好いているのは

 スフールは盾役である。所属ギルドが変わってもそこは変わらなかったし、以前のギルドの仲間を守りきれずに死なせてしまった記憶は彼を蝕み、現在所属しているギルドの者達は庇われても一切礼など言わないという庇い甲斐の無い者達であるにも関わらず、スフールはよく大怪我を負った。それは己が未熟であるからと分かっているので、彼は不貞腐れた顔をする事はあってもあまり噛み付いた事は無かった。
 この日も木偶ノ文庫の深部で静寂の執行者の刃からペルーラを庇ったスフールは、傷んでいたとは言え盾を割る程の切れ味であった刃に鎧まで割かれた為に探索を切り上げ、タルシスに戻っていた。盾や鎧で防護していたから酷い傷にはならなかったけれども、上半身を一直線に走る傷痕を見たパチカがモツが見えなくてつまんないなどと文句を言いながら手当てを乱雑にしてくれたお陰で傷痕から発熱し、スフールは夜中に熱の気怠さとも格闘する羽目になった。
 パチカは、性格にかなり難があるが医術師としての腕は良い。以前、別の医者が彼は天才肌だがムラっ気がありすぎると評しているのをスフールは聞いた事があるのだが、全く以て同意する。スフールが初めてパチカと会ったのはそれこそ前のギルドの者達を死なせてしまったホロウクイーンとの戦いの最中であり、パチカは内臓まで見える程の裂傷を負ったスフールを嬉々として眺めて縫合したのだが、それは見事な処置の速さと正確さだった。その傷は経過も順調であったし抜糸してくれた別の医者が良い腕の医術師に処置してもらったなと言った程だ。
 そんな腕前である癖に、興が乗らねば今のスフールの様に高熱に魘される程の適当な処置を施すのだから、困りものというより呆れる。頻繁に怪我をする自分の処置であまり手を煩わせるのも良くないからと、自分も医術師の勉強を試みて簡単な処置なら出来る様になったけれども、こういう縫合などの迅速な処置は本職のパチカでなければ無理だ。もう少し練習したいところではあるよなあなどと思いながら間借りしている宿の部屋で眠りに就いたスフールは、喉の渇きと怪我が原因なのか定かではない息苦しさと荒い息に睡眠が途切れた。熱は出てるけどここまで息上がる程じゃねえけど、いやこれオレの息じゃねえな? などと思った瞬間に吐息の持ち主が自分ではない誰かだと気が付き、慌てて目を開けると、明かりはカーテン越しに漏れる月光のみの薄暗い部屋の中、件のパチカが自分に跨がっていた。
「な、な……?」
「あー、起きちゃった? 待って待って、まだそのまま動かないで」
「いや、お前、何……」
「何って、ナニだよ」
 スフールが被っていた毛布を剥ぎ取り跨がったパチカは、下半身を露出させていた。探索から戻り、宿に帰るまで我慢出来ないと駄々をこねる彼に付き合って湯屋に行く事が多々あり、その際にも見ていたが、パチカのペニスはそこそこ大きい。比べた事は無いが、多分スフールより大きい。その普段から大きなものを更に大きくして自分に跨がっているのだから、スフールは慌てたものやら焦るやら目を白黒させたものやらで忙しかった。
「坊やがさあ、はぁ、ホロウクイーンに斬られた時あるじゃん?」
「お、おう」
「あの時見たモツがさあ、もうほんと、……んん、惚れ惚れする、くらい、立派で綺麗で、さあ。
 今日見られなかったなー、見たかったなーって、思ってたら、勃った」
「……う、うわぁ……」
 パチカは善悪の判断が乏しく猟奇的な事を好むとは知っていたし、自分の内臓について並々ならぬ執着心を持っているとは薄々気が付いていたが、思い出して自慰までされる程とは思っていなかったスフールは素直に絶句したし引いた。スフールから好意を向けられていると知っているパチカは彼本人に興味は無く、飽くまで中身、内臓にしか興味が無い。それをまざまざと見せ付けられてもスフールも困る。上気した頬、快感を堪能する顔、熱が籠もった吐息はスフールの男の部分を刺激しなかった訳ではないけれども、それにしてもパチカの自慰の種が「自分」ではなく「自分の臓物」であるのが何となく虚しい。
「おま、ちょっと、体重かけんな、傷口開く」
「っはぁ、ああ、ぁ、出そう」
「ま、待て、ちょっ……?!」
 自分の体の下にあるスフールの怪我など全く考えていないパチカは、腰が震えるのかスフールの体の上に完全に座り込んで傷口を圧迫した。縫合の痕にその圧は響き、血が滲んでいくのが分かる。だが焦る彼をよそに、パチカは痛みを訴える年下の男の顔を覗き込み空いた手で痛みに歪む唇を撫ぜた。

「顔まで飛ばしてやろうか?」

 義眼を外した眼窩よりも暗く、狂気に満ちた右目は、それでも愉悦に光ってスフールを見下す。その目に初めて得体の知れない恐怖と綯い交ぜになった恍惚の痺れが腰から一気に脳髄まで駆け上がり、スフールは無意識の内に頷いていた。彼の返事を見たパチカは目を細め、掌で思い切り亀頭を扱いて鈴口を親指の腹で抉り、背を丸めて絶頂した。問われた通り、温かくて生臭い体液はスフールの口元に届いた。
「はっ、はぁ、は……あー…… すっきりしたぁ。寝よ」
「おい、せめて拭くもん持ってこいよ!」
「えー、面倒臭い。やだ」
「この……っ」
 暫く射精の余韻に浸っていたパチカはスフールの服で汚れた手を拭うと、さっさと寝台から降りてズボンを引き上げ欠伸をしながら自分の寝台へと向かった。ぎょっとしたのはスフールだ。散々重たくて痛い思いをさせた上に顔も服も汚した癖に何の片付けもせず寝るのかよと飛び起きたのだが、襲った激痛に顔を歪めて呻きながら寝台に体を沈めた。腹いせに恨めしげにパチカを見遣れば、毛布を頭から被ると猫の様に丸まり、本当に眠ってしまった。寝付きが良いのは知っていたがこんな時まで秒速で寝なくて良い、と腹立たしく思いつつ、スフールは痛む体を起こして着替えと洗顔をしようと寝台から降りたが、パチカが見ていない事を確認してから手で口元を拭い、指に付着した液体を震える口の中へと押し込むと、便所に向かう為に足早に部屋を出ていった。出る前にはたと気が付き、見渡した室内にアラベールが居なかった事に、心底ほっとしていた。