一人遊び

 すまないが今日は夜間手術が入っているので来られない、という手紙が机に置かれており、ギベオンは残念な様なほっとした様な心持ちになる。会いたかったというのも本心であるのだが、夢とはいえお互い家庭がある身なのだからいつまでもこんな関係を続ける訳にもいかないので、自分も夜勤などを入れて少しずつ回数を減らしていかねばならないと思っていたのだ。夢の手紙の返事など読めるのかどうかは分からないけれども、お仕事お疲れ様です、と余白に走り書きしたギベオンは、踵を返そうとしてふと目についた椅子を引き出して座った。
 初めてタルシスを訪れ、診察してくれたクロサイトは、この椅子に座って視診や聴診、触診などを実に丁寧にやってくれた。医者としての顔は凛々しく、頼もしいもので、ほんの数年前の事であるのに随分と昔の事の様にも思える。しかしそれでもあの時のクロサイトの顔をギベオンは思い出せるし、丁寧に診察してくれた手付きも覚えている。
 ギベオンは常人とは多少異なり、触られたり撫でられたりする事が苦手だ。生理的に不快感を催すのではなく、多少の痛みを感じてしまう。例えるなら沢山の針の先で肌を撫でられる様に錯覚するので、好きではなかった。それなのに、クロサイトから施された触診は一切の痛みも無かった。恐らく緊張していたからだとは思うのだが、それはギベオンにとって特別と思わせる理由たらしめる。そもそも彼はかなり劣悪な環境下で育ち心身共に傷付いていたから、あの時のクロサイトの労る様な言葉は本当に嬉しかったし有難かった。
 そんな主治医とこういう関係を続けるのは良くないとは思いつつ、夢なので良いんじゃないかとも思ってしまう訳で、ギベオンには明確な答えが出せない。嫌ではない、という思いがこの定期的な逢瀬に足を運ばせてしまうのは否めなかった。いつ頃からこういう夢を定期的に見始めたのかの記憶が定かではないが少なくともギベオンがモリオンに求婚する前からの事であり、結婚した後に暫く途切れていたけれどもいつの間にかまた同様の逢瀬の夢を見る様になってしまった。お互い、自分の妻に対して何の不満も無いというのに、何故見てしまうのかは分からない。……分からないふりをしているだけかも知れない。
 居なくて良かった、という安堵よりも居ないのか、という残念な思いが強く、それを自覚しているだけに何とも情けない顔になる。会いたかったな、と思うとどうにもむず痒く、前回会った――と言っても実際に会っている訳ではないのでこの表現はおかしいかもしれないが、つい十日前に交わした睦事を思い出して椅子に下ろした腰がぶるりと震えた。
「………、」
 年齢差もあるからだろうが、元から体力がそこまで無いクロサイトはいつも前戯が長い。その前戯でほぼ毎回腰が砕けそうになるまで愛撫されるものだから、手付きを思い出すだけでぞわりと背筋に微弱な電気が走り、ぱち、と髪から小さな音がした。明日もこの椅子に座るだろうと分かるだけに、手を下ろしてはいけないとは思うのだが、どうにも我慢が出来ず背凭れに広い背を預けて手を股間に下ろす。触れた箇所は既に盛り上がっており、現実世界では処理をする時間を中々取れない事を如実に表していた。
 ただでさえギベオンは帯電体質であるのに、片腕のモリオンには負担が大きすぎるので夫婦の営みはしない事を話し合って決めているから自分で処理をするのであるが、これが本当に時間が取れない。遠くの地にもその話が瞬く間に広がった世界樹の巨人を倒す事に成功したギルドの者であった事、王の子の命を奪った個体ではなかったとは言え氷竜を含む巨大な竜の征伐にも成功した者となってしまった彼は、かなり不本意な事に水晶宮の騎士の中でも随分と高い地位を賜ってしまった。その上、他の兵達の指導に当たらなければならないという、本当に性に合わない事をさせられているから、中々一人になる時間が無い。否、モリオンも一人になりたがる時があるのでそういう日は別々の部屋で休むけれども、それにしてもまだ若いギベオンにしてみれば処理をする時間が無いのは正直つらい。
「……ぅ、」
 クロサイトは夫婦の営みをするのに何ら支障は無いが、ほぼ休み無しで働く者同士であるし、ガーネットは夜が忙しい身の上であるから、やはり滅多に寝台を共には出来ないらしい。だからかどうかは知らないが、毎月五が付く日、などという定期的な逢瀬になってしまっている様な気もするのだ。ズボンの下から取り出した、もたげた自分のペニスを見ながらギベオンはそう思う。本当に心底、お互い自分の妻に何の不満も無いのだが、やはり男という生き物は下半身に素直になってしまう面が否めない。
 夢であるから特に気にする必要も無いけれども、汚すのは何となく憚られてしまって下着ごとズボンを足元まで下ろす。両足首がズボンに引っ掛かって邪魔で、器用に左足の靴を右足で脱ぎながら左足をズボンから解放した。その間にもまだ皮に隠れて少しだけしか見えない亀頭の先をあらわにする様に手を上下させ、着ている服の裾を口に咥える。夢なのだから汚れても構わないというのに何となく汚す事を躊躇ってしまい、しっかりと歯で挟んで伸縮性のあるシャツをたくし上げて腹筋も晒した。
 前回は確か、手でペニスを可愛がりながら本当に引き締まった腹になったものだなと頬ずりしてきて、身を捩って逃げようとすると脇腹にまで頬ずりされて散々鳴かされた。脇腹が性感帯であるギベオンはそこを愛撫されるだけでも身動いでしまう程であるというのに、鬚のざらついた感触まで享受してしまってはだらしなく唾液を漏らしながら鳴くしかなかった。その感触を思い出すとぞくぞくしてしまい、むき出しになった亀頭の先端を指先で触れると、滑った快感が一気に駆け上って思わず首を仰け反らせてしまった。
「ん、んー……っ、……ん、ぷぁ、……あっ、あっ、」
 もっと滑りを良くしたくて咥えた裾を離し、左手でシャツをたくし上げたまま右手に唾液を垂らす。その掌で再度ペニスを握って扱くと、粘膜が擦れるくちゃくちゃという音が耳を犯した。胸までシャツをたくし上げた手に伝わる鼓動は速さを増し、背を預けた椅子の背凭れが軋む。広げた股の真ん中にそそり立つペニスは、君のは大きいなとクロサイトから繁々と見られた程度のサイズで、他人と比較などした事が無かったギベオンはどういう反応をしたものか困った記憶がある。が、今はそんな事などどうでも良くて、先端から溢れる先走りを掌に広げて夢中で手を上下させた。溜まっているだけあって追い上げられるのが早い上に、首筋に顔を埋められ食まれながら手淫を施された時の事を思い出し、扱く手を止められなかった。
 その先の行為を早くしてほしい。射精の快感に浸っている最中に、肉を割って中に入ってきてほしい。根本まで埋めた時の、満たされた様に漏らす吐息が聞きたい。そして、遠慮無く突いて快感の声を零してほしい。思い出すだけで体の中が蠢き、震え、ギベオンは大きな体を身悶えさせた。
「あ、はっ……、せ、……せん……せ、ぇ、あぁ、先生ぇっ……」

 ――ガチャッ。

 そしてもう達してしまいそうになったその時、突如として部屋の扉が開き、ギベオンは一瞬にして全身の血の気が引いた。扉の方を見るのも恐ろしく、かと言ってその体勢のまま居る訳にもいかず、青くなった顔をゆっくりと向けると、果たしてそこには片目を丸くしたクロサイトが立っていた。
「……いや……すまないな、邪魔をしてしまって」
「きょ……今日、は、来られないって、……」
「思ったよりかなり早く終わってしまったのだ。君も帰ってしまったかと思ったのだが……」
「うぅ……」
 後ろ手に扉を閉めたクロサイトが珍しくも心底すまなさそうな顔で頭を掻きながら事情を説明し、ギベオンは恥ずかしくて死にたいと股を閉じて呻く。すっかり縮こまったペニスから手を離すも目のやり場に困り、やはり呻きながらズボンを穿こうと背を屈めると、クロサイトが寄ってきて背後から肩を掴まれ、ぐっと後ろに引かれた。
「え、あ、あの、」
「続きはしないのかね?」
「つっ……し、しま、せん」
「何故?」
「だ、だって、……」
 不可抗力とはいえ中断させたのは自分の癖に、何故再開しないのかを問うクロサイトに、ギベオンは返答が出来なかった。そんなもの恥ずかしいからに決まっているというのにそらとぼける背後の男は腹を半分隠したギベオンのシャツの裾を思い切り引っ張り、脱がすのかと思えば首に引っ掛けただけで、ボレロを着ている様な格好になってしまった。戸惑うギベオンに、クロサイトは後ろから覗き込む様に顔を寄せて耳元で囁く。
「見ていてあげるからやってごらん。溜まっているのだろう?」
「い、いいです、帰ります、から」
「おや、ここは良い反応を見せてくれているのに」
「あ、はっ! せ、先生、あの……っんぁ、あ、ひゃ……っ」
 離れようとしたギベオンは、脇から伸びた手で未だ勃ったままの乳首を抓まれ、指で捏ねられ、無様に喘いだ。この人相変わらず胸を弄るのが好きだな、と妙に冷静になってしまった頭の奥で思ってしまったが、それで快感を得ているのだから世話はない。萎えていた筈のペニスに再度血液が集まって硬くなっていくのを感じ、下半身の素直さが恨めしい。股を開いて、と耳朶を甘噛みされながら囁かれると抵抗も出来ず、筋肉で締まった太腿を左右に開くと、半勃ちのペニスを隠すものが無くなってしまった。
「……あ、ぁ、ぁひ、……っはぁ、あ……」
 膝に置いていた手を取られ、唾液をたっぷり含ませた舌で潤した手を股間に導かれてはそのペニスを握るしかなく、ギベオンは観念したかの様に扱き始める。絶頂寸前まで弄んでいたのだからあっという間にペニスは膨れ上がり、亀頭を捏ねるといやらしい音がした。
「君が自分でする時、どういう事を考えながらするのかね?」
「ど……ういう、って……」
「私は君の中に入っている時の事を思い出しながらする。君は?」
「あ、ぁ、……」
 ギベオンの大きな肩に顎を乗せ、さらりと自慰の際に思い浮かべる事を言ってのけたクロサイトの声音は特に意地が悪い訳でもなく、純粋な疑問の色を孕んでいる。好奇心で聞いているのだろう。てっきり自分ではなくて彼の妻か弟かと思っていたギベオンは、しかし言うのも恥ずかしくて力無く項垂れる。だが言わなければ達してもらえないだろうという事は何となく分かり、陰嚢を揉みながら透明な蜜が溢れる鈴口を親指の腹で擦り、観念した様に白状した。
「せ、先生、に、……し、してもらってる、時の、事、です」
「手や口でされている時の事?」
「そ、れも……あります、けどっ……んん、……」
「けど?」
「つ……突かれ、てる、時、のっ……」
 言わないと分からない、といつも言っているクロサイトは、今日も返答を要請した。タルシスに居た時の様に毎日顔を合わせる訳でもなし、言ったところで気まずくなる事も気恥ずかしくなる事もそうそう無かろうから、ギベオンも途切れがちに答える。挿入時の突き上げられる快感も勿論好きだが、熱を帯びた吐息が首筋にかかったり耐え切れず漏らす喘ぎで耳を犯されるのはもっと好きだ。
「そうか、君は挿入している時によく萎えさせているから、私は下手なのかと思っていた」
「あ、あの、あの、……ちゃ、ちゃんと、気持ち良い、です、ただ、その……」
「うん?」
「ぼ、僕、あの……声、が、……」
「もっと聞きたい?」
「は、い」
 挿入の感覚よりも漏らされる吐息や声の方が脳髄を刺激し、ギベオンは声を聞く度に先走りを漏らしてしまう。クロサイトは控えめに喘ぐのでその声を聞き漏らす事が無い様にと集中してしまうと、どうしても下半身の反応が遅くなる。だから萎えていた様に見えただけなのだが、いらぬ心配をさせていたらしい。くっ、と喉の奥で笑った音がしたかと思う、軽く耳に息を吹きかけられ、ギベオンの大きな体が跳ねた。
「女性は耳で恋をすると聞くが、君も似た様なものなのかな?」
「ふ、ぁ、あ、先生、先生、あの、」
「ああ、さっき邪魔をしてしまったが射精しそうだったのだろう? 出したくて堪らない風にしている」
「う、ぁ、だめ、で、出そう、先生、」
「ちゃんと見ているから。……ああ、君はこう言った方が良いのか。出しなさい」
「あっ、あっ、せんせっ………!!」
 耳朶を口で犯され乳首を捏ねられ、挙句耳元で命令され、限界も近かったギベオンは呆気無く精を放った。一度は堰き止められてしまった欲望が元気良く弧を描いて床へ落ちて汚したが、射精の快感が全身を駆け巡ったのでそんなものに構っていられなかった。荒い息で一滴残らず絞り出す様に扱き、ぐったりと背凭れに体を預けると、よく出来ましたと汗が滲む額に唇を落とされた。射精と共に放電していたから、静電気が走る事は無かった。
「……んぁ、ぁは、せんせ、あ、あの、」
「君の自慰を見ていたら私も催してきてしまった。夜明けまでまだ暫くある、付き合ってくれるね?」
 唇が額からそのまま下ってきたかと思うと自分の唇を食まれ、忙しなく上下する胸の愛撫する手は止めてもらえず、戸惑いを隠せないギベオンにクロサイトは悪びれもせず椅子を回転させて自分の方を向かせた。股を閉じる間も与えず体を間に滑り込ませられ、上目遣いで見上げられると、嫌ですとも駄目ですとも言えなくなる。自身のベルトを外すクロサイトの手の動きに呻きながらも観念したかの様に頷くと、良い子だ、と囁かれ、射精したばかりのペニスが僅かにもたげた。逢瀬の回数を減らさなければなどという考えは、とうにどこかに吹き飛んでしまっていた。