※「+ガイア」の後日談的な何かです。



……無い。

いつも腰に巻いている諸々の道具入れが見当たらなくて、ガイアは顰めっ面で雑木林の中を歩いている。蜂蜜採取の為に蜂の巣の真下で火を焚き、蜂を一掃して巣を採ったは良いが、そこがほぼ崖であったものだからうっかり足を踏み外してしまい、腰の道具入れが千切れてどこかへいってしまったという訳だ。密偵や偵察などの仕事で落として紛失ならまだしも、蜂蜜採取で商売道具を紛失するなど情けないにも程がある。しかもあの中には大事なものが入っているので、尚の事苦い顔になる。

否、他人から見れば何だそんなもん、と言われてしまいそうなものなのであるが、彼にとっては大事なものだ。例えるなら、大人から見れば小汚い熊の縫いぐるみであっても子供にしてみれば大事な大事な「クマちゃん」の様なもので、大事にしていたものなのだ。失くしたなら仕方ないけれども、心当たりがある所は全て探したい。明日にはもうこの陣地を引き払って移動すると言われたから今日中に見付けなければならず、探し物をするから野営を離れるとフレデリクに申し出た時に一緒に探しましょうかと言われたのだが、彼も忙しいのだから手を借りる訳にもいかず、ガイアは一人で黙々と失せ物を探していた。

あるとするなら自分が足を踏み外して落下した地点が有力なのだが、不思議な事に全く見当たらなかった。あの中にも多少は菓子を忍ばせていたので野生動物が見付けて巣穴に持ち帰ってしまった可能性は拭えず、そうであるなら発見は困難だろう。追い打ちをかける様に段々と暗くなる空は、ますますガイアの表情を険しいものにした。いくら夜目が利くとは言え、月明かりが差し込む程度の雑木林の中を探索するのは危険だし効率が悪いが、かと言って諦めるのは癪だ。苦々しい溜息を吐くと同時に腹の虫が鳴き、腹を空かせているから苛立ちが溜まる一方だなと動きを止めたガイアは、気を落ち着ける為に懐からサブレを取り出して一枚齧った。程よい甘さと軽快な咀嚼音が逆立った心をゆったりと平らにしていく。

「相変わらずどっからでも菓子が出てくる奴だなー」
「んっ?! ……何だ、おっさんか」
「おっさんって言うな、何回言わせんだよ」

突如背中に飛んできた声に驚き、うっかりサブレを落としそうになったが、そこは流石と言おうか何と言おうか未然に防ぐ事が出来た。足音に気付かなかったのは大失態ではあるけれども、慌てて振り向いた視線の先には見知った顔があったのでガイアも胸を撫で下ろした。木々の間から姿を表したのはグレゴで、何かを探していたのかそこそこ汚れた格好をしている。手には何かが入った巾着を持っており、恐らく自分で調合する香辛料の材料でも採取していたのだろう。しかし、ガイアの目線はすぐに彼の肩に集中した。

「あっ、それ、俺の」
「んー? ああ、これかあ? やっぱりお前のか。
 草むらの中に落ちてたぜ」
「悪いな、恩に着る」

グレゴが肩に掛けていたのは、紛れも無くガイアが落とした道具入れだった。どうやら彼が落とした後に拾ったグレゴはそのまま行動していた様だ。道理で見付からない筈だぜ……と思いながら寄越された道具入れを受け取ったは良いものの、中身を改めようにも気まずくてガイアはばつの悪い顔になる。そんな彼を見て、グレゴは肩を竦めた。

「心配すんなよ、割れてなかったぜー」
「……おまっ、見たのかよ!」
「中身見なきゃ誰のか分かんねえだろ?」
「そりゃ……そうだけど」

一番懸念していた事を真っ先に言われてガイアは勝手に中を見るなと言わんばかりに抗議の声を上げたのだが、至極正当な事を言われて押し黙った。外見が似ているだけで別人の持ち物かも知れないのだから中を改めたグレゴの行動は何ら問題は無い。しかし見られたのがよりによってこの相手という事が、ガイアの表情を渋いものにさせていった。

「お前、随分物持ち良いなー。ちょーっとびっくりしたぞ」
「……うるさいな、良いだろ別に」
「良いけどよ、お前自分でもっと上等なもん買える様になったろー?」
「あの時食ったあの飴が一番上等で甘かったんだよ」
「そうかい」

バレてしまったのなら仕方ないと開き直り、問答しながら返して貰った道具入れのボタンを外して中身を確認する。様々な小物の中に混ざって、その小さな壜は確かに割れずにそこにあった。壜の中には一粒の飴が入っていた。

昔の話だが、ガイアがまだ子供と呼べる時分の頃、盗みに入った屋敷で捕らわれた事があり、その際に逃してくれたのがたまたまその屋敷に雇われていたグレゴだった。腹を空かせていたガイアに壜に半分程入った飴と所持していた全財産を渡し、逃してくれた。道具入れの中に入っているこの壜は、その時貰った飴の壜だ。逃してくれた時に掛けられた「人の道に外れた事はするな、どんな状況下でも這い蹲ってでも生きろ」という言葉はその後のガイアの生き方を創ってくれたし、一粒だけ残した飴はお守りの様なものになった。壜を失くさない限りは約束を守れる様な気がしたのだ。だから、未練がましく探してしまった。

「俺が甘いもの中毒になったの、この飴のせいだぞ」
「知るかあ、そんなの。あん時ゃそれしか持ってなかったんだ」
「俺を甘いもの中毒にした本人はスパイス中毒とか皮肉だな」
「だーれが中毒だ! 食えねえもんをどうにかして食える様にする知恵と言えよなー」

極度の空腹と寒さと捕らえられた際に殴られた痛みの中で与えられた安っぽい飴は、しかしその時のガイアにとって生きてきた中で一番極上な甘味として記憶された。勿論、今の彼はグレゴが言った様に上等な菓子や甘味を手に入れる事も出来れば口にする事も出来る。それでも彼にはあの時のあの飴が、未だに最上の甘味だ。それを与えてくれたグレゴがすっかり辛党になっている辺り、奇妙なものを感じてしまうのだが。

「ま、それはそうと腹も減ったし戻ろうぜー。
 明日からまーた行軍の日々だなー」
「おっさんには体力的に辛いよな」
「だーからおっさんって言うな!」

この話はもうおしまいと言う様に踵を返し、野営に戻ろうと歩き始めたグレゴの背に意地悪な声を掛けると、思った通りの反応が返ってきたのでガイアは漸く溜飲を下げた。今日採取した蜂蜜を使って何かつまみでも作り、酒を飲みながら辛党のこの男に無理矢理食わせようと思っていた。