シャドウバイト

「手元に得物が無い場合はどうしたら良いですか」
 深夜の授業を受ける様になって数ヶ月、日中の眠気と格闘する日々を送っているセラフィは、何も知らず目の下の隈を心配する兄が眠っている事を確認してからほぼ毎晩養親であるバーブチカの部屋を訪れていた。様々な殺し方の知識があるバーブチカは、それでも基本的にナイフを使っての殺人や解体を得意とする。だが手元に無い事態も想定しておかなければならないだろう。そう思い、座ってなめし革でナイフを磨いていた手を止めて尋ねると、バーブチカは顎に手を当てふむ、と考える素振りを見せた。
「窒息は汚物がばらまかれて汚いな。頭を地面に打ち付けて割ってもあまり綺麗じゃない。殴り続けるのも疲れるし汚い」
「……はあ」
「君は私より力が強いから、背後を取れたなら首の骨を折るのも良いだろう。回りこんで、一気に、こう」
 淡々と例を挙げていくバーブチカは、何故か相手の死体がどうなるかをいちいち説明してくれた。見た目はあまり気にしませんが、という言葉を辛うじて飲み込んだセラフィは、バーブチカが胸の前に頭があると仮定する様に細い腕で捻る仕種をきちんと目に焼き付けた。
 バーブチカは教える時、具体的な事を説明しない。セラフィを真夜中の外に連れ出し、投擲ナイフを雑木林でひたすら投げさせた事もある。体が覚えるまでやる事だ、と、投げたナイフを拾わせては投げさせ、時には自分を標的にさせた事もある。セラフィが出来ませんと言えば、ならば私が君を標的にするまでだと言って本当に投げてきた。
 神経を麻痺させる薬草の調合も、致死量に達しないぎりぎりの毒草の配合も、セラフィはきちんと秤を使わなければ作れなかったが、バーブチカは目分量なのに正確に作った。これが経験の差だ、と自分を見ずに言ったバーブチカの目は思い出すだけでセラフィは背中がうそ寒くなる。
 その手で何人を屠ってきたのかは知らない。聞くつもりもない。セラフィが知りたいのは殺し方だ。それだけである筈なのだ。寒気が走った背筋が震えた事を気取られぬ様にナイフを鞘に納めたセラフィは、いつの間にかバーブチカが片手をポケットに入れてすぐ側に立っている事に驚いて、危うくそのナイフを落としそうになってしまった。
「肉食獣が獲物を捕らえる時の方法もあるな。汚れてしまうがあれだけは好きだ」
「………」
「君も見た事はあるだろう。喉元に食らいついて窒息させるのだ。だが、窒息はさっきも言ったが汚くてな。喉笛を食いちぎると早い」
 立ったまま自分を見下ろしてくるバーブチカの目は、つがいであるユーリに見せるものとも、患者に見せるものとも、日中に医学を学ぶ兄に見せるものとも違って、似ても似つかない。冷たく、仄暗くて昏い、底知れぬ闇がそこにあるかの様にセラフィに思わせる。白い肌を更に白くさせたセラフィに目を細めたバーブチカは、細い指でつ、と弟子の顎を軽く持ち上げた。

「君の顎は頑丈だし、犬歯も大きい。簡単に標的を噛み殺せるだろう。
 機会があればやってみたまえ、射精するほど快感だぞ」

 その言葉は、彼がその口で、歯で、顎で、誰かを絶命させた事があると如実に物語っていて。

 真っ青になり何も言えず、ただ自分を見上げるしか出来ないセラフィに、バーブチカは薄い笑みを浮かべてから彼の喉笛を指先で軽く撫ぜた。その感触に自分の喉元を噛みちぎられた様な錯覚に見舞われ、セラフィは声にならない悲鳴を上げた。その口は、助けを求める様に兄の名を象っていた。