幕間7

「君は、神様を信じるかい?」
 足元の草花を見下ろしながら尋ねたクロサイトに、ギベオンは小首を傾げた。気付け薬の原料となる小さな花を碧照ノ樹海ではなくはぐれ熊の茂みに採取しに行きたいと言うので、別に自分が居なくても大丈夫ではあると思うのだが念の為にとついてきたギベオンは、良い香りのする花を摘んでは入れていた篭がそろそろ飽和状態になるのを見計らって立ち上がりながら言った。
「さあ……僕は見た事がないので、何とも言えないですが」
ギベオンは、基本的に見えるものを優先して信じる。だが、神を信じないかと言われれば、それもそれで首を捻ってしまう。難しい質問だ。
「クロサイト先生は、信じていますか?」
「信じていないな」
 自分の質問に対するクロサイトのその即答に、ギベオンは呆気にとられるやら驚くやらで何と言って良いのか分からなかった。そもそも何故そんな事を尋ねるのかも分からないし、何を思って自分に問うたのかも分かる筈がない。頭を掻いたギベオンは暫し思案したが、先程見付けてこっそりと籠の中に入れたものを指先で摘み、それをクロサイトに差し出した。
「……何だね、くれるのかね」
「どうぞ。ローズちゃんにあげようかと思ってたんですが」
「なら、ローズにやると良い」
「クロサイト先生に差し上げます」
「神様を信じない私に幸運を祈る、か?」
「信じていないものに様を付けるような方ではないと思いますので」
「………」
 多くの冒険者の命を助けたであろう気付け薬の原料は、樹海では冒険者の遺体を埋めた場所に多く咲く。この小さな森だってそうだ。クロサイトと、彼の弟であるセラフィはもう何年もその花を摘んできた。神を疑いたくもなるだろう。だが、クロサイトは先程から「神様」と口にしている。信じていないものに対して敬称を付ける真似などしないであろう彼に、ギベオンは何とも言えない苦笑が漏れた。信じていない、ではなく、信じたい、と言いたかったのではないか。何となくそう思ったので、四葉を差し出したのだ。
「帰りましょうか。これだけあればネクタルも沢山作れますよ」
「……そうだな」
「作るの手伝います?」
「いや……、大丈夫だ。気持ちだけ受け取っておくよ」
 緩慢な動作で四葉を受け取ったクロサイトは、しかしギベオンの問いに対ししっかりと首を横に振った。それを見て、ギベオンも帰路を促した。遠くに見える世界樹は、相変わらず雄大で神々しくて、どこか恐ろしいものの様に思えた。