揉まれたくなければ痩せたまえ!

「さて、今日から私と君との一対一になる訳だが」
「は……はい……」
 普段通りの、ほぼ抑揚の無い声で言い渡してくるクロサイトに、ギベオンはその巨体を縮こまらせる。痩せる為にこのタルシスに来たし、厳しい指導は覚悟の上だが、今までペリドットと二人で指導を受けていたので集中砲火を浴びるのは辛いと言うか恐怖だ。この街に来て五ヶ月程しか経っていないというのに、147キロもあったギベオンの体重はごっそり落ちて既に100キロを切った。ひとえに樹海を重装備で走らされた事によるものだが、そこかしこに潜んでいる魔物から襲われても大怪我を負ってしまわぬ様にとクロサイトが守ってくれていた事もあり、彼は心身の健康を損ねる事無くここまでやってこれている。
「随分贅肉も落ちてきたとは言え、まだ腹の肉は抓めてしまうしな。これを落としながら筋肉に変えるのが当面の目標だ」
「はい……あの、抓ままないでください」
「抓めるから抓んでいるのだ。……ふむ、結構硬くなってきたな。前は柔らかいだけだったが」
 まだ鎧を着けていないのでズボンのベルトの上に乗っかっている腹の贅肉が露わになっており、それを指先で抓ままれ、くすぐったいやらぞわぞわするやらで何とも言えない感触が腹部を刺激し、ギベオンは体を退きたかったのだが、クロサイトが腹の硬さを確かめる様に触ってきたので動けなかった。触診をする時の手付きと同じだったから、からかっているのではなくて主治医としての行動であろうから、複雑ではあるがされるがままになっていた。
 しかし。
「わあああっ?!」
「うぉっ、と、」
 クロサイトが何かを考える素振りを見せた後に突如胸の肉を掴んできたので驚いてしまい、ギベオンは間抜けな悲鳴を上げたと共にバチッという音を立てて放電した。帯電体質の彼は驚いた時も放電してしまう事があり、その放電に驚いたのはクロサイトの方で、両手を自分の胸の高さに上げたまま少しだけ離れる。
「な、な、……??」
「ふむ……。ベオ君、一つ言い忘れていたのだが」
「な、何ですか」
「私は巨乳好きだ」
「?!」
 そして何が起こったのか、何をされたのか理解出来ずに目を丸くして口をぱくぱくさせているギベオンは、再度何かを考える素振りを見せたクロサイトのいきなりの告白に思わず後退ったし両腕をクロスさせて胸を隠した。太っているが故に確かに胸は大きいけれども、これを巨乳と言われても困る。しかしクロサイトはギベオンのその困惑など全く意に介さず、至極真面目な顔でうんうんと頷いて手を軽く閉じたり開いたりしてみせた。
「いや、君の胸は中々良いな。揉み甲斐がある」
「あの、僕男ですけど?!」
「知っている」
「そっ……そういう冗談を、仰る方だとは、思いませんでした、けど」
「冗談? 心外だな、私はいつでも本気だ」
「ひええぇっ……」
「良い目標になっただろう。私に胸を揉まれたくなければ痩せたまえ」
「痩せます! 絶対痩せます!!」
 腕をクロスした事により余計に寄ってしまった自分の胸を見ながら言い放ったクロサイトの言葉に、ギベオンは涙目になりながら固い決意の元に宣言する。冗談で言っていると信じたいが、クロサイトの目は本気だ。彼よりも身長が高い割には小動物の様な目で怯えながら見たギベオンは、やっぱりこの人変な人だ……と思いながら、これからのマンツーマンの指導の恐ろしさを想像してぶるりとその巨体を震わせた。

 彼が引き締まった体になり、盾となるフォートレスとして探索を始める様になるのは、これから四ヶ月ほど経た後の事である。