黒シカにいかがわしい事をする話

 扉の向こうで聞こえた足音が止まった後、躊躇いなのか恥じらいなのか、それは分からなかったが奇妙な間が流れ、遠慮がちにノックされる。それに対し短く入室の許可の声を上げると、どこか気まずそうな表情をしたセラフィが扉の向こうで立っていた。
「待っていたよ。おいで」
「………」
 柔和に微笑んだクロサイトに無言で頷いたセラフィは、それでもやはり躊躇いがちに部屋に入ると扉を閉めた事を確認し、ベッドから立ち上がった兄に歩み寄る。明るいとも言えず、かと言って暗いとも言えない室内は三台程のランタンの明かりで照らされていて、そこまで見慣れている訳ではないクロサイトの部屋の内装をセラフィに教えてくれていた。
 普段、彼が兄の部屋を訪れる事はあまり無い。真夜中の仕事で怪我をした際には、起こすのも申し訳ないけれども起こさなければ朝に叱られてしまうので起こして手当てしてもらうのだが、今夜の様な目的で訪れた回数は片手で数えられるくらいだ。いつもはクロサイトがセラフィの部屋に押しかけるので新鮮な様な、いけない事をしている様な、そんな気分になる。実際、いけない事をこれからやるのだけれども。
「……何だ」
「いや……、本当に珍しいから嬉しくてな。一日中顔が緩むのを堪えるのが大変だった」
「物凄くだらしない顔をしてるぞ」
「お前しか居ないんだから良いだろう?」
 暫く無言で向かい合い、見つめ合っていたのだが、不意に兄が笑みを深くしたので問うたセラフィは、得られた回答に更に気まずくなって照れ隠しに悪態を吐く。クロサイトはそんな弟の白い頬に軽く触れ、少し背伸びをして薄い唇に口付けた。その体勢のまま空いた手でセラフィの手を握ると、緊張で冷たくなったその手でそっと握り返してきた。
 今朝、起床したクロサイトは仕事から帰宅してきたセラフィにダイニングで会った。疲れている様であったから一言二言だけ会話をしてからおやすみ、と言いかけたクロサイトに、セラフィが尋ねたのだ。
『クロ、今日は何か予定があるか』
『うん? いや、特に何も無いが』
『じゃあ、……今夜の時間を俺にくれ』
 回りくどい言い方は苦手なセラフィだが、流石に直接的な言葉は恥ずかしかったのかそんな尋ね方をしてきたので、クロサイトは一瞬目を丸くしたけれどもすぐに理解して満面の笑みを浮かべて頷いた。夜の誘いを弟から持ちかけられるのは、彼にだらしない笑みを浮かばせる程に嬉しい事なのだ。
 唇を啄み、薄く開けられた口の中に舌を差し込んで、軽く触れた舌を出す様に誘う。微かな声と共に恐る恐る出てきた細い舌に唾液をたっぷり含めた舌を絡めてくねらせ、長い黒髪に隠され分かりづらいが僅かに赤くなってきた耳朶を弄びながら耳の裏を指の腹で愛撫していると、握られた手が徐々に汗ばみ、力が籠もりつつも僅かに震えているのが分かる。夜の訪れを心待ちにしていたのは自分だけではない様だと考えたクロサイトは、熱を帯び始めた吐息を受け止めながら指の腹を耳の裏からゆっくりと首筋に這わせた。
「ふ、………」
 その感触に背筋を震わせたセラフィの舌がクロサイトの舌から少し離れると、二人の舌先の間に淫靡な橋が架って切れる。無防備に晒している舌を思い切り吸って口内を犯してやりたかったが何とか耐え、クロサイトは弟の手を引いてベッドに二人で上がって座った。靴を脱ぐのも焦れったくて嫌だと思っていたのはクロサイトだけではなく、セラフィも同様であった様で、二人共靴ではなくスリッパを履いていた事に顔を見合わせて苦笑した。
「僕を背凭れにして座ってくれないか」
「ん……」
 サイドボードに用意された飲水を確認してから、寝転がるか自分で服を脱ぐか、伺いを立てようと兄を見たセラフィは、微笑しながら軽く両手を広げたクロサイトの所望に従って座った。背に伝わる鼓動は心地良いが、平常の心拍数ではないだろうとセラフィは思う。それは自分も同じであるから、敢えて言わなかった。凭れた背中が痛くない様にと、いつも着用している前開きのボタンの寝間着ではなく、ボタンが無い薄手のシャツを着用するという細やかな気配りをしてくれていたので。
「……、ぁ、」
 髪を掻き分け、ハイネックを指で引っ掛け顕にした弟の項に軽く歯を立てながら舌を這わせ、背後から抱き締める様に回した手でシャツの上から薄い胸板を弄る。くすぐったいのか、セラフィが身を捩る度にシーツが擦れて静かな部屋に響いては溶けて消えていく。その音の中に紛れる吐息がどんどんと湿り気を含んでいき、背を丸めて耐える様な声を微かに漏らしているセラフィに対して悪戯心が湧き、クロサイトは僅かに見えている赤い耳を口に含んだ。
「ひゃ、あ、く、くすぐったい、」
「くすぐったいだけか?」
「み、耳元で喋るな、よせ、」
「お前、僕の声が好きだもんなぁ」
「ふあぁ……っ」
 耳の中に舌を差し込むと腰を震わせながら逃れようとした細い体をがっちりとホールドし、囁く様にクロサイトが喉の奥で笑うと、セラフィが更に背を丸めて少しでも耳をクロサイトから遠ざけようとする。その逃亡を封じようと、クロサイトは弟の唇を優しく愛撫してからその指を口内に挿れた。
「ん、ぶ、……んんぅ、」
「こっちにおいで。……そう、たくさん触ってあげるから」
「んぁ、あぁ、……あ、ぅ、」
 滑った舌を指で弄び、離れたセラフィの背を再度自分の胸に収めたクロサイトは、空いた手を服の裾から侵入させる。既に汗ばんでいる素肌は、彼が服を一枚しか着ていない事を教えてくれていた。脱がせやすい様に、あるいは脱ぎやすい様にと思ったのかもしれない。大抵はクロサイトが仕事を休んで寝ているセラフィの部屋に押しかけて行為に至るが、いつも彼は二、三枚着込んでいるから中途半端に脱がせるだけに留まる事が多くて、今日の様に全て脱がせる事が容易なのは初めての様な気がする。
 期待してくれていたという事かな、と、熱の籠もった服の中で指を這わせたクロサイトは、頭を自分の肩に乗せて手の動きに甘んじて集中してくれている弟の胸を指の腹で撫でた。
「奥ゆかしくて可愛い子が顔を出してくれるまで、暫く頑張ってみようかな」
「妙な言い方、を、するな」
「だってそうだろう、普段は引っ込んでるんだから。……咥えておいてくれるか?」
 乳輪の窪みに指の腹を軽く押し入れたクロサイトに少々不服そうな顔をしたセラフィは、しかし口元までたくし上げられた服の裾を咥えると目を伏せた。クロサイトは胸を弄るのが殊の外好きで、弄られ過ぎて行為の翌日痛んで服を着られない事が稀にある。今日はそこまでされなければ良いが、と眉間の皺を深くしてしまったけれども、クロサイトの指がゆっくりと円を描いたり埋もれている乳首を出そうと乳輪を指で摘み始めると、余計な事は考えられなくなった。今日は快感を存分に与えられたいからこの部屋に来たのだ、集中しないと勿体無い。
 肋が浮きかけている薄い胸を、壊れ物を扱うかの様に優しく愛撫する手が、時折大きな傷跡を撫でる。数年前に獣王の爪で刻まれたその傷跡は、もう痛む事は無いというのにクロサイトはいつも慈しむ様に撫でたり口付けたりする。たった二人で対峙した碧照ノ樹海に君臨していた獣王との戦いで負ったセラフィの傷は、未だにクロサイトに目を細めさせる。ただセラフィ本人としては兄がどこよりも優しく愛撫してくれる箇所という認識であり、今日もその手付きに熱い息が漏れた。
「ん、んー……んぅ、」
「ああ、出てきてくれたな。深窓のお嬢さんを存分に可愛がってあげよう」
「お、お前が弄りたいだけ、だろうがっ」
「でもお前も可愛がられるのは好きだろう?」
「…… ……知るか」
 絶妙な力加減で愛撫され続け、とうとう外へ顔を出した乳首を指の腹で捏ねたクロサイトから問われ、肯定の返答をするのも恥ずかしかったセラフィはそっぽを向く。しかし突如襲った快感に驚き、咥えていた裾を離してしまった。
「あぁ、あっ、あっ、く、クロ、待て、そこは触るなっ」
「触るなと言われたら触りたくなるな?」
「やめ、ああ、ひ、ぃっ! うあぁ、あ、うぅ……っ」
 伸ばされた片手がつい、と腹を撫で、その瞬間に腰から一気に駆け巡った快感がセラフィに拒絶の言葉を出させたが、そんな事で止めるクロサイトではない。弟の弱いところ―場合によってはペニスよりも敏感になる事がある腹を愛撫しない訳はなく、臍の穴に中指を捻じ込むとセラフィが悲鳴の様な嬌声を上げて身悶えた。腹への愛撫の快感の影響か指で捏ねている乳首が肥大している様で、クロサイトはわざと指に力を入れて摘み上げ、再度自分の方へと体を抱き寄せた。
「ひ、引っ掻くな、指挿れないでくれ……っうあぁ」
「腹が気持ち良くなりすぎるのも難儀だな。僕は嬉しいが」
「だから耳元で、喋るな……っあぅ、あぁ、クロ、」
 やや荒れた手が汗ばんだ腹を這い、その手から逃れようとセラフィが身を捩ろうとしていて、細身だが自分よりも背が高く力も強い弟を腕だけで抑えつけるには難しく、クロサイトは足を絡めて逃すまいとする。性感帯の腹を攻められる事に弱いセラフィは愛撫する度に猫の鳴き声に似た声を漏らし、嫌がってクロサイトの名を乞う様に呼ぶ。そうすると、クロサイトもぞわぞわと腰からの快感が背中を昇っていくのを感じるのだ。
「あれも駄目これも駄目、じゃあ何だったらしても良いんだ?」
「あ……ぅ……」
「お前の望む通りにしてやるから、僕に教えてくれ」
「………」
 今すぐ力任せに組み敷いて口付けたい衝動をぐっと抑え、クロサイトが胸や腹を愛撫していた手を止めて耳元で囁く様に問うと、急に止められ戸惑いを隠せないセラフィは上擦った短い吐息を漏らしながら俯いた。勿論、クロサイトは弟が本気で駄目とも止めてほしいとも思っていないと分かっているし、そんなに性急に性感帯を刺激しないでほしいだけだとも分かっているが、言わせたいのでそう尋ねたのだ。
 ベッドの上だと普段より三割増は性悪になる奴め、と胸の中で毒づいたセラフィは、自分の胸の上で止まっている兄の手に触れると、首を捻ってクロサイトの唇にあと僅かで触れる距離まで自分の口を近付けた。
「吸、って、くれ、ここ、……」
「吸うだけで良いのか?」
「ああくそ、お前、本当に性根が悪いな、舐めたり噛んだりしてくれっ!」
 精一杯の態度でねだったというのにクロサイトは薄笑いを浮かべて揚げ足をとってきたものだから、セラフィは今度こそ自棄になって叫んだ。こういう性的な事をやる様になってからというもの、クロサイトの意地の悪さというのは年々拍車がかかってきた様に思える。機嫌を損ね、そっぽを向こうとしたセラフィの顎を捕らえたクロサイトは、逃げようとした口を塞いで何度も唇を啄み、宥めた。
「ふ、ふふ、すまない、照れるお前が可愛くてつい意地悪をしてしまった。機嫌を直しておくれ」
「……許してほしかったら誠意を見せろ」
「そうだな、お詫びにめいっぱいやってやろう」
 素直に詫びた事に少しは溜飲を下げたのか、口付けられても舌を噛まなかった弟の体を一旦解放したクロサイトは、汗が冷えてしまった服を脱がせたセラフィと位置を交代してベッドに寝そべらせた。最初からこうしていれば良かっただろうに、とセラフィは訝しんだが、後ろから抱き寄せられると自分の心音と兄の心音が重なるので嫌いではない。それは、クロサイトが先程までセラフィを抱き寄せていた理由と寸分の違い無く合致していた。
 素肌が露見した上半身より先に、クロサイトは少しこけている眼の前の頬を撫でる。セラフィが子供の頃は病気がちだった上に太れない体質であったが、今よりも頬はふっくらしていた。だが成長してたった一年離れ離れになっただけで、一部の者からは幽鬼と陰口を叩かれる程になってしまった。虚弱体質は治ったけれども、肉付きの悪さは治らないままだった。そんな体であるのに、彼はほぼ毎晩一人きりで樹海に出掛けては発見した兵士や冒険者の遺体を埋める。魔物が蔓延る危険な場所を、夜の闇に紛れて歩く。その最中に負う怪我は決して少なくなく、細い体に点在する傷を指で撫でながら、クロサイトは充血して隆起した乳首を吸い上げた。
「ん、っふ、……んん、……っあ……」
 甘噛みしながら舌の先で捏ねられると微弱な快感がじわりと広がっていき、意図せずとも妙な声が出てしまう。セラフィはこんな時の自分の声があまり好きではないが、我慢するとクロサイトが無理矢理出させようとあれこれ試してくるので抑える事を早々に諦めている。よくこんな気持ちの悪い声で興奮するものだと思うけれども、自分だって兄が耳元で漏らす快感の声に劣情が湧くのだからそんなものなのかもしれないと、執拗に自分の乳首を吸っているクロサイトを妙な心持ちで見ていた。
「ぅ、あっ?! あっ、……うぅ、っく、あっ、あっ、」
 しかしセラフィのそんな余裕も、広げていた両足をクロサイトがいきなり抱え上げて下半身を押し付けてきた事で全く無くなってしまった。挿入はしないというのが二人の中の暗黙のルールなのだが、いつの頃からか着衣のまま挿入の真似事をする様になっていて、毎回セラフィは体を強張らせる。それでも挿入する様に体を揺らされると得も言われぬ痺れと熱が下半身を侵食していき、ズボン越しに突き上げられる度に声が出てしまって、胸を吸い続けているクロサイトの肩を思わず掴んだ。
「掴む所はそこじゃないだろう?」
「あああぁ、ぁう、あぁ、ふ……っ」
 肩を掴まれた事に顔を上げたクロサイトは、しかし乳首を舌で弄ぶ事は止めてくれず、更に下半身を押し付け強く擦りズボン越しに尻の窄みを刺激してきたものだから、セラフィは慌てて兄が望んだ様に背に腕を回した。こうすると本当に挿入されている錯覚をしてしまい、有り体に言うと恥ずかしいのであまり乗り気になれないのだが、本気で嫌がるとクロサイトは二度とやらなくなる。恥ずかしいだけであって、嫌ではないのだ。それを知っていて、クロサイトは背に腕を回す様に所望する。
「っうぅ、うぁ、あぁ、……は……っ」
 体を密着させての疑似挿入が気に入ったクロサイトは、暫くその体勢で腰を揺らしながらの胸の愛撫を続けていた。摘まれ、抓られ、吸われて噛まれ、弄られすぎて痛みすら感じる様になってきたセラフィがもどかしそうに兄の結った髪を引っ張る。からかった詫びとして胸をめいっぱい愛撫すると確かにクロサイトは宣言したが、いい加減ズボンの中で先走りを漏らしているペニスを触ってほしい。
「何だ?」
「な、何だじゃない、いつまでそこばっかりやってるつもりだ」
「良いじゃないか、僕がお前の胸を弄るのが好きなんだから」
「良くない、そろそろ痛い」
「そうだな、こっちももう痛そうなくらいに勃って――」
 空とぼけた様に尋ねられ、むくれた顔で抗議したセラフィが痛覚を訴えると、クロサイトは薄く笑って手を弟の股間へ伸ばそうとした。だがその瞬間、部屋にガランガランガラン! とけたたましい音が響き、二人は瞬時に体を起こした。診療所の玄関口にある夜間急患の為の紐を引っ張るとクロサイトの部屋に繋がっている小型の鐘が鳴る仕組みになっており、音の正体はその鐘だった。
「ああ、もう、最近は無かったのに今日に限って……!」
 がっくりと項垂れたクロサイトは、しかし職業医者である以上、いくら情交中であっても中断して怪我人の元へ駆け付けなければならない。誰だ邪魔した冒険者は、夜間探索は普段以上に危険だと重々承知の上で行くのだろうに、と、珍しく心の中で舌打ちをして、汗が滲んでいるセラフィの額に口付けるとベッドから降り、少しでも鎮める為にピッチャーからコップに水を注いで一気に呷った。だがついさっきまでセラフィの股に押し付けていたペニスは水を飲んだ程度では治まってくれる筈もなかったので、やむなくクロサイトはハンガーに吊るしてある前掛けをつけて誤魔化し、白衣も羽織った。
「その状態のままだとつらいだろう、自分で処理したら先に寝て構わないから。……でももし、待っていてくれたら嬉しいよ」
 中途半端な状態で放置され、急いで身支度している自分の姿を何とも言えない眼差しで見ていた弟に、クロサイトは音を立てて唇を吸って一度だけ抱き締める。そして断腸の思いでスリッパを引っ掛け、ランタンを一つ掴んで部屋から飛び出して行った。



 処置した冒険者が頭を下げて宿へ引き上げていく背中を見送り、入り口の鍵を閉めたクロサイトは、診察室のランタンを手に取ってから廊下の灯りを消すと、急いで自室へと戻った。こんな夜中に処置を頼まなければならない程の怪我であったので時間がかかり、セラフィを置いて部屋を出てからもうとっくに一時間は過ぎている。待っていてくれたら嬉しいよ、とは言ったが、流石に一時間以上も待ってくれているとは思えず、自分で処理をして寝ているかもしれない。折角珍しく誘ってくれたというのに、と切ない気持ちを抱えたまま、もし寝ているなら起こしては可哀想なのでなるべく静かに自室のドアを開けると、灯したままの部屋のランタンの明かりがベッドの上の人物が毛布にくるまり背を丸めている姿を浮かび上がらせていた。その毛布の中から、少し苦しそうな呼吸音が聞こえる。
「フィー、待っていてくれたのか? すまない、随分待たせてしまった」
「あ……ぅ……」
 どうやら起きているらしいと判断したクロサイトがランタンを置いてからその毛布を捲ると、いつもは白いセラフィの全身が赤く色づき、流れる程の汗が浮かんでいる。潤んだ鳶色の瞳はやや虚ろで、しゃくりあげる様な吐息が薄く開いた口から漏れていた。そしてクロサイトが驚いたのはセラフィがズボンを穿いたままだった事、そしてそのズボンにもシーツにも射精の痕が見られなかった事だった。
「……まさか、自分で触らなかったのか?」
「お、お前が良い、今日は、どうしてもお前に、してもらいたかった、から、さ、触ってくれ、クロ、触っ……んんぅ、んん、ん、んっ、ふ、……」
 震える手を伸ばしながら譫言の様に懇願する、湿り気を帯びたその声に、つい数分前まで医者として冷静になっていた頭から一瞬で理性が消えたクロサイトは、セラフィが訴えを全て言うより先にその口を塞ぎ、熱い口内を蹂躙した。器用に白衣を脱ぎ捨て、ベッドに上がる際にスリッパは辛うじて脱いだが股間を隠す為につけた前掛けを外すのももどかしく、たくし上げて股間をセラフィの股間に擦り付けると、お互いの口の中で呻く様な喘ぐ様な、そんな声が響いた。
「すまない、これに懲りずに、お前がもしまた誘ってくれたなら、絶対誰かに診察室に入ってもらう様に頼む、から」
「ああぁ、ふあ、ああっ、く、クロ、クロ、それ嫌だ、もう焦らさないでくれ」
「どうしてほしい? 全部教えてくれないか」
「触っ、てくれ、お、俺のディック扱いて、ぐちゃぐちゃにしてくれ、お前が良い、お前にしてほし……っあ、あああぁっ、あ〜〜っ!!」
 射精はしていないが先走りで濡れ、ペニスの形で盛り上がっている箇所を自分のペニスでズボン越しに擦り付けていたクロサイトは、普段は殆ど言ってくれない淫語と懇願に堪らず力任せにセラフィのズボンを下ろすと、濡れそぼったペニスを掴み体液を潤滑油代わりにして手を激しく上下させた。長いこと射精を我慢させられていたセラフィは呆気なく吐精してしまったが、クロサイトの膨れ上がった興奮と熱はそれだけでは治る筈がない。亀頭を捏ねながら精液を尿道に擦り付け、裏筋を執拗に親指で刺激しながら、自分のズボンも下着ごと脱いだ。
「下着をつけていなかったな、すぐに脱ぐつもりだったのか?」
「くそ……っ、さっきも言った、だろう、今日はどうしても、お前にしてもらいたかった、からっ、……ああぁ、だ、だめ、クロ、待ってくれ」
「僕だってお前に触りたかった、お前も僕を焦らさないでくれ。僕のここも爆発しそうなんだ」
 クロサイトが言った通りセラフィは脱がされたズボンの下には何も穿いていなくて、今夜は全て自分に委ねてくれるつもりだったのだろうと分かるだけに、待たせてしまった事が申し訳なく思う。それと同時にどうしようもない劣情が腹の底から湧き上がり、怪我の処置の間に平常に戻っていたペニスがはちきれそうな程に勃起してしまい、射精したばかりで敏感になっているセラフィのそれと重ね合わせて裏筋同士を擦り合わせた。
「はあっ、あぁ、あ、善い、気持ち良い……っ」
「クロ、だめ、ほんとだめ、も、漏れる」
「良いよ、上手に潮吹きするとこ、見ていてあげるから」
「いや、だ、クロ、堪忍して、離してくれっ」
「止めない、恥ずかしい顔も気持ち良い顔も、全部僕に見せろ」
「うぁっ……、あああぁ……っ――!!」
「あ、うぅ……っ!」
 手で捏ねるだけではなく腰を前後に揺らし、止めどなく愛液を漏らしている弟のペニスと擦り合わせ、クロサイトが嫌々する様に首を横に何度も振ったセラフィの目をじっと見ながら独占欲を多分に含めた命を囁くと、手の中のお互いのペニスが脈打って欲望が吐き出された。セラフィが絶頂を迎えた際の表情や声はクロサイトに耐え難い快感を齎す為に、彼も達してしまったのだ。
 我慢していた射精を迎え、目が眩んだクロサイトが堪らずセラフィの体の上に倒れ込むと、虚ろな目のまま荒い息を細切れに吐きながら首に腕を回された。珍しく甘えてくれている、とクロサイトは思ったのだが、どうも様子がおかしい。呼吸は苦しそうであるけれども鼻を首筋や髪、肩などに押し付けて匂いを嗅いでいる様で、僅かに痙攣している細い足がつつ、とクロサイトの足や尻を掠めて腰に巻き付けられる。はて、とセラフィを覗き込もうとしてみても、がっちり捕らえられて身動きが出来ない。
「どうした、ちょっと休むか?」
「……ち………」
「ち?」
「血の臭い、で、お前の匂いが、薄い……」
 意識ははっきりとしているらしく、鼻をすんすんと慣らしながら体臭を嗅がれるのはクロサイトも些か恥ずかしい。だが、樹海で命を落とした冒険者の死体を埋めるのは勿論の事、街の風紀を著しく乱す冒険者を秘密裏に処理する仕事も辺境伯から請け負っているセラフィは、とにかく鼻が利く。こんな状態になっても怪我人の処置をしていたクロサイトがつけたままの前掛けに僅かに付着している、乾いた血液の臭いまで嗅ぎ付けてしまったのだから、相当なものだ。
 可愛い仕草をこのまま堪能したいところだが、そろそろ再開させたいクロサイトがどうやって宥めようか考えていると、急にセラフィが体をぐいと離して起き上がった。そしてクロサイトがどうした、と問うよりも早く、首に引っ掛けている前掛けを吊るしたベルト製のサスペンダーを取られ、放り投げられたかと思えば着ているシャツもやや強引に脱がされ、全裸にさせられた。脱がせた事は数多くあれど、脱がされたのは初めてであったから、クロサイトは大層驚いた。
「一回しか言わないからよく聞け」
「うん? 何だ?」
「……夜明けまでのお前の時間を俺に全部くれ」
 しかし、向かい合って座った形になるセラフィが俯き加減で伏せ目がちに呟いた言葉に更に驚いて、数秒間呆然としたが、やがて意味を飲み込むと赤く色付いた細い肩を掴んで有無を言わさず深く口付けた。背に腕を回し、薄い体を支えながらベッドに沈め、わざと音を立てながら口を吸うと、呻いたセラフィの声音が苦しげなものから徐々に甘いものへ変化していく。
「ふ……うぅっ、んぁ、あ、あっ、」
「今から夜明けまでの僕の時間、全部お前のものだ。お前のこの口も、楚々とした乳首も、感じやすい腹も、いやらしいディックも、全部可愛がってやる」
「あぅ、あ、はっ、ははっ……」
 立て続けに気を遣った事で萎れていたセラフィのペニスは、歯列をなぞり舌を絡め唾液を流し込んでいく内に再度もたげてきていて、指先で刺激してやると僅かに滑る体液が垂れ、淫毛を濡らしていく。ぞわぞわと這い上がる快感とクロサイトの返答に満足したセラフィは、存外逞しい兄の背を抱くと微かに歪んだ笑みで象られた口元に寄った耳に欲望を囁いた。


「俺が気絶するまで、目一杯いかがわしい事をしてくれ」