遺書

「手紙は?」
「そこ、机に置きましたよ。クロサイト君とセラフィ君宛のと、辺境伯さん宛の分」
「辺境伯殿には細かく書きすぎたかな。過保護と言われる気がする」
「良いですよ。俺はともかく、バーブチカさんはあの二人に甘くなかったんですから」
「私は君以外の全ての者に平等でなければならんのだ、私が冷たい人間みたいじゃないか」
「どの口が言うんでしょうね!」
「さあな。しかし、双子達は泣くだろうか」
「だと思いますけどね。特にクロサイト君なんて、バーブチカさんの事すごーく好きじゃないですか」
「うん? セラフィ君が君の事を好きなのは知っているがクロサイト君は知らなかった」
「えぇー、俺はセラフィ君に全然気が付きませんでした」
「うーん……恨まれそうだな」
「今更ですよ」
「必要以上に悲しまなければ良いのだが。あの二人は医者や殺し屋をやるには感受性が豊かすぎる」
「セラフィ君が死にかけた時、クロサイト君ものすごく泣きましたもんねえ」
「あの時は宥めるのが大変だったな……あの子はあれで医者が務まるかどうか……心配だな」
「……ふふっ」
「何だね」
「だって心配なんて言うから。バーブチカさん、ほんとに他人に興味なんて全く無かったのに」
「………」
「双子達のお陰ですかね。あんなに貴方を慕ってくれて、あんなに貴方に懐いてくれて、どれだけ俺が嬉しかったか」
「君にも十分懐いていただろうに」
「ええ、本当に。……本当に良い子達でしたね」
「そうだな。自慢の息子達だ」
「そうですよ、俺達の自慢の息子達ですから何一つ心配しなくて大丈夫です」
「彼らにも君みたいな太陽の様なお相手が見付かると良いな。まあ私の自慢の旦那様の様な者がそうそう居るとは思えないが」
「俺の自慢の奥様みたいな方もそうそう居ないと思いますけど」
「そのうち見付かるだろう。良い男には男女問わず好人物が寄ってくるものだ」
「そうですね……」
「……効いてきたか。もう無理せず目を閉じても良いぞ」
「だって、もったいなくて。折角貴方との最後の時間なのに」
「ぐずる君も可愛いが、そんなに目を潰していては可哀想になってくるではないかね。もう目を閉じていなさい」
「どこにも行かないでくださいよ」
「行くものか。側に居る」
「はい……」
「私は君の寝顔を見ていよう。なに、すぐに逝くから心配しなくて良い」
「はい」
「君に会えて良かった」
「俺もです」
「しあわせだよ」
「俺、も、です」
「Я люблю тебя,Юрий.」
「……Я люблю тебя……Бабочка……」
「いくつになっても泣き虫め」
「誰のせいですか、もう……」
「さあ、もう時間だ。暫くの間目も口も閉じていたまえ。その後たっぷり話そう」
「はい。……おやすみなさい、バーブチカさん」
「おやすみ、ユーリ」










双子達へ

 この手紙を読んでいる時、私もユーリ君ももう君達と話をする事は出来なくなっているだろう。
 驚かせてしまってすまない。だがこれは私達がタルシスに来る前からの約束事であったし、予定していたよりも随分遅く実行してしまったから、君達も情が移って悲しんでいるかも知れない。
 実行が遅れてしまったのは、ひとえに君達と過ごす時間が楽しかったからだ。
 私はそうでもないが、ユーリ君は故国に家族も友人も同僚も、実に多くの大切な人達を残してきたから、君達双子を家族に迎えた時はとても嬉しそうにしていたよ。あんな満面の笑みを見たのは久しぶりだったから、私も嬉しかった。
 君達は覚えているだろうか、私達が君達双子を引き取ったあの当時、君達は抱き合って寝ていたね。どれだけ心細い夜を過ごしたのだろう、どれだけ苦しい日を過ごしたのだろうと、ユーリ君が頻りに心配していた。そのうちにきちんと一人で眠れる様になっていたから、私達は胸を撫で下ろしたものだよ。
 弟の体を治したい、母の心の病を治したいと言って医学と薬学を学びたいと言ったクロサイト君。兄が必要以上に悲しまずに済む様にと殺しを学びたいと言ったセラフィ君。君達は本当に辛抱強く私の授業に耐えてくれたね。実を言えば、君達が途中で音を上げると私は思っていたのだ。だが、君達は立派に耐え抜いてみせた。全く以て素晴らしい、自信を持つ様に。
 クロサイト君、君は私が外科処置の授業に偏らせてしまった為に、薬学が少し苦手だね。だが患者にとっては得手不得手も素人玄人も関係無く、皆平等に医者なのだ。だから君も、全ての患者に平等でありなさい。師というのは私でも他の医者でもなく、君の目の前の患者だ。大いに学ばせてもらい、常に探求の心を忘れぬ様に。
 セラフィ君、君は心根が優しすぎるから、躊躇って手が鈍る事もあるだろう。だが躊躇いは標的に苦しみを長引かせるだけだと心得ておきたまえ。君の苦しみも増すだけで何の益も無いから、躊躇いは捨てる事だ。それから、君が母親を殺してしまった罪は私が持って逝く。もう夜中に起きて吐く事は無くなる筈だ。

 君達は本当に良い子達だった、本当に私にはもったいないくらいの出来た息子達だった、あちらに逝ったら私の母に自慢しておくよ。
 ユーリ君も、いつかご両親が来たら自慢すると言っていた。
 親馬鹿と思ってくれて結構だよ。親馬鹿にしてくれたのは君達だ。

 最後に一つ、頼みがある。
 私は恐らく、ユーリ君を抱き締めたまま逝くだろう。
 どうか私達を引き剥がさないで欲しい。
 大変かも知れないが、そのままの状態で土葬ではなく火葬してくれないか。
 私達は水銀で服毒自殺を図っているから、街中ではなく郊外で、出来れば街から遠く離れたところで火葬してほしい。
 その旨は辺境伯殿への手紙にも書いてあるから、指示に従ってくれ。
 そして、可能なら火葬の際は君達に立ち会って欲しい。
 水銀を含んだ遺体を燃やすと、炎が緑になる。それは綺麗な緑なんだ。
 滅多に無い機会だと思うから、見学させてもらうと良い。

 あまり長々と書いても良くないとは思ったのだが、取り留めもなく書いてしまった。
 これから先、君達がどんな人生を歩んでいくのか、それは私達には分からないが、幸せは自分で掴み取って道を切り拓いていきなさい。
 君達には十分その強さがある。
 何せ、私とユーリ君の自慢の息子達なのだからね。

 君達二人が支えあって、共に歩んで行けます様に。


 愛するクロサイト、セラフィの双子へ

バーブチカ=イリイチ








Я люблю тебя,Юрий.=I love you,Yurij.