ブラザー・コンプレックス

 元は患者として自分の元に来たギベオンの熱意に負け、正式にギルドを結成して探索を始めたのはつい最近の事だ。それまでは誰から説得されても、誰から誘われても冒険者に復帰しなかったクロサイトとセラフィは、一見するとまだ幼く見えるギベオンの説得に折れて約十年ぶりに冒険者ギルドの登録者名簿に名を連ねた。登録の為に冒険者ギルドに赴いた時、ギルド長は相変わらずお前達は二人一緒に登録するのだなと笑った。彼らが二人のみのギルドを結成した時も、解散した時も、二人一緒に訪れギルド長にその旨を伝えたので、当時の事を思い出されてしまったらしい。クロサイトは苦笑したし、セラフィはむっつりと黙ったままだった。
 イクサビトの里で対峙したキバガミを倒し、手に入れた巻物をタルシスのギルド長に渡すと、クロサイト達はそれまで扱う事が稀であった武器や全く扱う事が出来なかった技が使える様になった、らしい。らしいというのはまだ当人達にその自覚があまり無いからなのだが、ギベオンは最近親しくなったソードマンの男から敵の攻撃のいなし方を教えてもらいたいと言っていたし、ローズも友人となったルーンマスターの少女から印術を習いたいらしく、二人は他に体得出来る業、サブクラスと言われるものをすぐに決めた。そしてその場で即決したもう一人、クロサイトは、セラフィが操る投刃に興味があったので、弟からその技術を学ぶ事となった。
 医術師なのに夜賊の技を体得したいのか、と言われてしまいそうであるが、ギベオン達はクロサイトのその選択を全く不思議に思わなかった。彼は一部では有名な、弩級のブラコンだったからである。その偏愛ぶりにはギベオンが時折妙な顔をしてしまう程なのであるが、セラフィに嫁いだペリドットは全く気にしておらず、仲が良いのは良い事ですと微笑むのだからすごい。彼女が紆余曲折経て娶られた時、踊る孔雀亭でささやかな祝いの席を設けてこんな日くらいはめかしこんだらどうだと統治院の制服――クロサイトもセラフィも非常勤の職員なので制服を持っている――を無理矢理着せられたセラフィを見て、クロサイトは大真面目な顔で私の自慢の弟は世界一良い男だから何を着ても似合うと宣った事にギベオンは微妙な顔をしたというのにペリドットは本当ですねと微笑みながら同意していた。
「中々思い通りに投げられないものだな。真っ直ぐ飛ばない」
「俺が苦労して体得した技を一朝一夕で体得されるとさすがに傷付くぞ」
「まあ、それもそうか。麻痺薬を瞬時に付けるのも難しいし」
 技を教えてもらう人間が同居している事もあり、クロサイトは夕食後に裏庭に出て投刃の練習に付き合ってもらっていて、練習用の投擲ナイフを手にしたまま全く的に当たらずに落ちた数本のナイフを遠目に見ながら肩を竦める。十年以上前に弟が血の滲む様な修練の末に体得した技術なのだ、確かに一朝一夕でどうにかなるものでもあるまい。両手に武器を携え、独自に調合した麻痺薬を目にもとまらぬ速さでナイフに付けて投げるセラフィはクロサイトから見てもひどく頼り甲斐があるし、自分がそうなれるとも思わない。幼い頃は虚弱体質で常に自分が側で守っていた弟は、逆に自分を守るナイフとなっていた。
 そう、幼い頃はクロサイトがセラフィを守っていたのだ。生来体が弱かった弟が熱を出して寝込んだ時は母と一緒に看病したし、両親が離婚して離れ離れになった時は父の元で栄養失調で死にかけた弟を連れ出して逃げ、ずっと側で守り続けてきた。医者を志したのも、切っ掛けは弟の虚弱体質を治したいというその思いだけだったのだ。子供の頃からの夢を叶えたクロサイトの事を、過保護と言ったり度の過ぎたブラコンと揶揄する者も少なくない。だが、クロサイトはそういう言葉を全く意に介さず涼しい顔で受け流している。弟が夜賊となった今となっては、守られる側になってしまっているのだが。
 投刃を覚えようと思ったのは、いつでも双剣で魔物に向かっていくセラフィの負担を少しでも軽減しようと思ったからだった。勿論本職の彼の様に操れるとは思っていないが、注意を自分に引き付け、今以上にセラフィが敵の死角に容易に潜り込める様に、そして叶うなら盾役であるギベオンの負担を軽減出来たらと思った。
「……投刃も剣技も、お前が望むなら教えるが」
「うん?」
「お前の信念だけは曲げてくれるな」
「………」
 的の周りに落ちたナイフを拾いながらぼそりと呟かれたその言葉に、クロサイトは僅かに沈黙する。セラフィはいつだってクロサイトの医者としての信念が汚されない様に、またクロサイト本人が汚してしまわない様にと注意を払い、もう手の施しようが無い者を前にして兄が楽にしてやれないと嘆かずに済む様に自分が汚れる事を選んだ。これから先も兄の白衣は白いままで居てほしいと、彼は心の底から願っている。その思いを、クロサイトはきちんと感じ取っていた。昔から変わらない、兄思いの優しい弟だ。その評は身内の贔屓目などではあるまい。
「お前の決意を踏み躙る事はしない。約束する」
「……ああ」
 再度の練習の為に拾ったナイフを寄越してくれたセラフィにしっかりとした声音で返事をすると、彼は満足したのか微かに口元を笑みで象らせた。その苦笑混じりの笑みには、兄だけでなく自分も相当なブラコンだという自覚が含まれていた。