盾役者

 同業者と会話をするのは初めてではないが、元から人付き合いがお世辞にも上手いとは言えないギベオンは、依頼者の男の沈黙が針の筵の様に感じられる。自分より年下の城塞騎士は不機嫌そうな表情で黙っており、いくら手が空いていたからと言って孔雀亭に貼り出された依頼を受けるのではなかった、とギベオンは早くも後悔しかけていた。てっきり他にも誰か参加者が居るのかと思っていたが、まさか自分一人とは予想もしていなかったから、余計に気まずいというのもある。
 今、ギベオンは男と共に深霧ノ幽谷に居る。名の通り霧深いこの幽谷では火を熾すのも一苦労で、着火するまでにも時間がかかる。ウロビト達は方陣師と呼ばれるだけあって里全体に謂わば結界の様な陣を張り、霧をある程度抑えているらしい。しかしここはウロビトの里ではなくて幽谷の地下二階であるから、何度も探索をした事があるとは言えやはり焚火を熾すのは苦労した。
「……悪いな、巨神を倒した英雄に面倒事頼んで」
「へ? あ、いえ、倒せたのは本当に運が良かったと言うか……」
 気まずい沈黙が流れ、火が爆ぜる音と周囲の木々や草花が微風に靡く音に何とか助けられていたギベオンは、不意に男に声を掛けられ思わず間抜けな声を出してしまった。成り行きで探索の最前線に身を置くギルドの主であったギベオンは、数ヶ月前に世界樹が姿を変えた巨神と戦って辛くも倒す事に成功した。しかしその戦いの最中、仲間は幸運にも誰も命を落とさなかったとは言え右腕を失ったり一時心肺停止になったりしたので、守りきれたとは言い難い。本当に運が良かったとしか言い様が無いのだ。
「運も実力の内だろ。オレにはその運も無かったし」
「……あの、すみません、僕この依頼受けたは良いんですけど事情をよく知らなくて……何でまたスフールさんはホロウクイーン討伐に付き合って欲しいなんて依頼出されたんですか?」
 霧の湿気で盾の持ち手が傷んでしまっていないかの確認をしている男――スフールに、ギベオンは依頼のそもそもの理由を尋ねた。依頼内容はホロウクイーンの討伐に同行してくれる者を募集している、という簡素なもので、巨神を撃破した今でも煌天破ノ都など、難所を探索しているギルドも多い。つまり、復活しているホロウクイーンをタルシスに来たてのギルド以外でわざわざ討伐に行くという者はあまり居ないというか、奇特と言っても差し支えがない。
「……オレは故郷から追い出されてたまたまタルシスに来て、所属ギルドを見付けて入ったんだよ。お前らがホムラミズチと戦った頃だったかな……。オレ達はまだ金剛獣ノ岩窟まで行ける様な実力は無かったから、深霧ノ幽谷を探索してたんだ。それで、ギルド主の奴がホロウクイーンと戦ってみるって言うから、単なるホロウ相手にも苦労してんだから止めとけって言ったのに突っ込んでいきやがってさ。オレ以外全員死んだ」
「………」
 数ヵ月前の出来事を手短に、そして淡々と説明したスフールは、視線を盾から離そうとしない。意図的に目を合わせない様にしているとギベオンは思ったが、他人と目を合わせて話す事が苦手であるから、ある意味有難かった。
 城塞騎士は肉体が頑強でなければ務まらず、その頑丈さ故にギルドの皆が倒れてもただ一人残る事も少なくない。勿論、庇いすぎて真っ先に倒れる事もあるが、誰か一人でも残っていればネクタルで意識を戻して貰える。スフールのギルドがどういう構成であったのかギベオンは知らないけれども、立て直す暇も無く皆死んだのだろう。
「オレ含めて人は裏切る事があっても、盾は裏切らない。手入れした分だけ応えてくれる」
「へ?」
「……手入れをおざなりにしたせいで盾が破損してな。怖くて庇う事が出来なかったんだよ」
 いきなり何を言い出すのかと思ったが、どうやらスフールは商売道具とも言える盾の手入れを怠り、それが元で仲間を死なせてしまったらしい。彼が裏切ったというのは、仲間に対して城塞騎士としての職務を全う出来なかったという事だろう。ギベオンにはそう思われた。
「どうにか生き延びたオレも、ホロウクイーンに腹切られて瀕死でな。たまたま周辺を探索してたギルドがタルシスまで運んでくれたんだ」
「腹切られてって……あの、ホロウクイーンの袖みたいなあれでですか?」
「そう、あれ」
「ひえぇ……よ、よく生きてましたね……」
「内臓は無事だったからな」
 ホロウクイーンと戦った事があるギベオンは、女王の袖が高速で振り下ろされたり振り回されたりすると巨大で鋭利な刃物の様になると知っている。ウロビトの里もあの刃で破壊されたのだろうと推測される家屋があり、思い出すだけでぞっとする。幸いにもギベオンはクイーン相手にスフールの様な大怪我は負わなかったが、ギルドの全員が体力精神力共にギリギリまで追い詰められたのは確かだ。
 そんなホロウクイーンに何故またわざわざ挑もうとするのか、しかも孔雀亭に依頼を出してまで、という疑問が顔に出てしまっていたギベオンに、スフールは弄っていた盾を漸く自分の横に置き、胡座の上に組んだ手を乗せてから小さな溜息を吐いた。
「今から倒しに行くホロウクイーンは、オレに瀕死の重傷負わせた奴じゃないって分かってるんだ。倒してもオレのギルドの奴らが戻ってくる訳でもない。でも……負けたままなのは、やっぱ悔しい」
「悔しい、ですか」
「そう。だから、単なるオレの意地なんだよ。ま、一人も助けられなかったフォートレスの依頼なんて受ける奴なんて誰も居なかったけど……お前以外」
「うっ……」
 負けたままは悔しいというスフールの言葉は、彼の年相応の若さが見受けられる。ギベオンだって分からなくもないし、老若男女問わず悔しいという思いはあるだろうけれども、あの巨大なクイーン相手の敗北を乗り越える為に今一度挑もうとするスフールの気概に素直に感心してしまった。そして、何故自分しかこの依頼を受けなかったのかを漸く知った。そんなギベオンを、スフールは少し呆れた様な、気の毒の様な表情で見遣る。
「どうせ知らなかったんだろ、お前。依頼人がどういう奴かなんて」
「うぅっ……仰る通りです……」
「まあ、そのおかげで手伝って貰えてるんだし。お前も、貧乏クジ引いちまったな」
 大きな体を縮こまらせて恐縮するギベオンに、スフールは頭を掻いてばつの悪そうな顔をした。城塞騎士は仲間を庇う事が仕事であるから、それを全う出来ずにただ一人生還したとなれば、再度所属ギルドを探そうとしても厳しいだろう。だからスフールはどこのギルドにも所属してなかったのだ。
 自分一人生き延びるのはつらいだろうと、ギベオンは思う。帝国の皇帝や同胞と共に巨人の心と心臓、冠を探す旅に出たローゲルは、結界越えの際にただ一人生き延びた。皇子バルドゥールが皇帝となり、帝国民のタルシスへの移住を指揮する様になった今は彼の側近として仕えていて、ギベオンもたまに顔を合わせるのだが、どこか憂いを帯びた表情は以前から変わらない。情けない事にスフールが少し怖かったのであまり顔を見れていなかったギベオンは、やっと焚火の向こうに居るスフールを窺い見る事が出来た。ローゲルの様な憂いの色が、見て取れる様な気もした。
「……運も実力の内って、さっきスフールさん言いましたよね?」
「ん? ……ああ、うん」
「じゃあ、この依頼を受けたのが僕だったのはスフールさんの運だった訳で、それも実力の内ですよ。きっと」
「………」
「あ、でも、僕が役に立たなくて、スフールさんが貧乏クジ引いちゃった、なんて事にならない様に気を付けますね。僕、ホロウクイーンと戦った時は本当に指示待ちで動いてたので」
 ホロウクイーンと戦った当時のギベオンは、自己申告した様に仲間からの指示を受けて攻撃に加わる事が多かった。いくら何でも今では自分で考えて適切な行動が取れると信じたい所だが、理想と現実は得てしてかけ離れているものだ。巨神を倒した英雄と言われてはいるものの、ギベオン本人はその朴訥さ故に街ですれ違ってもそうと気が付かれる事が殆ど無いくらいで、恐らくスフールと並べば彼の方がしっかりしていると見られてしまうだろう。
 そんな僕が同行者になっちゃって申し訳ないな、などと苦笑したギベオンに、スフールは面妖な顔をしたけれどもそうか、とだけ言ってそのまま黙った。ホロウクイーンが居る大広間へ出発するまでの暫しの沈黙は、もうギベオンに居心地の悪さを感じさせはしなかった。



 美しい夜空の色のドレスを身に纏った女王は、体を揺らめかせながらこちらを虚空の様な双眼で見ている。見上げる程に巨大だが、しかし巨神の方が遥かに大きかったので、初めてクイーンと戦った時の様な威圧感は感じなかった。少なくとも、ギベオンにはそうだった。
 隣に並ぶスフールを横目で見遣ると、緊張しているのかはたまた興奮しているのか、ぎゅっと口を真一文字にして睨み付けている。彼の腹を傷付けたクイーンはとうに倒されているが、男の意地があるとスフールは言った。恐らく過去の苦い思い出、否、不幸と言って良いかも知れないが、乗り越えようとしてここまで来たのだろう。
「……眷属二人を従えるしきたりでもあるのか、ホロウクイーンって」
「スフールさんが戦った時も居たって言ってましたね、じゃあそういう決まりなんでしょうね。魔物だけど女王だし、従者が居ないといけないのかなあ」
 クイーンが両腕を広げるとどこからともなくホロウガードが現れ、打ち合わせの時にスフールが戦った時もクイーンは従者二人を二度呼び出したと聞いてギベオンは妙な感心をしたと同時に、ならば自分が戦った時の事も大いに参考になる筈だと思った。あの当時に比べて攻撃のかわし方や対処の方法は上達したとは言え、一瞬の油断が命取りになる事は重々承知だ。
 事前の打ち合わせは済ませているが、事が上手く運ぶとはギベオンもスフールも思っていない。しかし試してみなければ結果など出ない訳なので、スフールが盾を構え鎚を握り締めたと同時にギベオンは炎を纏った鳥が描かれた表紙の書を開いた。
「………!」
 現れた炎から身を呈してクイーンを守ろうとするホロウガードはけたたましい鳴き声と共に襲ってきた火の鳥によって焼かれ、その様を初めて見たらしいスフールは、構えたまま目を丸くしていた。凶鳥烈火と呼ばれる書をウロビトから貰ったのはギベオンのギルドだけであったから、スフールは見た事が無かったのだろう。
 ギベオンは巫女を救出する為に戦った時は先程と同じく凶鳥でダメージを与え、すかさず倒したので知らなかったのだが、ホロウガードはその名の通りスフールや別のギルドが戦った際にクイーンを庇ったりしていたらしく、スフールからそれを聞いた時は思わず真っ先に倒しましょうと言ってしまった。ギベオンもスフールも庇う事を主とする城塞騎士であるから、盾である者が倒れない事がどれだけ重要であるかを知っている。裏を返せば、そこを崩せば少しは楽になるという事だ。
「話には聞いてたけど、実際見ると迫力あるな」
「連発は出来ないんですけどね。でも、絶対に命中するから重宝します」
「連発出来ないってのが厳しいな……、上手く脚が縛れたら良いんだけど、なっ!」
 ギベオンが囮となる為に鎚で盾を鳴らし、注意を引き付けている内に駆け出したスフールは、炎に焼かれて大ダメージを負ったらしくぐったりしているホロウガード目掛けて鎚を振り下ろした。彼の鎚は事前にベルンド工房で鍛えてもらっており、この広間に来るまでの道中でもホロウ相手に脚を封じる事が出来ていて、勿論百発百中とまではいかないが今回は幸いにも成功したので、間髪入れずにギベオンも雷を乗せた鎚を彼女に落とし、まずは一体を撃破した。同様に二体目のホロウガードを倒している間、クイーンは相変わらず体を揺らめかせながらスフールを見ており、それがギベオンに妙な引っ掛かりを感じさせたのだが、残念ながら彼にはその正体が何であるかは分からなかった。ただ、短かった冒険者稼業の中で得た勘は、あまり良いものではないという事も知らせてくれていた。
「ああくそっ、もうお付きの奴ら出てきやがって、忠誠心に泣けてくるぜ」
 ホロウガード二体を倒されてもクイーンは動じず、再度両腕を広げて今度は自分の後ろに従者を呼び寄せた。彼女達の攻撃は今のギベオンには脅威を感じるものではないが、クイーンばかりを相手にしていると痛い目に遭う。放っておいたら彼女達はクイーンを治癒してしまうからだ。
「……わあぁっ!」
 ホロウシーアの相手に専念する為にクイーンの目を眩ませておこうと、ギベオンが盲目の香を取り出したその時、クイーンが舞う様に両腕を振り上げ、まるで甲高いアリアを歌ったかの様な音を纏った氷の礫がギベオンとスフールを襲った。ホロウシーアもそうだがクイーンも氷の術を得意としており、先に耐氷ミストを使っておくべきだったと後悔しても遅い。目を眩ませておけばその氷のアリアもある程度はかわせるだろうという算段は甘かった訳だ。ホロウシーアに攻撃しようとしていて氷の礫に襲われたスフールが間近で彼女達に追い討ちをかけられなかった事が不幸中の幸いといったところだろう。彼は多少医術の心得があるので自分で処置が出来るし、今の氷撃くらいで倒れる程やわな体はしていない。気を付けなければならないのはクイーンの斬撃だ。
 逡巡してしまったが、ギベオンは結局先に盲目の香をクイーンの風上となるホロウシーアの元から使った。先程クイーンはこちらが香を使うと見透かしていたのか、氷撃を仕掛けてきたとギベオンに思わせたけれども、やはり使う事は分かっていたのか体を翻し袖を振って自分に襲いかかる香を霧散させてしまった。その様を見て、ギベオンはホロウシーアを一体倒したスフールに向かって叫んだ。
「スフールさん! クイーンはこちらの手の内を覚えています!」
「はあ?! ……っとと、どさくさに紛れて小賢しい事してんじゃねぇっ!」
 ギベオンのその言に素っ頓狂な声を上げたスフールは、思わず視線をギベオンに向けてしまったのでまだ倒せていないホロウシーアから間近で氷撃を食らいそうになってしまい、間一髪のところで盾で防いだ。防ぎきれなかった範囲の氷撃がズボンを裂き、血が滲んだが、掠り傷だ。そんな傷より驚く事をギベオンが言ったので鎚を振るうのももどかしく、氷撃を受け止めた盾ごとホロウシーアに体当たりをしようとしたスフールは、まだ脚を封じる事が出来ていなかったので避けられてしまった。背を向けた形となる彼にクイーンが刃に変えた高速の袖を振り下ろそうとしており、ギベオンがその刃を盾で防いだ。
「どういう事だ、覚えてるって」
「そのままの意味です。ホロウクイーンは倒されて代替わりしても、倒された女王達の記憶を持っています」
「なん……っ」
「皆おかしいと思ってた筈です、何で暫く経ったらまた姿かたちがそっくりな魔物が居るんだろうって。ベルゼルケルやホロウクイーン、ホムラミズチ、揺藍の守護者は各地の祭壇を守護する王です、不在になれば守護する事が出来ないからすぐに代替わりしてるんです。それまで守護していた先代の記憶を受け継いで」
 ギベオンがクイーンの刃を防いでくれたので崩した体勢を立て直し、動揺しつつも仕切り直してホロウシーアを倒したスフールは、得られた返答に絶句した。ギベオンも確証がある訳ではないが、凶鳥の炎に動じなかった事や盲目の香に身構えすぐに袖で霧散させた事は、明らかにギベオンが以前戦った時の手段を知っていたと物語っている。各地の迷宮に再度君臨している王は一度倒した事があるギルドなら敢えてまた挑む必要は無いので、彼らの記憶が引き継がれていると気が付かなかったのだろう。
「……ちょ、ちょっと待て、じゃあ……」
「あのクイーンは、スフールさんを斬った事を覚えているからずっと貴方を狙っているんです」
 ぞっとしたのは、スフールだけではない。ギベオンも気が付いた瞬間は背筋に冷たいものが走った。この広間に着いた時からクイーンはギベオンよりもスフールから目を離さなかったし、斬撃を仕掛けたのもスフールに対してだ。腹を斬って瀕死にしたのにあと一歩のところで殺せなかった彼を、今度こそ殺そうとしているのではないか。少なくとも、ギベオンにはそう感じられた。
 その事に気が付いたからと言って、恐れてばかりでもいられない。最早退く事は出来ないし、よしんば出来たとしても、それではスフールも過去を乗り越えられない。斬られた時の事を思い出してしまったのか、顔を真っ青にしたスフールの盾を、ギベオンはクイーンから目を離さずに鎚の柄で軽く叩いた。
「クイーンは貴方を狙ってくる。だったら、その隙を狙えば良いんです」
「そう、だけど」
「盾は貴方を裏切りません。貴方に応えてくれます」
 クイーンが過去倒された女王達の記憶を持っていると分かり、漸く胸の引っ掛かりが取れたギベオンは、妙に冷静になっていた。今まで幾度となく強大な敵に立ち向かってきた彼の横顔は、雑談をしていた時の様な多少締まりの無いものではなくきゅっと口元を引き締めた精悍なものとなっており、自信というよりもこれまでに培ってきた経験と度胸がそういう顔にさせていて、それがスフールの腹の据わりを確実なものにしたし、頷かせる力を帯びていた。
 香で目を潰す事が出来なかったクイーン相手に、二人はそれでも鎚を振るい続けた。運良くスフールの鎚で脚を封じられても、息を吹きかけてその封じを解いてしまう。しかし、その間は斬撃も氷撃も仕掛けてこなかったので、怪我の処置をする事が出来た。
 元から持久戦を覚悟していたが、何せ二人だけでの討伐であったから、いくら体力のある城塞騎士とは言え緊張の中で長時間戦っていれば疲労も滲む。だが、それはクイーンも同じだ。執拗にスフールを狙い、彼目掛けて袖の刃を向けるクイーンは、鎚や盾で打たれて袖で顔を隠そうとしている。高貴な女性がみだりに顔を晒さないのと同じなのかな、などと思ったギベオンも確実に疲れていて、つい足元がふらついてしまった。その隙を、クイーンは見逃してはくれなかった。
「あっ、わっ、わああっ!!」
 両の袖を勢い良く振り下ろしたクイーンの斬撃は、ギベオンだけではなくスフールも同時に襲った。何とか盾で防いだスフールに対しギベオンは避けたものの転倒してしまい、先に始末しようとしたのだろうクイーンが間髪入れずにギベオンに再度刃を振り落とそうとしたその瞬間、スフールの怒号が広場に響いた。
「う、お、おあああぁぁぁっ!!」
 彼は、持ち手を握り締めた盾を前面にして全力でクイーンに体当たりしたのだ。ぶつかった反動でスフールの腰に巻いていたポーチから何かが飛び出し、弾かれたクイーンの顔に当たり、容器の小瓶が割れて硝子と中身の液体がキラキラと光る。その様を見て、ギベオンは尻もちをついたまま間抜けにも綺麗だなあなどと思ってしまった。
 悲鳴を上げたクイーンの体が、ホロウを倒した時の様にその場に霧散していく。呆然とその光景を見ていたスフールの足元に、大きな水晶球の様なものが転がってきた。
「……何ですかそれ」
「……眼球、かな。多分」
 たまたまポーチに入れていた解剖水溶液の容器が割れ、クイーンの顔にかかってしまったらしく、おぞましい虚空の様にも感じられた目は案外透き通っていたのだと知ったスフールは、僅かに考えた後にギベオンに依頼の報酬として寄越した。それを受け取って礼を言ったギベオンはふと思い付き、人懐こい笑みを浮かべて言った。

「貧乏クジじゃなくて、宝クジ当てたみたいですね!」