cakes!

「今日はとても頑張ったので」
「頑張ったので?」
「帰ったらケーキを食べても良い事とする」
「やったー!!」
 金剛獣ノ岩窟の深部の探索を終え、アリアドネの糸でタルシスに戻る前のクロサイトの言に、誰より喜んだのはギベオンだった。盾役であるが故に随分と体力を消耗する彼はここ最近珍しく甘味を欲しており、しかし太りやすい体質であるが故に控えていたのだが、元主治医であるクロサイトが許可したなら心置きなく食べる事が出来る。彼はタルシスに帰還すると、ローズと共に足取りも軽くケーキ屋に向かった。
 診療所の留守を預かるペリドットとクロサイトが不在の際に代わりに診療所に入ってくれているパチカの分は、それぞれセラフィとクロサイトが選んで帰宅する。食糧が乏しい帝国ではケーキもあまり種類が無かったので、見た事も無いケーキが並ぶショーケースをしげしげと眺めていたモリオンは、結局ローズに選んでもらっていた。ひょっとすると、クロサイトは未だ距離を取ろうとするモリオンを慮って食事の後の甘味タイムを取ろうとしたのかもしれない。いつもは夕食後のデザートを摂取させようとしないクロサイトの珍しい提案に、ギベオンはそんな事を思った。
 診療所に帰宅して食事を済ませた後、開けた箱の中には、色とりどりのケーキが詰まっていた。一区画が空いているのはパチカが持ち帰ったからだ。嬉しそうな声を上げたのはローズやペリドットだけではなく、食後の茶を淹れたギベオンも思わず頬を緩ませる。皇子が巫女を連れ去ってからというもの、連日の探索でくたくたになっている彼は本当に甘いものが食べたかったので、自分が選んだ純白のクリームに包まれ上に苺が乗せられたオーソドックスなショートケーキを皿に乗せた。
「ケーキなんて久しぶりですね。嬉しいなあー」
「たまにはこういう楽しみもよかろう」
 隣に座ったローズが満面の笑みで大きなシュークリームにかぶりついたのを見て、クロサイトが小さく笑みながら言う。たまにじゃなくていつでも良いですけど、という言葉をバニラが香る甘さ控えめの生クリームやスポンジ、そのスポンジに挟まれたコケイチゴから作られたジャムと共に何とか飲み下したギベオンは、姫リンゴとシナモンの風味がとても良いと評判のアップルパイを無言で食べているモリオンに目をやった。口数が少なく気難しい彼女が何を好むのか、まだギルドに加入してきて日も浅いので分からないのだが、いつも見せている厳しい表情ではないので嫌いな味ではない様だ。帝国で採れる果実で作られてあるから懐かしい味がするのかも知れない。ローズはあの店のカスタードが気に入っており、そのカスタードが使われたアップルパイをモリオンに勧めていたのだが、どうやら姫リンゴを使っているからとローズが気遣った様だ。父娘して気配りが出来る者達である。
「セラフィさんが食べてるそれ、やたら高かったですけど、何ですか?」
「小さな花で作ったジャムが挟んである」
「何でそんな贅沢なもの作ろうとしたんですかね?!」
 大食漢のセラフィが珍しく小さいドーム状のケーキを選び、小さい割には誰のケーキよりも高価なものだったので疑問に思っていたのだが、なるほどどうやら原材料が稀少なものであるらしい。道理で頂に花を模したマジパンが飾られている筈だ、とギベオンは口を引き攣らせ、セラフィの隣で苦笑しながらミルキーヤギの乳から作られたチーズを使用したチーズケーキを食べているペリドットとアイコンタクトをとって頷き合った。ヤギ乳は1日に搾れる量が少ない為にこれも稀少で、そんな稀少な乳で作られたチーズのクリームもセラフィが食べているケーキにデコレーションで使われている。結局作ったのか、と購入の際にケーキ職人に尋ねていたので、彼も何らかの形でレシピに携わったのかも知れない。
「ケーキって何で食べたら無くなるんでしょうね……」
「無くならないと他のケーキが売れないだろう」
「それもそうですね」
 あっという間に空になった皿を淋しげに見つめたギベオンに、キブドウの実やコケイチゴなどをドライフルーツにしたものを練り込み小さなクグロフ型で焼かれたカトルカールを平らげたクロサイトが間髪入れずに答える。その返答に納得した様に深く頷いたギベオンを、甘くなってしまった口をどうにかしようと茶を含んだモリオンは奇妙なものを見る様な目で見ながら、食べ慣れていた筈の姫リンゴがこんな上等な菓子になるのだという事を他の帝国民にも教えてやれる日がくると良いと思っていた。