかと元からの住人は言うし、ギベオンもそう思う。遠くに聳え立つ世界樹への到達を目指す冒険者はギベオンが初めてタルシスに来た時も多かったが、今はそれにも増して多くなった様だ。気球艇で出発する為に街門に集まる者達、探索を終えて戻ってきた者達、情報交換をしようと広場や酒場で話し込む者達、住民に混ざって食料の買い出しをしている者達、様々な人々が行き交う景色を、ギベオンは診療所の屋上に座ってぼんやりと眺めている。巨人が姿を変えたものであるので以前のものとは別だが、またこの街から世界樹が見られる様になった事は良かったと彼も思った。ゆっくりと夕方へ時間が進もうとしている風馳ノ草原の空には翼を大きく広げて悠然と赤竜が飛び、赤竜を避ける様にいくつかの気球艇も飛んでいる。こんな光景が戻ってきた事は、純粋に嬉しかった。
 目覚めた巨人との戦いから一月近くが過ぎた。巫女を連れ、ギベオン達は生きてタルシスに戻って来たが、全員そのまま即座に病院に担ぎ込まれてローズ以外の四人は入院を余儀なくされた。ギベオンとセラフィは三日程で退院出来たけれども腕を切断してしまったモリオンや全身に大怪我を負っていたクロサイトはすぐさま手術室に運ばれ、半月以上入院生活を送る事になった。特にクロサイトは術後暫く一人で歩けず、車椅子を使用する羽目になっていたのだが、傷の回復を良くする為とは言えローズに車椅子を押された時、彼は娘に車椅子を押してもらうにはさすがに早すぎると嘆いたし、見舞いに来てくれたガーネットがその姿を見て笑いを堪えていたので恨めしそうに見ていた。ただ、ローズのお陰でかなり短い入院期間になった事は間違いなかった。
 ギベオン達が入院した後にも、病院に担ぎ込まれた者が居る。煌天破ノ都で亀裂に足を取られ、転落したバルドゥールだ。タルシスに戻ったギベオン達を気球艇の発着場で待っていたローゲルが巫女からバルドゥールを助けるのを手伝ってほしいと懇願され、病院に運ばれる前にギベオンが協力を呼び掛けたところ、帝国兵は勿論の事ローゲルと同じく発着場に居たキバガミやウーファンがイクサビトやウロビトに働きかけ、キルヨネンやウィラフなどの冒険者も応じて、大勢の者が救出に向かったのだ。バルドゥールが転落した場所は巨人が目覚めて地上に向かった反動によりかなりの瓦礫が積み上がっていたが、そこは力自慢のイクサビトが活躍を見せたし、亀裂の底にはウロビトが方陣を張って巫女達を降ろした。そして発見されたバルドゥールはギベオン達と戦った事と瓦礫に埋もれていた事より酷い重傷を負ってはいたのだが、巫女の世界樹への呼び掛けにより病は全て消え去っていた。

『もう怖いことしないでね。何でも話して? わたしも、みんなも、一緒にいるから。
 どうしたらいいか考えようよ』

 辛うじて息はあったものの、声が出せなかったバルドゥールを小さな体で抱き締めた巫女は、涙で震える声で彼に訴えた。帝国は確かにこのまま放っておけば人々が住めない土地となってしまうが、大地を繋ぐ谷の封印が開放された今、多くの者の力や知恵を借りる事が出来る。バルドゥールを助けに来た者達の様に、帝国の大地を世界樹の力に頼らない方法で何とか浄化する方法も見付ける事が出来るかもしれない。それはギベオンが以前バルドゥールに訴えた言葉に似ていた。病はもうバルドゥールから消え去ったのだ、彼が焦る必要はもうどこにも無くなった。だから、バルドゥールは声が出なくて返事が出来なかったけれども、巫女の頭をそっと撫でた。
 そうして救出されたバルドゥールはギベオン達と同じ病院に運ばれ、怪我の治療が終わった後に昏々と眠り続けた。やはり病の影響は大きかったらしい。煌天破ノ都から連れて来られた病が重篤であった帝国兵も巫女が世界樹へ呼び掛けた時にバルドゥールと同様病が消え去り、何とか一命を取り留めたが、彼らも暫く起き上がる事すら出来ずただ眠り続けていた。体力の回復には寝るのが一番だと知っているギベオンは、自分が退院する時に挨拶する為にバルドゥールの病室を訪れたのだが彼がまだ眠っていた事にもそこまで気落ちせず、付き添いとして病室に滞在しているローゲルに意識が戻ったら教えてくださいとだけ伝えた。
 クロサイトとモリオンの元には、毎日ギベオン達が見舞いに来た。何か不自由な事は無いか、必要なものは無いかを聞いたり、誰かと話している方が良いだろうからと体に負担が掛からない程度に話した。辺境伯への報告はギベオンとセラフィ、ローズだけで行っており、巨人を倒した事への最大級の労いと礼と共に、帝国の民のタルシス移住の考えを再度聞いた。大地の浄化は一朝一夕で出来るものでもなければひょっとすると叶わない事かもしれないが、現実問題としてそこで耐えながら暮らす人々が居るのであればタルシスに移住させ、命の危険から守る必要があるという辺境伯の考えは変わっていなかった。何もかも皇子が退院してから話を進める事になるだろうがな、と笑った辺境伯の言葉をクロサイトに伝えると、その席に私も居なければならないのかと思うと気が重たいなと苦い顔をした。
 そんなクロサイトの病室には、実に多くの住民が訪れてくれた。住民にとってクロサイトは冒険者でもタルシスの外交官でもなく自分達のかかりつけの医者であり、冒険者に復帰して忙しい合間を縫って回診に訪れては不調を聞いたり薬を処方したり、夜中に高熱を出したからと起こしても一言も文句を言わずに駆けつけては容体を見てくれる様な男であったから、随分と心配して見舞いに訪れてくれたのだ。医者が見舞われるとは本末転倒だと苦笑いを零したクロサイトであったが、嬉しい事に変わりはなかった。
 そしてモリオンであるが、右腕を失った彼女は右手を負傷した時の為の訓練をしてきたとは言え実際に左腕一本となってしまった事でかなりの不便さを感じていたけれども、弱音を吐いたりはしなかった。嘆いても腕が戻ってくる訳でもなし、慣れるしかなかろうと、逆にさっぱりとした表情で言ったモリオンは、しゅんとしているローズの頭をぽんぽんと撫でた。病が消えた事で、漸く彼女はローズに触れる様になれたのだ。そんなモリオンに、ローズは手を繋いで散歩がしたいと言った。元はと言えばモリオンは病によって皮膚を突き破った蔦がローズの体を貫かぬ様にと腕を切り落としたのだから、術後の傷の経過の痛みを少しでも和らげたかった。
 クロサイトよりもモリオンが先に退院する事となった時、彼女はペリドットからこれからどうするのかを聞かれた。ローゲルはバルドゥールの側近として帝国とタルシスを行き来する様になるだろうが、モリオンは騎士としてバルドゥールに仕え続けるのか、隻腕となった以上それは厳しいのではないかと、率直な意見をペリドットは述べた。ただ、ペリドットは片腕を理由に騎士を辞す事を勧めた訳ではなく、ローゲルが戻らなかった間にバルドゥールが彼女を側女にしなければならなかった程の境遇に見舞われた事を聞いており、モリオンに無体を働いた者達が全員粛清されたとは限らないしそんな所に戻らない方が、と思ったのだ。どちらにせよ帝国の民はタルシスに移住してくる可能性が高いので、このままタルシスに留まって欲しいとペリドットは言った。
「タルシスに留まるにしても、この診療所にいつまでも居着いている訳にはいかんだろう。私の家ではないのだし」
「それなんだけど、私、お腹が大きくなってきて出来ない事も多くなってきちゃったから、お手伝いで居て欲しいの。
 モリオンも左手だけの生活に慣れなきゃいけないし、ここで暫く慣らしたらどうかなってクロサイト先生にもお尋ねしたんだ。
 そしたら、部屋は余ってるから構わないって言ってたよ」
「しかし……」
「無理にとは言わないし、モリオンの好きにして欲しいのは本当なんだけど……
 腕がそんな状態だから、暫くタルシスで休を休めて欲しいの」
「………」
 ペリドットは、純粋にモリオンにタルシスで暫く休養を取ってほしかった。少女の時分から苦労を強いられてきたモリオンに、少しの間だけでも良いから穏やかに過ごしてほしかったのだ。以前よりも賑やかなこの街では静かに日々を送るという事は難しいかも知れないが、それでも住民達は気の良い者が多いので彼女に不便があれば色々と世話を焼いてくれるだろうし、孤独を感じずに過ごせる筈だ。そして、何より。
「モリオンはここに居られないって思ってるかも知れないけど、ローズちゃんにとっては親戚のお姉さんじゃない」
「……あ、」
「ローズちゃんがあれだけモリオンに懐いたの、きっと血の繋がりがあるって分かったからだと思うよ。
 本当に無理にとは言わないし、診療所に居ろとも言わないから、タルシスに居てくれたら嬉しいな」
「………」
 ペリドットの言う通り、モリオンはローズとはとこの間柄になる。ただ、それを差し引いてもローズはよくモリオンに懐いた。入院中もクロサイトとの散歩を終えた後に顔を見せては外へ連れ出し、明るい陽の光の下を一緒に歩いた。彼女と離れるのは確かにモリオンにとっても寂しいものであるし、少し年は離れているとはいえ病が消えた事によりペリドットとも漸く普通に接する様にもなり、やっと友人と呼べる者が出来たというのに、疎遠になるのは惜しいと思う。モリオンはペリドットが妊娠してから知り合ったので彼女が踊っているところを数える程度しか見た事が無いのだが、それでも体に障らない程度のステップを踏みながら踊る姿に心が和んだ。もうその踊りが見られないというのは、惜しかった。
「……この腕ではお仕え出来ないと、まだ殿下に申し上げられてないからな。もう暫くはここに居させてもらうさ」
「そう。じゃあ、また一緒にお出掛け出来るね」
 素直な気持ちを言えず、主命が下されていないから、と苦しい言い訳をしてモリオンが今暫くの滞在を告げると、ペリドットはにっこりと笑った。何の含みも無い、純粋な喜びを表したその笑みは、太陽の石の名に相応しい程眩しいものだった。



「――ここに居たのか。どこに行ったかと思ったぞ」
「へ? あ、あぁ、ご、ごめん。ど、どうしたの?」
 様々な事を思い出しながらもぼんやりとしていたギベオンの背中に、知った声が掛けられる。振り向くと、屋上に出入り出来る扉を開けたモリオンが居た。彼女がこの診療所に留まる経緯をペリドットから聞いた事を思い出していたものだから内心動揺していたギベオンはその動揺が表れてしまいどもってしまったが、彼女は特に気にする事なく親指で自分の背後を指す。
「さっき交易場から荷物を運んできた配達員からお前に交易場に来て欲しいと伝言を頼まれた」
「カーゴ交易場に? アルビレオさんかな?」
「ああ、そう、そいつが呼んでいるそうだ。急ぎの用事とは聞いていないが、今から行くと良い」
「うん、そうする。有難う」
 誰かに何かの荷物が届いたのだろう、診療所に来た交易場の配達員からの伝言に、ギベオンは少しだけ首を傾げた。アルビレオはギベオンが入院したと聞いて真っ先に見舞いに来てくれたが、その後に巨人の話を聞き以前よりも多く流入してきた冒険者達の対応に忙しくなってしまった港長の手伝いに忙殺されているらしいので、話す暇なんてあるのかな、などとギベオンは思いつつもモリオンに礼を言いながら立ち上がる。彼女の灰銀の髪と共に腕が存在しない袖が風に揺れていて、心が苦しくなったのだが、そんなギベオンの思いなどよそにモリオンはそう言えば、と口を開いた。
「さっき、ペリドットの故郷から荷物が届いたんだが……、お前は故郷に戻らなくても良いのか?
 水晶宮とかいうところの宮廷騎士なんだろう?」
「あ……、うーん……、一応僕はキルヨネンさんの部下って事になってて、
 キルヨネンさんは陛下から勅命を受けてこの街に居るから、本国から帰国命令が出ない限りは戻らなくても良いんだ」
「ふうん……」
 離れて暮らすインフィナからペリドットに荷物が届き、世界樹を目指す冒険が一先ず終わったとしても彼女はこの街に嫁いできたのだから帰らなくても何ら不思議な事ではないのだが、ギベオンがタルシスに留まっているのはいまいち理解出来なかったのでモリオンが尋ねた。ギベオンが幼少の頃からタルシスに来るまでの境遇をクロサイトから伝えられ、彼は既に記憶の中から両親に纏わる全てを消して自分がみなしごだったと信じている様だと聞き、モリオンは背中にうそ寒いものを感じたものの、ややもすれば自分もそうなっていたかもしれないと思うと他人事には思えなくて、不用意な事を聞いたり言ったりしない様に心掛けている。
 それを踏まえて親元に帰らなくて良いのか、とは聞かずに故郷に戻らなくても良いのか、と聞いたモリオンは、ギベオンの返答を聞いて彼が宮廷騎士であるにも関わらずかなり自由に動ける身であるのだと知った。勅命を受けた騎士の部下、であるなら本国への報告書などの重要な仕事はしなくても良いであろうし、相変わらずこの診療所で居候を続けている。ただ、何もしない日々を過ごしているのではなくて、退院したクロサイトがまだ本調子ではない事もあって彼の手伝いをしていたり樹海の特殊清掃者に戻ったセラフィの手伝いをしたり、近所の住民に頼まれて雑用を引き受けたりと、それなりに忙しく働いていたので、巨人を倒した者として本国に凱旋帰国でもするのかと思っていたモリオンは拍子抜けしたのだ。だが、近いうちに帰るのだろうとは思っていた。
 しかしギベオンからの返答は異なり、特に早急に帰国せずとも良いらしい。それを聞いて何となくほっとした気分になったモリオンは、何故胸を撫で下ろしているんだと自分に対して顔を顰めてしまった。そんな彼女にギベオンは不思議そうな顔をしたのだが、時間を取らせてすまなかったな、とだけ言って背を向け階下へと下りて行った。



 夕食の時間が近付いているだろうに、交易場は賑やかだった。気球艇の装備について説明を受けたり改良の要望を出したりする冒険者達の姿もあれば、様々な物品を運び込んだり運び出したりしている従業員達の姿もある。人混みが苦手なギベオンはその光景に尻込みしたのだが、ぐっと堪えて足を踏み入れ、アルビレオを探した。幸いにもあちらがすぐにギベオンに気が付き、港長達に断りを入れて奥の居住区の方へと連れて行ってくれた。アルビレオはギベオンが人混みが苦手であると知っているというのと、この街に来て間もない冒険者達にとっては巨人を倒した冒険者とは一体どういう者なのかという好奇の目があり、知られると時間を食うという事もあって、人目が無い所へ行ったのだ。
「呼び出してすまねえな。本当は俺が行けたら良かったんだけど」
「いえ、僕よりアルビレオさんの方が忙しいでしょうから構わないですよ。でも、どうしたんですか?」
「ん、ああ、ちょっとお前に見てもらいたいもんがあってさ」
 日暮れが近付く時間で薄暗い廊下を通るアルビレオの右腕は、モリオン同様無い。歩く度にひらひらと揺れる袖が鬱陶しいからと、右の袖だけを切って服を着用している彼を、今では誰もぎょっとした顔で見ない。そもそも冒険者には四肢のいずれかを欠損した者も多く、故郷に戻る者も居ればアルビレオの様に留まって別の形で冒険に携わる者も居る。
 そんな彼が案内してくれた部屋は何やら多くの見慣れないものが所狭しと置かれ、机の上には何かを象った細長いものが置かれていた。それを見て、ギベオンは目を丸くした。
「これこれ。まだ試作品なんだけどよ」
「……これ……う、腕……? ですか?」
「そう、腕」
 アルビレオが机の上から取り、見せてくれたのは、機械仕掛けの腕だった。戦争や農作業中での事故で欠損した体に義肢を使用している者は居ると聞くが、タルシスではそういう者が居なかった為にギベオンはすっかり失念しており、義肢という手段があったかと漸く思い至った様な顔をしてしまった。だがギベオンが知っているのは木製や筒状になった鉄製のもの、または先端がフック状になったものであり、隙間からコードが見える様な機械の義肢は見た事が無かった。その義手は無骨と言えばそうなのだが、しかしギベオンが知っている義手に比べると遥かに人間の腕に近い。
「タルシスに先に来た帝国の技師達が居るだろ。
 港長がその技師達に聞いて気球艇の改良とか、色んな事とか聞いてたんだけどさ、
 一緒に話を聞いてた俺を見て、例えばこいつが自由に動かせる機械の腕とか造れねえかって聞いたんだ」
「あ……、そうか、木偶ノ文庫にも機械仕掛けの魔物が居たくらいですから、
 何も魔物に限らず人間のパーツも造ろうと思えば造れるかも知れないですよね」
 どうやらこの義手はタルシスに移住してきた帝国の技師の試作品らしい。帝国の者達が先人から受け継いだ技術や知恵は、これからタルシスに向けて開示されていく事になる。気球艇というものがタルシスに齎されただけでもかなりの騒ぎであっただろうに、こんな技術までもが持ち込まれるとなると、何が起こるか分からない。良い事ばかりがある筈もないし、強い光は強い影を生むものだ。ギベオンはぶるっと腰を震わせたが、アルビレオが続けた言葉にもっと顔を青くした。
「でな、帝国の技師達の中でも人工の体を造る試みはあったらしいんだな。
 あの皇子が病に罹った時、最悪頭だけ残して全部機械仕掛けに出来ないかどうかの研究がさ」
「ひ……ひえぇ……」
「まあ、病に罹った事を皇子が隠してたからそれは回避出来たみたいだし、
 研究を続けられる程の開発費も無かったみたいだから頓挫したみたいだけどな」
「そ……それは良かったですね……」
 港長もそうだが、やはり技術者というものは変な者が多い。否、恐らく純粋な好奇心が彼らの原動力であり、それこそ煌天破ノ都で見付かった手記にも書かれてあった様に、良かれと行われる行為の積み重ねを温床にして絶望や不幸を育てていくのだ。だが、育ったものが絶望になるとも限らない。希望を育てた事になるかも知れない。今回の義手は、間違いなく希望を育んだ。
「俺は難しい事は分からねえんだけど、体を動かす時に頭からの命令が電気刺激になってて、
 それを受け取った筋肉の中にある何かが働いて動くんだと。
 これは筋電義手って言って、その電気を受け取って動かすんだ」
「な……なるほど……?」
「悪ぃ、ほんと俺そこら辺まだ理解出来てねえんだ……何かその技師、医者の知識もあるみたいでさ……」
 説明された内容はかなり大雑把なもので、彼もいまいち理解出来てない様であるからギベオンは更に輪をかけて理解出来ず、何となく言いたい事は分かるのだが詳しくは分からなかった。それでも脳からの命令をその機械仕掛けの義手が受け取り、代わりに動かすという事は分かった。
「百聞は一見にしかずって言うし、ちょっと見ててくれ」
 アルビレオはどう説明して良いのか分からないし、ギベオンもどう理解すれば良いのか分からなくて、お互い困った顔を見合わせたのだが、見せた方が早いと判断したアルビレオがその筋電義手とやらを上腕に装着した。彼の腕の太さを正確に測って造られたらしい義手は肘より少し上にぴったりと装着され、何故かギベオンが緊張してしまい固唾を呑んで見守ってしまった。
「……わっ……」
 排除者や監視者と同じ様なモーター音と、カシャッ、という音と共に、義手の五本の指が閉じられ、拳の形になる。そこからゆっくりと指が一本ずつ開き、また広げた状態になった。思わず口を開けて義手をまじまじと見たギベオンににやっと笑ったアルビレオは、続いて机の上に置いてあった三センチ程の藍結晶――以前ギベオンが土産として彼にあげたものだ――を、親指と人差し指、中指の三本で掴むと、持ち上げてみせた。
「すっ……凄い! 凄いですね?!」
「手首の関節部分を造ってないから曲げられなかったり、細かい作業とかは無理なんだけどな。
 でもこれからもっと改良して、日常生活を送るには不便が無いくらいまでに仕上げたいなって話をしてるんだよ。
 皇子の体を機械化して砲剣を操る事が出来るくらいの完成度を目指してた奴らだから、
 やっぱすげーもん造れるんだよな……」
「ああ……良い方に転んで良かったですよね……」
 試作品とは言え立派に手の代わりをしているその義手は、改良の余地は山程あるのだろうが、ギベオンの目には素晴らしいものに映った。ものを押さえて作業する事が出来ず不便だと言っていたアルビレオがこの義手を使えたなら、港長にとっても優れた助手として更に活躍してもらえるであろうし、医学の進歩にも繋がる。タルシスの医師達も共同開発に取り組むかも知れない。クロサイトも恐らく興味を持つだろう。何せ彼はローズがウロビトに伝わる薬草の知識をたまに披露すると、段々と真剣な顔付きになってメモを取り出す様な男だ。わたしはあまりくわしくないのでウーファンさまにきいてください、と半べそをかくローズと、娘を泣かすなと兄を叱るセラフィをギベオンも何度か見た事がある。
「……あの、アルビレオさん、これ、」
「まあ待て。これは本当にまだ試作段階なんだ。外見もかなり不恰好で関節の動きにも不安があるし、重たいしな。
 タルシスにはこの技術や知識は無いが、富がある。つまり改良を早く進められるくらいの予算が捻出出来るんだ」
「………」
 義手の実演を見たギベオンが思い付いた様に口を開いたその時、アルビレオは先に続く言葉を遮った。飽くまでこれは試作品である事、まだ改良せねばならない箇所が多くある事など、課題は山積みだ。しかしタルシスには様々な国から多くの者達が集い、交易も盛んであり、素材は勿論経済も申し分ない程に豊かな街であるから、試作品でもここまでの完成度のものを造れる帝国の知識や技術と合わされば実用化までの時間は然程かからないだろう。ギベオンが思う以上の早さで出来上がるかもしれない。出来て欲しいな、と思ったギベオンに、アルビレオは照れ臭そうに続けた。
「俺、さ。お前にかなり助けられたんだよ。
 ホムラミズチにやられた時もそうだけど、あの後お前、いつも見舞いに来てくれたろ。
 俺の判断ミスのせいでエレクトラ達死なせちまって、何で俺生きてんだって、
 入院してた間何回も病室から飛び降りようとしたんだ。
 その時にさ、お前がほんっと絶妙なタイミングで見舞いに来る訳よ。
 ……だからさ、……」
「あ……」
「言いそびれてた、けど、ほんと、有難うな。お前に恩返し、出来る様に、絶対この義手、完成させるからな。
 だから、もう少し待っててくれ」
 ホムラミズチとの戦いでギルドの者達を喪ったアルビレオは、しくじったのは自分だというのに生き延びてしまった事と、片腕を失った事を嘆き、何度も死のうとした。だがその度ギベオンが訪れてきてくれて体の具合はどうであるか、何か必要なものは無いかなど聞いてはまた明日来ますね、と言って帰っていった。自分も探索でくたびれているだろうに、ホムラミズチとの戦いを控えて恐ろしいであろうに、それらを顔に出さずいつも見舞ってくれた。どれだけ救われたか、とアルビレオは思い、感極まって涙が出てしまい、言葉を詰まらせながら完成の約束をした。
 ギベオンは、その義手をモリオンにも造って欲しかった。砲剣を握って戦う事は難しいかも知れないが、日常生活を送る上での不便さを少しでも和らげる事が出来るのであれば、彼女に造ってやってほしいと思う。出来る限りの協力はするし、必要であればアルビレオの代わりに交易場で臨時の働き手として使ってもらっても構わない。人混みが苦手なギベオンであるが本気でそう考えた程には、アルビレオの腕もモリオンの腕も戻せる事が出来るならと思った。
 巨人を倒してタルシスに戻ってきたギベオンは、病院に運ばれる時も自分は歩けるからと担架を断り、出血多量で歩けなくなっていたモリオンを乗せた担架にずっと付き添いながら病院に向かっていた。また、彼女が退院してからも外出している姿を見掛けた事があるのだが、必ずと言って良い程ギベオンとローズが付き添って歩いていた。意識が戻ったバルドゥールの許可を得たローゲルの指示によりタルシスへの移住が女子供、老人などの弱者から始まった今、王宮の事など噂しか知らぬ帝国の民の中にはモリオンに対する心無い誹謗中傷を口にする者も僅かながら居る様で、ギベオンはそういった者達から彼女を守る名目もあって必ず付き添っているらしかった。以前アルビレオは彼女を守ってやんな、とギベオンに言った事があるが、それをきちんと覚えていた様だ。
 そんな風にモリオンを気遣っているギベオンがこの義手に興味を持つだろうという事は、アルビレオには容易に想像出来た。交易場に出入りする様になった帝国の技師に港長がこいつに腕を、と言ってくれた時、勿論真っ先に港長に対しての感謝が浮かんだが、次の瞬間にはギベオンと一緒に食料品の買い出しをしている、自分と同じ様に腕を無くしたモリオンの姿を思い出したのだ。少しでもあいつらの役に立てたら良いな、と、技師と具体的な話を詰めていきながらアルビレオは思ったし、腕を無くして辛くもあったが無駄ではなかったと思える様になれた。冒険者に限らず戦争や事故、病気で手足を失った多くの者達の糧にもなるだろう。その第一号の被験者になれるなど、この上無く光栄な事だ。
 それに、もしこの義肢が成功すれば、機械を介して脳からの指令を直接気球艇に出し、舵を取らずに飛行出来る様になるかも知れない。かなりの高度を飛べる様になった今、空高くを舞う魔物と遭遇するギルドも多くなり、そういった者達から気球艇の操縦で戦闘人員が一人欠けるのは厳しいという意見も上がってきている。自動操縦も視野に入れられるかもしれませんよねとアルビレオが言うと、腕を無くした彼に新たな腕が出来たら良いよな、程度にしか思っていなかった港長は俄然興味を持ち、やる気が倍増したらしく、最初よりも更に協力的になった。つくづく気球艇に対し心血を注ぐ男だ。
「……港長からもあんまり時間かけんじゃねえぞって言われてるし、
 そんなに待たせる事は無いと思うしよ。良い報せを楽しみにしててくれ」
「はい、待ってます。有難うございます!
 ……でも、無理だけはしないでくださいね。ちゃんと寝てくださいよ」
「あ?」
 義手を外しながら言ったアルビレオにギベオンが元気良く返事をしたが、少しだけ困った様な顔で注文をつける。そんなに疲れた顔してたかな、と、義手を机に置いたアルビレオは、ギベオンの続く言葉に目を丸くした。
「目の下にクマが出来てるじゃないですか。
 頑張ってくれてるのは分かりましたから、休める時はちゃんと休んでください」
「……こりゃー一本取られたな」
 アルビレオの目の下の隈は、そこまでくっきりとしたものではない。だがギベオンが言う通り、ここ数日は交易場での仕事が終わった後に義手の試作品を技師と共に造っていたので、寝不足は否めなかった。知り合った当時は自分の意見を言う事があまり出来なかったギベオンは相手の顔色を窺う事無くこうも堂々と言える様になっており、アルビレオは頭を掻きながら苦笑した。彼は目の前の友人が猛スピードで成長し、立派な男になった事を、改めて嬉しく思うのだった。



 ペリドットの腹も大きく膨らみ、双子が元気良く腹を蹴るものだから中々寝る事が出来ない、と言いつつも嬉しそうな彼女の経過は、クロサイトの危惧を払拭する程順調だった。小さな体なので中であまり大きく育ってしまうと出産が大変であるし耐えられるかどうか、という心配は未だあるが、ペリドットは皆のそんな心配などよそに元気に外にも出掛けているし、家事もよくこなした。さすがに洗濯などは控えて欲しいとクロサイトが言うと、じゃあ干すくらいはしますと言って聞かなかった。階段の上り下りもしんどそうではあるが、この頃になるとモリオンも随分とペリドットと親しくなり、女同士という事もあってかローズを含めた三人でよく出掛けていたので、気落ちする事も塞いだ顔をする事も全く無かった。ただ、タルシスの外に行く事は危ないからと、ローズが巫女に会いに深霧ノ幽谷に行く時はギベオンがモリオンと一緒に連れて行った。
 街医者として、そして不承不承であるが帝国に戻ったバルドゥールと辺境伯の会談の席に駆り出されて外交官としての手腕を振るう事になったクロサイトは、忙しい中でも合間を見てローズと戯れたし、もし良かったら描いてみないかねと辺境伯に言われて巨人との戦いの絵を描いていた。英雄譚としての絵を描いている訳ではない。二度とこういう事が起こらぬ様にという、戒めの為の絵だ。興が乗ると夜更けまで描いているクロサイトの為にギベオンが茶を淹れて差し入れに行くと、同じ事を考えたは良いが邪魔をしては悪いと思ってノックが出来なかったのだろうローズが傍らにクッキーを乗せた盆を置いて部屋の前で蹲って寝ていて、落し物ですよ、と言いながらクロサイトの部屋に連れて入った事もあった。
 その時、ついでだから少し話をしないかと言われ、ギベオンは寝台にローズを寝かせて再度絵筆をとったクロサイトと久しぶりにゆっくりと二人で話をした。ギベオンがタルシスに来た当時の事、皆でペリドットを攫いに行った時の事、クロサイトがローズの父と初めて名乗り出た時の事、ホムラミズチと戦う前にギベオンが騎士の誓いを皆に対して立てた時の事、セラフィがローゲルと一対一での勝負に挑んだ時の事、モリオンが腕を犠牲にしてまでローズを守った時の事、取り留めもなくそれらを話す二人の声はとても静かで穏やかだった。
 そして、話はクロサイトの外交官業にも及んだ。何でも帝国の民の移動が少しずつ行われている現在であるが、ペリドットも危惧していたモリオンが帝国に居た頃に無体を働いた者達はほぼ全員がバルドゥールによって粛清されていたとは言え、立場的にどうしても始末出来ない者も居たらしい。その男のタルシス流入をどう防ぐかをクロサイトは考えなければならなかった。バルドゥールは帝国を纏める者として臣下以下国民を平等に見なければならない為に尋ねても教えてくれない気がしたし、ローゲルに聞くなど傷に塩を擦り込む行為であるとも思ったので聞けず、結局モリオンがバルドゥールの側女になっていたと木偶ノ文庫で教えてくれた技師に尋ねて教えてもらった。その上でクロサイトはその男も同席している事を確認してから会合に臨み、言ったのだ。
『貴殿のご高名は他の帝国騎士からも聞き及んでおります。
 是非その手腕を振るって、帝国現地での移民指示にあたって頂きたい』
 その男を立てた様にも思わせるクロサイトの言葉は、しかし紛れも無く帝国に留まっていてくれという意味合いがあった。勿論その男は渋ったが、バルドゥールのそれが良かろうという一言で済まされた。彼とて己の身を苦痛に晒しながら自分に仕えてくれていたモリオンを、これ以上苦しめたくはなかったからだ。会合が終わった後、腹いせにその男からあの女から泣き付かれたのか、恥知らずな端女だとバルドゥールが居ない所でクロサイトは言われたのだが、彼が手を出すまでもなくどこからか飛んできた投擲ナイフが男の頬と頭頂を掠めて石壁に深々と突き刺さり、男は悲鳴を上げながら逃げ出したのだが、その足元の地面にも飛んできたナイフに躓いて無様に転んでいた。後でそれを知ったローゲルが俺も殺したい程憎いけど無茶苦茶な事するなよ、とナイフを投げた張本人であるセラフィに言うと、俺がお前の立場だったらローズが同じ目に遭った事になる訳で、あの程度で済ませてやったんだから感謝してほしいくらいだと忌々しげに返された。そんな事を言われてしまってはローゲルも何も言い返せず、タルシスに戻ってセラフィに飯を奢った。
 そういう事があったからリオ君があの男と顔を合わせなくても済む筈だ、とクロサイトから言われ、ギベオンは胸を撫で下ろしたと同時に、やっぱりこの人達は敵に回したくないなと思った。そして、自分やペリドットが患者の時からそうだったのだが、クロサイトもセラフィも診療所に来た者を守る為に手を尽くそうとするので、二人に出会えた事は間違いなく人生最良の出来事であり、その姿勢に学ぶ所は多いとも感じた。まだまだ至らぬ面が多いと自覚しているギベオンは、寝台で寝返りをうちタオルケットから体が少しはみ出したローズにタオルケットを掛け直しているクロサイトを見ながら、僕はどうやったら彼女を守れるだろうかとぼんやり考えていた。



 大きな泣き声が診察室の方から聞こえ、診察室と居住区を繋ぐ廊下に居たモリオンは、同じくそこでそわそわしていたギベオンとローズと顔を見合わせた。程なくして開いた扉からはマスクを着けて髪を結ったガーネットが顔を覗かせ、にっこり微笑んだ。
「二人共元気に産まれてきたわよ。ペリドットちゃんも無事。今から後産だから、もうちょっと待っててちょうだい」
「よ……良かったぁ〜」
 数十分前に聞こえた泣き声で一人は無事に産まれたと分かっていても、小さな体で続く二人目の出産に耐えられるのか、とはらはらしていたギベオンは、心底ほっとしたかの様な声を上げてその場に尻もちをついた。モリオンも安堵の溜息を吐いたが、ローズは安心して気が抜けたのか、そのまま意識を失う様に倒れかけ、ギベオンとモリオンが慌ててローズの体を支えると、彼女からは小さな寝息が聞こえてきた。徹夜だったもんな、と苦笑したギベオンは立ち上がりながらローズを抱きかかえると、部屋に連れて行きますねとガーネットに言った。廊下の窓の向こうでは、日が昇りかけていた。
 前日、夕食の片付けをしていた頃にペリドットの陣痛が始まり、痛んだり治まったりを繰り返していく内に間隔が狭まっていき、心配であったギベオン達は寝ずに起きたままダイニングに居た。皆と話していた方が痛みが紛れるという事と、クロサイトが分娩室に模様替えをしてくれていた診察室が近いというのもあったから、ペリドットもダイニングに運び込まれたソファの上でセラフィに凭れ掛かって話をしていた。
 宿の女将に厨房を借りて大量の湯を沸かし、そろそろ産道も開いただろうし行こうと深夜にクロサイトに言われ診察室に自力で歩いて行くペリドットに何と声を掛けて良いのか分からなかったのだが、彼女が痛みの中でも笑みを浮かべて行ってくるね、と言ったので、ギベオンもモリオンもローズも行ってらっしゃい、としか言えなかった。陣痛が始まった頃にギベオンが呼びに行ったガーネットは助手を務める事になっており、痛みでひどい形相になると思いますけど側に居てほしいですと言われたセラフィも一緒に診察室に入って行き、四人の後ろ姿を見送った三人は、扉の外でじっと待っていた。
 そうして迎えた夜明け前、聞こえた産声は、大層元気なものだった。クロサイトとセラフィは先に産まれたセラフィが、と言ってもこれはクロサイトとギベオンしか知らないのだが、死にかけていた為に母親が動揺してしまい、結局クロサイトは三日後に産まれたという双子であるが、ペリドットは数十分後にもう一人も産んだ。本来双子はそう間を開けずに産まれるものだとクロサイトからは聞いていたが、まさか一時間も経たない内に二人目も産まれるとは思っていなかったので、ギベオンもそうだがモリオンも驚いた。後産を終えたペリドットに何とか祝福と労いの言葉を掛ける事は出来たけれども、徹夜であったのでローズ同様ギベオンとモリオンは仮眠をとる為に部屋へ戻り、ペリドットの処置を終えて彼女と赤子を自室へと連れて行ったクロサイトも一時間程寝てくる、何か異変があったらすぐ叩き起こせとセラフィに言い残してダイニングのソファで短い仮眠をとった。そんな彼に、ガーネットは膝枕をしてやっていた。
 昼になる頃にはギベオン達も起き、産後すぐのペリドットの部屋に行くのは躊躇われたのだが、水を汲みにきたセラフィがダイニングに顔を出してペリドットが呼んでるぞ、と言ってくれた。ギベオンは渡したいものがあるからと自室に戻り、荷物を持ってペリドットの部屋を訪れると、彼女が横になっている寝台の横に置かれたベビーベッドをローズとモリオンが覗き込んでおり、暫く付き添いをしてくれていたのだろうガーネットが二人の横でちっちゃいわよねー、と言っていた。ガーネットは出産経験があるので、クロサイトがもう少し居てやってほしいと頼んだのだ。
「お疲れ様、ペリドット。体の具合、どう?」
「まだ痛いけど元気だよ。ギベオンもモリオンとローズちゃんと一緒に外で待っててくれてたんだってね」
「それくらいしか出来なかったから……本当に無事に産まれて良かった、おめでとう」
「えへ……有難う」
「セラフィさんも、おめでとうございます」
「ん……」
 まずはペリドットに、そして次にセラフィに祝いの言葉を述べると、二人は嬉しそうに頷いた。セラフィはまだ実感が無さそうだが、これから父親の顔になっていくのだろう。クロサイトだってローズが診療所に来た当時は若干戸惑いの色が見受けられたけれども段々と親の顔になったし、今ではすっかり過保護な父親だ。子が出来て親になるのではなく、子が親にしていくのだと思ったものだ。
「ねえギベオン君、それなに?」
「あ、これ……出産お祝いにと思って用意してたんですよ。ペリドット、これ、貰ってくれる?」
「なあに?」
 そしてギベオンが持っていた白い箱を見てガーネットが尋ね、ギベオンは掌に収まる小箱を二つ、ペリドットに渡した。片方には緑の、片方には淡いピンクのリボンがかけられており、ペリドットは緑のリボンの箱をセラフィに渡して自分はピンクのリボンの箱を開けた。
「わ……っ、ねえ、これ」
「うん、モルガナイト」
「こっちは翠玉……エメラルドか」
「はい。子供の名前、そう決めたって言ってたので」
 生まれた双子は女と男で、姉がエメラルド、弟がモルガンと名付けられており、その二人の名の元になった二つの鉱物が美しい雫型のペンダントトップとなって箱に入れられていた。随分立派な大きさで、ペリドットは思わず嘆息を漏らしたし、セラフィに見せてもらったクロサイトも感心の声を上げた。
 妊娠して双子と分かった時、ペリドットはセラフィと話して男でも女でも良い様にと名を決めたのだが、セラフィもペリドットも緑の石の名なので緑のものにするかとセラフィが言うと、ペリドットはセラフィさんとクロサイト先生みたいに仲良しになって欲しいので緑と赤の石が良いですと言った。照れ臭くはあったが嬉しい事を言ってもらえたので、セラフィはギベオンに鉱物図鑑を借りてペリドットと二人で決めたのだ。そしてこの二つの鉱物の名にすると聞いた時、モルガナイトは無理でもエメラルドは採掘しに行けるな、とギベオンは思った。
「エメラルドは金剛獣ノ岩窟で採ったんだ。モルガナイトは港長さんにお願いして取り寄せてもらっちゃったけど」
「金剛獣ノ岩窟って、大変だったでしょ? 大きな鱗壊さなきゃ採掘場まで行けないし」
「キバガミさん達イクサビトさんが手伝ってくれたよ。
 ほら、ペリドットはキバガミさんに膝付かせた事あるし、セラフィさんは……気にせず飯食ってたし……」
「あの鮭汁は美味かった」
「良かったですね」
 金剛獣ノ岩窟でエメラルド、翠玉が採れる場は地下三階の湖が点在する空洞で、新たなホムラミズチが守るあの大空洞の後ろにある大きな鱗を破壊せねば湖が凍らず通る事が出来ない。いくらギベオンが巨人を倒せた程実力をつけたとは言えホムラミズチと一人で戦うのは自殺行為なので、キバガミに頼んで数名のイクサビト達に同行して貰い、上手く誘導して鱗を破壊した後に銀色の魔笛で岩窟の外に出てから地下に下りる事にした。面倒ですけどお願い出来ますかとギベオンが尋ねると、キバガミはあの二人の為ならそれくらい造作も無い事よ、と快諾してくれた。彼は巨人を倒し病で苦しんでいる里の者達を結果的に助けてくれたギベオン達に恩を感じていたし、ギベオンが言った様にセラフィとペリドットの二人は特に気に入っているらしいので、すぐに引き受けてくれたのだ。
「嬉しいな、ちび達のお護り石にするね。有難う」
「うん、喜んでもらえて良かった」
「ところでギベオン君、もう一つのそれなに? 随分大きいけど」
「え……、と……」
 セラフィとペリドットから二つの箱を受け取り、眠り続けている双子の枕元に置いたガーネットは、ギベオンがまだ持っている細長い箱に首を傾げた。双子にと用意された箱の様にリボンがかけられている訳でもなし、それでも白くかっちりとした清潔感のあるその箱を持ったギベオンは、ガーネットと同じく不思議そうな顔をしているモリオンに差し出した。
「あの、ね。これ、造ってもらったんだ。受け取ってくれる?」
「は……?」
 受け取って、と言われてもこんな大きさのものを貰う覚えが無くて眉を顰めたモリオンは、しかしギベオンが緊張しつつ真面目な表情をしていたので、開けて見せろ、の意味を込めて頷くと、彼がゆっくりと開けたその箱の中身に目を見開いた。入っていたのが箱と同じ白い色の、洗練されたデザインの腕だったからだ。指先まで緻密で、生身の人間と同じ位置に関節がある。所々に見えるコードが、機械仕掛けの義手であると物語っていた。
「筋電義手、って言うんだって。
 アルビレオさんが帝国の技師さん達と一緒に開発した義手でね、
 着けると脳からの微細な電流を受けて動かせるもの……なんだって」
「……私が貰って良いのか?」
「うん。その為に造ってもらったから」
「………」
 その筋電義手とやらを見て驚いた様な顔をしているのは自分とガーネットくらいなもので、クロサイトやセラフィ達は特に気にしている風でもなく、どうやらギベオンは事前にこの義手を渡す事を彼らに伝えていたらしい。そうと分かったモリオンはわざわざこんな祝いの席で渡す必要も無かろうに、と訝しみながらも失った腕が機械仕掛けとはいえ取り戻せると思うと心が躍り、震える手で箱の中の義手を取った。ずっしりと重たいのかと思ったがそんな事は無く、寧ろ砲剣の方が重たいくらいだ。
 箱を置いたギベオンがちょっとごめんね、とモリオンの右の袖をたくし上げ、切断された箇所を露わにする。そこに恐る恐る義手を取り付けてみたモリオンは誂えたかの様に義手がぴったりと切断箇所に嵌った事に驚いた。ギベオンは相手を見ただけでサイズがぴったりなセーターや手袋を編める男であるから、モリオンの腕のサイズも測らなくても分かったのだ。そして左手に司令を出す様に右手を握ろうとするとモーター音が鳴り、本当に拳が作れた事に彼女は息を飲んだ。
「慣れるまでちょっと時間が掛かるとは思うんだけど、生活する上での不便は減る筈だよ。
 それに、もっと改良を加えてもっと人間の腕に近付けてみせるって技師さん達も言ってた」
「……本当に貰って良いのか?」
「勿論。僕だけじゃなくて、皆でお金出し合って造ってもらったんだ」
「え……」
「だって、モリオンはローズちゃんを守る為に腕を落としたじゃないか。僕達にもこれくらいさせてよ」
 信じられない様な顔をしながらぎこちなくも動く義手をまじまじと見、再度尋ねたモリオンはギベオンの言葉を受けてクロサイト達を順に見ると、彼らは黙ってはいたが微笑を浮かべていた。ローズでさえにこにこと笑みを浮かべている。ただ、クロサイトは何で私には黙ってたのよと言わんばかりにガーネットに腰を抓られていた。
 義手が皆からの贈り物だと知り心の底から嬉しかったのだが、何と言って良いか分からず口を開きかけたものの再度噤んでしまったモリオンの右手である義手をそっと手に乗せたギベオンは、おもむろに彼女の前で片膝をついた。何事かと動揺しているモリオンを見上げたギベオンの翠の目は、緊張の面持ちの中でも透き通った綺麗なものに見えた。
「義手を着けられる様になったとは言っても、不便を感じる事はたくさんあると思う。
 でも……、握れなくなった砲剣の代わりに僕がなる。義手で出来ない事を、僕が手伝う。
 だから、その……、」

「僕と一緒になってくれませんか」

 ……そうして静かな部屋に響いた優しい言葉は義手を見た時よりも義手を動かした時よりもモリオンの目を見開かせたし、人生の中でこれ程驚いた事など無いのではないかと彼女に思わせるには十分な力を持っていた。確かにモリオンはギベオンの事を憎からず思っているし、彼が水晶宮には暫く戻らなくても良いと知った時は何となく安堵してしまったものだが、かと言って表舞台を堂々と歩いていく事になるだろう男の横に自分が居ても良いとは到底思えず、彼女は困った様に言った。
「……私は殿下の側女だった女だぞ」
「それが君の価値を下げる理由にはならないよ」
「子供も産めない体だし」
「君が子供を望むなら養子を貰えば良い」
「戦う以外何の役にも立てない」
「これから色んな事を覚えていこう」
「私は、」
「ねえモリオン、僕の事嫌い?」
「………」
 モリオンがいくつも理由を挙げたのは、諦めさせる為ではない。自分はお前に相応しくないと言いたかったのだが、続けようとした言葉を遮ってギベオンが尋ねてきたので再度沈黙してしまった。じっと見上げる翠の目には僅かに涙が浮かび、義手を支える褐色の大きな手は震えている。
 ギベオンはバルドゥールが退院する前日に、彼と共に病室に居たローゲルに対してモリオンを妻にしたいと申し出ていた。見舞いに訪れ隻腕となった事を報告したモリオンに、バルドゥールがこれからは余の騎士としてではなく一人の女として自由に生きろ、その為の援助は惜しまないと言った事を聞いており、彼女が落ち着くまで待ってからふられる事を覚悟で求婚したいので許可をくださいと頭を下げたギベオンは、逆に二人からモリオンを頼むと頭を下げられた。バルドゥールにとってもモリオンの事は気掛かりであったのだが、彼はアルフォズルが亡くなったと判明した今、皇子ではなく皇帝となる。皇帝たる者は臣下を含む民を平等に見らねばならない生き物であるから、以前の様にモリオンを贔屓して守る事は出来なくなったのだ。二人の間にあったのは愛情というよりも仕える者、仕えてくれている者への信頼であったから、貴公ならあれを誰よりも大事にしてくれる筈だとバルドゥールは言ったし、ローゲルもその言葉に黙って頷き同意した。
 ただ、彼らから許可を貰ったとは言え、モリオンに頷いてもらえるかどうかなどギベオンには分からなかった。どんくさい男だと思われているだろうし、頑丈である事以外の取り柄が無いので、彼女に好いてもらえる自信は正直言って無かった。それでもモリオンをお嫁さんにしたいんだ、とペリドットに初めて言った時、絶対良い返事が貰えるよと自信満々に即答されたし、君達は両片想いだしなとクロサイトから平然と言われた。完成した義手を渡しながらアルビレオが頑張れよ、と肩を叩いてくれ、全員が証人になるから俺達の前で渡せば良いとセラフィは言い、ローズもうまくいくようにまいにちおいのりしますねと言ってくれた。今までずっと自分に呆れず見捨てずにいてくれた者達が全員で背を押してくれたから、ギベオンはこうやってモリオンに跪いて彼女の返事を待つ事が出来ている。
 ギベオンの問いに対し、モリオンは未だ答えない。全員が固唾を呑んで見守っている中、一番最初に動いたのはモリオンで、彼女は跪いているギベオンの前でそっと両膝をついて目線を合わせると、小さな息を吐いてから言った。
「すぐに泣く男は好かん。涙を拭け」
「えっ……あっ、う、うん」
「……私で良いか?」
「モリオンが良い」
「そうか。……なら、お前の妻にしてくれ」
「……はい!」
 咎められ慌ててごしごしと目を擦ったギベオンは彼女の最後の質問に必死に即答し、そうして得られた言葉に満面の笑みで頷いた。タルシスに初めて来た時、こんなに幸せな事が待ち受けているなど全く思ってもいなかった彼は、様々な想いが込み上げてきて再度泣いてしまいそうになったのだが、モリオンの言葉もあったのでぐっと堪えた。
「……よしっ」
 二人の遣り取りを緊張しながら見守っていたクロサイト達は、モリオンの承諾の返事を聞いて安心したかの様に肩の力を抜いて安堵の溜息を吐いたのだが、祝福の声を掛けようと思っていたギベオンがモリオンと共に立ち上がって別の気合を入れた様な声を出したのでおや、と疑問符を浮かべたし、モリオンも首を傾げた。そんな全員の視線を集めたギベオンは、勢い良くクロサイトを振り返った。
「クロサイト先生! 僕はちゃんと言えたし渡せたのでもう言いますからね!
 その白衣のポケットに入ってるもの、いい加減お渡ししたらどうですか!」
「?!」
 いきなり矛先が自分に向き、クロサイトは何故知っているんだと意表を突かれて面食らった。何の事か分からず怪訝な表情を浮かべているセラフィ達とは対照的に、ギベオンはしらばくれても無駄だと言わんばかりにクロサイトをきっと見詰めている。彼の白衣のポケットに入っているものと言えばアリアドネの糸としか認識が無いセラフィは、しかし兄が顰め面をしてぼさぼさの頭を掻いている姿を見て彼が少し緊張して照れていると察した。
 ギベオンのじっとりとした睨みに観念したかの様に一度だけ目を伏せポケットに手を突っ込んだクロサイトは、隣で自分を不思議そうに見上げているガーネットに向き合い、ポケットから出した手をそっと差し出した。その、掌の上には。
「……随分遅くなってしまった上に他人から蹴飛ばされねば出せないくらい不甲斐なくてすまない。
 受け取ってくれないか」
「……これずっと持ってたの? いつから?」
「ローズクォーツのペンダントを作った時から」
「……本当に随分と遅いじゃない」
「心の底からすまなく思っている」
「どうしようかしらねえー」
 クロサイトの荒れた掌の上には、銀色に光る指輪が乗っていた。彼はガーネットがウロビトの里でローズの存在を教えた後、タルシスに戻ってからこの指輪を買っていたのだ。だがやはりローズには父と名乗れない事、ガーネットも父親は死んだと伝えていると言った事もあり、ずっと渡せずに今まで過ごしてきた。
 ギベオンがその指輪の存在を知ったのは本当にたまたまで、ダイニングの椅子に置き忘れられていたクロサイトの白衣をどうせなら他のものと一緒に洗おうかと思い、ポケットの中に何か入っていないかを確かめた時に見付けてしまった。クロサイトが嵌めるには明らかにサイズが小さい指輪は女性の指しか通らないであろうし、先も述べたがギベオンは見ただけでサイズが分かる男であるので、ガーネットの指のサイズとこの指輪のサイズがほぼ同じであると分かったのだ。慌てて指輪をポケットに戻し、白衣も元通りにして足早にその場を去ったギベオンは、クロサイトがその指輪を渡せずにいる事情も分かるものの折角持っているのであれば渡せば良いのにと思った。だが自分が首を突っ込んで良い事でもなければ男女の事に疎くて説得力が無いので言えず終いになっていたけれども、モリオンにプロポーズもして承諾を得られた今なら言っても良いだろうと自分を奮い立たせる為に気合を入れたのだ。何せギベオンにとっては、クロサイトは未だに怖い主治医であるので。
 今度はガーネットの返事を待つ羽目になったローズは、おろおろしながら両親を見ている。結婚していないとは言え二人は大好きな父と母であり、自分を無条件に可愛がってくれる優しい両親だ。そんなローズを安心させる様にセラフィは軽く頭を撫で、二人を静観している。断るとも思えないが、さて、とセラフィが思っていると、ガーネットは肩を竦めて見せた。
「しょうがないわね、貰ってあげる。絶対に腐らないプラチナに免じて、ね」
「それは光栄だ」
「でも酒場の女主人は辞めないわよ?」
「好きにすると良い。君が他の男に靡かない様に私が努力すれば良いだけの話だ」
「よく分かってるじゃない!」
 相変わらずの二人の掛け合いは軽いものであったが紛れもなくガーネットは受け取りを承諾し、クロサイトも顔には出さなかったが胸を撫で下ろした。今までの距離感が一番心地よいと思っていたガーネットであるが、ちゃんと指輪を用意し妻にする意思はずっとあったのだと知ったし、ローズに対しても離れて暮らしていた分を取り戻そうと忙しい合間を縫って一緒に出掛けたり遊んだり、絵本の読み聞かせを出来る限り毎晩やっていると聞いていたから、この男のものになろうと今決めた。
「あの、とうさま、かあさま、」
「ローズも、随分待たせたね。後で三人で一緒にウーファン君に報告しに行こう」
「は……はい、はいっ」
 ゆっくりとガーネットの左手の薬指に指輪を嵌めたクロサイトは、どう声を掛けようかと迷っているローズを手招きした。ウーファンに報告、は良いのだが、きっとガーネット以上に遅いと怒られてしまうのだろうなという事は容易に想像出来たけれども、泣きながら自分とガーネットに抱き着いたローズの柔らかく美しい髪を手櫛で梳いているとそんな叱責も甘んじて受けようという気になり、微苦笑が浮かんだ。
「全く、君の成長にはいつも驚かされるばかりだな。……君がこの街に来てくれて本当に良かった」
「僕も、この街に来れて本当に良かったです」
 ギベオンがペリドットと共にこの診療所に初めて来た時から一年は過ぎたが、それでも一年半にも満たない。だが彼は驚く程のスピードで成長し、巨人を倒したばかりか妻まで娶り、クロサイトの最後の踏ん切りをつかせた。長い旅が終焉を迎えるかの様な、否、一つの区切りがついたかの様なこの日は、間違いなくこの場に居る全員の幸福な日となった。
「ふ……ふぇっ……うええぇぇん」
「うびゃああぁぁぁ!!」
「わっ、わっ、起きた?!」
「さ、さすが双子、同時に泣き出した」
 その幸福を祝福するかの様にそれまで静かに眠っていた双子が泣き声で合唱し始め、全員が慌ててベビーベッドを覗き込む。小さくとも生きている事を全身で表現し、元気良く泣き声を上げる双子を見る彼らの顔には、幸せそうな笑顔が浮かんでいた。



「見よ、マルゲリータ。世界樹が見えるだけが取り柄だったこの街も随分変わったと思わんかね?」
 腕に抱いた愛犬に語り掛けながら、辺境伯は執務室から見える広場を行き交う大勢の冒険者に目を細める。冒険者だけではない、ウロビトやイクサビト、帝国兵の姿も多く見られる。その殆どがこの街を発端とした世界樹への冒険譚に憧れ、また数々の迷宮や大地の未知の場所への到達を夢見て集った者達だ。世界樹が姿を変えた巨人を倒したギルドの話を聞きたがり、また彼らに会いたがる者も多いが、本人達は至ってマイペースで探索に出たり住民達からの依頼を引き受けたり、帝国からの移民の相談を受けたりしている。
 そんな彼らが統治院の大広間に飾られた巨人との戦いを描いた絵の中の英雄達であると、擦れ違う多くの者は気が付かない。銀糸の髪の幼い少女が張った方陣を足場にして、双剣を持つ黒い影と黒髪の踊り子が肩を並べ、巨大な砲剣に炎を纏わせた灰銀の髪の騎士を守る様に盾と鎚を構える城塞騎士が巨人に立ち向かう、大きな水彩画だ。君の姿が無い様だが、と辺境伯が絵を持ってきた白衣の男に首を傾げると、この絵は私が見た光景ですからと彼は簡素に答えた。本来その場に居なかった踊り子は、しかし彼の目にははっきりと映っており、全員が共に戦った証として描かれた。不思議な事に、この絵は水彩画だというのに全く色褪せず、随分と長い年月の間統治院に飾られる事になる。
「迷宮は未だ冒険のネタに事欠かず、今日も新しい冒険者が街門をくぐる……どんな若者が来るか楽しみだな!」
 統治院を訪れる冒険者達は、この絵に憧れ辺境伯にも詳細を尋ねる。今日もきっと新米冒険者が目を輝かせてやって来るのだろう。ひどく満足そうな顔をして愛犬の頭を撫でた辺境伯は背後で鳴った扉のノックの音に振り向き、自分の入室許可を得て執務室に入ってきた新たな顔ぶれに笑顔を向けた。


「諸君が世界樹探索を志願する冒険者か。迷わずに来られたかね?
 ようこそ、世界樹の見える街タルシスへ」



そして僕らの旅は始まる/END
Thank you for your reading!