羽化

「昔、蛹から羽化する蝶が見たくて青虫飼った事があってさあ」
 肩口で束ねた髪を摘み、枝毛が無いかどうかを確かめている男が何の脈絡も無くそんな事を言い出し、男と共に不寝番をしている彼はいきなり何だと言う代わりに小首を傾げた。この男の話はいつも唐突に始まり唐突に終わると交代で眠っているスナイパーの男から教えて貰ったが、付き合いがそこまで長くない彼は未だにこの男の唐突さに慣れていない。
「蛹になったから楽しみに待ってたんだけど、出てきたの蜂でさ。どうも寄生されてたみたいなんだよね」
「あー、居るよな、寄生蜂。寄生主の体食いながら蛹になったら中身全部食うんだっけ?」
「そうそう。蛹の中に蛹作るんだよ。うっわーと思ってさあ」
 蝶が孵化しなかった事を残念そうに言うのではなく、どこか楽しげな男はいつもと変わらずへらへらと笑っている。地顔なのかそれとも単に機嫌が良いのか、それは彼には良く分からなかった。
「でもさあ、凄くない? 死なない程度に中身食うんだよ、宿主の」
「凄いって言うか……気持ち悪くね?」
 そしてその笑顔のまま、寄生蜂の事を凄いと言ってのけた男に、彼は顔を引き攣らせた。背筋に嫌な汗が走る。これは恐らく、ろくでもない事を言うつもりだと思った。
「えー、おれ凄いって思ったけどなー。
 考えてみろよ、お前が気付かない様に体に卵産み付けて、内臓少しずつ食って、最後には背中破って出てくるんだよ」
「いや気持ち悪ぃし何でオレを例えにすんだよ!」
「想像しやすかいと思って」
「ああああ、めっちゃぞっとした、やめろ」
 ……やはりろくでもない事を言ってのけた男を彼が睨むと、男はぱたぱたと胸元を開けたシャツをはためかせて服の中に空気を入れ、また笑った。
「鎧着込んでる坊やがちょっとでも涼しくなるかなーって思ったんだよ。やっさしいなーおれ」
「どの口が抜かすんだよ……」
 単なる昔話かと思いきやこちらに気を遣ってホラー話をしてくれた様であるが、生憎と彼にその話は不評で、それでも男は尚もへらりと笑う。ただ、前髪に隠れた義眼は勿論、一つ残っている自前の目も笑いはしていなかった。

「坊やの背中を食い破って蜂が出てきたら、ちゃあんとおれが殺してやるよ。
 おれ、お前のモツだけは好きだからさ」

 暗く、そこかしこで何かが蠢く様な気配のこの迷宮の中では、確かに知らぬ間に蟲によって体内に何かを産み付けられていてもおかしくはなくて。彼は背中を伝った汗の痕から何かが出てこようとしている錯覚に襲われ、短い悲鳴を上げた。そんな彼に対し、男は無邪気な笑顔を向けた。