泡沫と共に消えた

「クジラっていう、ものすごーく大きい動物が居るんですよ。息継ぎの時なんて、凄い水飛沫なんですから」
「世界樹より大きいのかね?」
「さすがにあそこまでは……あ、でもどうなんだろう、僕が知らないだけで居るのかも」
「ほう……」
「いつか見に来てくださいよ。案内しますから」

 そんな他愛ない会話をしたのはいつだったか、記憶は定かではないが、まさか折角の来訪の理由が葬列の参加になるとは思わなかった。恙無く終わり、故人を偲ぶ話を未亡人となってしまった彼の妻であった女性とした後、帰路の船上でぼんやりそんなことを思う。海上も高度があるものだからデッキの縁には寄り付く事が出来なかったが、望に近い月をたたえる穏やかな海面を眺めていると、不意に大きく盛り上がった。何だと思って目をこらすと、小山とも思える大きな塊が海面から覗き、空に向かって水飛沫を上げた。きらきらと月光を反射する飛沫を呆然と眺め、その中で彼の声が思い出された。

 クジラっていう、ものすごーく大きい動物が居るんですよ。息継ぎの時なんて、凄い水飛沫なんですから。


 なるほど、あれがクジラという生き物であるらしい。偶然には違いない。だが見せたかったのか、見て欲しかったのか、と思うと、得も言われぬ苦笑と共に涙が溢れた。