酒は飲んでも

「ひ、は、はぁ、……、……うぅ、」
 転がる無数の空になった酒瓶から漂うアルコールの臭いが充満する室内で半ば呆然としながらギベオンは胡座の上の重さと腕に立てられた爪の痛みと格闘しつつ、自分の胸に背を預けて耐えているセラフィが落ちない様に、且つ不用意に触らない様に慎重に支えている。セラフィの背から滲む汗はギベオンの薄いインナーをすっかり濡らしており、薄い布一枚隔てて胸から腹に伝わる体温はかなり高くなっていた。
「あ、ゃ、……、ふ……っ」
「口を噛むなと何度も言っているだろう。強情者め」
「あああぁぁっ!」
「うわっ……と、」
「ひぃっ……!!」
 そのセラフィの股の間から顔を覗かせたクロサイトが何かを吸う音を小さく立てたと同時にセラフィがその口から逃れようと体勢を大きく崩したのでギベオンが思わず肩を掴むと、彼は悲鳴を上げてギベオンの手からも逃れようと体を縮こまらせた。敏感になり過ぎてしまっているらしい体にはそれすら多大な刺激になった様だ。
「も、もう嫌だ、やめ、クロ、もうやぁ、だ、いや……っ」
「お前が言う事を聞かないからだろう。口を噛むな、分かったな?」
「うぅ、う、……」
 酔いも相まってか、既に呂律が回らなくなってきているセラフィが嫌々する様に首を横に振りながらついに泣き出し止める様に懇願したのだが、全く止める気が無いクロサイトはさもお前が悪いからお仕置きしたと言わんばかりに咎め、それ以上の抗議を封じた。ギベオンからは顔は見えないというのにそれでも少しでも見せまいとしているのか、顔を手で覆ったセラフィの小刻みに震える肩を見ているともう止めてあげた方が、とギベオンは思うのだが、目が合ったクロサイトはその片目を細めて口角を上げ、見せ付ける様に口元のものにゆっくりと舌を這わせて先端を咥えた。
「はあぁ、あ、あっ、あああぁ」
「………」
 その行為によって得た全身を駆け巡る快感に耐えられず顔を覆ったまま背を反らせたセラフィの頭が肩に乗り、喘ぎが混ざった熱い吐息と耳の距離が近くなりすぎて困惑の色しか浮かべられないギベオンに、クロサイトはやはり目で笑っただけだった。



 事の発端は、久しぶりに母娘水入らずで過ごしましょうかとガーネットがローズに言った事だった。孔雀亭は酒を供する店であるから酔客が店の調度品を壊してしまう事が度々あり、店内で殴り合いの喧嘩をした男達が派手に内装を壊してしまったので、修理や掃除で営業を再開出来るのは早くても二日後となってしまった。だがそのお陰でほぼ無休で店を開けているガーネットは休める事となり、ローズに久しぶりに母様と一緒に過ごしましょう、と持ち掛けたのだ。これにはローズも喜んだし、クロサイトも積もる話があるだろうからと探索を休んで二人で過ごしてもらう事にした。
 これをたまたま聞いていたウィラフがペリドットに女の子同士でお泊まり会でもしようよ、と言い出し、セラフィもたまには友人と過ごすと良いと承諾したので、診療所にはクロサイトとセラフィとギベオンの男三人だけとなったのだ。特にこれと言ってする事がある訳でもなし、酒盛りでもするか、という流れとなったので、クロサイトやセラフィが所有していた酒やガーネットが差し入れねと笑いながら譲ってくれた店の酒を、診療所の使っていない部屋で床に座ったまま商店から買ってきた様々な肴をアテに飲んでいた。
 会話は、とりとめもないものだった。ギベオンの故郷の話や過去の卒業生達の話、その中でもギベオンをタルシスに送りこんでくれたジャスパーの話、クロサイト達がまだ若かった頃の話……本当にとりとめもなく話している内に酒の瓶は一本、また一本と中身が消え、便所へと席を立った者が水を汲んできたり新しく酒を持ってきたりしていた。三人共酒には強い体質であるがさすがに飲み過ぎの気配があり、アルコール度数の高い酒の瓶を数本転がす程も飲めば随分と酔いも深くなるし発汗もした。酔っていても医者としての職責が働きかけたのか、クロサイトが血中のアルコール濃度が高くならない様にと水も飲ませていたせいで余計に汗をかいたセラフィが汗を吸ったインナーを脱ぎたいと言い出し、男しか居ないのだしと思ったのかその場で脱いだ、のだ。それがいけなかった。インナーを脱いで上半身の素肌を無防備に晒した弟を見てうっかり欲情してしまったクロサイトが、何の躊躇いも無く襲ってしまった。そう、ギベオンの目の前で、である。
 勿論セラフィは抵抗したが、一度こうなってしまえばクロサイトは何を言おうが何をしようが止めないという事は誰よりも知っており、さりとてすぐ側に目を白黒させながら状況が飲み込めずに硬直しているギベオンが居る所で事に及ばれたくはなかったのでズボンを脱がして下帯を解こうとしているクロサイトに慌ててそう申し出た。しかしクロサイトは少しだけ考える素振りを見せた後、あろうことかギベオンに胡座をかかせたその上に座らせたのだ。顔が見えなければ良いだろう、などといけしゃあしゃあと言い放ったクロサイトにそういう問題じゃないとセラフィは抗議したけれども、性感帯である腹を愛撫されながら口付けられては抵抗が出来なかった。
 まさか自分の膝の上でそんないかがわしい事をされる羽目になるなどと思ってもいなかったギベオンはあまりの動揺にパニック状態となってしまい、余計に身動きがとれなくなってしまった。水っぽい音と共にセラフィから口を離したクロサイトはちらとギベオンを見ると、床でやると体を痛めるからすまないが君の膝を借りるとだけ言ってさっさと弟の体に顔を埋めてしまい、ギベオンの意思など聞く気配も無かった。
 性交の経験が全く無いギベオンから見ても、クロサイトのセラフィに対する愛撫は随分執拗に見えた。何度セラフィが拒絶の声を上げても手や唇を止めなかったし、わざと音を立てて吸ったり舐めており、童貞であるギベオンには刺激が強すぎる。いくら男のものであっても生まれて初めて聞く嬌声や淫猥な音はギベオンに酒に由来しない変な汗をかかせ、自分の褐色肌の太い体と違う生白く細いセラフィの体は妙な気分にさせた。この体で本当にペリドットを抱いているのかと訳の分からぬ疑問も浮かんだが、それ以上は考える事を止めた。
「はっ、あぁ、あ゛……っ」
「ん……?」
 その時、執拗にペニスを口で弄られ息も絶え絶えに喘いでいたセラフィの声が不意に濁った。顔を上げたクロサイトは唇を震わせながら短い呼吸を繰り返すセラフィの口内に遠慮無く指を入れ、軽く口付ける。
「口がカラカラで喉を枯らしかけているな。水……は、無くなったか。汲んで来よう」
「?!」
 散乱しているのはどれも酒瓶であるし、飲水を入れていたピッチャーも底をついている。だから水汲みに行くと言ったクロサイトの言は何らおかしなものではないのだが、口淫の真っ最中に中座されてはセラフィは勿論ギベオンだって困る。
「い、いらん、水とか、良い、から」
「良くない、汗も随分とかかせてしまったからな。風邪をひくからこれを羽織っておきなさい」
「ふぁ……っ」
 真っ青な顔になったセラフィが行くなと暗に言ったというのに一蹴したクロサイトは、脱ぎ捨てていた自分の白衣を拾うと汗ばんだセラフィの肩にそれを掛ける。びくりと体を震わせたセラフィがそれでも懇願する様にクロサイトを見上げたが、彼は受け流して転がっていたピッチャーを拾い上げた。
「良い子で待っておいで。触るなよ」
 そして青い顔をしたセラフィの額に軽く口を落としてから低い声で囁く様に釘を差したクロサイトが弟の真後ろに居るギベオンをちらと見る。まるで蛇に睨まれた蛙の様に体を硬直させたギベオンに、クロサイトは再度目を細めて薄く笑うと踵を返して本当に部屋から出て行ってしまった。半ば絶望しながら扉が閉まる音を聞いた二人はじっとりと重たい、しかし淫猥な空気の中でクロサイトが戻ってくるのを待つ羽目になった。
「………、 ……うぅ……っ」
「だ……大丈夫、ですか……?」
「ひぐ、……ふ……っ」
 基本的にクロサイトの命に逆らえないセラフィは触るなと言われればそれに従うしか無く、中途半端に放置されてしまった下半身をどうにかしたいのにどうにも出来ず、しかも有無を言わさず被せられた白衣から微かに分かる兄のにおいに奥歯を噛み締めた。久々の酒、しかもかなりの量を飲んでしまったし、その状態であんな事をされてしまっては全身が自由に動かなくなってしまうし、加えて途中で放ったらかされた下半身は最早自分を苛む以外の事をしてくれない。歯をガチガチと鳴らし苦しい呼吸を繰り返すセラフィは口を噛む事も出来ず、何か噛めるものを無意識に探し目線を彷徨わせた。
「……え、あの、」
 そして、気が付いた。すぐ真後ろに硬いものがある――否、居る事に。もう既に意識が飛びかけて他人を気遣う余裕が全く無くなっているセラフィは震える体を何とか反転させて、赤くなったものやら慌てたものやらで動けずにいるギベオンの太い腕をやおら掴むと、慌てる彼に構う事なくインナーごと思い切り噛み付いた。
「い゛ぁっ……!! ちょっ、セラフィさん、待っ……」
「あ゛あ゛ぁぁぁっ!!!」
「?!」
 夜賊だから、という訳ではなく、恐らく生来そうなのだろうが犬歯が常人より大きいセラフィから本当に容赦なく噛まれ肉に歯がめり込んでかなりの激痛が走り、ギベオンは離そうと咄嗟にセラフィの肩を掴んだ。だがその瞬間彼が何かの攻撃を受けたかの様に悲鳴を上げながら全身を痙攣させ、体を捻って抱き着いてきたので更に驚いて再度硬直してしまった。どうやら勃起した状態で放ったらかされて敏感になった体は、先程体を支えようとした時の様にかなりの刺激を受ける様で、思い切り肩を掴んでしまった事により叫ぶ程の快感が全身を巡ったらしい。クロサイトが言った触るなよ、とはこういう意味も含まれていたのかも知れないが、横抱きの状態で抱き着いてきたセラフィからダイレクトに伝わる脈はかなり速く、荒い息は随分と苦しそうで、しゃくり上げる様な呼気に混ざる涙がギベオンの思考を停止させる。ただでさえ目の前、しかも自分の膝の上で繰り広げられた光景は目に毒であったというのに、噛まれた痕が段々と痛みではない痺れを浸透させてきて自分まで呼吸が上擦ってきてしまった。
『………… ……唇、……柔らか、そう…………』
 少しだけ落ち着いたのか、まだ小刻みに震えているが体を離し目を伏せがちにしたセラフィの顔がすぐ間近にある。当たり前かも知れないがギベオンはここまで間近でセラフィを見たのは初めてであるし、クロサイトから真顔で私の弟は可愛いと何度か言われていた為か刷り込まれていたのか恐れ多くも少し可愛いと思ってしまったし、荒い呼吸を繰り返している開かれた口に不覚にも感触を想像してしまい、ぞ、と背筋に妙な電流が走った。自分でも帯電している事が分かり、誤魔化せない。
「………ぁ………」
 目が合う。兄に言いつけられた以上は自分で触る事が出来ず、苦しんでいるセラフィの助けてくれと言わんばかりの懇願する様な潤んだ目が頭を痺れさせ、その時のギベオンは完全に思考能力が停止していた。ぞわぞわと腰から背筋を通る電流が腕から侵食した痺れと合流し、頭を侵すと、もう止まれなかった。
「ん、ふっ! んんん、んぅ、ん、ぷぁ、ん、」
「んく、ん、んぁ、はふ、ふぅ、ん……っ」
「〜〜〜〜〜……っ
 唇が触れた瞬間に放電してしまったが、二人ともそんな痛みなどに構っていられないかの様に吸い付き、舌を絡め、口を押し付け合った。セラフィの唇を塞いでしまった瞬間の放電で辛うじて冷静になった頭の深部でどうしようクロサイト先生に殺されるとギベオンは思ったのだが、まるで混乱の胞子を直撃してしまった時の様に体が言う事を聞いてくれず、夢中でその薄い唇を貪った。確かに乾いていたセラフィの唇や口内はあっという間にギベオンの唾液で濡れ、喉が渇いていたのだろうセラフィは水分を求める様に自分から舌を求め、彼の鼻から抜ける息はどこか甘える様な音を帯びていた。
 ちらと見たセラフィの股間の勃起したものは絡まる舌に時折反応し、透明な先走りが溢れては零れている。これじゃ滅茶苦茶に扱きたくもなるだろう、かわいそうに、とギベオンは思ったのだが、セラフィ同様触る事は出来なかった。触るなよ、と言い残したクロサイトが怖かったからである。
 しかし正真正銘人生初のキスをまさか男と、しかも妻帯者とする事になろうとは思ってもいなかったギベオンは痺れる頭で取り返しのつかない事をした、という気分になった。ファーストキスが男、はこの際諦めるにしても、セラフィは男女の域を超え盟友とも呼べるペリドットの夫、なのである。そう思うと今はウィラフと楽しい時を過ごして既に就寝したであろう彼女に申し訳なさが湧くが、これはもう事故と思ってもらう他ない。
「っ!!」
「ぷはっ!」
 突然、何かに気付いたのか弾かれた様にセラフィが口を離して扉を振り向いた。まさかと思って一瞬で全身から血の気が引いたギベオンも扉を見たのだが、誰も居なければ開いてもいない。しかしセラフィが今まで以上に息を荒くしたかと思ったその時、足音が扉の前で止まってドアノブが回された。探索中に音や臭いに誰より早く気が付くのはセラフィだ、こんな状態になっていてもクロサイトが戻ってきた足音を察知出来たのはさすがと言ったところだろう。
「ただいま、お利口に待っていたか?」
「ぅ、あ、……うぅ、……」
 扉を閉めて二人の側まで歩み寄ってきたクロサイトにセラフィは最早言葉すら出せず呻くだけで、辛うじて頷きで返事をする。そんな弟の股間を見てクロサイトは満足そうに口角を上げて羽織らせていた白衣を剥ぎ取った。
「触らずに待てたか。ほら、飲みなさい」
「ん〜〜〜〜っ
 ピッチャーからグラスに水を注いだクロサイトが自分でそれを呷り、口移しで飲ませると、セラフィは先程までしがみついていたギベオンを背凭れに口に流れ込んできた水というよりクロサイトの口を求める様に彼の首に腕を回して引き寄せた。ギベオンに聞かせたものより遥かに甘いその声は、早く触ってどうにかして欲しいとねだっているからなのだろう。
「んっ、んぁ、ぁ、そ、そこ、そこ、も、もっと、」
「こら、急くな、折角久しぶりにお前の可愛い声を聞けているのに」
「も、もう十分、待った、だろ、は、早く、早くしてくれ、頼むから」
 そして漸く親指の腹でペニスの先端の割れ目を緩やかに擦ったクロサイトに、セラフィは腰を押し付ける様にしながら回らない舌で辿々しくねだった。しかしまたすぐに手を離したクロサイトは唇が触れるか触れないかギリギリのところまで顔を近付けたまま、要求の詳細を尋ねる。
「早く……何だ? どうして欲しいのか教えてくれんと分からんぞ」
「だ、から、……」
「うん? 僕のどこでどうして欲しい?」
「く……ちで、……」
「口で? ……まだ言えるな? 前みたいに」
「……口、で……… …………ぉ、犯して……っ」
 ギベオンからは、セラフィの顔など全く見えなかった。しかし体を震わせ絞り出された羞恥と涙が混ざった声と、黒髪の間から見えた真っ赤に染まった耳がどんな表情をしているのかを如実に物語っていて、自分が言われた訳でもないのにまた背筋がぞわっと震えた。そんなギベオンの反応など今は興味が無いクロサイトはわざと音を立ててセラフィの口を啄み、合格、と呟いてから、ギベオンを覗き見た。
「すまないがフィーの両足を持っていてくれないか。少し暴れるかもしれんが」
「え、あ、……は、はい……」
 いきなりの頼みに頬が熱くなったギベオンは、それでも言われた通りにおずおずとセラフィの両膝を抱えると、抵抗する気力は既に全て失われたのだろう彼は嫌がる素振りも全く見せなかったが、やはりかなり恥ずかしいのか項垂れて嗚咽を漏らした。しかし四つん這いになったクロサイトが先走りでどろどろになったペニスの根本を持ち、音を立てて口内に収めると、その嗚咽を一気に嬌声に変えた。
「あ゛〜〜〜っ ぅあ、ああ゛ぁっ!! あぁ、あ、あ、はああぁぁっ」
「お前はここが好きだな、相変わらず」
「あぁ善いっ、そ、そこ善い、好き、すきっ……! クロ、クロ、もっと、あぁ、あはぁ……っ
「…………」
 空いた片手をしっかりとセラフィの手に絡めて握ったクロサイトが筋の浮き出たペニスを舌で執拗に舐り、口に出し入れしたり亀頭を吸い上げたりしながら反応を楽しんでいる。酒が入っているからとは言え、まさかセラフィがここまで人が変わった様になるとは想像もつかなかったギベオンは酒の匂いと汗の匂いと得も言われぬ匂い――恐らく精液の匂いだ――に益々腰の痺れと体内の静電気を増幅させてしまった。男同士の睦事を見て勃起する羽目になるなど、と泣きたい気分になったが、首に擦れるセラフィの髪と耳のすぐ近くで上がる喘ぎに僕のせいじゃないし、と何故か自分に言い訳をした。
 そう、悪いのは全部セラフィをいきなり襲ったクロサイトだ。文句代わりに不満を込めた目で見ても罰は当たらないだろうとセラフィ越しに見遣ると、ちょうどセラフィを見上げていたクロサイトと目が合った。すると、目を僅かに細めた彼は見せつける様にセラフィのペニスに根本から先端までゆっくりと舌を這わせ、亀頭の段差と先端の割れ目を舌先で刺激し、溢れ出した体液を音を立てて吸い上げてから竿を一気に口内に収めてから手でやる様に口で思い切り扱いた。
「あああぁぁ、も、もう、あぁ、来る、クロ、来る、来るっ」
「ん、良いぞ、全部飲んでやるから」
「来る、逝く、あぁ、……〜〜〜〜〜〜〜〜っ
「ん゛んっ……」
 そして限界を口にしたセラフィにクロサイトが射精を促すと、全身を大きく反らせ体を脈打たせながらセラフィが声にならない悲鳴を上げて絶頂を迎えた。随分と我慢させられた後の射精は長く、また溜まっていたのかどうなのかギベオンには分からなかったが、全部飲むと言ったクロサイトが口に収めきれずに少し零してしまった辺り、量も多かったらしい。しかしクロサイトは口から垂れた精液を指先で掬い上げて吸い、飲み下すと、体を痙攣させながらギベオンの肩を枕にして荒い息を繰り返しているセラフィの汗ばんだ額に口を落としてから彼の両脇を抱え上げた。
「はあぁ、ぁ、ぁ、……」
「うん、もう今日は疲れたな、寝なさい」
「ん、うぅ、……ふ……」
 寝台の縁に座らせ、風邪を引かぬ様にと律儀に服を着せながら言ったクロサイトの言葉に、セラフィは言葉では返事が出来ずに辛うじて一度だけ頷く。びくびくと震えるその細い体を寝台に寝かせてやったクロサイトは、薄い毛布を被せてやってからもう一度弟の額に口を落とした。すぐに寝息の様な呼吸がギベオンの耳に聞こえてきたが、眠ったというより気を失ったに違いない。
「長時間椅子替わりになって貰ってしまってすまなかったな。足は大丈夫かね」
 セラフィが静かになったのを確認してからゆっくりと振り向いたクロサイトは、シャツの襟元をはためかせて胸元に空気を送りながら額の汗を拭った。見えた胸元には酒を飲んでいた時には着けていた筈のペンダントが見当たらず、水を汲みに行った時に外したのだろうと辛うじて繋がった思考回路でギベオンは思った。
「あ……あの……だ、大丈夫、です……」
「そうか、なら良いんだ。……ところで、これはどっちに興奮して反応したのだね?」
「あ……っ」
 酒と口淫のせいで随分汗をかいたらしいクロサイトは拭っただけでは足りなかったのか項の辺りで結った髪を解いて結び直し、大事無いと言ったギベオンの前にしゃがみ込んで彼の股間を指差した。いくらセラフィの体重が軽いといっても成人男性を長時間胡座の上に座らせていたら足が痺れきっており、動かせなかったので隠す事が出来なかったのだ。男同士のいかがわしい光景を見聞きして勃起したという事実だけでも恥ずかしいというのに、当人に知られたというのは更に恥ずかしい。褐色肌の頬を染め、股間に視線が落ちる為に俯く事も出来ないし、かと言ってクロサイトを目を合わせるのも針の筵に座らされている様で、ギベオンは小さく呻いた。
「フィーか? あれの喘ぐ声は可愛いからな、君が勃起するのも不思議な事ではないが」
「あ、あの、あの…………です」
「聞こえない、もっと大きな声で」
「ど、どっちにも、です……セラフィさんにも、クロサイト先生にも、その……興奮、しました、すみません」
 クロサイトの言に、そうだと言えば良いのか否と言えば良いのか分からなかったギベオンは、結局素直に両方だと白状した。恐ろしくて言い出せなかったがセラフィと口付けた時も彼が普段操る麻痺の投刃を食らったのではないかと錯覚するほど頭が痺れたし、クロサイトがわざと自分を見上げながらセラフィのペニスを可愛がる姿にも身体中に静電気が溜まるのを感じた。恥ずかし過ぎて死にたい、と思いつつもか細い声で謝罪したギベオンは、漸く痺れが治まってきた足を何とか組み直そうとしたのだが、ずいと顔を覗き込んできたクロサイトに動揺したし、言われた言葉に目を見開いた。
「この状態はつらいだろう。手伝ってやろうか?」
「え、いや、あの、だ、大丈夫です、自分で便所で出してきます、から」
「本当に良いのかね? 他人の手や口をペニスで味わうなど中々機会が無いだろうに」
「……ぁ……」
 処理を手伝うと言われても恐れ多すぎてギベオンは首を横に振ったのだが、両手を床に付き四つん這いの状態になり尚も顔を近付けてきたクロサイトが先程見せ付けた行為を彷彿とさせる事を言ってきたものだから、思わず生唾を飲んでしまった。クロサイトはそれを笑う訳でもなく手をベルトに伸ばそうとしてきたので、ギベオンは慌てて僅かに後退る。
「あの、い、今物凄く帯電してるので、その……」
「触ると放電する?」
「は、はい……」
 そうなのだ。ギベオンは今かなり帯電しており、少し触られただけでも結構な放電をしてしまう事は想像に難くなかったので、クロサイトに痛い思いをさせてしまう事は避けたくて体を離した。が、クロサイトは少し考える素振りを見せてから、何を思ったのか顔が触れるか触れないかまでの距離に顔を近付けた。
「あ、の、」
「放電の規模で君の興奮の度合いが分かる訳だな?」
「……そ、れは、」
「興味がある。触らせてもらうよ」
「っ!!」
 言うが早いか、寄せられたクロサイトの唇が触れた瞬間に青白い火花が散り、音と共に痛みも生じたのだがそのまま口を塞がれた。ギベオンを見上げる形で口付けたクロサイトはセラフィとはまた違った舌の絡め方をする。双子って言っても人によって違うんだ、などと妙に冷静に思ってしまったギベオンは、しかし股間をやんわりと掴まれて口を離してしまった。
「あ、あの、」
「なるほど、それなりに興奮していたのだな。それで、フィーと私とどっちが興奮したかね」
「え……」
「キスしたのだろう? さっき水を飲ませた時にあれの口の中が乾いてなかったからな」
 本当の意味で全身の血の気が引く、というのはこういう事だとたった今身を以て知ったギベオンはあまりの恐ろしさに歯の根が噛み合わなくなっていくのが分かったし、萎えていくのも感じ取れた。ばれた、殺される、と本気で思った。
「ん……? どうしたね」
「す、すみません、すみません、あの、出来心で、本当にすみません」
 触った箇所が突然に萎んだので不思議に思ったのか、訝しむ様な表情でクロサイトが尋ねてきた。その表情にも声音にも怒りやそれに類する色など微塵も感じ取れなかったのだが、ギベオンは育った環境のせいか相手に対し何か少しでも悪い事をしたと知れるととにかく謝罪してしまう癖がある。ひどく叱責されてしまうのではないか、激しく折檻されるのではないか、そういう心理が働いてしまい、クロサイトが眉根を寄せてしまう程に謝罪を繰り返してしまった。
 突然に過呼吸気味に息を荒らげて真っ青な顔で震えだしたギベオンを見て、これでは埒があかないと判断したクロサイトは怯えて謝る彼の口を再度塞いで言葉を封じた。今度は口の中に舌を入れる訳でもなく、本当に塞いだだけのもので、ギベオンの体から強張りが薄れたのを確認してからゆっくりと解放してから彼の深い緑の目を覗きこむ。
「何をそんなに謝るのだ。無理矢理した訳ではないのだろう」
「……で、でも」
「あれは本気で嫌ならあんな状態になっても相手を噛み殺すくらいは出来るからな。君の口が怪我をしてないのだから、つまりはそういう事だ」
「………」
「私の独占欲はそこまで強くないよ。……ああ、でも、見られなかったのは残念だがね」
 あやす様に、しかし頭や背を撫でられる事を苦手とする事を知っているので、ギベオンの目尻を指の腹で軽く撫でながら言ったクロサイトが肩を竦めて見せる。腕を噛んできたセラフィのあの顎や歯の頑丈さを思い出せば確かに人間の一人や二人は噛み殺せそうな気はする、と思わず納得してしまったギベオンは、しかしクロサイトの独占欲は強くないという言葉を疑ったが黙っていた。
「萎えてしまったな。興を殺いでしまってすまなかったね」
「いえ、あの、だ、大丈夫、です」
「うーん……」
 恐怖ですっかり縮こまってしまったペニスはズボンの布を盛り上げる事もなく、ギベオンはどちらかと言えばほっとした心持ちではあったのだが、クロサイトが膝を跨いだまま動かないのでどうしたのかと首を傾げると彼はおもむろにギベオンの手を取り、自分の股に当てた。そうされた事にも驚いたが、ギベオンはそれ以上に掌に伝わるその感触に再度顔を赤くしてしまった。……勃っている。見事に。
「相手をしてもらえると助かるのだがね?」
「相手……って……」
「なに、君の口を吸わせて貰えるだけで良い。私は口が一番感じるのでね」
「……ぼ、僕なんかで大丈夫なんですか」
「大丈夫だから聞いている。君が嫌なら私も便所でどうにかしてくる」
「…………」
 口が一番感じるのであればセラフィに施した口淫で興奮したのは納得出来るが、しかし他人の股間など触った事が無かったギベオンは何をすれば良いのか全く分からずただ困惑した。酒の勢いでそう言えるのか、本心から言っているのか分からないけれども、少なくとも目を瞑れば自分以外の者で想像は出来るだろう。そう判断したギベオンは、「酒の勢いで」頷いてしまった。その返事を見たクロサイトはそうか、と言うと、ギベオンの口を啄みながら自分のズボンのベルトを緩めた。
「……口を開けて」
「……ぁ……」
「舌を出して」
「……………ふ、んんぅっ!!」
 膝立ちでギベオンを見下ろした形になるクロサイトは鼻先を擦り合わせると囁く様に指示をし、従ったギベオンが素直に出した舌を思い切り吸ってからそのまま口を塞いだ。その勢いに思わず後ろ手をついたギベオンは、再度自分の下半身に熱が集中していくのを感じた。
 自慰の為なのかそれが普段のものなのか、ギベオンには分からないが、クロサイトの口付けはそれはそれは情熱的であった。侵入してきた舌が歯列をなぞり、どう動いて良いのか分からず戸惑うだけのギベオンの舌を捉え、恐らく故意で流し込んでいるのだろう唾液を飲み込めず口の端から垂れていく。その感触だけでも背筋を震わせてしまったし、微かに聞こえてきた唾液のものではない水っぽい音に一気に下半身の熱が膨れ上がっていく。見えないが、クロサイトが自分で扱いているペニスから漏れる体液の音、だろう。本当に僕なんかで大丈夫なのだろうかと思っていたのは杞憂で終わりそうだけれども、それはそれで複雑なものがある。
「ふ、んっ! んぁ、あ、あの、あの、クロサイト先生、ぼ、僕は良い、ので、」
「何故? 元々君を良くしてやろうと思っていたのだからさせてくれ」
「で、でも、あの、」
「私で気持良くなってくれたのだろう? 嬉しいよ」
「…………っ」
 不意に反応しかけている股間に手を伸ばされ、ぎくりと体を硬直させたギベオンが口付けから逃れてその手を牽制する。しかしやんわりと手を押し返したかと思うと指を絡められ、穏やかで優しい目と声に腰が砕けそうになってしまい、抵抗は封じられてしまった。幼少期からタルシスに来るまで、両親含めた周りの者ほぼ全員から冷たい仕打ちや言葉しか与えられなかった彼は、こんな風に不意打ちにも似た形で優しい声を聞かされると途端にフリーズしてしまう。結局ベルトが外され、腰を浮かして下着ごと脱がせてもらったズボンはいつの間にか器用に脱いでいたクロサイトのズボンの上に放られた。
「すぐに帯電するのだな、随分ビリビリする」
「す、すみません、痛くないですか」
「痛くないと言えば嘘だが……少し興奮する、かな」
「こ、興奮って…… ひゃあっ
 緩やかにもたげているギベオンのペニスを指先で抓んだクロサイトが胸板に頬擦りすると、帯電しているその体からの電流が伝わって彼を僅かに痺れさせる。それが反って性的な興奮を促し、脱がせていないインナーの上からでも隆起している事が分かる乳首を吸うと、ギベオンが多少間抜けな声を上げた。女の胸はまだ分かるが男の胸も吸うものだとは思ってもいなかったので驚いたのだが、唾液が染みた布が擦れて快感が襲ってくる。その上ペニスの先端から滲み出た体液を指の腹で擦り付けられ、耐えられず先程よりも無様に喘いだ。
「ああ、ああぁ、そ、んな、ぁ、」
「君の腹も随分硬くなったな。腹筋が割れてるのも分かる」
「く、クロサイト先生が、鍛えて、くれた、ので……っ」
「ああ……、すごいな、若いオスのにおいがする」
「わ、若いオスって……ふああぁぁぁっ
 樹海を走り回ったお陰で脂肪が削げ落ち、代わりに筋肉が覆う様になったギベオンの腹に頬擦りしたかと思うと、クロサイトは感心するかの様に自分の手中に収めたギベオンのペニスの濃い匂いを嗅いでから亀頭を舌の上に乗せ、一気に咥えた。初めて齎された口内の柔らかくて熱い感触はギベオンには刺激が強すぎて、射精まではいかずともつい先走りを漏らしてしまった。
「く、っろ、さいと、せん、せ、ぇ、あ、ああぁ、だめ、だめです、そ、そんな……っ」
「気持ち良さそうな声で駄目だと言われても説得力が無いぞ」
「ひゃああぁっ す、吸わないで、くださ……
 セラフィに対して口淫を施していたら巧くなったのか自分が初めてなので気持ち良く感じてしまうだけなのか、ギベオンにはよく分からないがそんな事を考える余裕など殆ど無かった。ざらつく舌で浮き上がった筋を擦られ、先端を舌先で抉られ、吸い上げられると、ついに座っていられなくなってギベオンは床に仰向けになって倒れこみ、股間に顔を埋めたままのクロサイトよりも大きな体をくねらせて快感に悶た。今の彼には、クロサイトが自身で慰めているのかどうかを確かめる術が無い。ただ、内股にわざと頬擦りされて触れた鬚や髪の感触までもが強烈な刺激となって彼を襲ってきているのは分かった。
「い、っく、くろ、さぃと、せんせ、い、は、離し、」
「出そうかね?」
「は、はい、はぃ……っ」
「そうか、じゃあ……」
「え…… ああああぁぁっ
 あまりの快感に耐え切れず射精しそうになってしまったので、いくらセラフィの精液を飲んでいたとは言え自分のものまで飲ませる訳にはと残っていたなけなしの理性で口を離す様に懇願すると、クロサイトは床に横たわるギベオンの上に体を乗せてお互いのペニスを重ね合わせ、同時に扱いた。随分と硬くなって湿っており、彼が自分で扱いていたのは明白だった。
「そん、っな、あぁ、だ、だめ、いい、きもちいいっ!」
「駄目、なのか、気持ち良い、のか、どっちかね」
「き、もち、よすぎ、て、あぁ、くろさいとせん、せぇ、き、キス、キスして、くださ、お願い、しまっ……〜〜〜
「ふ、ん、……んん、ん、…………っ!!」
「んん〜〜〜〜〜〜っ
 粘膜が擦れ合う快感に呂律が回らなくなったギベオンの懇願に答えたクロサイトが深く口付け、そしてぎゅうと亀頭を握った瞬間、ぱちっと音を立てて放電した刺激が二人を絶頂へ押し上げた。白濁した体液はギベオンの黒いインナーを汚したが、射精の余韻で体を痺れさせている彼はそれに気が付けず、クロサイトが着替えさせてくれた事に礼すら言えずにそのまま床で眠ってしまった。



 翌朝、三人共ひどい二日酔いによる頭痛と吐き気、床で寝ていたクロサイトとギベオンは体の痛みも相まって起きたのだが、酒盛りの途中からの記憶が一切無く、転がる酒瓶を見てこんなに飲んだら当たり前じゃないですかと帰ってきたペリドットに叱られた。セラフィに至っては酒臭いという理由で二日はペリドットに寄って貰えなかったのだが、彼にとってはそれは幸いであった、かも知れない。三人揃っていかがわしい事をした記憶が無くなっているとは言え、彼だけは何故朝起きたら下帯を締めていなかったのか、と真っ青になったので。