白ヤギと黒シカ

しろやぎさんから おてがみついた
くろやぎさんたら よまずにたべた
しかたがないので おてがみかいた
さっきのてがみの ごようじなあに


 弟が熱を出し、感染ってはいけないからあなたは一人で遊んでいてね、と母から言われたクロサイトは、遊び相手が居なくて暇を持て余していた。一人遊びが出来ぬ年でもないが、さりとていつもは弟であるセラフィと二人で遊んでいるので一人で何をして良いか分からない。セラフィはよく熱を出すのでこういった事はしょっちゅうであるとは言え、やはり突然一人になると戸惑うものだ。気晴らしに外の空気でも吸おうかとぶらぶらと自宅近辺を散歩したものの、つまらなくてすぐに帰宅してしまった。食事は用意されていたが母は弟に付きっきりであったから一人で食べても味気なく、彼はこういう時いかに弟と二人で過ごしている時間が長いかを知る羽目になる。
 双子として生を受けた彼と弟は、双子であるのに誕生日が違う。片方が仮死状態で生まれ、母親はそのショックで陣痛が止まってしまい、もう片方が生まれたのは実に三日後の事であった。だから「一緒に生まれてきた」と言えない彼らは、それでもその三日を埋めるかの様に常に側に居た。生来体の弱いセラフィはいつ熱を出すか分からないので、異変に気がつけばすぐにクロサイトが母に知らせたし、四歳の頃に珍しくクロサイトが高熱を出して左目の視力をほぼ失ってしまってからは、彼の狭くなってしまった視野を何とか補おうとセラフィはいつでも兄の左に立つ様になった。そんな彼らを見て母は、あなた達がずっとそうやって助け合って生きていけたら良いわねと二人を撫でた。
 自分が寂しいからと言って、セラフィもそうであるとは限らない。だが一人で過ごすのは本当に味気ないものであるし、またつまらないものだと改めて思ったクロサイトは、忙しくて家を留守にしがちな父が買い与えてくれたクレヨンを机の上に見付け、手紙を書こうと思い至った。子供であるから難しい言葉は分からないが、一人で過ごすのはとても寂しい、早く熱を下げて一緒に遊ぼうと、セラフィの名の由来の石の色である緑のクレヨンで辿々しく書き、彼の部屋のドアに挟んだ。
 その日の夜、寝ようとしていたクロサイトの部屋のドアがノックされ、返事をすると、顔を覗かせたのは件のセラフィだった。顔色を見れば随分と熱は下がった様子であったが、それにしてもまだ寝ていなくては駄目なのではないかと驚き注意したクロサイトに、セラフィはパジャマの裾をもじもじと掴みながら上目遣いで言った。
「あのね……、さっきのお手紙、ご用事なあに」



「クロ、さっきの手紙の用事は何だ」
「………」
 あれから随分と年月が流れ、突如として熱を出す事など無くなったセラフィは、渡された手紙を失くした事に対する後ろめたさなど全く無いかの様にそう尋ねてきた。ここまで堂々とされてはクロサイトも苦笑いするしかなく、困った様に項を撫でる。
 紆余曲折を経て、セラフィは先日妻を迎えた。まだあどけない少女の様な――実際少女なのだが――ダンサーでありセラフィと同じ黒髪の妻を迎えた事に対する祝福を、クロサイトは趣味の水彩画で彩った手紙に書いた。直接言うのは気恥ずかしいから手紙をしたためたのにこれなのだから、全く以て困った弟だと彼は思う。
 遠い昔、熱を出したセラフィに書いた手紙は、後で読もうと思ったら失くしてしまったともじもじしながら聞きに来た事があったが、失くしたのではなくて未だに大事に仕舞ってあるのだとクロサイトは知っている。ただ、手紙ではなくて直接言ってほしくて失くしたと嘘を吐いているのだという事もまた、分かっている。大人になっても分かりにくい甘え方をしてくる弟は、それでも医者となった自分が手の施しようがない程の重症者を楽にもしてやれずつらい想いをしなくて良い様にと自らの意思で夜賊となった。そんな彼を恐れる者も少なくないというのに、本人はこうだ。かなりの細身の割には大食らいである弟は、愛情も大食らいであるらしい。
「結婚おめでとう、幸せになれよと書いたんだ」
「そうか」
「お前は彼女の夫であると同時に僕の大事な片割れだ。それを忘れないでくれ」
「……ああ」
 白衣のポケットに突っ込んでいた手を出し、子供の頃にやった様に頭を撫でると、セラフィはぶっきらぼうに短く返事をした。クロサイトにはそれが照れ隠しであるという事も分かっている。何度手紙を出しても食ったと言わんばかりに失くしたと言い張る弟の真っ黒な髪と服とは対照的な自分の白衣を見て、郵便を出すヤギの童謡を思い出したクロサイトは、白ヤギと黒ヤギと言うより白ヤギと黒シカだな、ナイトシーカーだし、と、自身も照れを隠す様にそんなどうでも良い事を思っていた。