as you like

 素っ気ない色の天井は見飽きたが、さりとてまだ自由に起き上がれる程には体の傷が癒えていないスフールは、意識不明の状態が半月程度続いたにも関わらず、意識が回復してからは言語機能に問題も無く、リハビリは必要だがどこにも後遺症は無いという、パチカでさえ驚いたと言うより呆れた頑丈さが彼の別の興味を刺激した様で観察対象の入院患者となっていた。意識が戻った時に「お前起きるの遅いよ」と不機嫌そうに頭を叩かれた事も理不尽だが、自由に動けずただ横になっていなければならないというのもスフールにとっては理不尽だ。せめて便所くらいは勝手に行かせてもらいたい。
「下手に動いて傷口開いて良いなら止めないけど」
「その傷口、元は無かったのに勝手に切ったのお前だよな?」
「だって見たかったんだもん」
「だもんじゃねーよ……」
 スフールを自由に動けなくさせているのは主に腹の傷で、それは巨神との戦いの最中で出来たものではない。戦いの後に倒れたスフールが担ぎ込まれた病院で、自身も怪我を負っていたが自分が担当すると言って聞かず、結局スフールの執刀をしたパチカの手によるものだ。する必要も無かった開腹手術をしてくれたお陰で、スフールは今起き上がるのも億劫な体になっている。
 その事に対して経過観察をしに来たパチカに文句を言うと、全く以って悪い事などしていないと言わんばかりの顔で見たかったからと平然と言われてしまい、スフールは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべざるを得なくなる。こいつはこういう男だと分かっていても、まさか本当に内臓を見る為に開腹するなど思っていなかったものだから、意識が無かったとは言え文字通りの意味で勝手に腹の中を見られたとなるとぞっとする。
「相変わらず坊やのモツ立派だったなー。いや、本当にお前のモツ惚れ惚れするよ」
「モツに惚れ惚れされてもなあ……」
「あのまま坊やが死んでたらモツ食ってた」
「うっわ」
 スフールがホロウクイーンに腹を斬られた時に彼の腹の中を見たパチカは、それ以来ずっとスフールの内臓に執着している。曰く、今まで見たどんな人間の内臓よりも立派で綺麗なのだそうだが、食いたいなどと言われたのは今回が初めてであったから、内臓を見る為に開腹されてしまった事も半分諦め気味であったスフールでもさすがに引いてしまった。熱烈な愛の告白と捉えられなくもないが、パチカに限ってそれは微塵も考えられない。……悲しい事に。
「腸は洗ってブルストにしたいよな! 坊やの肉ってどこが柔らかいかなあ」
「知らねーよ!」
「モツ煮が一番手っ取り早そうだけど、どうせなら一つずつ堪能したいなー。でもすぐ食べなきゃ傷むよなあ」
「食う前提なのかよ」
「嬉しいだろ? おれに食われるなら」
「ドヤ顔やめろ」
 既に内臓を食べる事しか頭に無いパチカにうんざりしながら抗議するも、もう言い返す気力も無いスフールは無邪気な笑顔に肯定も否定もしなかった。いくら自分がこの男を好いたとしても、興味を持ってもらえるのはこちらも文字通りの意味の中身だ。無関心よりましと思うべきなのか、一般的には猟奇的と言える好奇心を恐れるべきなのか、もうスフールには判断がつきかねる。彼はまだ塞がっていない、縫合された腹の上に何となく手をあててこの上無く渋い顔で言った。

「食うなら絶対火を通せよ。レバ刺しとか絶対やめろ」

 医者が食中毒など、笑い話にもならないから。