心を蝕む

 何故こんな苦しい方法をわざわざ選んだのだろうな、と冷静な口調で検分しながら彼は言った。

 街外れの雑木林で遺書らしいものも残さず首を吊った男の顔に、僕は見覚えなんて無かった。否、あったかも知れないけれども鬱血して赤黒くなり腫れ上がった顔を見たくなくて確認しなかった。
「窒息死は」
 首の肉に食い込んだ縄を遺体を傷つけぬ様に注意を払い、ナイフで切りながら彼は顔色一つ変えず淡々と続ける。
「本人は苦しいし片付ける人間も汚物まみれになるし、良い事は一つも無い。死んだ後の事など死ぬ人間には関係なかろうが」
 遺体がぶら下がっていた直下の倒れた踏み台や地面には確かに撒き散らされた汚物が散乱していて、それもあまり見たいものではないから、目のやり場に困った僕は結局彼に視線を戻す。漸く太い縄を切り離した彼は無造作にその縄を放り投げ、遺体の顔の穴という穴から出たもので汚れた服の首元を寛げてタグを確認した。この街に来て冒険者を志願した者に所持が義務付けられている、銀色のタグだ。
「死後半日といったところか。
 発見が遅かったら腐敗が進んでもっと悲惨になっていただろうから早めに言ってもらえて良かった。
 君も気分転換の早朝散歩だったろうに、災難だったな」
「……はあ」
 事務的に検分し、事務的に身元を確認し、特に何の感慨も感傷も無く彼は言う。いちいち悲しんだり嘆いたりしても仕方ないとは分かっていても、長いことこの街で暮らし様々な冒険者を見てきた彼にとって、目の前にあるのは元人間ではなく単なる物体であり心を痛めるものでもないのかもしれない。
 それに対して僕は何となく胸の奥に靄がかかった様な気がしたけれども、僕だって散歩の途中でこの遺体を見付けた時は特に驚きもしなかったし、ああまた一人冒険者が死んだんだなとしか思わなかった。

 それは麻痺なのか、慣れなのか。
 そのうちに、彼が死んでも、また彼の身内が死んでもそう思う様になってしまうのではないだろうか。

 そう思うと途端に恐ろしくなり、胸のむかつきが急激に喉を焼き、僕はとうとうその場で吐いてしまった。彼はそれに対してやっと顰めっ面になり、胃酸まで吐いても苦しいだけだぞとしか言わなかった。