瀬尾ヒロスミさんのギルド「みんな なかよし」をひろみが書くとこうなる

 タルシスは冒険者の街という異名がある程、世界樹を目指す冒険者に溢れて活気に満ちている。元の住民達が住まう居住区は閑静なものだが、多くの冒険者が塒にしている宿の周辺は多くの施設が所狭しと建ち並び、昼夜問わず人が行き交う。冒険者は勿論、彼らを相手に生計を立てている行商人や、治安維持の為の衛兵も見受けられる。出身地も様々で思想も違う者達が寄り集まっているのだから衝突は付き物で、何もそれはギルド同士に限らず、ギルド内でも同じ事が言えた。
 人が集まれば性格が合わない者だって居る。言い争いが絶えないギルドもあれば殴り合いの喧嘩に発展するギルドもあった。あまりに騒動を起こすギルドは冒険者ギルドから解散の通達が出る程で、勿論そんなギルドはタルシスに冒険者が集まる様になってから片手で数えられる程度しか無かったが、それでも「片手で数えられる程度」はあったのだ。解散とまではいかなくてもメンバーが入れ替わったり、脱退した者が新たにギルドを立ち上げたりする事も多く、故に常に同じメンバーのギルドというのはあまり数は多くなかった。探索の中で命を落とす冒険者は毎日の様に居たので、メンバーが書き換えられないギルドは珍しかったのである。
「本当に貴方達って、仲が良いわよね」
 冒険者ギルドのギルド長から新米冒険者達が選定の試練を受ける森の廃坑をうろつく狒狒が凶暴化しており、既に何組ものギルドが壊滅させられてしまったので駆除を頼みたいという依頼を踊る孔雀亭経由で受け、廃坑を闊歩する狒狒を倒した後に現れた巨大な狒狒の魔物を辛うじて倒し、手当てもそこそこにぼろぼろの姿のまま報告に来たキャロルに、孔雀亭の女主人は報酬の巻物を渡しながら笑った。否定はしないが何故今それを、という疑問が顔に出ていた彼が尋ねる前に、女主人はキャロルとランシィを順に指差す。
「だって、依頼達成の報告に必ず全員で来るじゃない。そうやって誰か寝てても」
「いや、そりゃ、ここが宿の帰り道の途中にあるしな」
 あまりに太い腕を持っていたので剛腕の狒狒王と名付けられた狒狒相手に長期戦を強いられた為、くたびれて帰路の途中で眠ってしまった呉竹の肩を担いで引きずってきたキャロルは女主人の仲が良いという言を否定出来なかったし、同じくうとうとしているユーを背負っているランシィは何を考えているのか分からないが特に否定をしなかった。キャロルが言った様に孔雀亭はセフリムの宿へ戻る途中にある酒場なので、大怪我でもしていない限りは依頼達成報告は全員で来る。だがタルシスに戻ってきたら別行動で宿に戻るという冒険者も多いので、彼らの様に孔雀亭で受けた依頼の報告に毎回全員揃って顔を出すギルドはほぼ存在しない。
「重たいからって仲間を気球艇の発着場に放置するギルドもあるのよ? 一度もそんなのした事無いでしょ」
「そんな事する人居るんだ?」
「居るわよ」
 女主人が器用に寝ている呉竹を見ながら言ったのを受け、ナヴィイが驚きの表情を見せる。自称ではあるが小国の姫君であるらしい彼女は重たいものは武器以外持ちたくないのか、ユーを背負う事をさりげなく遠慮してランシィの剣を持つ代わりに彼女にユーを任せていた。可愛いものが大好きなナヴィイはギルドの中でも最年少のユーを気に入っており、懐に余裕がある時に買った小物や装飾品をユーに渡して人形の様に愛でる事がある。医術師が居ないこのギルドにおいて、イクサビトから授けられギルド長から鍛えて貰ったお陰で他の職の業もある程度は扱える様になったのでユーが癒し手を担っており、印術を操る傍ら手当ても引き受けているので最近はタルシスに戻ってきても宿に向かうまでの帰路で眠たげにする事も多く、その度ナヴィイはキャロルやランシィにユーを運ぶ様に頼んでいた。
「文句言ってもキャロルくんはくれたけくん運ぶものね」
 酒場は独特な騒がしさがあるものだが、余程くたびれているのかそんな喧騒の中であっても一向に目を覚まさずキャロルに肩を担がれながら安らかな寝息を立てている呉竹は、ユーと同様に寝落ちて運ばれる事が何度かあった。僅かとはいえ自分より背の高い呉竹――彼は姿勢が悪いので身長差が分かりづらいのだが――を運ぶには随分苦労するけれども、それでもキャロルは女主人が言った、発着場にギルドメンバーを放置するといった事をやった試しが無い。そもそも、そんな発想が無かった。ナヴィイからにこやかにそう言われ、何となく腑に落ちない様なむず痒い様な気持ちになってしまったキャロルは少しふて腐れて口を尖らせる。
「あんたもそれなりに力あるんだから、ユーくらいは運べよな」
「わたしは運ばれる側だもの。ねえランちゃん」
 自分とランシィの剣を持っているナヴィイは、キャロルに言われた通りそこそこ腕力もあればダンサーであるので体力もある。やろうと思えばユーを背負って宿に帰れるのだが一度としてやった事が無く、毎回ランシィに頼んでいたし彼女も断らずにユーを背負って宿に戻っていた。意思疎通は出来るが殆ど会話らしい会話にならないランシィとの良いスキンシップと思っているのかもしれない。ランシィは相変わらずの四白眼で笑ってみせただけで、やはり喋りはしなかった。
「ふふ、あなた達みたいな仲が良いギルドを見るとちょっと和むわよね。ギルド名そのままだから分かりやすいわ」
「ギルド名への言及やめろ」
「あら、どうして? 良いじゃない」
 依頼達成の報酬も受け取った事であるし、いい加減重たいのでそろそろ宿へ戻ろうとしたキャロルは、女主人の言葉に苦い顔になる。探索最前線に居るギルドであるからそのギルド名もタルシスの冒険者達の間で広く知られているのだが、初めて耳にする、あるいは目にする者は大抵が妙な顔になるか目を点にするのだ。
「「みんな なかよし」なんて、大人になったら堂々と言えないわよ?」
「言えねーけど! よりによってそれギルド名にするか?!」
「キャロルくん、くれたけくんにギルド名の決定押し付けた割には一番文句言ったよね」
「まさかそんなギルド名つけるとか思わないだろ?! あんただって思わなかっただろ?!」
「思わなかったけど、今となっては良い思い出かなって」
「そうか?!!?」
 この五人でギルドを結成しようと決まった後、冒険者ギルドに登録を申し出る際にギルド名を決めなければならないと知り、一応全員で話し合いをしたのだが決まらなかったので、結局最年長だからと命名権を主にキャロルが呉竹に押し付けたのだが、冒険者ギルドから帰ってきた呉竹が告げたギルド名は「みんな なかよし」だったのである。
 僕センス無いから文句言わないでね、と言いながら登録に行く呉竹に対してそこまで不安を抱いていなかったキャロルはギルド名を聞いて呆然とした記憶があるし、ユーも微妙な顔をしていた。ただナヴィイはあまり気にしなかった様だし、ランシィに至っては何を考えているのか分からなかったので、そのまま訂正される事なく現在に至っている。
「そんな仲良しなあなた達が明日も元気に探索に出られる様に、そろそろ帰してあげなくちゃね。今回もご苦労様、ゆっくり休んでちょうだい」
 心底納得いかない様な表情を浮かべているキャロルがこれ以上騒ぎ出さない様にと考えたのか、女主人は鈴を転がす様に笑って宿への帰投を促した。それに真っ先に頷いたのは意外にもランシィで、ユーを下ろして自身も休みたいのだろう。察したナヴィイがキャロルを促し、彼は相変わらず起きる気配の無い呉竹を引きずりながらナヴィイとランシィの後から孔雀亭の扉をくぐって外に出た。次の飲み代は絶対こいつに払わせてやると思いつつ、やはり呉竹を道端に放置するという事など頭に無いかの様に宿へと向かった。



 ある程度書き込まれている羊皮紙を膝の上に広げ、ユーが何やら思案している。冷たい石畳に直接座るのは腰に悪いのだが今更であるし、神経が図太いのか何なのか、横になって寝ているキャロルと彼を枕にして仮眠しているナヴィイよりは体に響くまい。ランシィに至っては壁の隅に凭れかかって器用に眠っている。探索途中の休憩で仮眠をとっている三人を尻目に、ユーは地図の書き直しをしていた。
「ユーちゃん、今回はちゃんと書いたよ」
「ここの抜け道、本当にここだった?」
「……違うかも」
 ユーと一緒に見張り役をしている呉竹が地図と睨めっこしているユーに詰問され、自信の無い声で答える。探索中に地図を書くのは呉竹やキャロルが担当しているのだが、大人二人が再々適当な事を書くので、宿に戻ったらそっと書き直すのがユーの仕事でもあった。ただ、記憶力の良い彼女でもすぐに訂正しないと忘れてしまう事もあるので、今日は見張り役がもう一人居る事も手伝って休憩中に書き直している。
「ワールウィンドさん……じゃなかった、ローゲルさん、この辺り、こう……抜け道がありますよね?」
「うん? えーっと……ああ、そうそう。それで、こっちが呉竹くんが岩を持ち上げた行き止まりだね」
 世界樹を目覚めさせようとしている皇子を止める為、一時的に手を貸してくれているローゲルが指さされた羊皮紙を覗き込んでユーに同意する。ほら、と言わんばかりに自分を見上げたユーに、呉竹は面目なさそうに細い肩を縮こまらせた。その遣り取りに、ローゲルは苦笑する。
「君らは本当に仲が良いね。言い争ってる所なんて見た事も聞いた事も無いし」
「言い争いは……した事無い、よね。確か」
「キャロルが一方的に突っ込むのはよくあるけど」
「キャロルくんは元気だから」
「その理屈ちょっと分からないな……」
 ギルドを結成してから喧嘩らしい喧嘩をした事が無い彼らの仲を、ローゲルもよく知っている。そしてギルド最年少のユーが一番しっかりしているという事も、今再認識した。呉竹の言う元気だから、がいまいちよく分からない。否、言いたい事は何となく分かるのだが。
 そもそも、このギルドの者達は他人とあまり波風を立てようとしない。一旦は皇子に降ったローゲルが彼らに敗れ、砲剣を暴走させようとした時に殴られたのだが、鼻の骨が折れる事も歯が欠ける事も、口の中が切れたりする事も無かった。とどめを刺さないのかと聞いたローゲルに、彼らは人殺しはしないときっぱり言ったのだ。そう、暗殺を得意とする夜賊が二人も居るギルドであるにも関わらず、だ。
「無事に殿下をお止めする事が出来たら、タルシスで飯でも奢るよ」
「嬉しいけどやめた方が良いです」
「え、どうして?」
「呉竹くん、いっぱい食べるから」
「褒められると照れるなあ」
 迷いの末に皇子に降ってしまった自分を説得してくれた礼もしていないと思ったローゲルが何気なく出した提案に、ユーが間髪入れずに発言の撤回を促す。細身である呉竹がそこまで食べるとも思えず、子供の範疇を出ないユーにとってみれば「たくさん」に見えるのだろうとローゲルは思ったが、朗らかに笑いながら頭を掻く呉竹を赤茶のジト目で見ている彼女に、その「たくさん」は誇張ではないのかもしれないと思い直した。
「じゃあ、いっぱい食べられても支払えるくらいの金額を用意しておくよ。君も、美味しいものたくさん食べてね」
 所謂痩せの大食いか、と考えたローゲルは、タルシスで過ごしたそれなりの年月の間に貯蓄出来た金の存在を思い出しながらユーの小さな頭を軽く撫でる。彼女は無表情で頷いたが、ローゲルの大きな手が離れた後に、撫でられた事によって少し沈んで縮んでしまった帽子の頂についているポンポンをそっと元に戻した。



 青い空、乾いた風、気温は高くもなく低くもなく心地良い。昔は水道橋であったのだろう石橋の上に気球から降りたキャロルはあれさえ見えなきゃ絶好のピクニック日和なんだがな、と眉を顰めた。
「キャロルくん、やっぱりそれマスタード入れすぎたんじゃない?」
「は? いや、別に」
「不味そうに食べてるから自分で作った割には不味いのかと思って」
「そんな不味そうな顔してたか……?」
 持参したポットから茶を淹れてくれたナヴィイがカップを渡しながら言った言葉に更に眉間の皺を深くしたキャロルは、一口分だけ残っていたサンドイッチを口の中に放り込んで手渡された茶で胃に流し込んだ。ナヴィイの故郷から送られたらしい茶葉から淹れられた茶は、不思議な柑橘系の香りがした。ユーにも飲みやすい様にと、苦味の少ない茶葉を送ってもらったらしい。ユーもカップを両手で持ちながら先程までキャロルが睨んでいたものを無表情で眺めている。
「改めて見ると大きいね」
「大きい通り越してるだろ」
「あの中に閉じ込められてる巫女さんが制御してくれてるお陰でこうやってゆっくり食べられるんだから、助けたらお礼言わないと」
 プラチナ黒豚で作ったカツを挟んだサンドイッチを頬張りながら呑気に言った呉竹に思わず突っ込んでしまったキャロルは、しかしナヴィイが風に靡く銀の髪を手櫛で梳きつつ暗に同意を求めてきたので不承不承頷いたし、ランシィもまだ毒物を塗り込んでいない投刃で陽明リンゴを剥きながら無言で頷いた。ナヴィイやユーが喜ぶからと、彼女はリンゴを剥く時は必ずウサギの形にしてくれる。
 彼らがサンドイッチなどの食料を広げて食べている遥か向こうには、皇子によって巫女が取り込まれ目覚めさせられた世界樹の巨人――巨神と言った方が良いかもしれない――が直立している。帝国兵最強と謳われたバルドゥール相手にかなりの苦戦を強いられた彼らは、目覚めた巨神が巫女によってその場から動かない様に制御しているらしいと判断し、タルシスに戻って辺境伯に事の詳細を説明した後にまずは怪我の手当てをして体を休めた。そうして、ひょっとすると戦いの最中に万が一の事があるかも知れないのでやっておきたい事をやろうと話した結果、「皆でピクニックがしたい」という意見が何故か出た。もっと何かあるだろ、とキャロルは思ったものの、 自分以外が全員賛成した為に今こうやって安気にサンドイッチなどつまんでいる。
 食材は全て自分達で調達したし、調理は宿の女将に頼んで調理場を借りた。母親に追い出されてタルシスに来るまでは狩猟で生計を立てていたキャロルは獣肉を捌く事も生肉を調理する事も出来たので何の問題も無く、プラチナ黒豚はカツにしたし、極毛ゴートはナヴィイがこうすると食べやすいと、薄切りにした肉を少し甘めに炒めたものと買ってきたコリアンダーのざく切りをコッペパンに挟んだ。ユーはコリアンダーの味が苦手だった様で、ケチャップで調味したものをサンドイッチ用のパンに挟んで食べている。
 ギルドを結成してからほぼ毎日食事を共にしているからか、キャロルは全員の食べる癖を覚えてしまった。どういう味が好きでどういう味が嫌いか、好物は先に食べるのか後で食べるのか、どれくらいの量を食べるのか、またどんな時に食べられたり食べられなかったりするのか、把握している。キャロルだけではなくて全員そうなのであろうし、それは全員が全員をよく見ている証拠でもある。何せ自分から話さないランシィはギルドの仲間以外の者とコミュニケーションが中々取れないが、何を考えているのかは分からないにしても呉竹達は意思疎通がちゃんと出来る。見れば分かる、はユーの言だが、ギルドを結成した当時は首を傾げたキャロルも今ではその域に達した。悔しいが本当に、ギルド名通りなのである。
 用意したサンドイッチは全て無くなったし、ランシィが剥いたウサギリンゴも全員の胃袋の中に収まった。食後の茶を暫く無言で飲んでいた彼らは、ユーが最後に飲み干したのを確認して立ち上がった。
「じゃあ、まあ、行くか」
「そうだね」
「終わったら打ち上げしましょうよ」
「うん」
 傍らに置いていた各々の得物を手に取り、キャロルが首を鳴らしながら決戦に向かうとは思えない軽さで言うと、呉竹達も彼同様の軽さで返事をした。戦闘狂のランシィに至っては、文字通りの大物と戦えるのが嬉しいのか声も上げずに笑っている。まあこの面子でほんと良かったよな、と独り言ちたキャロルが真っ先に気球艇に乗り込み、全員乗った事を確認してからゆっくりと上昇させて巨神が立ちはだかる方角へと舵をとった。後世に残る戦いが始まろうとしていた。



イラスト提供:瀬尾ヒロスミ様