無垢な狂気

差別的な意味合いのものを含む放送禁止用語、及び一般的には下品と思われてしまう用語が出ます。それでもよろしければ。





















 花街に回診に行くからお前もちょっとついて来て、いつまでも童貞で居るつもりじゃないだろ、と言われ、悪態を吐きながらも確かにその通りなので渋々パチカについて花街に足を踏み入れたスフールは、生きてきた中で三本の指に入るのではというくらいに緊張していた。女を知らぬ彼は花街に行くのも初めてであったから、その独特の雰囲気に飲まれそうになったというのもある。だが、行きつけであるらしい店に入り、おれの馴染みの子連れてくるからその子に相手してもらいな、と言ったパチカが部屋に連れてきた少女を見て、愕然としたものやら驚愕したものやらで目を丸くしてしまった。
「この子この子ー。可愛いだろ、まあおれの方が可愛いけど」
「………か……わいい、っていうか……」
「何だよ、不満か? アルビノなんて滅多に居ないのに」
「いや、アルビノもそうだけど、そ、そいつ、その……」
 パチカに手を引いて連れて来られた少女は、透き通る様な白い肌に雪の様な髪、それとは対照的に血の色の目をしていた。生まれて初めてアルビノを見たスフールであったが、口元をだらしなく笑みに象らせた少女の口内にある筈のものが無くて思わず血の気が引いた。――歯が無いのだ。見事なまでに、全部。
「あーぅ」
「?!」
「ぁ、あー?」
 そしてスフールを更に驚かせたのは、少女の舌足らずな言語、否、およそ言葉とも言えない声だった。耳が聞こえない、目が見えない、などの障害がある訳ではなさそうであるし、歯が無いからそういう声になるとも思えず、困惑の表情のまま少女ではなくパチカを見たのだが、彼は平然として少女に笑いかけていた。
「んー? そうそう、今日相手してもらうのこいつね。
 こいつ童貞だからさあ、きつーく言っておくけど無茶しようとしたら引っ叩いて良いからね」
「うー」
「あーでも引っ叩いても喜ぶだけかな、こいつマゾだし」
 俗世の汚れなど全く知らぬ様な純真無垢な笑顔を見せる少女はしかし、この場に居るという時点でどんな事をしてきたのか、どんな事をされてきたのかは容易に想像出来る。だが、美しい顔立ちとは裏腹な口内を見てもなおへらりと笑っているパチカに理解を示す事は、スフールには出来なかった。経験が無いから、ではないだろう。
「な、んで、歯が無い、んだよ」
「あ、そっか、坊や全然経験無いから分かんないか。
 フェラされてる時に歯が当たると痛いから、前歯だけ抜いちゃう子とか居るんだよ。この子はぜーんぶ抜かれたんだけどね」
「抜かれたって、誰に」
「ここに来る前に居たとこの奴らに。
 アルビノだから良い見世物になるんだけど、白痴だから捨てられたんだよねー。
 白痴って何から何まで世話しないといけないし、免疫力低くてすぐ病気するから」
「………」
 善悪の判断が乏しいパチカは、少女が受けた仕打ちに対して特に何の感情も抱かない様で、ねー、などと首を傾げながら少女の頬を軽く抓む。それに対し少女はやはり不明瞭な声を上げて笑い、スフールはそんな二人の姿にぞっとしてしまった。
 パチカは、少女をおれの馴染みの子と言った。それはつまり、パチカが何度も少女を抱いたという事だ。何の罪悪感も後ろめたさも無く、恐らくスフールよりも年若いであろうこの少女を、何度もだ。自分が何をされているのかすら理解していないだろう少女は、その純真さを失っていない。アルビノであるが故に血の色が透けて見えている目をスフールに向けた少女は、パチカに少し似た笑みを見せた。
「だ……ける訳、ねえ、だろ、そんな、何も分かってない女を」
「はあ? お前よりセックスの事は知ってるよ」
「そうじゃなくて! だから、その、」
 少女の笑みがうそ寒くて、途切れがちな声で抗議したスフールは、しかしそれ以上何と言えば良いのか分からなくて押し黙る。自分の抗議は甘ったれの絵空事と分かっていても、どうしても抵抗せずにはいられなかった。何故少女がそんな身の上にならなければいけなかったのか、と、義憤に駆られてしまったのだ。そんなスフールに、一気に冷めた目になったパチカが馬鹿にした様に言った。
「お前さあ、もう歯全部抜かれて調教された白痴のこの子が、ここ以外でどうやって金稼いで生きていけると思ってんの?」
「………」
「おれさっきも言ったよね? 白痴って何から何まで世話しないといけなんだよ。
 食事も風呂も、それこそ便所の世話までぜーんぶだ。
 家族でもない、友達でもない手間の掛かる女を誰が世話すると思う?」
「そ……れは、……」
「病気しやすいから長くは生きられないけど、それでも生きてる間は金が掛かる。
 見世物にするにしたって精々日銭が稼げるくらいで、手間賃の方が高い。
 なら、手っ取り早く体売って常連客つけた方が良いに決まってるだろ。
 金を稼いでる間は世話だってしてもらえるんだから」
「そう、かも知れない、けど」
「あーもう、興醒めだよ。帰れお前」
 畳み掛ける様にスフールに説明したパチカは、明らかに不機嫌だった。いつも浮かべているへらへらとした笑みは微塵も見受けられず、代わりに眉間に皺を寄せてスフールを心底軽蔑した様な目で見、手をひらひらと振って帰る様に促した。いきなり帰れと言われたスフールは、ここまで不機嫌になったパチカを見るのも初めてであったから、余計に動揺して立ち尽くしてしまった。
「あー……?」
「こいつもう帰すからさ、今日はおれといーっぱい遊ぼ? 久しぶりにその口でしゃぶってよ、おれもクンニするし」
「あーぅ」
「でもその前に一緒に風呂入ろ? ちゃーんとおま×こ洗ってもらえたかどうか確かめてあげる。
 おれもちんちん綺麗に洗いたいからさっ♡」
 不思議そうな表情で自分を見上げた少女の細い肩を抱き寄せながら、パチカは普段通りの締まらない顔でスフールが聞くに耐えない言葉を放った。だが、パチカは暗に少女の世話係がきちんと少女の隅々まで洗っているかどうかを確認すると言っていたのだ。免疫力が低いという事は即ち感染症に弱いという事であり、排泄の世話をされている少女にとってそこは清潔に保ってもらわなければいけない箇所であるから、馴染みにしているというのは確認の意味合いもあるのだろう。道理で致す前にはしっかり性器を洗えと念を押された筈だ、と、スフールは呆然としながら二人の遣り取りを見ていた。
「なにお前、まだ居たの。帰れよ」
「あ……」
「帰れ、一生童貞で居ろ」
「………」
「さっ、行こ行こ♡ 今日はおれが全身綺麗に洗ったげるねっ♡」
「あー♡」
 ただ立ち尽くしているだけのスフールを見て再度冷ややかな顔をしたパチカは、少女の肩を抱いて部屋から出て行ってしまった。言った通り、風呂に入りに行くのだろう。娼館に居る女達の身の上は客が親身になって聞くものではないと知っているスフールは、それでも抗議の声を上げてしまった自分が非常識であったのか、全く罪悪感も無く少女を抱くパチカが非常識であるのかは分からなかった。ただ、冷ややかな目をしたパチカよりも、純真無垢な表情で自分に笑いかけた歯が一本も無い少女と、その横でへらへらと笑っていたパチカの方が恐ろしかったという事だけは分かり、じっとりとした何とも言えない汗で背面のインナーがびっしょりと濡れていた事にぶるりと体を震わせた。