いけない人

 「は……ぁ、」
 静かな部屋に響く水っぽい音はギベオンの耳を犯しては脳髄に染みていく。下半身に広がる快感は無意識に腰を浮かせたがそれを諌める様に乳首に歯を立てられ、痛いのか気持ち良いのか分からない感覚に頭が痺れて髪から静電気が弾けた。もっと強く擦って欲しいがもどかしい圧力でしか上下してもらえず、ついねだる様な声が漏れる。
「……そう言えば、君はいくつの頃に自慰を覚えたのかね?」
「は、はぁ……?」
 施される手淫に意識を集中していると突如そんな事を聞かれ、ギベオンは妙な顔付きになる。お世辞にも器用とは言えない彼は一つの物事にしか集中出来ないので、そんな事を聞かれると下半身よりもその言葉の方に意識が向き、僅かにだが萎えてしまった。だがそれは想定内であったクロサイトは、手の中のものの元気が多少失せた事に対して特に表情は変えなかった。
「いや、下世話な興味を持ってすまないのだが、君はいつ精通して自慰をする様になったのか気になって」
「し、知ってどうするんですかそれ」
「どうもしないが。今ふと思っただけで」
「はあ……」
 相変わらず突拍子の無い人だと思いつつ、扱く手の速さが緩やかになったので答えなければ続きをしてもらえないと悟ったギベオンは額に手を置き記憶を探った。自分で改編してしまった記憶を探るのは難儀したが、当たり前かも知れないけれども精通の時期や理由を改竄した事など無かったので忘れた筈の顔を思い出してしまった。
「精通は……九歳、だったと思います」
「ふむ? 早いな」
「その……旦那様の恋人に悪戯されて……無理矢理精通させられたものですから」
「………」
 実家の屋敷で半ば軟禁されて育った少年時代、ギベオンは両親を旦那様奥様と呼んで怯えながら生きていた。父には若い頃から同性の恋人が居り、父が時折その恋人を連れ帰るとプライドの高い母はヒステリーを起こしていつもギベオンを折檻した。あの日も連れ帰ってきたので早々に屋敷の地下室に逃げようとしていたギベオンは、しかし当の父の恋人に捕まり、遊ぼうと言われ、猥褻行為を受けた。ただ、その時のギベオンはそれが猥褻な事だとは分からずひたすら怖くて、自分がペニスから吐き出したものが精液だとは分からず小便を漏らしたと勘違いしたし、白く濁ったものを目の前で見せ付けられても何が何だか分からず病気になったのかとも思った。こんな小さくても精通するんだなあ、と感心する様に言った父の恋人の言葉を覚えていた為に後日調べ、漸くあの時精通したと知ったし白濁したものは精液というものだと知った。
「で、でもあの、挿入された訳じゃなくて、扱かれたりしただけで……っんぁ、ああぁっ?!」
 ぼそぼそと説明していると扱いてくれていた手を止め、クロサイトが苦い表情を浮かべたので、ギベオンは何故かフォローするかの様にそれ以上の行為はされなかったと付け加えたのだが、言い終わる前にいきなりペニスを覆っていた手が激しく上下し始めた。その快感に追い付けなくて悲鳴を上げて止めようとして腕を掴んできたギベオンの手を物ともせず、クロサイトは蜜が溢れる先端の割れ目に親指の腹を擦りつけた。
「だ、だめ、先生、出る、出るから離し……っあ、あっ、あっ……!」
 何か不機嫌にさせる事を言っただろうか、機嫌を損ねさせてしまっただろうかとギベオンが僅かな恐怖を抱いたのは、少しでも粗相をすれば折檻された幼少期を思い出したからだ。パニックになりかけた彼は首を何度も横に振り止める様に懇願したけれども、ぎゅうと握られた亀頭から一気にせり上がってきた快感に身悶え、目の前がチカッと光ったかと思うとそのまま絶頂した。
「……嫌な事を聞いてしまったな。すまなかった」
「はぁ、は、あぁ、……」
 射精の余韻を味わおうにも、クロサイトの機嫌が悪いのではないかと気が気でなかった為に意識が全く下半身にいかなかったのだが、耳朶を優しく愛撫しながら言われた謝罪にギベオンは漸く胸を撫で下ろす。彼は頭を触られる事が苦手だと知っているから、頭や額を撫でる代わりにクロサイトは耳朶をよく愛撫する。その気遣いに礼を言うのもおかしい気がしてギベオンは黙っていたのだが、行為を先に進めないクロサイトの、まだズボンを穿いたままの股間に遠慮がちに触れた。
「じゃあ、クロサイト先生はいくつの時に精通したんです?」
「当ててみてごらん?」
「えぇー……十歳?」
「そんなに早くなかったな」
「じゃあ……じゅ、十……三、歳」
 見上げてくる翠の目を覗き込む様に薄く笑みを浮かべながら尋ねたクロサイトは、自分の股間に触れたギベオンの手を上から押さえて形を教える様に弄る。既に固くなっているそれはギベオンの羞恥を刺激するには十分で、彼の言葉尻はどんどんと小さくなっていった。ぎりぎりまで近付けられた顔に感じる呼吸は熱く、クロサイトもそれなりに快感を享受している事を窺わせた。ギベオンの回答に、クロサイトは僅かに肩を竦めて見せる。
「残念、それはフィーだ」
「……いくら溺愛してるからって、弟さんの精通の年まで把握してるのどうかと思います、よ」
「この年で寝小便した上に白かった、病気かなと、あれが私の部屋に駆け込んできたのだ。私もそこまでチェックはしないよ」
「本当かなあ……」
「疑り深いな、君は。私は十二歳だったよ。自慰を覚えたのも、な」
 そして得られた回答に顔を顰めたギベオンは、クロサイトの反論に表情を変えないまま手の力を少しだけ強めた。不意を突かれ鼻から抜ける様な声を出したクロサイトが半開きになっている自分の唇を食んでズボンのボタンを外したので、ギベオンはゆっくりとファスナーを下ろして下着の上から触れた。熱を持ったそこは窮屈そうに仕舞われていたけれども、敢えて解放はしてやらなかった。
「どうせセラフィさんの事考えてたら大人になったんでしょう?」
「おや、君がそんな言い回しをするとは思わなかった。良いな、その言い回し」
「話をはぐらかさないでくれますか?」
「ん……、分かってるなら、別に言う必要無かろう?」
 精通の事を大人になったと表現したギベオンに感心したクロサイトは、しかし少しだけ拗ねた様な声音でペニスを揉まれて膝を震わせた。体を支える為に診察台についた肘に体重を乗せ、下着をずらそうとしたのだが、ギベオンの手がそれを邪魔して上手くいかなかった。情事の際に他人の話、取り分けセラフィの話をするとギベオンが少々機嫌を損ねると気が付いた時は先程よりも遥かに感心したけれども、今損ねてしまったのはまずかった。困った様に眉根を下げたクロサイトは、先程の怯えた顔をどこに引っ込めたのか分からないくらい拗ねた顔をしているギベオンの鼻の頭を軽く噛んだ。
「君の手で自慰がしたいな。貸してくれるかね?」
「……じゃあ、僕がしてあげます。さっきのお返しに」
「お願いしようか」
 自分の股間の上から離れようとしないギベオンの大きな手を掴み、依頼したクロサイトは、下で寝そべっていたギベオンがのそりと起き上がったので彼の動きに従った。白衣の上からでは中々分からないがクロサイトも案外体付きがしっかりしており、抱えるには多少苦労するけれども、ギベオンは難なく彼を後ろに向かせて自分の股の間に座らせた。自然とクロサイトはギベオンに背中を預ける形になる。ズボンと下着を一緒に脱がせてもらった事に、クロサイトは妙な気持ちを抱いた。子供の様だと思ったからだ。
「この体勢で君にしてもらうのは初めてだな。中々新鮮だ」
「後ろから覗き込むって何か……いけない事してる気分になりますね」
「まあ、実際いけない事だしな」
「確かに……」
 自分の胸に背を預けてくれたクロサイトが何だか楽しそうなので、ギベオンも妙な気分になりつつ手を伸ばした先のものを握る。半勃ちのペニスはそれだけでも反応を返してくれたし、竿を優しく握ったり緩めたりすると少しずつ大きくなっていった。ギベオンはクロサイトの肩から覗き込む様にペニスの様子を覗い、クロサイトはギベオンの肩に頭を乗せて手の動きから与えられる快感を感受している。溢れてきた体液が手を濡らし、その手で扱くと、自分のペニスを扱いてもらっていた時の様な音が響いた。
「あ……っは、……」
「……寝小便したって駆け込んできたって言ってましたけど……その、……お、教えたりとか、したんですか?」
「ん……? 夢精、とか、精通とかの事? それとも、……こういう事を、かね?」
「こ、こういう事を、です」
 クロサイトが手を重ねて扱く速度を制御しており、ギベオンはなるべくその速さに合わせて手を上下させる。自分から申し出た癖に今更緊張と恥が襲ってきて、変に放電しない様に意識を別の所にやろうと尋ねた事に、クロサイトはギベオンの顎に頭を擦り付けて喉で笑った。
「教えたよ。君が今やってくれている様に……ね」
「………」
「精液を小便と勘違いしていた、から、僕に白いおしっこ見せてと言ったら、真っ赤になって泣きながら射精したよ」
「いけない兄さんですね?」
「可愛かったんだ、さっきのいやいやする君みたいに。
 あれで何度も自慰した、し、……はぁ、……君のっ……射精する時の、顔でも、何度か自慰した」
「……… ……いけない先生、ですね……」
 弟に自慰の仕方を教えたというだけでもおかしいが、その時の記憶を何度も反芻して自慰したという事を自分に教えるというのもおかしいと思いつつ、ギベオンは手の中のペニスの浮き上がった筋に掌の潰れた肉刺が擦れる様に上下させる。潰れた肉刺の皮膚はそのままだと痛いけれども、体液で湿って柔らかくなると良い刺激になるのだ。それを知っているから当てる様に擦りながら耳元で囁くと、クロサイトは体を捻ってギベオンの顔に自分の顔を近付けた。口を薄く開いて舌を見せた彼の誘いに抗えず、ギベオンはその口を塞いだし夢中で舌を追いかけた。密着したクロサイトの体に圧迫された自分のペニスが窮屈な思いをしていて、つい腰が動いた。
「君も、いけない子だ」
「誰のせいですか」
「さて、ね……」
 その腰の動きを咎める様に口を離したクロサイトが体も少し離したので、ギベオンは抗議する様に口を尖らせる。また勃ってしまったものを放置されるのはつらく、だが何と言って良いのか分からないので懇願する様に手の中のペニスを握ると、クロサイトの口から再度熱い吐息が漏れた。
「あぁ、もう、我慢出来ない、やっぱり挿入させてくれないか。君の手も好きだが君の中はもっと好きだ」
「いけない先生ですね?」
「奥まで突かれて触ってもいないのに射精するいけない子にはお似合いだろう?」
「……いけない先生ですね!」
 クロサイトから頼んでくるのは珍しいのでちょっとだけ優位に立てた気がしておどけてみせたというのに、ぐうの音も出ない程の事実を言われてしまって首まで真っ赤になったギベオンは、抗議の声と共に髪から放電してしまったし無意識に頬を膨れさせてしまった。その反応に苦笑したクロサイトはギベオンから抵抗される前に体を反転させ、再度彼を押し倒してから口を塞いだ。