残り香

 泣き声にも似た吐息と水っぽい音が、部屋の中に充満しては消えていく。必要最低限の調度品しか無い部屋は音がよく反響するが、その音に恥じらいなど感じていられる余裕など、寝台の上の二人には微塵も無かった。
「ふ、あ、ああぁ、ま、また来る、来るっ、離し、クロ、やめ、」
「出せ、構わないから」
「嫌、だ、も、もう、あぁ、だめ、あああぁぁ」
 ぎぃ、と寝台が軋む音と共に細い体を痙攣させながら絶頂したセラフィは、荒い息を整える間も無く口を塞がれ、息苦しさから逃れようと必死にもがく。しかしそんな弟の体を抑えこみ、クロサイトは跨った腿に股間を擦り付けた。先走りが漏れ出している為にその体液で腿が汚れていったがセラフィはそんな事に構ってはいられず、とにかく酸素を欲して兄の体を何とか引き剥がそうとした。
「ぷはっ! お、おま、苦しいだろ、す、少し休ませ、ひいぃっ!」
「元はと言えば、お前のあの香のせい、だろう、僕のせいじゃ、ない」
「そ、だけ、どっ、あぁ、やめ、す、吸うな、噛むな、」
「発情してるせい、かな、いつもより甘い気がする」
「ああ、もう、よせ、よせ、クロ、か、堪忍……っ」
 漸く解放されたかと思えば薄い胸板の上に口を落とされ、ペニスの次に感じてしまう腹筋を指の腹で刺激されながら充血して膨らんだ乳首を吸ったり噛まれたりしたものだから、セラフィは首を横に振って涙声で止めるように懇願した。既に三度も精を吐き出している彼は、これ以上の快感の刺激に耐えられそうもない。だが、クロサイトは未だ一度のみだ。勃起して硬くなったペニスを何度も弟の体に擦り付けては、先走りで汚していく。
 彼らがこんな風に盛って体を絡ませている原因は、声と共に部屋に充満している香りにある。樹海で力尽きた冒険者の遺体を埋める仕事をしているセラフィは、その仕事内容故に眠れない日も多く、安眠出来る様にと独自に香を配合するのだが、今回作った香は本当にたまたま催淫効果が高いものであった様で、自分ではどうにも治める事が出来そうになくて就寝中の兄の部屋のドアを強引に開けたのだ。跨がってきたセラフィを見上げて最初は何事かと寝惚けた頭で宥めようとしたクロサイトであったが、潤んだ目と震える声で事情を説明しながら股間を触らせた弟を拒める筈も無く、しかし本当にその香が原因であるのか否かを確かめたいからと部屋へ向かおうとするとこんな状態で一人にするなと訴えられたので肩を貸して香の匂いが漂うセラフィの部屋に来たのだ。勿論、それが原因だったので、こういう事態になっている。
「すごいな、全然萎えない」
「さ、触るな、そこ、やめ、」
「ここなら良いのか?」
「あああぁぁっ! ひ、引っ掻くな、撫でるな、クロ、た、頼む、少し休ませてくれ、ばかになる、あ、あたまおかしくなる」
「そうか、なら、こうしよう」
「ふ、ぁっ?!」
 延々と口や手で愛撫を施し、全く萎える事の無いペニスに触れると首を横に振って嫌がられたので、クロサイトが精液でぬめる手を腹筋に這わせると、セラフィはそれこそ身を捩って逃れようとした。そして汗と涙と唾液でぐしゃぐしゃになった顔で懇願した弟の体をいとも簡単に引っ繰り返し、閉じさせた足に跨った。そして。
「嫌、だっ! クロ、やめ、やめてくれ、それだけは嫌だ!!」
「大丈夫、挿れない」
「で、も」
 力が入らないせいか容易に反転出来た厚みの無い体を寝台に押し付け、殆ど無いと言って良い尻の肉を掴んで谷間を広げると、一瞬にして顔を真っ青にしたセラフィが弾かれた様に振り向いた。今まで何度もこんな事をしてきたとは言え挿入だけはした事が無く、そこが彼らの最後の一線と言って良い。その一線を越えるのは二人の中でタブーであり、暗黙の了解でもあった。
「ここに挟んで扱くだけだから。絶対挿れない、約束する」
「う、うぅ、」
「お前が本当に嫌がる事はしない、から。だから、ここを使わせてくれ」
「は、んあ、ぁ、あ、やめ、吸うな、そこ、あぁ、」
 ペニスを尻の谷間に挟み、押し潰してしまわない様に慎重に体を重ねて腰を前後させながら、クロサイトは眼前のセミロングの黒髪を掻き分けて薄紅色に染まった項に吸い付く。唇から伝わる鼓動は速く、また汗の味が口の中に広がり、匂いは鼻腔を満たした。セラフィの髪に染みこんだ香の匂いよりも、彼の体臭の方が鼻に心地よい。にちゃにちゃと粘液が肉に擦れる音が何とも淫靡に感じられ、もっと鳴かせたくて酸素を欲して開けられたセラフィの口に指を捩じ込むと、彼はその指に軽く歯を立てながら舐り始めた。
「すごい効き目、だな、あの香、……ちょっと効きすぎ、かな」
「ぷぁ、あ、ふ、ふぅ……っ」
「少し、休みたいんじゃ、なかったのか? 腰が動いてるが」
「うる、さ、あぁ、くそ、お、おまぇ、あ、あとで覚えとけ、よっ……!」
「さて、どれくらい、後になる、かな……」
 自分の体にペニスを擦り付けられ、また項をしつこく喰んだり舌を這わされたりして興奮してしまい、セラフィは無意識の内に兄の動きに合わせて腰を動かし、寝台の摩擦を利用してペニスを扱いていた。シーツは汗や精液だけではなく、二度目に射精させられた時にクロサイトが鈴口を擦る手を止めてくれなかった為に漏らしてしまった体液――俗に言う潮吹きだが――でぐっしょりと濡れており、最早洗っても使えそうにないので、今更先走りで汚したところで何の面倒も感じない。ただ、微かに残っていた理性が寝台まで買い替えないといけないんじゃないか、と思わせ、買い替え費用は絶対に請求してやる、と、セラフィは舌を弄ぶ兄の指に歯を立てながら思っていた。
「なあ、出しても、良いか」
「あぁ、あ、ぅ、んん、」
「一度で良いから、お前の、この細い腰に、ぶちまけたかったんだ。良いか?」
「い、いぃから、ど、どこ出しても、かまわない、から、あぁ、」
「ん……、出す、よっ……」
 随分長い事我慢をしていたクロサイトの腰の動きが速まったかと思うと、耳朶を口に含まれながら射精の許可を得ようとしてきたので、セラフィは覚束ない頭で必死に頷いた。普段なら自分が失神してしまえばクロサイトはそこで止めてくれるのだが、今日ばかりはそうもいかないだろうから、早いところ達してほしいというのが正直なところだ。口に入れられていた手を引き抜き、握り締めたセラフィは、兄相手であればその行為はあざといと分かっていて、敢えて何度もその手に口付けた。その姿と感触に煽られたクロサイトは体を離し、びくびくと震える弟の腰に白濁した体液を浴びせた。未だ粘度の高い体液は、まだ彼が満足しきっていない事を物語っていた。手についた自分の精液をシーツで拭い、セラフィの髪をとって口付ける。そこにはまだ香の匂いが微かに漂っており、クロサイトの体にぞわりとした何とも言えない震えが湧き起こって、少し治まっていた性的興奮がまた満ちていくのを感じた。
「……今日は全身マーキングしてやろうな。僕の精液で、お前の全身汚してやる」
「か、かんにん、くろ、もぅかんにん、して、し、しぬっ……」
「大丈夫、死なない程度にするから」
「やぁ、だ、も、もうやだ、やだ、あああぁ」
 寝台に突っ伏して耐えていた弟の体をいとも簡単に抱き上げ、座ったまま横抱きして口付けを繰り返したクロサイトは、半ば焦点が合っていない目のセラフィに口元を歪ませて笑った。呂律の回らない舌で拒絶したセラフィはしかし、再度仰向けに寝台に沈められ、ペニス同士を重ね合わせたまま扱かれ始め、もう抵抗する事さえ出来なかった。香炉から漂う煙は既に消え、部屋の中は香の匂いよりも汗と精液のにおいの方が強くなっていたけれども、彼らの――否、クロサイトの情欲は全く治まる気配は見受けられず、セラフィは二度とあの香の調合はしないと固く心に決めたものの、すぐにその思考は兄の激しい愛撫によって流されていった。



 翌日、腰が立たないセラフィに散々怒られ、シーツと寝台を廃棄処分し、新しい寝具一式を買わされる羽目になったクロサイトの肌艶はすこぶる良かったものの、暫く弟に口を利いてもらえずしおらしかった。