妄言カタルシス

 耳に掛かる熱い吐息に体をびくりと震わせたセラフィは、しかし腰に回された手に阻まれて離れる事が出来ず、低く唸るだけで精一杯だった。逃げようと思えば逃げられるし、その猶予も与えられていると分かっているが、どうしてもそれが出来ずにいる。膝の上に座った自分を引き寄せたのが兄だったからだ。
「無理をするなと事あるごとに言っているだろう。言う事を聞かない奴だな、毎回肝を潰している僕の身にもなってくれ」
「……そういう場所なんだから仕方ないだろう」
「冒険者の遺骸を放置しておけないというお前の優しさがいつお前の命を奪うか、気が気でならないんだ」
「そうなったらそれまでの男だったという事だ」
「……ふうん」
 特殊清掃者であるセラフィの職場は碧照ノ樹海を主とする風馳ノ草原だ。隣の丹紅ノ石林も足を運ぶ事はあるが、あちらはある程度の実力のある冒険者でなければ進む事が出来ない為、初心者が多く死人も多い風馳ノ草原を専らの行動範囲にしている。力及ばず倒れた冒険者を埋める際に魔物に襲われない保障などどこにも無く、故にセラフィの仕事は常に危険を伴っていると言って良い。
 表向きは樹海に生息する植物採取、具体的に言うと気付け薬であるネクタルの原料の小さな花の採取を生業としていると言っているが、その小さな花も冒険者が命を落としやすい所でよく採れる。それは即ちその周辺に危険な魔物が生息し、冒険者の遺骸を栄養源として育っているという事だ。そんな所を主たる職場にしている弟を、度が過ぎているブラコンと一部で噂されている兄のクロサイトが心配しない訳はない。特に今夜の様に、頭からの出血を伴った怪我を負って帰ってきた時には。
「折角必死の思いで踏み止まっている僕の努力も知らんふりして死なれるくらいなら、実力行使も辞さんぞ」
「よせ、それだけはやめろ」
「じゃあ危険だと思ったら途中であっても絶対に退け。約束出来ないなら今ここでお前を犯す」
「する、約束するからよせっ」
 普段は医者としての顔を崩さず、探索で怪我を負った冒険者達や近所の住人にも徹底して医術師の姿勢を貫くクロサイトが見せる、ある種の捕食者の様な目に背筋が凍った錯覚をしたセラフィは、出血による貧血で青くなった訳ではない顔で首を必死に横に振った。ペッティングは数え切れない程にしてきたが挿入だけはした事が無い彼らにとってそこが最後の一線で、しない事は暗黙の了解でもある。逃げられない様に後ろ手に包帯で縛られている時点でおかしいし、そもそも兄弟間でペッティングの経験がある事自体おかしいのだが、初めて強引に押し倒された日からずるずると続いている行為はクロサイトがかろうじて理性を働かせて挿入までは至っていない。そこまでいけばお互い身の破滅だと二人はよく分かっている。だから首を横に振ったセラフィを、クロサイトはどことなく安堵した様に見た。
「……当てるな、下ろせ」
「お前の怯えた顔が可愛いのがいけない」
「意味が分からん、もう良いだろう、これもほど……むぐっ」
 その表情に兄が納得したものだと考えたセラフィは、しかし跨って膝の上に座らされている為に下半身に当たる何か盛り上がったものに眉を顰め包帯で戒められている両手首の解放を訴えようとしたのだが、その前に口を塞がれた。目の前の鈍色の瞳が真っ直ぐに自分を捕らえ、身を捩る事も侵入してきた舌に歯を立てる事も出来ずされるがままに口内を蹂躙され、息苦しさに耐えた。弟が怪我をした日には傷に響くからと滅多に手を出さない――そもそも普通は弟に手を出さないものだが――クロサイトが珍しく盛ってきたものだから驚いたというのもある。
「お前のものを可愛がっている時にな、後ろがひくついているのが見える時がある」
「なん、」
「襞をゆっくり撫でて、堪らなさそうに窄んだそこにローションでたっぷり濡らした指を埋めてやりたい」
「よせ、馬鹿、聞きたくない、やめ……」
 そして口を離したかと思うと突如として赤面するやら絶句するやらの事を言い出したものだから焦ったセラフィは体を離しながら首を横に振ったのだが、クロサイトから再度引き寄せられると顔を肩に埋められてしまい、身動きが取れなくなった。ほのかに赤くなっている耳の先を甘噛みしながら、クロサイトは続ける。
「傷を負わせて痛い思いをさせたくないから念入りにほぐして指を増やしていくと、指が食い千切られそうに締め付けてくるんだ。蠢いてる柔らかい肉を指の腹で優しく撫でてやるとお前が可愛い声で鳴くから意地悪したくなる」
「い、いやだ、クロ、聞きたくない、」
「男には前立腺という所があってな、挿れた指を内側に押すとそこを刺激出来るんだが、人によってはペニスを扱くより快感が得られるそうだ。お前はこっちの方が好きだな?」
「ちが、やめろ、離せ、いやだ」
 実際はされた事が無い事を耳元でぼそぼそと囁かれ、その言葉に脳が侵され嫌でも想像してしまい、体の奥深くの熱が膨れていく。クロサイトの師であった医者は元々暗殺者で、セラフィも彼を師としていた為にある程度の医学知識はあり、故に人体内部の構造も分かっている。記憶の片隅にしか無かった前立腺などという器官が一気に思い出され、不覚にも肛門が一気に締まった事が恥ずかしく、セラフィは黒い髪を乱しながら嫌がったのだがクロサイトは止めてくれなかった。
「指だけじゃ物足りなさそうな顔をされると僕も堪らなくなるから、お前ももう知ってる大きさの僕のペニスを当てて、鈴口で襞の感触を堪能してから挿れてやろうな。ゆっくりだ」
「ひ、ぃ……っ」
「あったかい、すごくうねってる」
「う、うぅ、いやだ、クロ、いやだ」
「僕のに吸い付いて離してくれないのに? こんなに切なく締め付けてくれているのに、嫌か?」
「は、あっ! よせ、よせ、やめ……ん〜〜っ!」
 受け入れた事など一度も無いクロサイトのペニスが自分の中に入ってくる感触を想像し、その卑猥な妄想に迂闊にも自身のペニスが反応して勃起してしまい、とうとうセラフィは涙声で止める様に懇願した。だがそれは聞き届けられる筈もなく、クロサイトは腹でセラフィの股間を刺激するとそのまま口を塞ぎ、座位で挿入する様に体を揺らし始めた。勿論お互い着衣のままであるから真似事に過ぎないのだがセラフィは下から突き上げられて犯されている錯覚をしたし、クロサイトも弟を犯している錯覚をして、痛みを感じる程にペニスを起立させていた。
「お前の良い所を僕の亀頭で抉ってるのが分かるか?」
「も、もういやだ、クロ、堪忍して、意地悪しないでくれ、頼むから」
「意地悪なのはお前だろう、僕がいつもどんな思いでお前の怪我を手当てしてると思ってるんだ。その度お前をぐちゃぐちゃに犯して閉じ込めたくなる」
「よせっ!!」
「分かってる、しない、だからこうやって真似事だけやっている。想像だけで良い、僕をお前の中に埋めさせてくれ。きつく締め付けてくるお前の中を、何度も突きたい」
 ハイネックのインナーに隠れた首まで赤くして実際の挿入を頑なに拒んだ弟に、クロサイトは上気して汗に濡れた頬を擦り付け切なげな声を漏らす。顎鬚のざらついた感触が首筋に当たって背筋を戦慄かせたセラフィは、下半身の限界が近付いてきている事を信じたくなかった。兄の妄言を耳元で囁かれただけで味わった事の無い快感を得て絶頂するなど、考えられなかったからだ。縛られた両手首に包帯が食い込む程に力を籠めて抵抗しようとしたが容赦なく腹でペニスを擦られ、為す術が無かった。
「あぁ、クロ、やめ、やめろ、来る」
「良いよ、僕のペニスの先が奥にキスするのを想像しながら逝くお前の可愛い声を聞かせておくれ」
「だから何でそんな……っ、ふ、あぁ駄目、来る、来るっ、逝くっ……!」
 布の摩擦も相まってペニスが余計に刺激されたというのもあるが、クロサイトが耳朶をしゃぶりながら言った欲望に体の奥の熱が弾け、セラフィは呆気無く吐精した。びく、びく、と脈打つ様に跳ねる細い体を抱き締めるクロサイトは恍惚の笑みを浮かべており、それがまだ今夜の仕置きが終わっていない事を教えていて、セラフィは荒い息のまま鳶色の瞳を伏せた。未だ満たされぬ兄の欲望を受け止める為、数秒だけでも休息が欲しいと思っていた。