リザレクト

 地面に倒れた彼の大きな体を速やかに抱き起こし、外傷と脈拍、呼吸を確かめる。身に着けている鎧の損傷具合からして随分な外傷も負っている筈であるが、触れた首元の脈拍はほぼ確認出来ず、かざした手に湿った呼吸すらかからない。彼よりも先に自分の血の気が一気に引いていく錯覚に見舞われ、目眩を起こしそうになったが何とか耐えた。
 遮二無二胸当てを剥ぎ取ると破損した様な音がしたが、知った事ではない。顔の赤みが見る間に引いていく彼の上半身に跨がりながら腕時計の秒針を一瞬の内に確認した後、以前は脂肪でしかなかったのに今ではすっかり筋肉で随分厚くなった胸板の真ん中に手の付け根を置いて自分の両手を重ね、肘を真っ直ぐに伸ばして思い切りよく圧迫を試みた。
 1、2、3、4、5……かなり速いテンポでの圧迫は初めて見る者は圧倒されるかも知れないが、胸骨圧迫とはこういうものだ。集中出来る様にと、片側のみの狭い視界に彼以外のものを極力入れずに圧迫しているその表情は自分でも分からないが、恐らく見る者は息を飲むほどのものになっているに違いない。30を数えた時点で圧迫を止め、跨っていた上半身から離れた。
 そして彼の額をぐっと押さえ、口の中に血液などの異物が無い事を確認してから人差し指と中指で僅かにざらつく顎を上に持ち上げて気道を確保すると、意識の無い彼のどこか幼い顔が無防備に目の前にさらされた。よく見なくても童顔だなと今更知っても、それを楽しむ時間は無い。
 額を押さえた手で彼の鼻を摘み、普段は誰かの目に触れる事を避けて前髪で隠している左目が顕になる事も構わず素早く仰いで息を大きく吸い、微かに開いている彼の口を覆う様に塞いで息を吹き込んだ。横目で確認した彼の胸は吹きこまれた息によって膨らみ、口を離した瞬間にまた沈む。もう一度大きく息を吸ってから口を塞ぎ、再度肺に息を送り込む。祈りにも似た懇願の念と共に。

 戻って来い、君の心臓が動くまで、君の呼吸が戻るまで、諦めずに僕が君の体に血液を循環させて酸素を送り込んでやるから。
 だから戻って来い、目を覚ませ。

 その緑の目に、僕をもう一度映してくれ。